この頃は座学が多くなっている。
こんな場所に来てまで勉強かと思うが業務の半分以上が外交になってしまったため仕方が無くやっている。
やはり相手の国の言葉で話すと喜ばれるし、歴史や文化に対して理解や共感を示せば好感度が爆上がりするからな。
そして、この世界には人以外にも多くの種族がいて共存しているから覚えることが多いんだ。
ドワーフやエルフ、それに獣人や巨人たち。他にもケンタウロスやラミア、アラクネなんて種族をいるようだ。
ドワーフとエルフには古くからの伝統的な生活を重んじる古ドワーフや古エルフなんてものもいて明確に区別されているらしい。
しかもだ。
種族によって特性や体質が異なるからそれも合わせて覚えないといけない。
ドワーフは植物繊維を大量に摂取すると体調を崩すとか、エルフは肉を好まないとか。
ややこしいのは古エルフは肉をうまく消化できないから食べないのだが、ダークエルフは肉しか食べない氏族がいたりすることだ。
生物学的に別種なんじゃねーかと思うがエルフやドワーフは半妖精だから人間の常識は通じないんだと。
そんな訳で各地の文化や言葉を学んでいるんだが、たまに誰かが世界征服して言語だけでも統一してくれねーかなと思ってしまう。
言葉に出してしまうと部下がその気になるので言わないけどさ。
あと外遊していて問題になりつつあるのは度量衡の不統一さだ。
これらの単位は体を基準にした身体尺が元になっているから種族が違うと単位系が大きく変わるだよ。
だから私の管轄地域では私や機川が慣れ親しんだ単位系を使うよう指示したが、たぶん現場では文句を言われているんだろうな。
「私主、クーダル様がいらっしゃいました」
モーエレンが天神の信徒であるクーダルを伴って入室してきた。
そういえば何か話があると言っていたな。
「この度は忙しいところ時間を……」
「堅苦しいのは良い。
ここには私の部下しかいないからな」
お互いソファーに腰掛けてクーダルに用件を尋ねる。
「大変言いにくいのですが。
そろそろ本殿へ戻りたいと考えておりまして」
「何か待遇に問題でもあったか?」
「いえ、そのようなことは決して無く。
何と言えば良いか……個人的な問題でして……」
働かせすぎたか?
うちの子達はワーカーホリック気味なところがあるからな。
「クーダル審問官は私の部下ではないからな。戻りたいというなら私からは何も言うことは無い。
だが、何か問題があったのなら話して貰えるとありがたい」
「いえ、皆様には良くして頂きました。問題など何もございません」
個人的には有能な人間を手放したくは無いが辞めたいという人間を引き留めるというのもな。
彼には随分と助けられたと報告がきているから特別賞与を出すとするか。
「クーダル審問官には随分と助けられたと聞いている。
それに報いたいと思うのだが、貴殿に直接渡しても良いのか? それとも寄進という形が良いのか?」
「閣下、いえ陛下には一つお伺いしたいことがございます」
真剣な顔をして私に話しかけてくる。
やはり神官にお金の話はまずかったか?
「陛下にとって神とは何なのでしょうか」
神官には聞かれたくない質問をしてきたぞ。
力を貸してくれる便利な存在とか言ったら引かれるだろうなあ。
「神は神だ。
それ以外の何者でも無い」
「陛下は神をどのような存在だと思っておられるのですか?」
どう思われているとか言われてもな。
私にとって神は会社の会長ぐらいの感覚なんだが、それを言うと『不敬!』とか言われそうだ。
「人知を越えた超常存在。我々とは見えているものが違うゆえにその考えも思いも理解できないもの。
庶民が王のことを理解できないようにな」
「神の考えや思いを理解しようとするのは無駄なのでしょうか」
「無駄と言うつもりは無いが、絶えず顔色を伺うようなことはしなくても良いと考えている。
自分の信じた道を進み、間違えたら怒られればいいのだ」
「陛下は神と対話をされているのですか?」
「私から直接話しかけることは無いな。
あちらの世界に呼び出されるばかりだ」
昔、部下が龍脈を枯らしかけたときとかな。
あの時は現地の神々に部下をちゃんと管理しろと怒られたっけ。
何でAIに怒られなきゃならないんだ、と思ったもんだ。
「私は今まで一度も神との対話をしたことが……ありません。
私なりに真摯に仕えてきたつもりなのですが」
「それは貴殿が真面目に仕えているからこそ呼び出されていないのだ。アレはそんな良い物では無いぞ?」
「そうなのかもしれませんが……やはり不安になります」
コイツは神に会って何を話をするつもりなんだ?
愚痴でも聞いて貰いたいのか? それとも良くやったと褒めて貰いたいのか?
もしそうなら神でも私でも無く上司に頼めよ。
「貴殿は良くやっている。私がそれを知っているのだから神が知らぬはずも無かろう。
もし何か大きな間違いをしているのなら望まずとも呼び出され詰問されているはずだ。
私のようにな」
◇
僕は周りからガダンと呼ばれている。
本当の名前は好きじゃ無かったので丁度良かったと思う。
この世界には侵略者を撃退するために転移してきた。
元の世界では普通の学生だったから初めは断ったんだけどチートな力を貰えることになったので引き受けた。
ただ希望したものと少し違う能力だったのは今でも納得していない。
貰ったのは特別な体と魔剣カイザックの二つだ。
本当は1つしか貰えないらしいんだけど真剣にお願いしたら特別に二つ貰えた。
これは僕の人徳だと思う。
そして力を受け取ったと思ったら現地に放り出された。
右も左も分からない、知り合いも一人も居ない場所に。
しかもカイザック以外の持ち物は何も無い状態。
服もいつもの普段着じゃ無くて、現地人が着ているようなゴワゴワとした服だったし。
最悪だったのは特別な体が馴染まなくて初めは走ることすらできなかったことだ。
もしカイザックの助言が無かったら僕はリスポーン地点で死んでいたと思う。
体を思い通りに動かせるようになるのに半年、魔物との戦いに自信を持てるようになるのに一年かかった。
魔法についても学びたかったけどカイザックには教えることができなかったので師匠を探すために旅に出た。
各地を回りながら人助けとかして実戦経験を積んでいったけど、結局魔法の師匠に巡り会うことは出来なかった。
ただ仲間と巡り会うことはできたし、今は面白可笑しく生きていけているから良かったと思う。
侵略者がどういうものなのか分からないけど撃退するには力が必要になるだろう。
その力を僕は今手にしている。
カイザックのおかげで僕は敵の能力を奪うことができるからね。
もう何も怖くないよ。
◇
ラウグ王国。
古エルフの国で巨人と並び長い歴史を持つ国だ。
元々は閉鎖的ではあるものの温厚で平和を愛する人々だったが、度重なる巨人や人間の侵攻に耐えかね軍国主義に転向。
話し合いで解決できることは少ないと周辺国を逆侵攻し支配下に治めた。
古エルフの寿命は非常に長い。寿命が尽きるより先に生きることに飽きてしまうぐらいに長い。
そのせいで数十年や数百年の寿命しかない種族とは生き方が違うし考え方が理解できない。
だから武力で支配下に治めても統治することはできなかった。
そこで古エルフの族長達は国境付近の土地を独立させた後に従属国、つまり緩衝国とした。
古エルフにとって大事なのは自分たちの国が平穏であること。
質素で慎ましく生きている彼らは、支配地域が産み出す富に興味は無いし、利用価値も感じていない。
彼らは自己完結している種族なので同族以外とは関わりたくないのだ。
古エルフが起こした侵略戦争の記憶が人々から忘れ去られたころ巨人と一部のエルフが蜂起し独立戦争をおこす。
巨人達は誰かに支配されることを嫌う気質から、エルフ達は古エルフ達の放任主義的な体制に嫌気がさしたからだ。
結果から言うと巨人とエルフの独立は成功した。
巨人の国との緩衝国は巨人の国に併合され、独立したエルフ達は自分たちの国をアリエ連邦と名乗ることにした。
この戦争の敗因は侵略戦争を経験していた古エルフが隠居して、戦争経験の無いものたちが初動を間違ったせいである。
この事変により支配体制が強化され大人しくしていたエシュタン王国とトゥルク公国は割を食うことになる。
具体的には両国に宗主国であるラウグ王国から執政官が派遣されるようになり傀儡国家となったのだ。
だが古エルフは生来の気質により統治者としての適性が無い。彼らは判断を先延ばしにするし人々が持つ欲というものが理解できない。
それに古エルフは石造りの建物が嫌いだ。生命を感じられない場所で短命な者に囲まれる生活は拷問だと考えている。
そのため派遣された執政官はすぐに仕事を放棄して森に引き籠もってしまう。
従属国側からすると有りがたいことなのだが、宗主国から嫌みを言われ怒られるのは任務を放棄した執政官では無く従属国側の人間だ。
端的に言うなら 無理なノルマを押しつけてくる社長と働かない社長の息子に挟まれた管理職 と言ったところか。
そんなラウグ王国の議事堂に氏族の長が集まって会議をしている。
族長だけあって古エルフ特有の気怠げな雰囲気は無いが、人間の支配者が持つ覇気のようなものも無い。
皆美しく若々しい見た目をしているが長く生きているため心が疲弊しており感情の起伏が少ないのだ。
「定会を始める。
まずは何か報告するようなことはあるかね?」
進行役が周囲に問いかけるが何の返事もない。
「それでは懸念事項はあるかね?」
「例の、確かフェリグス国について何か判明したの?」
「神降ろしをしたという噂についてはやっと裏が取れたぞ。
どうやらフェリグスの王は神との繋がりが強いらしいの」
「確認はどうしたの?」
「向こうの国神はこの世界の神々に挨拶回りしているようでの。双樹様の所にも『今後とも宜しく』と来たそうだ」
「そのような話は聞いておらぬぞ」
「『忘れていたわけでは無いの。伝えそびれていただけなのよ』と仰っておったの」
族長達は呆れたり苦笑したりしている。
「フェリグスの王とやらはどのような人物なのだ?」
「人間にしては良い王のようだの。異種族に対する偏見も無く……」
「そのような話は書類で読めば良い。大事なのは我々にとって障害になるのかどうかなのではないか?」
「白森の、何を焦っておるのだ。
王の人となりを知ってからでも遅くないと思うのだが?」
「彼奴らがバザに作っておる街で世界樹を見たという噂があるのだ。
もし神降ろし件が本当なら世界樹の噂も本当かも知れぬ」
族長達は動揺し場が少しざわつく。
「土蟲(ドワーフのこと)どもは鋼のためなら何でも燃やすし土を汚すことに躊躇しないわ。
そのような者共の土地に世界樹を植えるなど、何を考えているの?」
古エルフにとって世界樹は祖霊が宿る場所であり生活の中心的な存在だ。
世界樹が育む森に強く結びついている古エルフと鉱業を生業とするドワーフとは相性がいいわけがない。
そのドワーフ達が住む土地に世界樹を植えるなど古エルフからしたら暴挙に等しい。
「その件はここに呼び出して直接本人に確かめるしかあるまい。苗をどこで手に入れたのかも含めてな」
「では、この地にフェリグスの王を呼ぶというのか?」
族長達は互いに顔を見合わせる。
「双樹様から伺った話だがの。フェリグス国は建国60年を向かえたばかりだと言う」
「随分と若い国ね」
「そして現国王のサイン王は建国の母でもある」
「……サイン王は人間ではなかったの?」
「エシュタンにいる執政官の話では人間だと言っておったが」
族長達はサイン王に興味を持ち始めたようだ。
「それではサイン王を我が国に招待する方向で調整するが良いかの?」
「ええ、双樹様にもよく話をしておいて。もし私達にとって有害になりそうなら対処しないといけないから。
そのようなことにならないことを願っているわ」