この世界には魔物がいる。
魔物は独自の魔法を使い人を捕食する。
そのため魔物が跋扈する街の外は危険であり、行商は正に命がけで行われる行為なのだ。
そんな世界だから冒険者という職業が成り立っている。
護衛や討伐、魔物素材の収集にと冒険者は便利に使われている。
元々冒険者は定職に就けなかったあぶれ者や故郷から追い出された人が仕方がなく就いていた職業だったが、今ではギルドも作られギリ人として認められている。
それでも吟遊詩人や大道芸人と同じ扱いであり、どんなに頑張っても、何をしても余所者なのだ。
そのような人々にとってフェリグス国の出現は真っ当な生活を手に入れるための絶好の機会となった。
サイン王は根無し草の冒険者達以上に余所者だから、偏見を持たずにヤル気さえあれば受け入れてくれる。
租借地に建設中の街にいけば働き口がいくらでもあるし、各ギルドが秘匿している知識や技術を惜しげも無く教えてくれたりもする。
反面今までの常識を捨ててフェリグスのやり方を強制されるが、労働条件と金払いの良さの前にはどうでも良くなるものだ。
バリルンドのせいで周辺地域と比較すると決まり事が多く息苦しいが、そのおかげで治安がよく役人が賄賂を要求してこない住みやすい場所だ。
特に周辺国と大きく違うのは公衆衛生と食い物への強い拘りだ。
現場で独裁的な地位にある機川が、体臭を嫌い多様な食文化を貪欲に受け入れる国で生まれ育ったため、不潔な環境と毎食同じ食事に我慢できない。
だから今出来る範囲で最高の環境を求めてしまう。
これらの拘りに人々は顔を引きつらせたものだが、一旦清潔な生活と美味しい食事を知ってしまうともう戻ることはできない。
徐々にフェリグス化されていき、最終的にはフェリグスという集団の一員として洗脳されてしまうのだ。
「ここも大きくなりましたね」
キュネルは租借地で一番良い宿屋の一室で寛いでいた。
手にコーヒーカップを持ち、対面にはホルムが同じようにソファーで寛いでいる。
「まだまだ大きくなるよ。
あの加減を知らないバカ(機川のこと)が張り切っているからね」
「良いことですね。人の数は、そのまま力になりますよ」
「アンタが無責任に噂を広めまくるせいじゃないのかい?
この所、集まってくる人の質がグッと下がってきているんだ」
「何か問題でもありますか?
此処はどんな人間でも受け入れる隙間があるでしょう」
「生きることに必死な人間はいくらでも使いようがあるんだがね。
良い思いをしたいだけの人間は手間ばかりかかって役に立たないんだ。蟲の世話役ばかり増えても困るんだよ」
「なら蟲のエサにしてしまえば良いのではないですか?
もし心が痛むのならバリルンドさんの所で実験、いや治験をしたいという話もありますよ?
医療の発展に貢献できるなんて、なんて素晴らしいのでしょうね?」
キュネルの発言にホルムは嫌な顔をして溜息をつく。
「アンタは物事を少し強引に進める所がある。
今はまだ変異種のドサクサで目を付けられていないが、いつまでも同じ事をしていると面倒なことになるよ?」
この世界の為政者にとって国民は自分の持ち物で財産だ。
それを何かと理由とつけて租借地に集めてくるキュネルは各地から恨まれ始めている。
今は金や物を代価とすることで直接文句をつけられることは無いが何時までも続けられることではない。
「それは人を引き留めることができない人間が悪いのでは無いですか?
それを棚に上げて……」
「言いたいことはよく分かるよ。だが、その結果何が起こるのか考えたのかい?
アンタが楽しむほど主の仕事が増えていくんだ」
「貴方は閣下を過小評価していますよ。前の世界では世界中を敵に回して一歩も引かなかったんですよ?」
確かにゲームでサイン王の中の人は、いつも最善手を指してくるAIを出し抜いて建国し列強入りまで成し遂げた。
しかしそれは全ての情報を把握することができる完全情報ゲームだったからこそできた芸当だ。
「そこだよ。
アッチでは気味が悪いくらい先に起こることを予想し、アタシ達は命令されることだけしていれば良かった。
それがコッチにきてからは後手に回ることが増えてきた。そうは思わないかい?」
「……閣下の力が弱まったといいたいのですか?」
「違う。主はやり方を変えたと言いたいんだ」
「どういうことですか?」
「今、凄く楽しいだろ?」
「ええ、此方に来てからは毎日が充実していますね」
キュネルの答えにホルムは満足そうに頷く。
「アタシも毎日が楽しいよ。
先が見えない中で計画し、想定外の結果に一喜一憂する。挑戦の連続で今まで以上に貢献できているという自信がある」
ホルムはキュネルをジッと見つめて畳みかける。
「だから主に後始末をさせるような真似はよしな。
アンタが招き寄せた騒動はアンタが始末をつけるんだ。それが主の望んでいることなんだからね」