何故か目が覚めた。
電車で乗り過ごしたことに気づいたときのように頭はハッキリしている。
何故だか分からないが興奮して落ち着かない。何が起きている?
外から虫の音が聞こえてくるので近くに何かがいるのでは無いだろう。
微かに酒の臭いがするがこれは寝る前も同じように酒臭かった。
魔法で明かりを灯して周囲を見渡すが寝る前と変わりないように見える。
胸騒ぎが止まらないためミニマップで廃村内を確認するが何も見つからない。
ならばと精神を集中して範囲を広げてみると正体不明の何かが此方に向かってくる。それも大量に。
服を着て部屋を出ようとするとモーエレンが部屋に駆け込んできた。
「正体不明の集団が」
「分かっている。相手の意図が分かるまで此方から手出し無用だ」
「宜しいのですか?」
「私達には何の後ろ盾も無いし、此処は私達の土地では無い。
此方から手を出して相手に大義名分を与える必要は無い」
「わかりました」
「ただし、荒事になったら一人も逃がさぬように準備だけはしておけ」
私が悪そうな笑みを浮かべるとモーエレンは花を綻ばせるような笑みを返してくる。
彼女が部屋を出て行ってから再度ミニマップで状況を確認すると正体不明の集団は廃村を囲うように近づいてくる。
これ廃村にいる人間を皆殺しにするつもりじゃないか? やはり自分の目で見に行くか。いや、行くべきだな。
指揮官が先頭に立てば士気も上がるだろうし、もちろん私の士気も上がるしな。
この私の士気というのはゲームシステムから見て非常に大事になってくる。
私が乗り移っているこのキャラクターは全国民にバフを与える能力を持っているが、これは私と国民の精神的な繋がりによってもたらされているんだ。
この能力のせいで私が強い感情を持ち続けるとそれが国民に伝播してしまうので、絶えず気分良く落ち着いていないと国が荒れてしまう。
反対に全国民の感情も平均化され私にダイレクトに伝わるので、支持率が低い状態を放置していると毎日鬱陶しい思いをすることになるんだ。
更には支持率を高くしすぎると国民が先鋭化し暴走しやすくなるデメリットとかあるし、プレイヤーの間では人気のない能力だったな。
よく考えたら自分の心情値や国民の支持率を数値化して確認できない現状でうまくやれるか心配になったきたぞ。
◇
月明かりに照らされた廃村。
家々の明かりは消えており、虫の鳴き声がやけに大きく聞こえる。
風が無いため湿った土と不衛生な場所にありがちな臭いが混ざり合い、村内に留まっている。
家屋の屋根の上にモーエレンとファロスヒルのエルフが二人いる。
村外から此方に向かってきている『何者か』を警戒しながら話し込んでいる。
「あの子ったら、また外に出て。
部屋で大人しくしていられないのかしら」
「いんじゃん。
昔みたいに一緒に遊びたいんだよ」
「あの子は私達の王なの。
何かあってからじゃ遅いのよ」
「でも何か変な動きしてない?
衛士を避ける犯罪者みたいな動きをしてる」
「私達に会わないようにしているのね。
居場所が筒抜けなのに無意味なことをして……」
「まだ知らないんじゃ無い?
私達だって初めはビックリしたし。
あの子の気持ちや居場所が何となくわかるなんて不思議だよね」
「そうね。
この世界にきて良かったと思える数少ないことの1つね」
二人のエルフは正体不明の集団が迫ってきているというのに緊張感の無い会話をしている。
「ところで姉さんはこれからどうするつもりなの?」
「此方に向かってきている不届き者のこと?」
「ううん。
もっと先のこと」
「先のことはまだ分からないわ。
ただ、あの子がまた国を造りたいとか言ってるからそれに協力するつもり」
「そうなのかな?」
「あの子は理不尽な出来事を見過ごせない性格をしているわ。
だから最終的には国を造ることになる。
私達が弱ければ折り合いをつけることもできるのでしょうけど」
「姉さんがそう言うならそうなんだろうね。
まだ人生を楽しめそうで良かった」
ファロスヒルが心の底から楽しそうに微笑みながら宣言する。
「手始めに皆殺しだね」
◇
腹が減った。
絶え間ない空腹が、満たされぬ餓えが、全ての感情を塗りつぶす。
逃げたドワーフ達を追ってこんなところまできたが本当にいるんだろうな。
もしいなかったら案内する奴を喰ってしまおう。
いや、いても喰ってしまおう。俺に指示しやがったアイツは用済みだ。
強き者はドワーフが五匹いると言っていた。
たった五匹。空腹が満たされるはずもない。
他に食べるものがあればいいが、無ければ酷いことになるだろう。
それにしても腹が減った。
肉が食べたい。血が飲みたい。
何やら案内する奴が騒いでいる。
建物がたくさんある場所を指さして大声を上げている。
ああ。あそこにドワーフがいるんだな。
やっと食事にありつける。
◇
魔法で作り出された照明弾が空から草原を照らす。
意味不明の叫び声を上げながら狂走する魔物達が照らされる。
イノシシに似た大きな獣にまたがる薄鈍色のゴブリンが疾走してくる。
ガッシリとした身体を揺らしながら薄墨色のオークが地面を踏みしめ駆けてくる。
魔物達は作りの粗い無骨な武具を身に纏い、廃村を飲み込む勢いで押し寄せてくる。
狂顔に狂声を上げて。軍隊アリやイナゴの大群のように突っ込んでくる。
「興奮しすぎてアレでは交渉も何もないな。
この世界の魔物はアレが普通なのか?」
何故か私の元に集まってきた部下達に向けて呟く。
ミニマップで確認しながら見つからないように動いていたのに、まるで待ち合わせしているかのように集まってきた。
原因を知りたいが目の前の問題を優先しないとな。
「この世界の神と連絡は取れたか?」
「いいえ。
ですが状況が状況です。
死兵の使用を検討しては?」
「状況は理解はしている。
だが私達はこの世界の新参者であり無縁者なんだ。
仁義を通さず勝手なことをして神敵認定されるのだけは回避したい」
そうなんだ。死兵は対抗手段を持たない相手に対して特効とも言える強さを誇るが運用方法にクセがある。
死兵は対象を殺害したときその対象の魂魄を収穫してしまう可能性があるからな。
これは魂魄を管理しているはずの現地神にとって敵対的な行動に取られかねない。
なぜなら自分の財産をかすめ取られるようなものだからだ。
でもって敵対的と認識されると神敵になってしまう可能性がある。もし神敵になると神徒共に命を狙われることになる。
私は他の人のプレイ動画で神敵になったときの惨状を知っているので、あれだけは避けたいんだ。
「あの程度の魔物に死兵は必要ないだろう?
私達は強い。久しぶりの肉弾戦を楽しもうじゃないか」
私の発言に内政組のモーエレン達は苦笑し、武闘派のファロスヒル達は笑顔を浮かべる。
「ねねさま。
私は必要ないの?」
巫女装束に似た服で身を包んだアルビノ女子が私の服を摘まんで上目遣いで見てくる。
彼女の名はエーリカ。誘女(いざなめ)と呼ばれる創造神に近しい存在の愛児であり死兵達の司令塔。
死兵は誘女から派遣される兵士で、エーリカを中継局として世界に顕現する。そして顕現した死兵はエーリカの指示しか受け付けない。
「私は役立たず?」
「そのようなことはない。
エーリカは私の役に立っている」
彼女は異世界神の愛児という異質な存在ゆえに現地の冒険者に討伐されそうになっていたのを、私達が救出したことで仲間になった。
そんな経緯があるため彼女は私達以外を信用しておらず、味方以外は全て敵だと考えている所がある。
それに加え誘女のせいで成長が阻害されているため精神が幼いままで短絡的な行動をしがちだ。
基本的には素直で従順なんだが、定期的に構ってやらないと自分の価値を示すために暴走し始める。
私はこんなキャラクターにしたつもりは無かったんだが、AI管理下になったとたんにこうなった。
「エーリカはオコナーと一緒に子供達を守って欲しい。
子供達はいま不安と恐怖に震えている。
弱き者を守るのは得意だろう?」
私のお願いを聞いたエーリカは『まかせて』と言うやいなや駆け出す。
無表情のオコナーが後を追うのを見ながら心配になりベルナデッタを目線を送ると頷いて二人の後を追うようにこの場を離れていく。
エーリカとオコナーの両名は素晴らしい能力を持っているが、二人ともコミュニケーション能力が恐ろしく低いんだ。
ベルナデッタなら彼女と彼の間をうまく取り持ってくれるだろう。
「私達はいかが致しましょうか?」
モーエレンが私に尋ねてくる。その後ろに控える部下達も私の指示を待っているようだ。
魔物達が目を血走らせて迫ってきている状況で出来ることは一つだけだろうに。
「撃滅だ。
害意がある相手に遠慮することは無い」
私の言葉に部下達の目つきが変わる。
なんやかんや言ってもうちの子らは私と同じで戦うの好きなんだよな。
◇
アシュリー・サインが夜を駆ける。
近くの敵は軍刀で切り捨て、遠くの敵は魔法で駆逐していく。
虫で遊ぶ子供のような無邪気さで死を振りまいている。
微かな魔力光を発する身体は光の粒子を纏い妖しくも美しき麗人は空を舞う。
魔物の群れを縦横無尽にかき乱し、何の表情も浮かべずに阿鼻叫喚を作り出す。
魔物達は同胞の惨状を気にすることも無く殺到する。
血走った眼には目の前のご馳走しか見ておらず、各々が思いのままに武器を振り上げ、叫び声を上げ命を燃え上がらせる。
だがいくら飛蝗のように群がろうが、彼女の領域に踏み込んだ瞬間、稲穂のように刈り取られていくのだ。
「私達の殿は調子良さそうですなあ」
短髪で黒髪黒眼の男が周囲の魔物を撫で切りしながら独りごちる。
「鉄崎(かねさき)。
お前は何をしている」
足下の影から叱責の言葉が発せられる。
「おやモーエレン殿。
いつもながら見事な技ですな」
「世辞はいい。
なぜ主の側にいないのかと聞いている」
「あの程度の相手なら問題ないであろう?
それなら邪魔しては悪……」
「あの方は王であって戦士ではない。
闘争は剣聖であるお前の仕事だろう」
「ですがあのように楽しそうにしておられるのを見……」
「こちらは周囲の警戒と、この場から逃げようとする者の対処で忙しい。
つべこべ言わず自分の本分を果たせ」
一方的に言募られるも鉄崎は何の反応も見せず、モーエレンの気配が無くなると初めて小さくため息をつく。
「モーエレン殿は相変わらず心配性ですな。
我らが殿は瀬戸物のような壊れ物では無いというのに」
少し考え込むような顔をし、直ぐに何か閃いたように顔を明るくする。
「久しぶりに殿と一緒に戦える機会。
これは皆に羨ましがられるかもしれぬな」
◇
体は疲れているが気分は高揚している。
ここでもゲーム内と同様のことができることを確認できたからな。
ただ自分のことを優先したせいで犠牲を出してしまったのは反省しないといけない。
もちろんエーリカ達に任せた子供達や私の部下に怪我は無い。問題はそれ以外のものたちだ。
野盗や保護するつもりだったドワーフのことを失念していたんだ。
目前に迫った敵で力試しをすることに夢中になってしまい指揮官としての役割を果たせなかった。
魔物達の物量が想定以上だったせいもあるが、身内に被害がでなくて本当に良かったと思う。
「何か心配事でも?」
私が考え込んでいるのをみてモーエレンが話しかけてくる。
「後片付けが大変だな、と思ってな」
「ええ。ですので死兵を使用します。
それと死体の扱いなんですが」
「仕事を増やして悪いが野盗とドワーフは弔ってやれ。
もしかしたらこの世界の神と繋がりを持てるかもしれん。
魔物の死体は好きにしろ」
この世界にきて厄介ごとばかりだ。
超常存在に侵略者から救って欲しいと言われて来たんだから当然か。
まずは風呂と食事だ。心身共にリフレッシュしないと良い考えもうかばないからな。