しくじった。
新しい魔法に夢中になって引き際を見誤った。
そのせいで巨人の国と戦争になる所だった。
巨人達は殴り合いをすることで相手がどのような人物なのかを判断する習慣があるらしい。
その習慣を知らなかった私は相手を一方的に痛めつけてしまった。
魔法で治せるから殺さなければいいだろうと、反抗してこなくなるまで叩きのめしてしまったんだ。
結果として私の行動は古エルフたちに好意的に受け入れられ、巨人たちには礼儀知らずと罵られることになった。
育ての親であるモーエレンには『王の所行ではない』と小言を言われ、人生の大先輩であるベルナデッタには『理性を保て』と叱られた。
力こそ正義な種族だと思ってたから、打ちのめせば良いのだと軽く考えていたのが良くなかった。
本当なら自分で引き起こした騒動は自分で解決したかったが、次の予定が押していたため鉄崎とキュネルに後始末をお願いした。
上がってくる報告を聞く限り二人はうまくやっているようだ。
「主、まだ落ち込んでいるのかい?」
密偵をしてくれているホルムが私に話しかけてくる。
「主が落ち込みすぎると私達にも影響がでてくるんだ。程々にしてもらえないと困るよ」
「わかっている。ところで何か変わったことがあったのか?」
頭を切り換える。
起きたことは仕方がない。挽回すればいいだけだ。
「黒蘭から変わった者がいるって話があってね」
「確かヤクザ者の集まりだったか、吸血鬼の」
「そう、ロクでもない奴らだが噂話を集めるのは得意でね。
色々と面白い話を持ってきてくれる」
「それで?」
「ああ、ソケシアン帝国についてなんだが……」
ホルムの話を纏めるとはるか西にあるソケシアン帝国に聖女が現れたそうだ。
彼女は内乱等で混乱していた帝国をおさめ、今では皇帝の相談役にまでなっている。
そして彼女が活躍すればするほど帝国に潜ませていた密偵からの連絡が途絶えていってる。
今では帝国の情勢が分からない事態になりつつあり、どうするか悩んでいるらしい。
「密偵が行方不明な件は聖女とは関係ないかも知れない。
だがアタイは聖女が主の捜している変わった者だと考えているんだよ。
杞憂に終わるかも知れないがアタイが調査に行くのを許可して貰えるかい」
「内乱をどうやって鎮めたのかわかるか?」
「噂だと聖女が説得したらしいよ。貴族共は道理を説かれて自分の過ちに気がついたんだそうだ」
意味が分からん。
内乱が説得で解決するわけないだろ。
「貴族が振り上げた拳を血を見ずに下ろすなどありえんな。脅迫か懐柔か、それとも他の何かか」
「黒蘭の連中もそう思ったさ。
だが誰も戻ってこない。気になるだろう?」
「確かに無視できない人物のようだが優先するほどの案件か?
帝国は隣国のタユルトよりさらに西にある国だ。間の国がどうなるかで判断しても遅くは無いのではないか?」
「黒蘭の奴らじゃ想定外の事態に対処できないんだ。
その点アタイらはその手の事態に対処できる手段が沢山あるだろう?
適材適所と言うやつさ。それに私の直感が今すぐ行けと言っているんだよ」
◇
タユルト国の宰相は胃痛に悩まされていた。
宰相は各地から上がってくる情報を整理し、何かあれば王に報告し判断を仰がなければならない。
些細なことは宰相の所で対処しなければいけないが、大きな問題なら迅速に王へ報告しなければならない。
報告を受け取り自分の所で処理すべきか否かを限られた情報で判断しないといけないのだ。
今回、その判断を間違えてしまった。
事はタユルト布の生産量が低下したことに気がついたことから始まった。
ドワーフ製の機械を使用した繊維産業は今やタユルト国の主要産業にまで成長したが、予想された生産量に届かない月が続いたのだ。
もちろん宰相は原因を調査し対策を講じたが一向に改善しなかったどころか事態は悪化した。
職人達が大量に行方不明になったのだ。
技術流出を防ぐため糸や布を製造している場所は秘匿され、関係者にしか場所を知らされていない。
街の出入りも厳しく制限されており厳重に管理されていたはずなのに行方知れずになってしまった。
「随分としてやられたようだな」
タユルト王の忌々しい声に宰相は体を小さくして震えている。
「それで誰が裏切ったのだ?」
「申し訳ありません。私の力が足りなかったばかりに……」
「謝罪の言葉などいらぬ。お前が解決にむけて何をしたのか説明せよ」
宰相は王の勘気に怯えながらも長々と説明をしはじめる。
それを黙ったまま聞き終えた王は暫く考え込むと宰相に問いかける。
「神官の尋問はしてないようだが。何か理由でもあるのか?」
「理由と言われも……
尋問の必要は無いと……」
「声が小さくて聞こえん。
私は理由を言えといっておるのだ」
「へ、陛下。
私の権限では神官への尋問は行えませぬ」
「ここは私の国だ。私が許可するから調査してこい」
宰相が躊躇っているのをみて王はイライラとしながら語りかける。
「サイン王から医者と神官には注意しろと言われていたのだ。
人から信頼され必要とされているものは隠れ蓑として最適だとな」
「あの方の国でも同じようなことが?」
「それは知らぬ。ただ、どこかの国では神官が自国民を奴隷として売り飛ばしていたそうだぞ」
目を見開いて驚いている宰相に王は言い渡す。
「お前は必要なことを必要なだけするのだ。
そこに例外は設けてはならん。例え親族であろうともな」
◇
巨人はでかい。
個体差はあるが最低でも人より二回り以上の体格を持っている。
体が大きいため建物や道具など何もかもが大きくなる。
虎のような獣を愛玩動物にしていたり、家屋ぐらいの大きさの作物を育てたりしている。
巨人はエルフやドワーフと同じ魔法的な生物のため生まれつき特別な力を持っている。
エルフ並みに長命で、強靱な肉体を持ち、巨人族のみが使用できる独自の魔法を使う。
野蛮な行動が多いため他種族から見下されがちだが、彼らは原始的な種族ではない。
ドワーフと同じように物作りに長けており優れた武具を製造する技術を持っている。
大きさが巨人サイズのため市場に出てこないが、彼らが造る武具は性能も品質もドワーフ製武具に比肩する。
彼らは暴力で解決するのを好むためそれが野蛮人と誤解されることに繋がっているのは否定できない。
だが彼らにも彼らなりの事情があるのだ。
彼らはその大きさから他種族と共存することが難しい。
彼らが育てる農作物や樹木は他の種族にとっては大きすぎて扱えない。
彼らの中で一番弱いものでも人を簡単にひねり潰せるし、その巨体は立っているだけでも人を怖がらせる。
つまり異種族と共存しにくいため、絶えず土地の問題で争うことになるのだ。
そのような事情があるため強い者が好まれ、戦上手が尊ばれるようになるのだ。
「フェリグスとかいう国とのいざこざはどうなっておる?」
巨人の首長達が囲炉裏を囲み話をしている。
彼らは動物の毛皮や羽根飾りを身につけ、体には呪術的な入れ墨を彫り込んでいる。
入れ墨は自分が属する部族を示し、魔法を強化する効果があるため位が高いものほど全身が彫り物で覆われていく。
「今はフェリグスの女王とは別の者が来てナボハ族と交渉しておる。
ナボハの奴らは名誉を回復に必死だからの、直ぐに結果がでるであろうて」
「それにしても何故ナボハ族は余計なことをしたのだ?
アレのせいで白モヤシ(古エルフのこと)どもに笑われていると思うと腸が煮えかえるぞ」
「悪神が『アイツは強いぞ』と唆したのよ。あの御方の悪戯には本当に困ったものよね」
「代わりにきた者はどのような輩か知っておる者はおるか?」
「人にしておくのは惜しいぐらいの武人が来たそうよ。私達と力比べができるという噂が届いているわ」
話に上がった武人について興味を持ったのか首長の幾人かが続きを促す。
しかし首長の一人がそれを止め新たな議題を俎上にのせる。
「オギララ族の若者を殺した犯人はどうなった」
「大神にも伺ったのだけどわからないそうよ。
でも、なんでそんなにも目の色を変えて捜す必要があるの?
馬鹿が馬鹿なことをして神園に行くのなんてありふれたことだと思うのだけど」
「その馬鹿が神園にいないそうなのだ。どうも犯人は魂喰らいのような力を持っているようでな」
その話を聞いた首長達の目の色が変わる。
神がいて死後の世界があるこの世界では、魂喰らいのような力は禁忌なのだ。
死後に神の元で生前の行いを裁定され報いを受けるのが『正道』であり、相手の魂魄を喰らうなどという行為は『邪道』なのだ。
これは種族の垣根を越えた共通の認識であり、この力を使う者は忌み嫌われ狩られることになる。
「魂喰らいとは……惨いことをするものだ」
「使い手はこの世からいなくなったと思ったのだがな。まあよい、また滅ぼすだけだ」
「全部族に通達しておくわ。魂喰らいが現れた、とね」
先ほどまでの緩んだ雰囲気は吹き飛び戦時中のような緊張に包まれている。
「白モヤシ共にも連絡をしておくか?」
「必要無い。
魂喰らいは我等の獲物なのだ。邪魔されてはかなわんからな」
◇
アマレースはバザ大公国の租借地にある。
交渉担当のキュネルは長い交渉の末に勝ち取ったものだと語るが、バザ大公国のドワーフは強請られたと愚痴るだろう。
アマレースは急速に発展しており周辺国、周辺に住まう人々から注目されている。
彼らは種族や民族に関係なく街に必要なものを受け入れるからだ。
そこには仕事があり絶えず人不足だという噂が流れているからだ。
そんな噂を聞きつけて犯罪者や行く当ての無い者が集まってくる。
普通なら街から追い出されるようなあぶれ者も此処には受け入れる環境がある。
いまだに建設中な場所が多いアマレースにはさまざまな仕事があるため、法さえ守れば安全な寝床と温かい食事を得ることができる。
ただ良いことばかりでもない。
アマレースは住居環境も衛生環境も良いのだが労働環境が悪いのだ。
正確には環境では無く労働の時間が長い、つまり長時間労働が当たり前なのだ。
この世界の常識では日が昇る時間から日が落ちるまでが労働時間とされている。
しかし此処には魔法による照明が惜しげも無く設置され毎日クタクタになるまで仕事をさせられる。
総責任者である機川が『納期、納期』と労働者の尻を叩くため、適当に仕事をすることが許されない。
そのせいでこの街には懐は温かいが心身ともに疲弊した大人が大勢いる。
そうした大人達は英気を養いに歓楽街へ行き、心の平穏を取り戻すため神殿に行く。
そう、神が身近なこの世界で神殿は酒場なみに重要な施設だ。
人々は頻繁に神に祈りを捧げ、神官に悩みを相談し、諍いの仲裁を願い出たりする。
合祀殿はそのような住民達の要望に応えるために造営された。
神の数だけ個別の礼拝所が必要となるため一見すると田舎によくある旅館のように見えるが聖なる場所だ。
一階に神のシンボルが描かれたペナントやキーホルダーなどの販売所があるため温泉宿感が増しているが神域だ。
当初は神官同士の悶着もあったがベルナデッタに諭されると態度が軟化し問題を起こすこともなくなった。
今では街の住民からだけではなく、街に訪れた外からの人にも心労を癒やす場所として人気がある。
「大母(廻神)のご機嫌はいかがかしら?」
モーエレンは廻神の礼拝所で祈りを捧げているベルナデッタに声をかける。
「不敬ですよ、モーエレン」
「大母は私ごときの信仰など必要とされていないでしょう?
それより我が国の神は世界に馴染んだのかどうか聞きたいのだけれど」
ベルナデッタはため息をつきながらモーエレンに向き直る。
「全て順調ですよ。ただ、本当に良かったのですか?」
「いいのよ。大母の力はすぐにでも必要になるわ」
ベルナデッタは困ったような顔をしてモーエレンに問いかける。
「大母はこの世界に受け入れられました。
これは私達もこの世界の一員として受け入れられたことを意味します。私達はこれからは善意の第三者ではなく当事者として責任ある行動をしなくてはなりません」
「今までもそうしてきたわ。何がいいたいの?」
「面倒事が増えますよ?
あの子は既に多くの物を抱えています」
「あの子は面倒事をわざわざ捜し出して拾ってくるのは知っているでしょ。
なら使えるものは直ぐに使えるように準備をしておく必要があるのよ」
モーエレンはベルナデッタに問いかける。
「これでこの地でも大母の力を制限無く使用できるようになった。その認識でいい?」
「ええそうです。ですが、その考え方や態度はあまりにも失礼ですよ」
モーエレンはベルナデッタに微笑みかける。
「大母はこの程度で気分を害するような方ではないでしょ。
それに少し駄目な子供のほうが目を掛けて貰えるのでは無いかしら」
「貴方という人は……」
モーエレンは呆れ顔をしているベルナデッタに告げる。
「あの子はこの地でも偉業を成し遂げるわ。
その助けになるなら私は神であろうと利用させてもらう。不敬かも知れないけど、子供に頼られて喜ばない親なんていないはずよ」