鉄崎が行方不明になった。
ホルムの報告によるとオリオール辺境泊が私達を裏切り、城をソケシアン帝国に明け渡したらしい。
辺境泊を手助けするために向かわした鉄崎はその時の混乱で行方不明になった。
死に戻ってこない所をみると生きてはいるのだろうが彼にはまた貧乏くじを引かせることになってしまった。
聖女には対象を自分の支配下におくような能力があるようだ。
その力は配下を経由しても発揮できるらしく、彼女の支配下にある集団に視認された時点でアウトらしい。
そして魅了された人々は聖女を崇拝するようになり彼女の言動を全肯定するようになる。
ホルムは群衆に紛れ物陰から聖女の様子を観察していたが、彼女の支配下に無いことを一目で見抜かれたそうだ。
手を振り上げて周囲のものに捕らえるように喚き叫ぶ姿は中々の見物だったと嬉しそうに報告してきた。
準備していた魅了や精神支配に抵抗できる魔道具は全て効果が無かった。
辺境泊もその部下達も全て聖女の支配下に落ち、今やエレニュルト公国は帝国領となった。
辺境泊から私のしでかした事も聞いているだろうから、彼女はブチ切れているだろうな。
私がいるバザ大公国と帝国の間にはタユルト国があるから直接軍が攻めてくることは無いだろうが何らかの仕返しをされるだろう。
今回の相手は支配系の魔法か能力を持っている。
現場にわざわざ出向いていることから使用には何らかの制限があるのだろう。
報告書によると現場の汚い環境を嫌っているらしいからな。制限が無ければそんな所に自ら乗り込んでこないだろう。
ただ、その制限が距離か範囲なのかそれとも自身が命令しないと我慢できないタイプなのかはわからんが。
用意しておいた魔道具で防げなかったのは単純に強力な力なのかそれとも神の祝福のような呪いの類いなのか。
私のように超常存在から貰った力だから強力なだけ、という可能性もあるな。
そういえば、よく考えたらホルムは大丈夫なのか?
建国の英雄のおかげで精神に影響を与える魔法に耐性があるとは思うのだが今はステータス画面で確認でき無い。
そのことも含めて対応を考えないといけないか。
「私主、ホルムをいかがいたしましょうか」
ホルムが報告を終え部屋から出て行ったとたんにモーエレンが私に聞いてくる。
彼女の目を見るにホルムを死に戻りさせれば支配下前の状態に戻せるとでも考えているのだろう。
「何もしない。
その考えでいくと私達も死に戻りしなくてはならないぞ?」
「ええ。それが必要であれば」
この子は少しゲームを攻略をする感覚で生きているな。
私も人のことは言えないけどさ。
「そんな心配はしてくて良い。なるべく廻神の力は借りたくないからな」
普通、支配系の力を持つ奴は黒幕に徹して表舞台に出てこないものだが、聖女は自身の力を含めて隠す気がまったくない。
きっと自身の力か自分の大義に、もしくは両方に余程の自信があるのだろう。
「例えホルムが裏切ったとしても此方の内情が相手に筒抜けになるぐらいだろう?
私達が作った組織はそれぐらいで機能不全になることはないし、帝国には私達に構う暇など無いようにするつもりだ」
世界を救う聖女と名乗り派手に動いていることから若いのだろう。
目立ちすぎるとあらぬ嫉妬を買い、落ち目になったときには悪い事を全て擦り付けられることになるのを分かっていない。
何かするなら個人のカリスマを頼りに行動するのではなく、面倒でもルールを作り集団で行動しないとあっけなく崩壊することを知らないのだろうな。
「帝国はいま食糧問題を抱えていて戦争をする余裕がないはずだろう?
そこで国民の戦意を煽ったらどうなるか」
聖女には熱狂的な支持者がいかに厄介なのかを体感してもらおう。
先鋭化した集団が繁栄したことなど無いのを理解してもらわないとな。
「キュネルに情報工作をさせる。
帝国には自滅してもらうぞ」
◇
トゥルク公国。
東西にバザ大公国とラウグ王国があり、その二国に挟まれたドワーフ達の国。
公国に住んでいるドワーフ達は自分たちを古ドワーフと呼び昔からの伝統的な生活様式、いわゆるドワーフらしい生活を大事にしている。
ただ古ドワーフと普通のドワーフは、古エルフとは違い同じ種族のため外見上の違いはない。
本人達は『髭の結い方や服の文様が全然違う』と言い張るのだが部外者に見分けることは難しいのだ。
そんな見分けのできないドワーフ達だが、公国と大公国のドワーフは非常に仲が悪い。
この悪感情は王国の従属国である公国が大公国に嫉妬したことが始まりであり、今では互いに憎しみ合っている。
頑固で貴金属や宝石に目が無く、酒を愛し、職人が尊敬されるという同じ種族特性を持っているせいで同族嫌悪に陥っている。
これは公国を緩衝国として考えている古エルフにとっても都合がよい。
公国と大公国が仲違いしている間はラウグ王国は安泰なのだから。
だから密かに憎悪を煽るような工作をして国境での小競り合いが繰り返されるように仕向けている。
そんな状態の国境に突如フェリグス国を名乗る集団が現れた。
そして彼らは大公国から貸与された租借地に馬鹿でかい街を建設し始めた。
この事態に公国の指導者はすかさず抗議するも神官や王国から『放っておけ』と言われてしまう。
未練たらしく妨害工作をするもことごとく防がれてしまい、アマレースを監視することしかできない。
そしてアマレースが徐々に街として機能し始めると公国民がアマレースに流出しはじめた。
フェリグスは真面目に働く者なら誰でも受け入れるため、自分達の暮らしを少しでも良くしたいと考えるものたちが国を捨て始めたのだ。
身分に関係なく働き次第で豊かに暮らせる場所が目の前にあるのだから、国を捨てても向かいたいと思うのは仕方がないことだろう。
公国の為政者からしたら自分の物を取られたとしか考えられないが、表だって手出しできず鬱憤だけが溜まっていった。
宿無しを使い嫌がらせをしたりしてみたがフェリグスはそんな輩も雇い入れて、しかも何もかもバラされて宗主国に怒られることになる。
腹立たしいのはアマレースの発展と共に周辺地域も豊かになっていくせいで公国貴族の求心力が低下していっていることだ。
そんな折に一つの噂話を耳にする。
異世界から来た救世主を名乗る人物が各地を旅して回っていると。
その人物と懇意になれば異世界の秘密を授かり巨大な富を得ることができると。
公国の貴族達はその噂に全てを賭けた。
その者を自分達に引き込めば現状を打開し、フェリグス国の連中に一泡吹かせられると考えたのだ。
「救世主とやらの様子はどうじゃ?」
「また酒場で女共と盛っておる。全く昼間から働きもせずにけしからん」
「そう言うな。考えようによっては扱いやすいと言えよう」
簡素なトガ風の衣服を身に纏い、宝飾品で着飾ったドワーフ達がガダンについて話をしている。
「だが期待していたほどの成果が見込めそうにないのは事実じゃな。
彼奴の語る異世界の話とやらも具体的なものが何も無く夢物語ばっかりじゃ」
「だが異端どもの街(アマレースのこと)で出回っている本を解読できるようになったのは大きい。
ワシらだけでは何が書いてあるのかサッパリだったからの」
「では、そろそろか?」
ドワーフ達は互いの顔を見て頷きあう。
「それでは異端者の街に潜ませているものに問題を起こすよう連絡をしておく。
弾圧された我が国民を保護するための軍は準備できておるのか?」
「既に手はずは整えておる」
「今回の工作員は裏切ったりせぬか?」
「大丈夫じゃ。今回は家族持ちを選んでおる」
「ワシは救世主らに話をつけてくるかの。
アイツら腕っ節だけは大したものを持っておるからのう」
◇
私は聖女アカネ。
いま私は非常に忙しい。
帝国内で悪さをしている狼藉者について調べたらエレニュルト公国のオリオール辺境泊の元にいるとわかった。
なので直ぐに辺境泊の元にいき狼藉者を始末しようと乗り込んだんだけど目の前で逃げられてしまった。
あのチビッコ。
私の力がまるで効いていないように見えた。
今までも同姓や人間以外に使うと具合が悪くなるから力を使うのは控えてたけどそれさえ我慢すれば効果はあったのに。
これはまだ私が力を使いこなせていないせいだろう。
もっと頑張らないと。私は神に選ばれた者なのだから。
少し気分は落ち込んだけど辺境泊は問題なく私のことを受け入れてくれた。
やっぱり話し合いで物事が解決するのはいい。
暴力なんて最低な人間のすることだから。
辺境泊からこの騒動について聞いていると刀をもった男が捕縛して連れてこられた。
どうやら黒幕の部下らしく客将として送り込まれていたらしい。
そしてこのオジサンにも私の力が効かなかった。
フェリグスとか聞いたことも無い国の人間はみんなこうなのだろうか?
もしそうならどう対応するかよく考えないといけない。
護衛の騎士達は処刑すべきだと進言してくるけど辺境泊から止められた。
理由を聞くとオジサンは死ぬと別の場所で復活するから逃がすことと同じ事になると。
それが本当なら何て厄介なんだろう。
私の力が効かず、殺すことも出来ない。
使い道といえば私の力の実験に使えるぐらい。
力を鍛えていつかオジサンを屈服させるその時まで幽閉しておくしかない。
まあ、これでエレニュルト公国は帝国領になり工作員もいなくなって落ち着くことだろう。
暫くは内政に力を注ぐことができるようになる。
そう思っていた。
そうなのだ。
また新しい問題が発生した。
先の騒動で帝国の食糧事情が心許なくなっていたのだけど、それを解決しようと貴族が隣国から略奪しはじめたのだ。
私兵といえども勝手に軍を動かしちゃ駄目だと言っていたのにだ。
その上、暴力で略奪したものを私の所に献上品として持ってくる。帝国のために役立ててくださいとか言って。
しかも一人二人じゃ無い。
犬のように褒めて欲しそうな顔をした貴族が私に略奪した物を渡してくるのだ。
皇帝もさも当然そうにその略奪品を受け取って貴族の働きを褒めている。
きっとこれから大変なことになる。
なんだか凄く嫌な予感がする。
◇
アマレースは大忙しだ。
何故なら収穫期が終わり冬になったらサイン王がやってくるからだ。
アマレースの住人はみな喜び、それを監督し管理している人間はみな疲れた顔をしている。
機川が無茶なスケジュールを組み、それを実現すべく人々は懸命に働き物資の売買が過熱する。
サイン王がいるハンマーヒルでは引っ越しの準備や施設などの引き渡しで同じように忙しくしているが働く人々の顔は清々としている。
自分が行っている仕事の終わりが明確で、例え期日内に間に合わなくても引っ越ししてしまえば関係なくなるからだ。
反対にアマレースでは王の受け入れ準備と平行して街の建設も行っており道理がどこかに逝ってしまった。
失敗には寛容だが手抜きには容赦がない機川と、公正だがルールに厳格なバリルンドの両名は、人々から畏怖されその緊迫した空気は人々を疲弊させる。
三日に一日の休みはあるが勤務日は夜遅くまで働かされている。例えるなら検収前の追い込み状態。それがアマレースの現状だ。
「皆さん、ご機嫌よう」
皆が死に体で働いている所にキュネルが機嫌良さそうにやってくる。
彼は機川やバリルンドを含む部屋にいる全員に『仕事を増やす敵』と認識されている。
サイン王の配下の中でも特に危険な人物だと分かっているが、どうしても厳しい目を向けてしまう。
「おや、皆さん元気がなさそうですな。休みはしっかりとっているのですか?」
そしてこの言動である。
事情を知っているくせに苛つく言葉で煽ってくる。
「何?
いま忙しいんだけど」
「それは存じておりますよ。ですが至急お願いしたいことがありましてね」
キュネルに皆の殺意が集まる。
「隣国のトゥルク公国にいる執政官が此処に来たいと言っておりましてね。
アマレースにある世界樹が粗雑に扱われてないか確認したいらしいのですよ。そこで部屋を用意して……」
「そんな余裕は無いわ」
機川が一言で切り捨てるがキュネルは引かない。
「確かにそんな余裕が無いことは承知していますよ。
ですがこの件は王の許可も下りて……」
「何を企んでいるのか知らないけど私達を巻き込まないでよ」
キュネルは駄々をこねる子供に諭すような声色で語りかける。
「機川さん。
私は必要なことしかお願いしませんよ?
これは戦争が嫌いな貴方のためにもなることです。すぐにでも『やっておいて良かった』と思う事が起きますよ」