この世界の文明度が低かった。
保護した者達から聞き取りを行ったところ庶民に風呂に入るという習慣が無かった。
魔法という不思議エネルギーがあるんだから風呂ぐらいあるだろうと思ったが無かった。
石けんも品質の低い獣臭い物しかない。この環境に慣れるまで苦労しそうだ。
「これからいかが致しましょうか?」
沐浴と食事をすませた私にモーエレンが問いかけてくる。
「この場所を神域化する」
「現地の神々にいらぬ誤解を与えるのでは?」
「ここで布教活動をするつもりはない。
あくまでも自衛のためだ」
神域とは分かりやすくいうと結界だ。
敵対的な勢力の侵入を防ぎ、もし侵入されたとしても神域内なら有利に戦えるようになる。
それに魔法的な諜報活動に対する対抗手段にもなるからな。
「ベルナデッタ、頼めるか?」
「構わないですが本当に良いのですか?」
「今回、私の無策で犠牲者を出してしまったからな。
いま保護している者達のことを考えると出来ることはしておきたい」
ベルナデッタが仕える廻神は多元世界にわたって存在する特別な女神だ。
輪廻を司り神徒に死を回避する手段を与えるため嫌われることも多いが、敵対までしている神は非常に少ない。
何故なら彼女は自分の神徒を傭兵のように貸し出すことをしており、多くの神々とビジネス的な関係を築いているからだ。
だから現地の神々から何らかのコンタクトがあったとしてもうまく調整してくれるだろう。
「この騒動を引き起こした者たちは?」
「もちろん代償を支払わせる。
保護対象を殺されたからな」
「交渉などできそうにありませんでしたが」
「血で購って貰う。
殴られたのに黙っていては失礼にあたるだろう?」
私の発言に一部の部下が微笑みを返してくる。やはり、まだ戦い足りないようだ。
遅かれ早かれさらに強力な部隊が様子を見に来るだろうから、その前に此方から攻め込んでやるのが良いだろう。
「相手を知る必要がある。
ホルム、行ってくれるか?」
「主の命とあれば」
ヘルゲ・ホルムは小人族の女性だ。茶髪に日に焼けた肌。側面に纏めた髪が体の動きに合わせて動き、可愛らしい見た目をしている。
彼女は盗賊ギルドの頭目をしていたこともあり諜報や偵察が得意だ。怠け癖があるが、功を焦り余計なことをしないという意味では偵察活動に向いているとも言える。
「キュネル。
お前も一緒に行け」
「仰せのままに」
ローゲル・キュネルは魔族だ。短く刈り込んだライトゴールドの髪、淡褐色の肌。艶福家で女性絡みのトラブルをよく起こす悪癖がある。
彼はとあるイベントのボスキャラクターで死闘の末に契約して配下にした。魔族ゆえに人間のことを理解させるのに非常に苦労した記憶がある。
色々と油断ならないキャラクターなのだが異界渡りという名の瞬間移動する能力を持っているため、必ず情報を持ち帰ってきてくれるだろう。
「他の者は後片付けだ。
不衛生な場所で寝泊まりするのは気が滅入る。
各自、成すべき事をなせ」
皆が部屋を出て行くのを確認してから背伸びをし強ばった体をほぐす。
たった十一名とはいえ人の上に立って命令するのは緊張する。画面ごしにプレイしているときとは大違いだ。
私は私で記憶を提供してくれた犠牲者に感謝しつつ、これからのことを考えることにしよう。
◇
村はずれの森の中。陽光が木々に遮られているため日中でも薄暗いこの場所に魔物達の亡骸が集められている。
風通しも悪いため辺り一帯に酷い臭いが充満しているが、死兵達は気にせず亡骸を運び続けている。
そのような光景を目にしながら表情を変えずにエルフの姉妹は会話をしている。
「姉さん、最初は何を呼び出したら良いと思う?」
「食料が有限であることを考えたら蟻が良いわ。
彼女たちならキノコ畑で自給自足できるでしょう?」
「あの子達は強く無いよ。
他の子の方が良くない?」
「そこは数で補えば良いわ」
「そんなに直ぐは増えないよ」
「それなら強力な個体も呼び出したらいいわ。
ただし地上戦力を中心にして」
「なんで?」
「ドワーフ達の居住地を襲った連中よ?
洞穴の中に攻め込むことになるわ」
「そっか。
それなら飛べる子は役に立てなさそうだね」
妹のファロスヒルが亡骸の傍らにしゃがみ込み何かを唱えると肉片が集まり楕円形に纏まっていく。
その卵の形をした物体に両手を掲げ再び何かを唱えると傍らの死体の中に沈んでいく。
ファロスヒルの作業を見守っていた姉は妹の一仕事終えたような表情を見て微笑みかける。
「うまくいったようね。
ここにあるものは全て自由にしていいわ」
「それなら沢山つくるね。
姉さんはこれからどうするの?」
「ホルムの所へ向かうわ。
ちゃんと仕事をするか心配だから」
「大丈夫だと思うけど。
アレも一緒なんだよ」
「だから心配なのよ。
あの二人はいつもやり過ぎるのよ」
モーエレンが影の中に沈み込むと同時に気配も消える。
それを見送るファロスヒルの呟きは森に吸い込まれていく。
「姉さんは色々と心配しすぎ。
いつも最後は力ずくになるんだからさ。
何をしたって結果は変わらないんだよ」
◇
石造りの部屋にドワーフ達が集まっている。
ランタンに照らされた部屋の中は薄暗くタバコの煙とすえた臭いが充満している。
部屋にいるドワーフ達は皆どこかしら怪我をしており体の一部が欠損しているものさえいる。
陰鬱とした雰囲気のなか上座に座ったドワーフが周囲の者に声をかける。
「戦況はどうなっておる」
「ここにいる者の部隊しか残っておらん。
他の者達はわからんが駄目じゃろうな」
「門はどうした」
「この場所に繋がる道は全て崩落させ門は封鎖した。
暫くは安全じゃろう」
「食料はどうだ」
「水はあるが畑が失われてしもうた。
備蓄してあるものだけだと一ヶ月もつかどうかじゃな」
「援軍は期待できそうか」
「使いは出したが敵の数が多いでな。
無事に辿り着いたとしても直ぐにはこれんじゃろう」
「地上の状況がわかるものはおるか」
「わからぬよ。
誰も戻ってこぬからな」
お互いの顔を見てため息だけが漏れてくる。
「子供達だけでも逃がしてやりたいのお」
誰のものともわからぬ呟きが部屋の雰囲気をさらに悪くする。
部屋の中は木製ジョッキがテーブルに置かれる音と、パイプの中から煤を削る音だけが響いている。
沈黙に耐えかねたのかドワーフの一人が皆に話しかける。
「あの化け物共は何なんじゃ?
オークやゴブリンみたいな見た目だが」
「似ているのは形だけで中身はまるで違ったのう。
喰うことにしか興味ないようじゃ」
「まるでゾンビのようじゃな。
もしゾンビなら祓うこともできたのじゃが。
生きているものには効果が無いからのう」
「ワシらの知っているオークよりも頑丈じゃ。
クロスボウでザガバの種にしてやっても動いていたぞ」
「捕まえてみたが暴れるので殺すしかなかったぞ。
理解できんのう。何が目的なんじゃろうな」
打開策は無く、出てくるのは何回も聞いた話ばかり。
そんな中、覚悟を決めたのか立派な髭を蓄えた一人のドワーフが立ち上がり声を上げる。
「ワシらは山で生まれ山で死ぬ。
槌神ドヴェルグと先祖に恥じぬ生き方をせねばならぬ」
皆の顔を見渡し自分が注目されていることを確認する。
髭ドワーフは腕を振り上げて宣言する。
「地上に向けて新しい道をつくる。
ここで血を途絶えさせるわけにはいかぬ。
前を向け、手を動かせ、我らは槌神の子らぞ」
◇
仮面を被った男が洞窟の中を歩いている。
青白い光に照らされた壁や地面には鉛色をした壺のような物が無数に埋め尽くされている。
土の中に半埋した壺は大人が入れるほどの大きさがあり、よく見ると凹凸のある表面は僅かに脈動していることがわかる。
「相変わらず機嫌が悪いな」
仮面男の側に異形の怪物が滲むように現れ、親しみのこもった声色で語りかける。
見上げるような体の表面は鱗で覆われこめかみから一対の角が生えている。
「何が不満だ。
欲しい物を手に入れただろう?」
「不満だらけだ!
あの兵隊は何だ。理性はどこに置いてきた」
「死を恐れぬ獰猛な戦士だ」
「絶えず餓えていて恐怖を感じないだけだろう!」
「裏切らぬ絶対服従の兵士だ」
「裏切るだけの知能が無いだけだろう!」
「兵站が必要ない使いつぶせる兵隊だ」
「確かに食料を必要とせず、いくらでも増やせるのは希望通りだ。
だが規律が無い軍は軍では無い!
アレでは無法者の集団では無いか!」
異形が穏やかな声で話しかけるも仮面男は荒い息を吐きながらまくし立てる。
「私とお前では視点が異なるから感想も異なるものになるのだろう。
だが私はお前が望む力を与えたつもりだ。
それについてはどう思っている?」
「わかっている。
お前は契約を遵守している。
これで満足か」
「大変結構。
後はお前のしたいことをやるがいい」
きびすを返し離れていく異形を仮面男が引き留める。
「ドワーフどもを追っていった者の反応が無くなった。
何か知っているか?」
「情報はタダではない。
対価を支払うつもりはあるのか?」
「そうか。
わかった。もう用は無い」
異形はニヤリと笑うとそのまま暗がりに溶け込むように消えていく。
仮面男はそれをジッと見つめ、そして異形とは反対方向に歩きだす。
「敵だな。
やっと敵がきた」
◇
高台の茂みに少女が隠れている。
少女は向かいの崖下にいる魔物達の群れを眺めている。
オークやゴブリン、コボルト。肌の色は違えども見慣れた魔物達が洞窟から出入りするのを観察している。
険しい顔をした少女の後ろの空気が震えると次の瞬間男が現れる。
少女と男は同じ紺色の軍服を着ていることから同僚なのだろう。
「キュネル、なぜ魔法を使うんだい?」
相手に感づかれると思わないのかい?」
「そうでしたな。
うっかりしておりました」
少女は後ろを見もせずに男を叱責するが相手は悪びれもせず返答する。
「アタシ達は偵察しにきたんだ。
敵に情報を与えず、忘れるんじゃないよ」
「忘れたつもりはありませんが見つかったら見つかったで威力偵察に切り替えればよいのでは?
閣下ならどちらでも気にされないと愚考し……」
「アタシは気にするんだよ。
アタシはお前と違って戦うのは嫌いなんだ」
少女と男が言い合いをしていると同じ軍服を着たエルフの女が影の中から現れる。
「モーエレン、あんたもか!」
少女は崖下から目を離さぬまま現れた女をすかさず叱責をする。
言われた方はいきなりのことに目を見開きつつも男に目線を向けて説明を求める。
「魔法の使用は控えて欲しいそうです。
彼女は敵に優秀な探知能力者がいると考えているのですよ」
「そういうことね。
ホルム、仕事の邪魔をして悪かったわ」
「謝って欲しいわけじゃ無い、気をつけて欲しいだけだよ。
ただでさえアンタ達は種族的に魔法臭いんだからさ」
少女が鼻息粗く言い放つと、言われた二人は苦笑いで応じる。
「それでどうなの。
何か面白いことはわかった?」
「今回の相手は馬鹿みたいに数が多いこと以外は不明だね。
出入りが激しくて忍び込む隙が無いんだ。
虫の観察をしているような気になってきたよ」
「なら、お詫びもかねて手伝いましょう。
どのくらいの騒ぎをおこせばいいかしら?」
その言葉を聞いた少女は目を怒らせ二人のほうへ振り向きざま言い放つ。
「アンタ達は二人は大人していてくれ!」