馬鹿がアマレースに乗り込んできた。
ガダンと呼ばれている馬鹿だ。
馬鹿はトゥルク公国で世話になっていたらしく公国軍と一緒にアマレースに攻めてきた。
進軍してきた理由は『公国民がアマレースで虐待されている』ので『保護しにきた』んだそうだ。
確かに街灯等の照明が数多く設置されているアマレースでは夜遅くまで働けるので長時間労働になりがちだ。
だが虐待と言われるような働かせ方はしていないしキチンと対価も払っている。
私からしたら言いがかりにしか思えないが、とにかく公国軍はアマレースに意気揚々としてやってきた。
こちらの街にはラウグ王国から公国に派遣されているスランドル執政官がいるとも知らずにだ。
公国での執政官の扱いは引き籠もりのお飾りなのかもしれないが、公的には公国の最高責任者だ。
その最高責任者の許可も無しに軍を動かすなどあってはならず、公国軍の大義名分はなくなり軍とは戦うこと無く片が付いたが馬鹿共は違った。
死中に活を求めるような意図があったのかもしれないが、ウチの子達が罠を張って待ち構えている所に仲間と共に突っ込んできた。
確かに馬鹿共は強かったよ。
城壁の一部が破壊され機川が激怒したぐらいには強かった。
でも損害はそれだけだ。
私の部下は手札が判明している相手に後れを取るほど甘くない。
鉄崎の件があるから賠償金を毟り取るなり処刑してしまえば良いのだが、報告されている馬鹿の言動を見るにどうも現地人っぽくない。
なので私自身が本拠地をアマレースに移した事による歓迎式典を終えて一段落したところでガダンと直接会って話をしてみた。
そしたらあの馬鹿は私に求婚してきやがった。
『ビッグな俺と一緒に世界を救わないか』みたいなことを言っていたようだがよく覚えていない。
私が正気に戻ったときあの馬鹿は半死状態で地面に転がっていたからな。
あの馬鹿には暫く牢屋で頭を冷やして貰うことにする。
魔剣をどこで入手したのかとか聞くことはたくさんあるが暫く顔も見たくない。
なお執政官は公国軍がいなくなったとたんにやって来たラウグ王国の長老に引き取られていった。
キュネルが連絡したようだが連れて行かれる執政官を見て少し同情したよ。
「いま帝国はどうなっている?」
「周辺国を挑発して瀬戸際外交を繰り広げているようです。
元々閉鎖的で差別的な国でしたが聖女を得たことで勢いを増しているようです」
私の問いにモーエレンが答えてくれる。
帝国はこのままいくと来年は戦争三昧になるだろう。
聖女の力とやらでどこまで抑えられるか見物だな。
「鉄崎の行方はどうだ?」
「残念ながら不明なままです。どうも聖女と一緒にいるようなのですが……」
いっそのこと今すぐ聖女を潰してしまうのも手だがその後の混乱を治める良い案が浮かばない。
帝国を乗っ取るつもりならそれもいいのだろうが帝国人って外国人を嫌っているからな。
「この頃は聖女の動きが掴みづらくなっております。そろそろ本腰を入れるべきかと」
モーエレンの本腰を入れるってのは帝国を滅ぼそうという意味だ。
だがあんな国を獲っても差配できる気がしない。
「鉄崎の捜索を優先してくれ。
帝国は引き続き引っかき回すだけしていれば良い」
今は帝国のことより自領の立ち位置をしっかりしておきたい。
前の世界では本能の赴くままに行動して痛い目を見たから同じ失敗を繰り返したくないんだ。
「それより転移門はこの世界でも設置できそうか?」
「まだ着手できておりません。
オコナーは可能だと話していましたが。優先させますか?」
「まずは周辺の有力者をここに招待する準備をしてくれ。
それと帝国の周辺国と繋がりが欲しい。春を過ぎたら忙しくなりそうだからな」
万が一帝国が優勢になったとき介入する糸口を作っておきたいからな。
「ここが落ち着くまでは外交と軍事に注力する。
この街には人と金が集まり続けているから他の事は民間に任せてしまえば良い。私達が最適解を提供しすぎると歪な世界になりかねないからな」
この世界には神がいる。
発展しすぎて周囲とのバランスが崩れると、また神に呼び出されて怒られることになりかねない。
「私達はまだ余所者にすぎない。
下手に目立ってまた世界の敵になるのは嫌だからな。当面は無視できないが潰すほど危険さは無い、そんな国を目指すぞ」
◇
この世界には魔法がある。
神から授かる『奇跡』やエルフが使う『精霊術』、龍族の『龍術』など、魔法は人々の生活基盤を支え生き残るために必要不可欠な力だ。
魔法の中でも一定の規則にしたがって魔力を消費して魔法的な現象を行使する『魔術』は地域や民族によって独自の発展を遂げている。
例えば魔道具に刻まれる魔術式も流派によって異なり、その製造方法は国によって厳重に保護されている。
これは強力な魔術は戦略的な価値があるためであり各国は魔術の開発に鎬を削り技術流出に神経を尖らせているからだ。
そんなところにフェリグス国が現れた。
先の変異種の騒動で見たことも無い魔道具を安価に普及させ、強力な魔術により変異種の大軍を打ち破った。
この事件は魔術界隈に激震をもたらした。
オコナーの大規模魔術、機川の魔道具、バリルンドの呪術、これら全てがこの世界に無かった魔術だったからだ。
なので各国の魔術師は競って仕組みを調査したが結果を真似られても動作原理を理解することはできなかった。
それはそうだろう。
フェリグス国は転生者が建国した国。
オコナー達が使用する魔術は科学技術の知識があって初めて理解することができるものばかりだからだ。
それでも各国の魔術師は結果だけでも真似ようと試行錯誤を繰り返す。
その課程で積み上がっていく犠牲者には目を瞑り、何時か同じ力を手にするのだと夢見て身命を賭す。
彼らにとって事故とは勲章であり名誉なことだと考えられているからだ。
だが為政者からしたら堪ったものでは無い。
自国の発展の為ならと物が壊れるのは我慢できても人命が失われるのは座視できない。
優秀な魔術師を一人育て上げるのには金と時間と何より運が必要になるからだ。
だから彼らはサイン王に泣きついた。
無理とは思いつつも少しでも犠牲者を減らしたい気持ちで相談した。
そしたらサイン王から『留学生を受け入れるよ』と返ってきた。
その軽さに各地の為政者達は疑心暗鬼になるも留学生を送らないという選択肢は無かった。
他国に遅れは取れないし、何より魔術師達が国を捨てる覚悟で留学したがっているのだ。
そのような事情がありアマレースには各地から魔術師が集まってきている。
そして此処に学びにくるのは魔術師だけでは無い。
噂を聞きつけた職人や学者が自分達にも教えてくれと次から次へとやってくる。
そんなわけでアマレースには学生達を相手にする酒場があちこちにある。
居酒屋と呼ばれる食事と酒を提供するこの場所には日中の疲れを癒やすため、そして人脈を繋ぐために多くの人が訪れている。
「カンパーイ」
フェリグス流の音頭により学生達はジョッキを掲げる。
安いだけが取り柄の冷たいエールを喉に流し込み、これまた安さが売りの塩茹で豆を頬張る。
アルコールにより張り詰めていた思考が緩み、草臥れた体が温もり包まれ幸せな気持ちが浮かび上がってくる。
「なー。
フェリグス語、難しすぎるんだけど」
ここではサイン王の中の人や機川、鉄崎の母国語をフェリグス語と呼び、それを使って授業が行われている。
このフェリグス語を履修しないと次の段階へ進めないため学生達はよく愚痴るのだ。
「わかる。
文字だけで何種類あんだよ。頭おかしいんじゃねーの」
アマレース周辺地域では古エルフが使用している言語を使いやすく簡略化した平原語と呼ばれる言語が共通語として使われている。
これは平原語が表音文字を使用した癖の少ない修得しやすい言語だからだ。
「南地区に評判の良いフェリグス語の私塾があるらしいぞ。こんど見に行ってみようぜ」
本当なら平原語で授業をするべきなのだろう。
しかし翻訳作業を嫌がった機川が母国語であるフェリグス語で授業することに固執したためこの状況になった。
「それにしても数学はいいな。
覚えることが少ないし何より解けたときのあの感覚。癖になりそうだぜ」
「俺は駄目だわ。
教科書に書いていることは理解できても実際使うとなると頭がバーンってなるわ」
そして数学も必履修科目だ。
電卓が無いため何をするにしても自力で計算する必要があり、計算尺の使い方と合わせて強制的に学ばされる。
「そんなことより俺はあの度量衡の方が頭痛いよ。
あんなの国に持ち帰ったら絶対に問題になるぞ。教科書を翻訳するだけでも大変なのにさ」
そうなのだ。
機川は自分が教える立場なのを良いことに慣れ親しんだメートル法を採用した。
自身が使用する魔術がメートル法準拠なせいもあるのだが。
「あー、あの微妙に中途半端なやつな。
まあさ、今はサイン王の御姿でも思い出して嫌なことは忘れようぜ。
教授陣の狂人ぷりも、積み上がる課題も、来年ある論文発表会のこともさ」
◇
巨人は見かけによらず手先が器用だ。
何でも暴力で解決したがることからオーガの同類に思われているが、彼らはエルフやドワーフに劣らぬ腕を持っている。
ただ彼らの作品は大きすぎるため人間の市場には出回ってこないため、彼らの製品が優れていることは知られていない。
彼らは魔法も得意だ。
丈夫な体に豊富な魔力を持つ彼らは他の種族には使えない特有の魔法を使う。
特に身体強化などの自分自身に効果を与える魔法を好み、ドラゴンとでも素手で殴り合うことができる。
古エルフ並みの寿命を持ち独自の文化と歴史を持つ彼らは決して未開の野蛮人では無い。
騒がしく刺激的な人生を愛するが故に誤解されがちだが義理人情に厚い種族なのだ。
「その後フェリグスから連絡は来ているのか?」
巨人の首長達が囲炉裏を囲み話をしている。
いつもの光景、いつものメンバーだ。
「例の金属を詫びとして持ってきたきりだ。我等を舐めておるとしか思えん」
「何かあったのかもしれないわ。この頃星の動きがおかしいのよ」
「あんな魔族を部下に持つ者は信用できん。
ワシは彼奴らと仲良くするのは御免こうむる」
首長の一人が腕を組みながら息巻いている。
「そうは言うがの。
あのアルミという金属の精製方法だけは何としてでも手に入れたい」
「アレはそんなに凄いのか?」
「ミスリルほどでは無いが魔力の流れを阻害する性質を持っておる。
アレで作られた武器は霊体に有効な武器になる可能性がある」
その話を聞いて首長達の顔色が変わる。
ミスリルはエルフが製法を秘匿しているため巨人達では簡単に手に入れることができない。
もし同じような性質を持つ金属が入手できるとなれば巨人界に大きな変革が訪れることになる。
「いま私の所で使い道を調べているのだけどアレは色々な可能性を秘めている金属よ。
防具に使えば霊的存在から生気を奪われるのを防ぐ効果もありそうなの」
「それほどのものか……
ならば此方から出向くことも考える必要がでてくるな」
「人の世界にいくか。何十年ぶりのことになるかのう」
首長達は互いの顔を見ながら誰がいくのかを相談しはじめる。
「今回の目的はサイン王との交渉だ。
人との交渉が得意なものを選ぶべきだな」
「旅慣れている必要もあるぞ。
黒エルフ共の国を横切って山脈を越える必要があるだろうからな」
「人に化ける術に長けていることは必須だの。
人の国で術が解けるようなことになれば大事になりかねん」
「今世の龍の名を知っている者はおるか?
奴の土地に入った途端に攻めてきたと誤解をされぬよう話を通しておく必要があるからな」
首長達は話し合いそして一人の女首長に注目が集まる。
「そうね、私が行くのがよさそうね。サイン王も女性だし。
それじゃあ次は彼女に渡す対価について話し合いましょう」