ソケシアン帝国が周辺国へ侵略を開始した。
聖女のカリスマ性がソレをなしたのか、帝国人の性格がソレをなしたのかはわからないが予想より早かった。
つまり帝国は碌な準備もせずに戦争を始めたのだ。
帝国貴族は聖女に勝利と栄光をもたらすために戦意だけは高いが、金も物もついでに頭も足りていない。
勝利のためと称して通過する街々から物資を略奪し、それで喰えなくなった人々が軍に入り被害者を増やしていく。
勢いだけで動く上司と秩序が無い現場。控えめにいって地獄だろうな。
国や会社のような人が集まってできた組織には相応の大きさというものがある。
帝国は隣国のエレニュルト公国を併合したときに一旦腰を落ち着けて新しい環境に人やルールを馴染ませる必要があった。
私達の工作があったとはいえ限界を越えそうなら地盤固めをしないといけなかったのだ。
だが帝国はそれをしなかった。
きっと聖女周囲の人間は彼女に嫌われたくなくて耳障りのいい報告しかしなかったのだろ。
だから聖女が問題に気がついたときは手遅れだった。
食べるものが無く困窮しているのに笑顔を浮かべている人々に囲まれるというのはどんな気分だろうか。
自分の失策で亡くなっていく犠牲者から恨まれもせず、慕い崇拝してくるのをどんな気持ちで見ているのだろうか。
聖女は現代的な感覚をもっているようだから最悪な気分だろうと思う。
自分の力の厄介さに気がついても使い続けなければ殺されてしまうという恐怖。
周囲の期待が重すぎて潰れそうになっても前に進み続けなければいけないという苦悩。
この状況なら放っておいても帝国は緩やかに崩壊していくだろう。
だが私がこの状況になるよう仕向けたのだから最後まで付き合わないと不誠実というものだ。
今のままだと帝国が滅びるまで数年かかりそうだしな。
問題は戦後処理をどうするかだ。
聖女の力は相手を意のままに操る支配ではなく全肯定マンに変える洗脳に近い力のようだが、これを魔法で解くことはできなかった。
なら聖女を亡き者にすれば良いのかというと『それで洗脳が解かれることは無いだろう』というのが調査した部下の見解だ。
これは聖女の信奉者を根絶することはできないことを意味する。
彼女自身が無くなっても彼女の亡霊は長く留まることになる。
まったく厄介なものを持ち込みやがって、という感想しか無い。
「どうかしましたか?」
帝国の地図を見ながら悩んでいるとモーエレンが話しかけてきた。
「帝国の店じまいをどのような形にしようかと考えていた」
「聖女を始末すればあとは周辺国が良いようにするのでは?」
「それだと落ち着くまでに時間がかかる。全帝国民から恨まれるのも嫌だしな」
「恨まれることなどいつものことでしょう?」
ゲームではそうだったな。
でもリアルでそれをやるのは嫌なんだよなあ。
「特定の人物に心酔したものたちから恨みを買うのは面倒だ。
あいつら形振り構わず嫌がらせしてくるからな」
「昔のように根絶やしにすることも検討してみては?
ファロスヒルは準備を終えていますよ?」
「そんなこともしたな。
だがアノ手のことは二度としないと誓ったのだ」
そうなんだ。
蟲や死兵を使えば国を滅ぼすのは簡単なんだがアノ手はもう使えない。
なんせ神々から直々に呼び出されて二度としないと誓わされたからな。
例え世界が違っていても廻神との契約が切れるかもしれない手段は選べない。
「帝国の神は光神サンローンといったか?」
「そうです。
唯一絶対の男神で周辺諸国の神とは仲は良くないようです」
「聖女は光神の神徒なのか?」
「確証はありませんが違うのでは無いかと」
「そうだな。私も違うと思っている」
唯一絶対とか公言している神は大抵男尊女卑だ。
皇帝より聖女が崇められ敬われている現状を苦々しく思っているはず。
聖女の利用価値が無くなった途端に火あぶりにでもなるだろうな。
「どう考えても聖女の未来は明るくないな。
なら私達の都合の良い形で表舞台から消えて貰った方が彼女のためにも良いだろう」
「始末なさらないのですか?」
「彼女をこの世界に送り込んできた超常存在の意図がわからんからな。
騒動を起こしてその隙に身柄を拘束するだけでいい」
「聖女を此処で幽閉するのですか?
あまり良い案には思えませんが」
「聖女を捕らえられたら古エルフに引き渡す。私達の手元に置いておくと周辺国は不安になるだろうからな」
古エルフは自領に引き籠もって静かに暮らしたいだけの種族だ。
彼らなら騒動の元になるようなものを私達の手元に置いておくよりは、と自領で引き取ることを了承してくれるだろう。
「それは古エルフに始末されるだけでは?」
「それは無いだろうな。
彼らも超常存在に恨まれたくないはずだ。
まあ、超常存在がどんな思惑を持っているのかわからんから全て憶測だが……中々と悩ましいな?」
そして古エルフは私達を恨むだろう。
だが私達だけが泥を被るのは面白くない。
決してラウグ王国に呼び出されて詰問された意趣返しではないぞ。
「では帝国のほうは如何なさいますか?
ご存じかと思いますが割ける人員はあまり多くはありません」
「周辺国に聖女の居場所と能力について教えてやるだけで良い。それだけで当事者達が勝手に動いてくれるだろ」
「彼らは聖女を恐れています。うまくいくとは思えませんが」
「タユルトの連中には色々と貸しがあるだろう?
聖女の魅力に取り込まれているかもしれんが中枢はまだ無事だ。今ならまだ彼らを使って他の連中を煽るぐらいはできるだろう」
そしてタユルトが上手くやれば他国も乗ってくる。
どの世界でも他人が美味しい思いをしていたら自分もやりたいと思うものだ。
「必要なものは物資でも金でも提供してやれ。
担当は……機川がいいだろう。アイツは何かに傾倒した人間の扱い方をよく知っている。キュネルだと帝国を滅ぼしかねんからな」
「彼女が引き受けるとは思えません。
何か面白いことを見つけたようで工房に引き籠もっていますから」
「まさにソレだ。
何をしているか知らんがそろそろ実戦で試したくなってきている頃合いだろ。
それにアイツは特定の人物に執着し周囲に迷惑をかける集団が大嫌いだ。帝国を良い感じに掻き回してくれるだろうさ」
◇
アマレースの白亜の館。
アマレースの中枢でありサイン王が住まう場所。
国賓を接遇する施設でもあり、有事には軍事施設として利用することも想定されている。
白亜の館は小高い丘の上にあるのだがそれは街のシンボルになるとか守りやすいという理由だけでは無い。
その地下にはサイン王にも知らされていない施設がいくつもあり、特にファロスヒルの蟲巣は街全体に広がっており誰も全貌を知らない。
その蟲たちは住人達が出すゴミの処理や外敵の警戒など街を支える重要な役割を担っている。
新興勢力にすぎないフェリグス国が何も無かった所に街を作りそれを維持できているのは彼らがいてこそだ。
白亜の館の地下には他にもサイン王の部下が自分達のためにつくった施設が多くある。
機川の工房やバリルンドの研究所はココではなく世界樹に隣接する場所にあるがその他の重要施設はだいたい地下にある。
ドワーフの街を襲撃してきた巨大ワームにも耐えられるように幾重にも張られた防護結界。
臭いや熱など人間には無い器官によって周囲を認識している蟲たちによる警備。
許可された魔法以外が使用されたらそれを検知する仕組みなど、アマレースの地下施設は機密性と安全性が高いのだ。
そんな場所の一角にモーエレンの私室がある。
机とベッドしかない殺風景な部屋、私物といえば机の上にあるサイン王が小さい頃の絵のみ。
彼女はサイン王に全てを捧げており、他の事には興味が無いし例え興味があったとしてもそれに割ける時間はない。
アマレースを実務面から支えているのは彼女であり、各部署が円滑に機能するのは彼女がいてこそである。
いま彼女の私室にはファロスヒルがいる。
彼女はベッドの上に寝転び姉妹という気楽さからモーエレンに親しげに話しかける。
「姉さん、そんな難しい顔をしてどうしたの?」
モーエレンは書類から顔を上げて妹を睨み付ける。
「ベッドの上でオッカの葉を噛まないで言ってるでしょ。もっと行儀良くしてちょうだい」
「少し集中したかったから……ごめん」
「何かあったの?」
「聖女がまた帝都に呼び出されたみたい。
蟲をもう少し近づけさせれば詳しく聞き取れると思うんだけど」
「それはダメ。
この世界で私達はできることが限られているの。気づかれて警戒されるのは面白くないわ」
「でも……」
「いい、帝国は私達にとって危険な敵じゃないの。
手の内が露見するような行動をするほどの価値はないわ」
ファロスヒルは姉の言葉に納得していないようだが言いつけはきちんと守る。
「聖女が呼び出されたということは機川の工作がうまくいっているのかしら?
そこを調べる必要がありそうね」
「姉さん達は何をしてるの?」
「聖女の信者達を仲違いさせているのよ。
人は異教徒よりも異端者をより強く憎む傾向があるから、その習性を利用しているの」
「同じ対象を崇拝している仲間なんじゃないの?」
「前の世界でも教義の解釈違いとかで戦争してたでしょ?
機川は『同担拒否』とか相変わらずよくわからない言葉を使っていたけど」
モーエレンの説明に妹は不思議そうな顔をしていまいち納得していない様子だ。
「聖女は『世界に平和を、皆には幸福を』って言っているんだよね?
解釈違いも何も近くにいるんだから直接話を聞けばいんじゃないの?」
「世界を平和にするにも手段はいろいろあるわ。
世界征服して戦争を無くすとか、交渉して金で解決するとかね。
その人の立場や何を大事にするかで目的を実現する手段、優先度は変わるのよ」
ファロスヒルの疑問は続く。
「でも聖女に魅了されているんだから変なことはしないんじゃないの?」
「人は自分が優れていることを証明したいし、憧れの人から認められたいのよ。
特に選民意識が強く有能だと自称している帝国民はその傾向が強いわね」
「そうなんだ。でも魅了されている人間をそんな簡単に操れるものなの?」
「帝国民は戦争が続いているせいで心身ともに疲弊し飢えで苦しんでいる。
それなのに帝国貴族は戦果欲しさに民衆を無茶をさせているから互いを憎み始めているわ」
「そんなの何処でも同じじゃない?」
「何事も限度というものがあるのよ。
あそこまで荒んでしまうと人々は苦しみから解放されるために普段なら信じないようなことも信じてしまうようになるの。
そして自分達に正義があると信じ込ませれば何でもするわ」
◇
私は聖女アカネ。
いま私は帝都で幽閉されている。
私の力が通じない魔法生物に監視されて何処かもわからない場所に監禁されている。
今のところ囚人みたいな扱いは受けていなけど誰も私に会いに来てくれない。
こんな所に一人でいると色々と悪いことを考えてしまう。
そもそも私がなんでこんな仕打ちを受けないといけないのだろう。
世界が良くなるように私は努力してきた。
それこそ前世のブラック企業に勤めてた時よりも頑張ったつもりだ。
国は人々が幸せに暮らしていける場所を提供することが何よりも大事。
なのに皇帝も元老院の貴族もそのことを理解してくれない。
無いものを他人から奪うようなことは何時までも続けられるものじゃない。
例え遠回りに見えても自分達で産み育てる環境をつくることが重要。
それに争いは悲しいことばかり引き起こす。
ただでさえこの世界には魔物や野盗など危険なものが沢山いるのだ。
せめて話し合いができる相手とは対話して解決してほしいだけなのに。
私が各地を訪問していたときに同行してくれた人達とはそのことを共有できた。
ああいう人がもっと広まれば帝国は今よりずっと良くなるはずなのに。
それにしても此処はどこなんだろうか。
窓から見える景色はとても綺麗だし部屋の調度品も凄く上品で心落ち着く。
帝国にこんな場所があるなんて知らなかった。
食事も彩り豊かでとても美味しく帝国人にもこんなものを作れるんだと驚いたぐらいだ。
ただ一つ注文をつけさせてもらえるなら偶には肉料理が欲しいぐらい。
それと私を監禁している魔法生物も見たこと無い見た目をしている。
品の良いロングタイプのメイド服を着たドールのような外見の魔法生物。
頭部に三つの黒丸が三角形に配置されていることから三ツ星商会の製品だと思うのだけど。
本当にここは何処なんだろう。
私は世界を救わないといけないのに。