聖女は何とかした。
当初の予定通り古エルフに引き渡し幽閉してもらった。
ただ帝国の光神サンローンの存在を失念していたのは危うい所だった。
普通の神々は人の世に介入することは滅多にないが、光神や古エルフの双樹様のような特定勢力でしか信仰されていない神は頻繁に『助言』を下す。
つまり私達の聖女を拐かす計画が光神を通じて露呈する可能性をすっかり忘れていたのだ。
なので『人の世のことは人に任せて下さいよ』と交渉しようとしたのだが、これが結構大変だった。
当初はウチの国神である廻神を通せば光神と簡単に話ができると思ったんだけど、新参者で異界の廻神では会うことも拒絶されてしまう。
ならばと古エルフ達が信奉している双樹様に頭を下げて、更に『色々なお願い』を聞いてやっとこさ仲介してもらった。
光神との交渉は難航したが最終的には帝国に私達のことを秘密にするかわりに、私達は帝国に侵略しないことを約束した。
私は帝国に侵攻も侵略もするつもりはなかったので良い取引だったと思う。
部下達は不服そうだったが、バリバリの宗教国家なんていらないんだよ。
想定外だったのは聖女が行方不明になったことで帝国が派手な内戦に突入したことだ。
原因を作ったのは私達のせいなのだが予想より大きな騒ぎになりすぎて収拾が付きそうにない。
これは救世主を自称するあの馬鹿が帝国にいたせいだと考えている。
アイツは無駄にカリスマ性があり変なところが勤勉なせいで旗頭として祭り上げられ現場で暴れ回っている。
あの馬鹿のせいで皇帝派と救世主派は一進一退の攻防を繰り返しており紛争は収まる気配が無い。
二つの派閥はお互いに『聖女を返せ』と主張しており一歩も譲らない。
周辺国も聖女が行方不明になったのをこれ幸いと焚きつけるし領土を削り取ろうと画策している。
帝国民も掲げる正義に酔って同胞を殺しては大喜びしている。
みな鬱積した感情、鬱屈した心情、鬱憤した気持ちを晴らすために行動している。
聖女は暴力で解決することを誰よりも嫌っていたのに誰も覚えていないようだ。
この内乱は放っておけば帝国が瓦解するまで続くだろうな。
今まで帝国を苦々しく思っていた国にとって千載一遇のチャンスだし。
変異種の時とは違い相手は人間だから劣勢な勢力に支援をしたりして周辺国は戦火が消えないよう薪をくべ続けるだろう。
こんな状況になったのは私のせいでもあるから落とし処を見つけないといけないと思っている。
気のせいかもしれないが神々から責められている気がするんだよ。
馬鹿なことしているなー、とか思いながら傍観していると呼びされて怒られそうだからな。
「そういえば鉄崎は何処にいるのだ?
聖女は古エルフに引き渡しただろう?」
「本人が希望したので聖女の警護をさせています。必要なら呼び戻しますが」
モーエレンに問いかけると予想外の答えが返ってくる。
そんな報告あったっけ? 無かったような気がするんだが。
「必要というかアイツがいなくて第一軍は大丈夫なのか?」
「問題ありません。
既に第一軍の教育は終わっており何かあればオコナーが対応することになっていますから」
「そういえば変異種を殲滅するときに第一軍と一緒に行動してたから部外者というわけでもないのか……
でも何で聖女の所に残っているんだ?」
「私主の若い頃に似ていて放っておけないと言っていました。
後、キチンと躾ければ我々とって有益な人物になるとも」
え、アレと似ていると思われているの?
ちょっとショックなんだけど。
「少し納得できない所もあるが問題が無いならそれでいい。
それより帝国の今後についてだが」
「制圧しますか?
それとも占領しますか?」
「どちらもしない。光神との約束を忘れているのか?」
「光神は他の神々から嫌われています。それほど問題になるとは思えません」
ゲームの頃ならその選択をしていたと思うが現実で神との約束を破るのは極力避けたい。
少なくとも今は信用を積み重ねて神にも人にも良い印象を持ってもらわないといけないからな。
「帝国を滅ぼす必要は無いしそのつもりも無い。いくら光神や帝国人の気質が気に食わなくてもだ」
「色々な課題が一気に解決するかと思いますが?」
「問題を起こすのはいつも人だ。国を潰せても帝国人を一人残さず滅ぼすことはできんだろう?
それなら帝国という国にまとまってもらったほうが扱いやすい」
どうせ帝国という枷が無くなったらそれはそれで新たな問題が湧いてくるのだ。
なら光神と帝国には分かりやすい敵として残って貰っていた方が余程いい。
「報告を見る限りこの世界の人間は野蛮だ。
殺すことや拷問することを楽しむ質の悪いものが多い。古エルフが人間を蔑むのもやむなしだ」
「人族はそんなものでしょう?」
「私は戦争にもルールが必要だと考えている。それを理解してもらうために今回の内乱を利用するつもりだ」
将来私達が戦争することになったときに滅ぼすのを目的とする血みどろの殺し合いなどしたくない。
神がいるせいで必ず宗教戦争じみた事態になるだろうからな。
「まずは皆には嫌気がさすほど殺し合ってもらう。
そして厭戦気分が高まったところで介入し争いを終わらせる」
犠牲となる者達には悪いが頭に血が上っている状態で戦いを止めろといっても聞くわけがない。
戦争に疲れ果てもう殺し合うのはこりごりだという状態にしないと私達も巻き込まれる。
「講和条約を結ぶときには古エルフや巨人も巻き込んで戦争のルールを提示し押しつける。
反発するものも出るだろうが古エルフや戦争当事者達は受け入れるだろう。そうなれば数で押し切れる」
「この世界の人間を観察していますが上手くいくとは思えません。
自分と違う者を全て滅ぼせば幸せになれると考えているようですから」
「そうだな。そして、そのようなことは不可能なことを実感してもらう必要がある。
彼らも人殺しにウンザリし誰か止める理由をくれと望むぐらいに疲弊すれば私の提案を検討してくれるだろうさ」
帝国を残しつつ戦乱を収め、なおかつ私の要求を飲ますためにはコレしかないだろう。
戦う相手を殺し尽くす正義の戦争からルールに則った正式の戦争へ。
困難を伴う事業だがやる価値はある。
「わかりました。
その方針で調整いたします。ですがそこまでして私達に何か得があるのでしょうか?」
「この世界にどのくらい滞在することになるかわからないからな。
ならば世の中から少しでも悲惨なことを減らしておくのは悪いことではない。これから行おうとしていることは将来の私達を救うことになる」
「この世界には知らねばならぬことがまだ数多くあります。他のことに注力したほうが良いのでは?」
前の世界と違い情報を簡単に得られない今、他勢力の行動を制限するためにもルールは絶対に必要だ。
偉くなればなるほど大義名分が大事になり、それを失うと地位を失うことになりかねないからな。
「いま私達が主導権を握れているのは技術的な優位性があるからだ。
だがこの優位性は直ぐに無くなるだろう。それならば優位性があるうちに私達にとって望ましい環境を整えておきたいのだ」
モーエレンは珍しく悩んでいる。
たぶん自分達の優位性が失われるとは思っていないのだろう。
「それにだ。
最後の最後に介入するまでは第三者として各国相手に商売できるぞ?
戦争が激化すれば何もかもが足りなくなるからな。彼らには私達の懐を暖めて貰おうじゃないか」
◇
オズボーン・オコナー。
さまざまな記憶を書籍という形にして取り込む能力を持ち、人々からは完全記憶保持者と思われている。
その能力からくる精神的負担を軽減するため感情や思考を抑制しており、そのせいで人々から敬遠されがちだ。
サイン王も勘違いしているのだが彼に喜怒哀楽が無いわけではない。
好き嫌いもあるし思い通りに事が進まなければ苛つきもする。
ただ物事の判断を感情に左右させると後で後悔することになると知っているため、感情の揺らぎを感じるとすぐさま抑制しているだけだ。
そんな彼には天体観測という趣味がある。
星々の動きを見ていると心穏やかになるし宇宙のことを考えると心が躍る。
私室も皆のように地下ではなく白亜の館に併設された時計塔にしたぐらいだ。
そこには機川に無理を言って作ってもらった天体観測望遠鏡が備え付けられており暇さえあれば宙を眺めている。
今日も彼は私室で日課の天体観測をしていた。
一日の疲れを星の煌めきで癒やし、天体を記録することで業務で感じた苛立ちを落ち着かせている。
そんな趣味を満喫している所に魔族のキュネルがヌルリと入ってくる。
異界を渡る能力を持つ彼はよくこの移動手段を使う。
「キュネル、人の見た目をしているのだから人らしく振る舞ってくれないか。急に現れられると心臓に悪い」
周りから嫌な顔をされるもキュネルの行動は改善されない。
長年人間を観察していることで『ぶち切れボーダーライン』を熟知しているため本当に嫌がることは改めるが、それ以外は改めることはない。
「少し問題がおきまして。
話を聞いて頂きたいと思い伺ったのですよ」
「問題があるなら王なりモーエレンに報告するべきだろう」
「自称救世主のガダンが旧き神々と接触しそうでしてね。これからどうしようかと悩んでいるのですよ」
「旧き神々?」
「帝国に滅ぼされた民に信仰されていた神々です。
現世に介入するような力は残っていませんが過去に起きたことを視るぐらいの力はあるでしょう。放っておくと聖女のことが知られてしまう、かもしれませんね」
キュネルの話にオコナーは考え込む。
「救世主が急に覚醒したかのように優秀な人物になりましてね。
逆境におかれると化ける人間というのは何時の時代にもいますな」
「王に報告すべきではないか?」
「報告したら次の日にはモーエレンに処分されてしまいますよ。私としてはあの馬鹿にはもう少し頑張ってもらいたいのです」
オコナーは怪訝な顔をして睨む。
「何を企んでいる?」
キュネルは和やかに微笑む。
「アレがいなくなると救世主派は皇帝派に飲み込まれてしまう可能性が非常に高いのですよ。
それでは閣下が求めている地獄のような戦争が終わってしまいます」
「アレがいなくても戦火が消えることはない。そのために各国と密約を交わしている」
「帝国を甘く見てはいけませんよ。今の皇帝は相当な遣り手ですからな」
キュネルは指を振りながら答える。
「それにプレイヤーは多ければ多いほど良いのですよ。混沌として誰も先を見通せないぐらいが望ましいですな」
キュネルは手を合わせそれを口元に当てながら目を細くする。
それを見たオコナーはため息をつきながら問いかける。
「私に何をさせたい?」
「貴方には私と一緒に旧き神々と会って欲しいのですよ。魔族の私だけだと会ってもくれませんからね」
話を聞いたオコナーは眉をひそめ問いかける。
「なぜ私なのかわからないな。神に会うのであれば他に適任者がいるだろう?」
「閣下も含めて他の人だと慈悲深かったり過激すぎたりしてダメなのですよ。目的を達成するために何が最適なのか冷静に判断できないと」
「その発言は不敬ではないのか?」
「閣下は私が仕えるに相応しい人ですよ。
ですが十の仕事を二十や百と増やしてしまうことがありますからな」
キュネルは不敬と言われたことに心外そうな顔をして答える。
「閣下はもともと効率的で合理的な判断を避ける所がありましたが、此方の世界に来てその傾向が強くなったと思いませんか?
周囲に必要以上に配慮していたら数年で終わることが数十年かかる事態になりかねませんよ」
「急激な変化は修復できない歪みを生じさせる。
我々はもうこの世界の一員なのだ。周囲との関係性を重視するのは間違いではない」
「悪事を為すときは手早く終わらせるべきです。結果的に見て失われる資源も人命も少なくなりますからね」
キュネルは両手で何かを包むような格好をして語る。
「私は彼らに殺戮を存分に楽しんでもらいたいのですよ。
だから旧き神々に横槍を入れられるのは困るのです。眼前の敵にだけ集中して貰いたいですからな」
あきらめ顔をしながらオコナーは問いかける。
「具体的には何をしたいのだ?」
「救世主より先に旧き神々と話をつける必要があります。
旧き神々の代わりに私達がガダンを導いて差し上げたいのですよ。旧き神々も憎い帝国人がより多く死ぬ私の提案を気に入ってくれると思いますよ」