この世界に来て十回目の春。
ソケシアン帝国の内乱に端を発した戦乱は四年経過した今も収まる気配は無い。
初めは皇帝派と救世主派で激しく殺し合っていたが、そこに周辺国が介入し始めた途端皇帝派と救世主派は休戦し対抗しはじめた。
すると救世主派を支援していた者達が『聖女を隠匿している皇帝と和解するとは何事だ』と援助を打ち切ってしまう。
救世主派には元々皇帝が憎いだけの人が多かったから予想通りと言えるのだが自称救世主のガダンはそう考えなかったようだ。
支援者達に逆ギレして関係を悪化させたあげく新救世主派と聖女信奉派という二つの勢力に分裂したんだ。
現在も新救派と聖女派の両勢力は皇帝派そっちのけで凄惨な殺戮合戦を繰り広げている。
やはり元仲間だと憎しみも激しくなるのだろう、皇帝もなかなか面白いことをするなと感心する。
そんな彼も全てが順調というわけでは無い。
国内の反乱分子は互いにつぶし合っているが周辺国からの侵略は続いているからだ。
そう仕向けている私が言うことでは無いが皇帝は頭の痛い日々を過ごしているのだろうな。
戦争と言えばこの世界の戦争の主役は魔法だ。
魔法は銃器と違い弾薬補給みたいなものが必要無い代わりに兵員を簡単に増やせないし一日の使用回数が決まっている。
銃火器も弾薬という使用回数があるがそれは工業力を上げて増産すればいい。
しかし魔法はそうではない。
規模の大きな魔法は戦局を変える力を持つが使用者の魔力量により使用回数が制限される。
しかも魔法を使用できる兵士は簡単に調達できないため運用も慎重にならざるおえない。
だから機川が開発した攻撃魔術を組み込んだ魔道具は飛ぶように売れている。
攻撃魔術を射出できるライフル型の魔道具は素人でも簡単に使え、しかも丈夫で壊れないと評判だ。
元々は電子機器を魔法で擬似的に再現する魔道具開発から始まった。
巨人族に伝わる金属素材に固有の特性を持たせる魔術を見た機川が『これで半導体が実現できる』と狂喜し次々と魔道具をつくりはじめたんだ。
魔力の流れを制御し魔術式の起動と停止を素人でも行えるようにする魔導回路。
それはすぐに兵器開発に転用されいまや戦争の常識をも変えつつある。
倫理観少なめの技術者に金と時間を与えて自由にさせていた私が引き起こしたともいえるが、これでこの世界の文明も大きく変わるだろう。
古エルフからは『ロクでも無い技術を広めた』と抗議されたが彼らもこの変化に逆らうことはできないだろう。
話は変わってアマレースなんだが、今のところは順調に発展している。
当初は空き地が目立つ馬鹿みたいな広さに呆れていたが、周囲の城壁に見合った規模に育ちつつある。
私達は都市が大きくなるとどんな課題が出てくるかを知っているから予め対策しておくことで大きな問題もなく成長している。
でも問題がまったく無いわけではない。
人が増えれば食糧消費量は多くなり、廃棄物も増え、そのゴミは環境汚染を引き起こす。
それを解決するために排泄物などを肥料とすることを考えたのだが、この世界の人々からは凄く反対された。
実績があると説明しても神への冒涜だの不潔だのと言われ妨害もされたがアマレースは私が管轄する場所だから強引に進めた。
今ではウチの住人達には受け入れられ公衆トイレが利権のひとつまでになっている。
心ない人からはアマレースの住人は糞食いだとか言われているようだが。
「ラウグ王国の大使が面会を求めてきていますが」
「断りたいが断れないだろう。時間を調整してくれ」
ラウグ王国の古エルフには大きな借りがある。
私達フェリグス国が周辺国にすんなりと国として認められたのは彼らが真っ先に私達を国として認めてくれたおかげだ。
政治的な思惑があったにしろ借りは借りだし外交で恩知らずという思われるのは良くない。
だが私達が各国に派遣している駐在員が詰めている場所に、諜報員を紛れ込ませようとするのは止めて欲しい。
いくら借りがあるからって相手国に敵対的と取られかねない行為は見過ごせない。
「トロール毛製の新しい軍服が上がってきております。
埋め込まれた魔導回路により大幅に性能が向上しているとのことです」
「魔導回路って機川と巨人の巫女が共同開発したものだろ?
それを着てラウグ大使に会ったら挑発と受け取られないか?」
「いいではないですか。有用なものは例え敵であっても利用するのを是としてきたのですから」
嫌味を言われるのは私なんだけどな。
ただでさえ魔物の毛を着ている蛮族と馬鹿にされているのに『巨人の技術』が組み込まれていると知られたら何を言われるかわからんぞ。
「閣下、少し宜しいでしょうか」
執務室の扉の前にいつのまにかキュネルがいて声をかけてくる。
モーエレンは彼の訪問の仕方に嫌な顔をしているが口に出してまで咎めることは無いようだ。
「何があった?」
「帝国が動き出しましてね。つきましては判断を頂きたく参上したのですよ」
「自ら行動を起こしたのか?
ということは何処かの国と密約でも交わしたか」
「ええ、西のブラム大公国を共通の敵としてメン王国と手を結んだようですな。
王国はトレターロー川流域の土地を一つでも増やしたいと考えていましたから」
皇帝は私達があえて関係を持っていなかった帝国西部をまずは攻略したようだ。
これで帝国は他の場所に戦力を集中できる。
ここまでは予想通りだが……
「帝国は手始めに北のダンシア教区を潰すことにしたようですな。あそこは光神信徒に騙されて奪われた土地ですからね」
「随分と思い切ったな。光神の信徒が黙っていないだろうに」
ダンシア教区は北のあるニテシュ母国という蛇人の国と帝国の間にある地域だ。
光神サンローンの信徒を蛇人から保護するという名目で神殿騎士が乗り込んできて、そのまま居座ったという経緯がある。
「このままですとダンシア教区は制圧され住民は皆殺しになるでしょうな。
私としては教区には生き残って貰いたいのですが、まずは閣下の考えを伺いたいと思いましてね」
「帝国へ渡す物資を増やして帝国軍を支援してやれ。教区の住民には悪いが滅んでもらう」
「教区が残っていたほうがより混乱が大きくなると思いますが?」
「お前が接触した旧き神々は光神信徒の死を望んでいるのだろう?
その望みを叶えてやらねばならんからな」
キュネルのやつ自称救世主を陥れるとはいえ勝手に神と接触して私に断り無く話をしてきた。
なので大局に影響ない範囲で神の要望とやらを叶えておかないと大事なときに自由な選択ができなくなるからな。
「それよりもニテシュ母国に帝国の動きを教えてやれ。
必要ならば母国に機川の武器を売るのも許可する。帝国が大きく勝ちすぎて予想外の動きをしてもらっては困るからな」
「それは……戦場はさらに酷いことになりますな」
キュネルは『それはそれは』と楽しそうに相好を崩している。
また独走しないといいんだが。
「光神信徒の土地に手を付けるということは皇帝も覚悟を決めたようだ。
そろそろ私達の出番もくるかもしれん。この世から悲惨な現実を減らすことが目的なのを忘れるなよ?」
◇
ソケシアン帝国の皇帝ルキス・アウス・キナウスは悩んでいた。
豪華だが座り心地の悪い椅子に戦場で鍛えられた体を預け、顎髭に手を添えながら目の前の地図を見ている。
時たま執務机に積み上がられた資料を確認しては再び隻眼を地図に向け厳しい顔を更に歪めながら地図に何かを書き込んでいる。
白髪はボサボサで目には隈があるが眼光は鋭く張り詰めた雰囲気を漂わせている。
「皇帝陛下、昨日までの報告書が上がってきております。こちらに置いて……」
「こちらに渡せ。直ぐに目を通したい」
皇帝は幼い頃から仕えている宰相が持ってきた書類を奪い取るようにして椅子に座る。
書類を読み進んでいくウチに皇帝の機嫌はだんだんと悪くなりとうとう怒声を上げる。
「あの魔女め!
節操無しの阿婆擦れめ!
私に何の恨みがあるというのだ!」
報告書にはニテシュ母国の蛇人が三ツ星社製と思われる魔術射出器を使用していると書いてあった。
帝国に販売されている物とは違い、先に返しの付いた棒状の金属を射出するそれは帝国兵の鎧を易々と打ち抜くという。
「見せしめに出入りしている商人の首を落としますか?」
「それが出来ぬ事はわかっておるだろう。
彼奴らの武具は今だ未解明なものが多くあれらはこの先の戦いでも必要だ。だからこそアイツは我等の足元を見て好き勝手な商売をしているのだ。
まったく忌々しい」
皇帝としてはダンシア教区全域を奪還する予定だったが母国と土地を分け合う形になってしまった。
「それより教区に送る貧民はどうなっている?」
「まだ届いておらぬ物資がありまして。来週の頭ならば可能かと」
「足りなくてもいいから送り出せ。
最悪、人だけでもいい。母国に先を越されてはならん」
国民が住んでいればその土地を自分のものとして主張することができる。
例え強奪した土地であったとしても自国民が住んでいれば国民保護を理由に軍を出すことができる。
少しでも帝国領を増やすためには教区に帝国民を急いで送る必要がある。
「東部地域で変わったことは何か無いか?
特にタユルト国への工作活動は進展しておるのか?」
「今のところ良い報告は届いておりませぬ。サイン王の影響力が強く切り崩しが進んでおりません」
皇帝は黙り込み考え込む。
「やはりあの魔女は邪魔だな。
彼奴を排除しないことには我々の繁栄は無い」
「聡明な陛下の仰ることはわかりますが……もう引き受けてくれる組織は何処にもおりませぬ」
「一人おるではないか。救世主を自称している聖女狂いが」
「確かに彼はサイン王が憎いと公言しております。
ですが彼にはまだ利用価値があるのではありませんか?」
「我々は教区を奪還したことで光神信徒と敵対したからな。
聖女派の光神信徒どもが仲間割れをやめて矛先を此方に向けて貰っては困る。それらをまとめて解決するためにも奴には最後の奉公をしてもらおう」
「アマレースは厳重に警備されております。彼には少し荷が重いのではないかと愚考しますが」
皇帝は笑みを浮かべながら宰相に話しかける。
「報告によるとサイン王は頻繁に外遊しておる。
その外遊先でたまた救世主と鉢合わせしたら何が起こるか。我々にとって楽しいことになりそうではないか?」
◇
タユルト国の王は憔悴していた。
左隣のエレニュルト公国はソケシアン帝国に併合され、その帝国から軍事的な圧力が強くなってきている。
帝国の挑発に乗らぬように命令しているが国境警備の兵共が馬鹿なことをしでかさないか心配でしかたがない。
何せ聖女に心酔していると思わしき貴族や国民がヤル気なのだ。
自国の王より他国の女に同情し、王は弱腰だと噂して、聖女を救えと遠回しに陳情してくる。
その聖女がどこにいるのかも知らないのにだ。
北のヤレレリアン王国の動向も王の頭を痛める原因のひとつだ。
フェリグス国からの情報では武具と食糧を買いあさっているそうで、そのせいで市場価格が上がっている。
タユルトは主要穀物を輸入に頼っているため価格の上昇は国庫に大きな影響を与える。
そのヤレレリアンがタユルトに進軍してくるとは思えないが何もしないわけにはいかない。
国境に軍を配備し城壁の整備をし備蓄を増やす。金がいくらあっても足りることがないのだ。
紡績業や織物産業も当初見込んだ利益を上げていない。
フェリグス国が技術や知識を気前よくばらまくもんだから周辺国も参入してきているのだ。
今のところは利益を確保できているが気を抜けばすぐにでも追い抜かれてしまうだろう。
アマレースにできた専門学校や大学院と呼称される特別な学校の存在も王の悩みの一つだ。
サイン王曰く『欲しい物ややりたい事が沢山あるが、その為の人が足りない』という理由で開校されたそれは人と金を無尽蔵に飲み込んでいく。
フェリグスの学校は身分や種族に関係なく学生を受け入れるため貴族や有力者から『どうにかしろ』と猛抗議された。
自分達が独占していたものを庶民にも与えられるということは、将来同じ土俵で勝負することに繋がるからだ。
だが彼女の人外めいた美貌と巧みな話術、そして後ろに控える暴力の前には誰も逆らえないから、王に何とかしろと八つ当たりするのだ。
時代の流れが大きく変わったのだ。
たまにサイン王のせいで破滅したと勘違いした者が現れ騒動を起こすが、そういう輩はいつの間にか行方知れずとなる。
そのような話を聞くたびにタユルトの王は『愚かな』と哀れみをこめて呟くのだった。
「陛下、アマレースにいる者より報告が上がってきております」
「何があった?」
「新しい学科が来年から新設されると。そのための教材購入費と人員の追加を要求してきています」
またフェリグスからの借金が増えるとタユルトの王は大きなため息をつく。
「それとキュネル殿から内通者の一覧が届いております」
これは帝国が隣国になったとたんに増えた問題だ。
精査してしかるべき対処をしないといけない。
また金と時間が飛んでいく。
「陛下。
そろそろ体を休めませんと取り返しのつかないことになります」
「わかっておる。だが休んでいる暇など無いのだ」
「不届き者の処分などキュネル殿に任せたら如何ですか?
フェリグスの調査結果に間違いがあったことなど一度も無いのですから」
「不届き者であってもタユルトの国民なのだぞ?
なら王である私が処断せねばならん。それにあの男に引き渡すのは哀れだとは思わんのか?」