私はフェリグス国の王をしている。
ゲーム開始時には何もなくて何でも自分でやるしかなかったが今は違う。
この世界にきて十年以上経過したこともあり、今では部下に任せれば大抵のことは良いようにしてくれる。
私は私にしかできない仕事だけすればいい。
部下に方針を示したり裁決したりするのは私の大事な仕事だ。
他にも各国要人との人脈を築いたり、自国商品やサービスを売り込んだりもするな。
もう手を動かして何かをつくることも、未知の場所へ冒険しにいくようなことも無い。
絶えず人の目に晒されており、建国の英雄の能力のせいで強い感情を持つこともできない。
ゲームで例えるならエンドコンテンツを延々と続けているような状態だ。
つまり何を言いたいかというと少しだれてきたんだ。
帝国を中心とした戦乱は今も続いており当事者達は大変な思いをしているのだろう。
だが私が住んでいるアマレースは平穏そのもの。雇用も経済も安定しており、大きな問題は何も無い。
超常存在から与えられた侵略者を撃退するという目標に向けて準備してきたが兆候すらないからな。
来る日も来る日も交渉やら折衝やら楽しくないことをしているせいで、何か起きないかなとか不謹慎なことを考えてしまう。
そんな思いを抱えながらいま私はケピアン国にいる。
うちで働いている豪商アベガルの古巣であり商人達が支配する金が全ての国だ。
アベガルから古い友人を助けて欲しいと懇願されて仕方が無くやってきた。
政争に利用されるのは不満だがモーエレンとキュネルの二人が薦めてくるから私達に何らかの利があるのだろう。
まあ、今回は演説して笑顔を振りまいていれば良いだけだから楽といえば楽だ。
商談は三ツ星商会の代表でもあるアベガルが全部が行ってくれるので私は有力者と世間話をしていればいい。
今も次の会談までの時間つぶしに観劇しているぐらい日程に余裕がある。
そう思っていた。
モーエレンが私の目の前に立ちはだかり防護魔術を展開するまでは。
張られた魔術によって防がれた何かが轟音とともに爆発し、貴賓席のある区画が丸ごと下の観客席に崩れ落ちる。
私は瓦礫と共に落ちながらやっと攻撃されたことを理解し頭を切り換える。
「誰だ?」
「私主が嫌っておられる『あの馬鹿』です」
「聞いていないが?」
「そちらの方が都合が良かったので」
モーエレンは私の視線を受け止め微笑んでいる。
「話は後で聞かせてもらう。アイツは私が対処すれば良いのか?」
「ご随意に」
劇場は阿鼻叫喚。
私が言うのも何だがやりたい放題だな。
「お前は邪魔が入らぬよう皆を避難させろ」
あの馬鹿は私に向かって何か叫んでいる。
この騒がしい場所では聞こえるわけが無いだろうに。
「これだから行動力のある馬鹿は嫌なんだ。目の前しか見ず、後先のことを考えない」
周囲を見渡し事後処理のことを考えて気が重くなる。
暫くはケピアンに留まることになりそうだ。
「あの馬鹿は巨人に引き渡す。キュネルに連絡をさせておけ」
廻神に加護を願い、軍刀を鞘から振り払う。
あの程度の相手なら神降ろしは必要無い。
「ご武運を」
「すぐに終わらす。力があるといってもしょせん人間だ」
廻神の力が隅々まで行き渡り体が沸き立つのを感じる。
この感じだと廻神は私の大義を支持してくれているようだ。
「生物は活動するために多くのものを必要とする。
あの馬鹿にはその事を、人外の戦い方を教えてやるとしよう」
◇
アマレースの地下は迷宮そのものだ。
そこにはファロスヒルの蟲やアンデッドが作業員として働いており、迷い込んだ魔物や居場所が無い者が勝手に住み着いたりしている。
街の規模が大きくなるにつれ廃棄物の量が増え、そのゴミを目当てに人が集まり、その人を獲物とする魔物がやってくる。
設計当初は予想もしなかった生態系みたいなものがアマレースの地下にはあるのだ。
地下は調整池としても使われており街中を流れる河川が増水した際には地下の大半が水没するのだが人も魔物もいなくなることはない。
冒険者による大規模な掃除も行われたが、すぐに元通りになるため最終的には棲み分けを徹底することで共存することになった。
そのためには管理者が、一線を越えたら力尽くで理解させることができる組織が必要となってくる。
だが日の光も届かず、淀んだ空気の中で組織だった活動ができるものなどそう簡単にはいない。
サイン王と側近がそのことに頭を悩ませているとき黒蘭に任せてはどうかという提案がなされる。
黒蘭は始祖と呼ばれる高位の吸血鬼が率いる犯罪集団。
人とは相容れぬ価値観と宗教観をもつものたち。
サインやバリルンドは反対したがキュネルとホルムの両名が責任を持つことを条件に任せることになる。
黒蘭も誰かの下につくことを嫌がったが聖女信奉者たちによる黒蘭狩りが激しさを増しておりアマレースで匿って貰う代償として引き受けた。
そのような経緯で黒蘭はアマレースにやってきた。
書類上は高級娼館を経営していることになっているが実際は地下迷宮の管理団体になった。
そう、黒蘭は犯罪者集団から管理団体になったのだ。
上下水道や廃棄物に関係する利権を得たことで黙っていても金が入ってくる。
意外と面倒な裏の仕事をしなくても娼館の売り上げだけで贅沢な暮らしができる。
迷宮の管理が面倒では無いのかというと凄く面倒なのだが、少なくとも会計に乗せられる仕事なため公的な保護を受けられる。
それに面倒で厄介な仕事であるほど雇用主であるフェリグス国に費用を請求できるため割の合う仕事なのだ。
「この頃、調子はどうだい?」
蝋燭に照らされた薄暗い部屋、湿った空気に微かにただよう死肉の臭いと強い香の臭い。
黒を基調とした洗練された調度品に囲まれて始祖アリーチェとホルムが対峙している。
「良くも悪くも無いわ。まだ此処の環境には慣れないけど」
アリーチェは軽く首を横に振り、ホルムはそれをみて軽く頷く。
「それより上の騒ぎを放っておいてよいの?
光神信徒が随分と暴れているようだけど」
「いいのさ。
アタシがやらないといけないことは全てやったからね。後は部下達に任せれば何とかなるさ」
今アマレースでは聖女信奉者たちが暴れ回っている。
フェリグスの王が聖女を拐かした、帝国と周辺国で起きている争乱は全てサイン王が仕組んだことだと騒ぎ立てている。
「被害が大きくなるのでなくて?」
「それも含めて若い者に任せているのさ。
実際に体験しないとわからないこともあるだろう?
それに適度な悲劇は皆の心をひとつにするものさ」
地上の騒ぎはここまで届くことは無い。
自分達の街で起きていることなのに他人事のように歓談をしている。
近況を報告し合っていると突然アリーチェが手を頭に添え前屈みになる。
彼女は自分の身に何が起きたのか分からないことに狼狽しているようだ。
「どうやら始まったようだね」
「私の身に何が起きたのか知っているのね?
私に何をしたの?」
アリーチェの視線にホルムは笑いながら応える。
「アタシは何もしてないさ。
アンタが今感じているのは私達の主の感情だよ」
「サイン王の?」
「そうさ。
普段は下々に配慮して澄ましているけどね。喧嘩する覚悟を決めると感情がダダ漏れになるのさ」
アリーチェは今まで経験したことの無い他人の感情の押しつけに戸惑いを隠せない。
その様子をホルムは愉悦に満ちた顔で眺めながら語り始める。
「良いだろう?
深い哀れみ、悲しみに近い苛立ち、そして凍えそうな冷めた怒り。
実に複雑で味わい深い感情だと思わないかい?」
ホルムは両手で自分を抱きながら内に生じた感情を味わっている。
「それに廻神の加護を感じるだろう?
湧き出てくる活力と全身を包み込む安心感。万能感と言ってもいいね。
実際に加護を授かっているわけじゃないが加護を授かっている気分になれる。中々面白い体験だろう?」
アリーチェはまだ慣れないのか困惑している。
それを見てホルムは朗らかに笑いながら手を差し伸べる。
「フェリグス国へようこそ。
サイン王の呪いを共有したアンタはこれで真の仲間になった。これからも主の為にしっかりと働いておくれよ」
◇
ソケシアン帝国は瀬戸際だ。
ダンシア教区を併合したことで光神信徒が団結し帝国の敵となった。
光神の総本山であるスエラト神殿があるヴリュルト神国の教皇は皇帝を神敵と認定し神殿騎士が帝国に攻め込んできている。
これは救世主がフェリグス王に討ち取られたことが大きい。
皇帝は最悪でも救世主が生き残り新救世主派が弱体化する事までは想定し準備をしていた。
だがフェリグス王の対人戦闘力は想定を大きく越えていた。
そのせいで光神信徒に対する工作活動が後手に回り信徒が団結することを阻止できなかった。
フェリグス王暗殺未遂事件は『帝国が首謀者である』とケピアン国が公表したことも状況を悪化させた一因だ。
確たる証拠も無く一方的な発表に帝国は抗議したが聞き入れられることはなくケピアンとの関係は最悪な状態になってしまった。
予想外なのはそれだけでは無い。
ケピアンの陰謀論めいた公式見解に各国が歩調を合わせ帝国を非難し始めたのだ。
帝国東部に隣接している国が帝国を非難するのは分かるが、他の国まで賛同し帝国の発言力は大きく低下することになった。
帝国の災難はこれだけでは終わらない。
周辺国に『皇帝は聖女の力を利用し侵略を企てる諸悪の根源』という噂が広がっているのだ。
国内ならば情報操作することも弾圧することもできるが国外だとそうもいかない。
特に外交的に孤立している状況では帝国の言い分など誰も聞いてはくれない。
時が経つにつれ立場や評判が悪くなっていくのを見ているしかできなかった。
ただ皇帝もやられっぱなしだったわけではない。
各国に昔から仕掛けている謀略が一定の成果を上げているのだ。
そのせいで何時も何処かで誰かが戦争をしているような世の中になってしまったが。
戦火は人々から食べ物と住む場所を奪う。
それら奪われた人々は生き残るために野盗と成り果てる。
野盗が増えると魔物も増える。
城壁に守られていない少数の人間など魔物にとってご馳走でしかないからだ。
戦乱により飢えと病気が蔓延し、軍隊や傭兵は略奪や徴兵を繰り返す。
街の外は野盗と魔物が跋扈し、今までの友人が急に敵となり襲いかかってくる。
帝国を中心とした一帯は負のスパイラルに陥り地獄と化した。
「状況はどうなっておる」
キナウス皇帝は宰相に問いかける。
「北方諸国の紛争が始まったことにより我が国への圧力が減りました。体制を整えるなら今のうちかと」
「やっと一息つけるか……」
皇帝は宰相の言葉に肩の力を抜く。
これで帝国はまだ生き残ることができると安堵の息を吐く。
「あの時は忙しくて聞きそびれたが。自称救世主はどうなったのだ?」
「フェリグス王が巨人の国へ連れていきました。
ですがそれを確認する手段も無く現在も不明のままです」
「よくケピアンの守銭奴共が許したな。
本来ならケピアンで処分されると思うのだが。何か知っておるか?」
「私も気になり調べたのですが……」
言葉を濁すため皇帝の気を余計に引いてしまう。
宰相は『気持ちよい話ではございませんが』と前置きして話し始める。
「ケピアンの役人どもはフェリグス王に身柄を引き渡すように強く求めました。
陛下もご存じかと思いますがケピアン人は口が良く回りしつこい。そこでフェリグスの王は誰が引き取り手に相応しいかを話し合う場を設けることにしたのです」
宰相は淡々と話し続ける。
「王は出席者を広く募ったため神国からは神官が我が国からも特使を派遣したのですが……」
「何故言いよどむ。続きを話せ」
「会場には拘束された救世主が真ん中に置かれそれを囲むように出席者の席が配置されていたそうです。
そしてフェリグスの王は救世主の前で所有権の正当性を演説するように求めました」
「……悪趣味な」
宰相は頭を横に振りながら話を続ける。
「そして出席者が一通り演説を終えるとフェリグス王は救世主に近づき……腕を切り落としました。
王はソレを剣で突き刺しまるで切り分けられたケーキのようにケピアンの代表に差し出したそうです。『お前の分け前だ』と言って」
「……正気か?」
「もうケピアンで救世主とフェリグス王の話をするものはおりません。
出席した我が国の特使も体調を崩し私が事の顛末を聞いたのは随分と時間が経過してからです。あの国の王は我等とは少し違うのかもしれません」