この世界に来て十二回目の春。
戦乱は激しさを増しており戦火が各地に燃え広がっている。
ソケシアン帝国の謀略のせいで大陸全土で紛争が起きており予想を越える惨状になっている。
現代人の感覚だと聞くだけで心が痛くなる報告が多くなってきており人と言うのは世界が違っても同じなんだと実感している。
かくいう私もケピアンのテロ事件で短絡的な行動をしてしまったので人のことをとやかく言える立場ではないが。
あの事件で一つだけ良かったと言えるのは私の建国の英雄が機能していることがわかったことだ。
職人達の生産量が予想より多かったので機能していると思ってたんだけど裏付けがとれた感じだ。
私が強い感情を持つとそれが伝わってしまう事については気にしてもしょうがない。
正直他人の感情が流れ込んでくるなんて気持ち悪いだろうけど、代わりにフェリグス国を発展させるので勘弁して欲しいと思う。
まあ、戦闘職の人達からは概ね好評だったようで良かったよ。
建国の英雄で与えられるバフは生産職向けなんで戦闘職には恩恵がないけどな。
ケピアンの騒動で得た戦利品は巨人の国に引き渡し、そのおかげで関係を大きく改善することができた。
体格的な問題があるため巨人と一緒に暮らすのは難しいが、巨人の国とは定期的に連絡を取り合う約束をした。
なお、あの馬鹿がどうなったのかは知らないし興味も無い。
聖女のほうは相変わらずラウグ王国で幽閉してもらっている。
精神が安定しないため、ほとんど薬で眠らせているそうだ。
起きていると『世界を救わなきゃ』とかいって外に出て行こうとするらしいので戦乱が落ち着いたら話を聞きに行こうと思っている。
外交に関しては概ね順調だ。
フェリグス国はここ数年で無視できない勢力として認識されるようになった。
地道な親善活動を繰り返したことでラウグ王国と同盟関係になったし、私達に表だって敵対してくる国は一つも無い。
唯一光神信徒とだけは相容れないが、アイツらは優生思想の排他主義者なので仲良く出来る国はどこにもないだろう。
この状況はやはり留学生の受け入れが大きく影響していると思っている。
今のところアマレースでしか得られない知識や技術があるから、それをエサにして交渉を有利に進められている。
租借地を提供してくれたドワーフや同盟国の古エルフを特別扱いすることで、私達に協力的であることにメリットを感じられるようにしてるんだ。
これは外交カードだけではなくドワーフや古エルフには特化した技術や知識を提供することで技術進歩にバフがかかることを期待した政策でもある。
優遇しているのだから他の勢力では出せない成果を出すのは当然でしょ、という圧力を遠回しにかけたのだ。
このまま順調にいけば十年も待たずに精密加工技術はドワーフに、化学技術に関しては古エルフに相談できるようになるだろう。
少し心配なのは両種族とも人より寿命が長いから知識の継承を行わずに担当者だけが抱え込むのではないのか、と言う点だ。
なおこれらの施策は一日でも早く文明レベルを上げたいと思っている機川から恨みがましい目で見られている。
彼女は自動車や飛行機が欲しいから必要な技術や知識をピックアップして教えようとする。
はまりやすい所は自分が直接指導をし、手を抜ける所や後で対処できる箇所は適当に済ませてしまう。
だが私は彼女のやり方はダメだと思っている。
技術というのは培った経験と度重なる失敗が無いと応用が利かない者に成り果てると思っているからだ。
機川の目が届いているアマレースでは問題なくても、技術者が国に戻った途端に大事故を起こす可能性が高いからだ。
本当は電気も何とかしたかったのだがドラゴンに怒鳴り込まれたので断念せざるおえなかった。
どうも電磁波はドラゴンにとって不快で我慢ならないものらしく無線機の試験をしているときにヒルサーヤ山からベルニクスが襲来してきたのだ。
アマレースは街全体が防御結界で覆われているため被害は無かったが住民達は生きた心地がしなかっただろう。
キュネルが来るまでベルニクスが何に怒って何を伝えたいのか分からず、退治することを本気で悩んだからな。
そんなことがあってやる気が削がれたのか機川は魔導回路の研究に専念している。
個人的には電灯や電動機などは欲しかったのだが拗ねた技術者をあやすのは面倒なので放っておいている。
「私主、ラウグ王国が挙兵しました。
私達にも兵を出すように要請が来ています」
モーエレンが執務室にきて淡々とした表情で告げてくる。
「何が起きた?」
「北方諸国ケデュルト、アカリュルト、ドカイユルトの三国とヤレレリアンの計四カ国の連合軍がエルフの国に攻め込んだようです。
攻め込まれたエシュタン王国とアリエ連邦両国ともに大きな被害が出たようでラウグ王国は激怒しているようです」
「攻め込んだ理由は?」
モーエレンは冷笑を浮かべている。
「民族紛争か……厄介なことになったな」
「私主が望んだことなのでは?」
「人間同士で争ってもらうだけで良かったんだがな。
これで復興にかかる時間が大幅に増えることになる」
民族紛争、いや種族紛争と言うべきか。
こういう戦争は相手を絶滅させることが目的だから落としどころを見つけるのが難しいんだよ。
「古エルフからは『サイン王が普及させた魔術や魔道具は素晴らしい戦果を上げている』と。
私達のことを高く評価して頂いているようで嬉しい限りです」
「いや、それは……まあ、いい。
鉄崎を呼び戻して第一軍として派遣してやれ」
ラウグとは同盟を結んでいるから第三者として傍観してるという選択肢は取れないからな。
「リジョはアマレースの防衛に残す。細かい調整は任せる」
「宜しいのですか?」
「アイツ、私以外の命令に素直に従わんだろ。
気に入らないとかいって古エルフの指揮官を半殺しにされてはかなわんからな」
リジョは直感で動きがちで大人な対応が苦手だ。
下手すると外交問題に発展して余計な手間が増えることになる。
「ここの防衛は蟲と死兵だけでも十分かと考えますが」
「そうだな。
だが外面が悪いし住民が不安がる」
ただでさえ此処には怪しげな住人が多いし見慣れない建造物や魔道具が多いんだ。
守備兵に蟲や死兵を使い出したら周辺諸国からどんな目で見られることか。
魔都アマレースとか言われたくないんだよ。
「まずは皆を集めてくれ。
こちらの手札を確認しておきたい」
こんな形で参戦することになるとは思っていなかったがやるからには本気でやる。
どんな世界であっても弱い奴だと思われたら酷いことになるからな。
「この世界にきて初めての戦争だ。
これからの行動は将来の外交関係に影響してくる。私達の価値を、持っている力を、世界に誇示することにしよう」
◇
アカリュルト公国の王都リーゼム。
フルーツェン川に寄り添うように建てられた王城を囲うようにして発展した街。
歴史は古く人口が増える度に大きくなっていったため増築された年代によって地区ごとの雰囲気が違うという特徴を持つ。
アカリュルトは外交的な立ち回りが上手く周辺国と友好的な関係を維持し続けている珍しい国だ。
普通ならば領土問題や水利権などで隣国と揉めるものだが公国では外交問題まで発展することは無い。
それは王家が代々続けてきた外交戦略のおかげだ。
アカリュルト王家は昔から子沢山な家系であり子供は積極的に諸外国へ嫁いだり婿入りさせている。
その結果、周辺国だけではなく世界中に親戚がいることになり何か問題があっても内々に解決することが可能なのだ。
もちろん親戚が多いと面倒事も増えるのだが、コネが大きな力を持つ世界では親戚の多さはそれだけで大きな力になる。
何かあっても相談する相手に事欠かないし、もしものことがあっても自分達に有利な噂を周囲に広めることができるのだから。
そのため公国では自国の領土内で戦争が起きたことがない。
戦火で焼かれたことが無いため住民は豊かで平和な暮らしを甘受している。
アカリュルト王家は他国の王家とは違い神官とも仲が良いため公国民は神と王を同じように敬い温厚な人が多いのが特徴だ。
そんな国の現王リチャードはいま苛立ちを隠さず難しい顔をしている。
豪華な調度品に囲まれた部屋に妻や息子を集め今後の方針を決めるための家族会議をしているのだ。
恰幅が良く年より若く見える王はアマレース発祥と言われる菓子を食べながら誰とも無く問いかける。
「アマレースに留学させていた第三王子はどうなった?」
「あと一週間もすれば此方に到着すると連絡がありましたわ」
「てっきり首だけ返ってくるものと覚悟しておったが。
噂とは違いフェリグスの王は話ができる相手なのかもしれぬな。特使を送ることを検討しても良いかもしれん」
「そうは言いますが向こうと会うためのツテがありませんわ。先の騒乱でタユルトとの関係が切れてしまいましたから」
第一夫人であるセーラ王妃も菓子を上品に口に運びながら王の話に応える。
「にしても古エルフが人間と同盟を組むとはな。フェリグスの王はどのような手段を用いたのだ」
「世間では色々と噂されているようですけど……やはり亜人に融和的な所ではなくて?
私達もそうできたらいいのでしょうけど」
「無理だな。
北方諸国はエルフ憎しで辛うじて纏まっているのだ。
今回も帝国の謀略をエルフのせいにすることで何とか内輪もめを回避できた。まったく戦争好き共は厄介事しか起こさんな」
夫婦二人でヤレヤレと頭を振る。
「それにしてもフェリグス王がどこまでやるのか検討もつかんな。
噂通りの人物ならさっさと停戦したほうが良いのだが……エドワードはどう考えている?」
王は同じように恰幅が良い第一王子に話を振る。
「我々の同盟国は戦う前に話し合いをするような者などいませんよ、父上。
勝てそうなら戦い続けるし、負けそうなら言い訳をして逃げる。いつも通りです」
「そうなのだがな。
神官どもがあまり乗り気ではないのだ。いつもならワシをせっつくぐらいなのに今回はやけにおとなしいのでな」
「どんなことが起ころうとも私達の国はエルフともフェリグスとも離れております。
何かが起きてから判断しても良いのでは無いですか?」
「そうなのだがな。
ワシはフェリグスの王が何かしでかすと思っておるのだ。我々とは異なる常識を持っているようだからな」
驚いたような顔をして王妃が王に問いかける。
「アナタは何が起きると考えてるの?」
「我々が思いもしないことだ。
真夏に雪が降るような、いや槍が降ってくるような何かが起きるのでは無いかと心配しておる」
「もしそうならフェリグスの王は神の生まれ変わりかもしれないわね。
それで思い出したのだけど、彼女は一時期救世の神女と言われていたそうよ」
王は王妃の言葉に深く考え込み絞り出すようにして宣言する。
「我が軍を前線から引き揚げさせ王都に駐留させよ。
周囲から何を言われようとも何を支払っても構わん。フェリグスの力量を見極めるまで守りを固めるのだ」
◇
王都リーゼムが燃えている。
王城は瓦礫と化し街のあらゆる場所から煙が上がっている。
王都の上空にはヒルサーヤ山のベルニクスとその眷属のドラゴン達が飛び回っている。
ドラゴンの群れは欲望のままに建物を破壊し逃げ惑う人々を喰らっている。
ここは竜の狩り場となりはてた。
人の身では空を飛び回る竜には勝てない。
英雄や勇者ならば相手することもできようが、只の人に出来ることといったら物陰に隠れ、立ち去ることを願うことぐらいだ。
その惨劇をキュネルとホルムの二人は離れた場所から眺めている。
二人の後ろには黒蘭から借りた工作員が静かに指示を待っている。
「すっかりすっきり激怒してますな。
もしかしてこれで終わってしまいますかね?」
「人ごとのように言っているけど私達のせいじゃないのかい?」
「人聞きの悪いことをいわないで欲しいですな。
我々から魔道具を盗み、良く分からないまま使う方が悪いのですよ」
「私はワザと盗ませたように思えるんだがね。そうじゃないのかい?」
ホルムの視線にキュネルは意味ありげな笑みを浮かべるだけだ。
「まあいいさ。
私達は盗まれた魔道具の回収しにいくよ。アンタは……」
「私はベルニクス様のご機嫌を取ってきますよ。
それとお願いがあるのですが、もし生き残っている王族を見つけたらついでで良いので救助しておいて欲しいのです」
「別に構わないが何に使うつもりなのか教えてくれるかい?
主に怒られるのは嫌だからね」
キュネルは頭を振りながら答える。
「閣下がそう望んでいるのですよ。正統な王族がいたほうが後始末が楽になると」
「面倒事が増えるだけだと思うけどね。相手だってこのまま死にたいと思っているんじゃないかい?」
「私もそう思いますよ。王族がいようがいまいがこの先に起こることは決まっていますからね」
ホルムは片眉を少し上げてキュネルの方を向く。
「誰が何を言おうと、これで私達に刃向かうものはいなくなります。
『フェリグスと敵対するとドラゴンに襲われる』という噂が本当かどうか試す馬鹿はいませんからね。これからホルムさんは忙しくなりますよ?」
「あんまり働くのは好きじゃ無いんだけどねえ」
「軍事力で敵わない、経済力でも敵わない。そうなると人はどうすると思います?」
「どうって従順になるんじゃないのかい?」
「戦いの舞台が変わるんですよ。
これからは諜報活動や工作活動が活発になります。
有力者を買収し、民衆に不和の種を蒔き、技術を盗む。これからずっと私や貴女は忙しいことになるでしょうね。いまから楽しみですね!」