北方諸国との戦争はあっさりと片付いた。
アカリュルト公国の王都が壊滅したことで北方諸国側がやる気を失ったからだ。
古エルフは終戦することを渋ったが私達が作成した戦争法を見せることで交渉のテーブルについてもらった。
講和交渉はソケシアン帝国の皇帝にお願いして元エレニュルト公国の首都だったデェルフトで行った。
戦争当事者だけでは無く周辺諸国にも声を掛けたので巨人や蛇人の国からも使節が会議場に来てくれた。
異種族が集まることで悶着もあったが巨人の威圧感には勝てなかったようで大きな問題までには発展しなかった。
北方諸国とは予想より簡単に講和することができた。
賠償金の金額で少し揉めたが三ツ星商会から低金利で融資することで何とか飲み込んでもらった。
問題は戦争法のほうだ。
こっちのほうは紛糾した。
戦争法とは簡単に説明すると殺し合いのルールだ。
私達は魔物じゃないんだから殺し合いするのにも節度を持って行動しようね、ということを文章化したものだ。
約束は守れ、使者を殺すな、軍人と民間人を区別できるようにしろ、捕虜で遊ぶな、など現代人からしたら当たり前のことが書いてある。
もちろん強制力は無く『ルールを破る国は文明国ではなく魔物と同じ』と同調圧力をかけるだけだ。
ただ三大神や各種族の神の代理人もこの場には来てもらっている。
彼らを巻き込むことで条約は神前で交わされた約束になるのだ。
神と交わした約束を守れないようならその国は信用を失うし、国民からも支持を得られなくなるだろう。
そんな政府は長く続きはしないものだ。
だから何としてでも条約を締結させたかったが採択までしかもっていけなかった。
人間から亜人と呼ばれている種族は人族の横暴さに辟易していたので乗り気だったんだが帝国がゴネたのだ。
私が思うに自分達が主導権を握れていないことに不満をもって駄々をこねているのだろう。
この件については後日改めて皇帝と直接話をしようと思っている。
会議にはキュネルに任せず私自らが出席したことで新たなコネを増やすこともできたのは良かった。
北方諸国のさらに北にある獣人の国を紹介して貰えることになったし、大陸南方にあるダークエルフの国も紹介して貰えそうだ。
南方には様々な香辛料があるらしいのでそれらが直接交易できるようになればウチの女性陣が喜ぶだろう。
「で、何で聖女がここにいるのだ?」
そうなんだ。
アマレースに戻ってきたら聖女がいると知らされた。
私が留守している間に古エルフがやってきて置いていったらしい。
『人と一緒にいたほうが彼女も安心でしょう。もう面倒事は起こしませんよ』と言われたそうだ。
「古エルフの使節に聖女のことを気に掛けているようなそぶりを見せたせいだと思いますが」
「ただの社交辞令だろ?
厄介事を押しつけやがって……」
モーエレンは私のことをジッと見ている。
「何も言わなくていい。それより聖女の様子はどうなんだ?」
「何かに追い立てられていたような感じは無くなりました。
性格も随分と落ち着いたように見えます。相変わらず『世界を救わないと』と言っておりますが」
「『何から』救うのか聞いてみたか?」
「神からは何も教えてもらえていないそうです」
何となくだが私をここに連れてきた超常存在とは違うようだな。
「それで誰に面倒をみさせている?」
「ベルナデッタに任せております」
それしかないよな。
ベルナデッタは長生きしているだけあって物腰柔らかな人格者だから変な事にはならないだろう。
「彼女の魅了の力はどうなっている?」
「失ってはいないようです。あまり使いたくないようでしたが」
「確認したいのだが。
聖女は『あの馬鹿』を嫌っているのは間違いないな?」
「実際に見ていた鉄崎からの報告です。間違いないかと」
それなら長年放置していた問題が解決できそうだな。
あまり褒められた方法ではないと思うが。
「聖女にあの馬鹿の取り巻き連中を会わせてやれ。
あの馬鹿に洗脳されていると言えば聖女が喜んで目を覚まさせてくれるはずだ」
「それは……
新しい問題が出てきませんか?」
「いつまでも監禁しておけないだろ?
だからといって処分するのは気が引ける。何もせずに放り出すより悪いことにはなるまい」
◇
アカリュルト公国の王城跡地に建てられた仮宿舎。
アカリュルトの惨劇を生き残った王は此処で寝泊まりし政務を行っている。
アマレースの支援により復興は予定よりは早くなっているものの仕事が尽きることはない。
ヒルサーヤ山のベルニクスとその眷属のドラゴン達に街を破壊しつくされたのだ。
元の賑わいを取り戻すには時間がかかるだろう。
それでもアカリュルト王は前を向き歩き続けると決めた。
妻も跡継ぎの多くも失ってしまったが、自分を慕ってくれる民のために、そして先祖に誹られぬように、やるべき事をやる。
嘆き悲しみながら朽ちていくよりも次の世代へ少しでも多くの物を残すために、最後の大仕事だと固く決意した。
「リチャード王、転移門の設置が完了した。許可さえあればいつでも起動できるが」
「オコナー殿、ご苦労だった。
疲れているところ悪いが直ぐにでも起動させてもらえぬか?」
復興支援の一環としてフェリグスから公国にオコナーが派遣されていた。
オコナーは初め断ったのだがフェリグス王に説得されてここにいる。
「私が言うのも変だとは思うのだが……街中に転移門を開いて本当に良いのか?」
「構わぬよ。これで物資不足が少しでも解消するなら安いものだと考えている。
それに維持に必要な魔力を供給する仕事は、身体が不自由なものにしてもらいたいと考えているのだ。ならば街中にあったほうが良い」
「転移門は便利なものだが同時に危険な……」
「いまのワシらに奪う価値のあるものなど何もない。
それにサイン王はワシらに一刻も早く元に戻って欲しいのだろう?」
オコナーの問いかけにリチャード王は穏やかな顔で問い返す。
「オヌシたちの戦争法にはワシも可能性を感じておるのだ。
ワシも亜人というだけで殺すなど馬鹿馬鹿しいと考えていたのだよ。だが血の報復をせよと皆が望むから見て見ぬふりをしていた」
オコナーはジッとリチャード王を見つめたまま何も言わない。
「今はサイン王に恐怖しておるから従順な顔を見せておるが所詮フリなだけだ。
時間が経てば恐怖も薄れ、また殺戮が大好きな国に戻りおる。だから少しでも早く立ち直り、恐怖が効いているうちに話をまとめる必要があるのだ」
オコナーは手を胸に当て頭を下げる。
「ところで一つ聞きたいことがあるのだが……
サイン王は誰か決まった相手はおるのか?」
「???」
「いや、王族というのは子供を作るのも、その仕事一つだ。サイン王も若いとはいえ次代への準備が必要だろう?」
「一つ確認させてもらいたい。
リチャード王は我が王の年齢をご存じか?」
「???
二十から三十ぐらいに見えるが違うのか?」
「私も直接聞いたことはないのだが少なくとも百より下ではない。
それもこれも廻神と契約したせい、いやおかげと言うべきか」
「それは……」
「私達もリチャード王と同じ心配をしているしその事を話すこともある。
しかし我が王は『私が治めている限り不要』と聞いては下さらぬのだ」
オコナーは指を一つ立て真剣な顔つきでリチャード王に話しかける。
「一つだけ忠告を。
決して我が王に子供の話だけはしないことだ。その話をするとたちまち不機嫌になり子供のようにふて腐れるからな」
◇
ソケシアン帝国のキナウス皇帝は荒れていた。
使節が持ち帰ってきたデェルフト条約を見てからずっと機嫌が悪く些細なことで大声を上げるようになった。
デェルフト条約、フェリグスの王は戦争法と呼んでいる物に書かれているのは戦争のルールだけではない。
戦争に秩序をもたらすために必要なさまざまなことも書かれている。
例えば領土の独立性や内政の不干渉など、今まで帝国が蔑ろにしてきたことが『禁止事項』として事細かに書かれている。
この条約に参加すれば帝国は今までのように戦争をすることができなくなるだろう。
もしそんなことをすれば周辺諸国から非難され逆に帝国に攻め入る口実を与えてしまう。
だからといって条約に参加しなければ理性無き魔物のごとき国家として扱われ国際的な地位が地に落ちる。
誰も帝国の言い分に耳を傾けず、今まで弱小国に対してしてきたことを反対にされることになるだろう。
この条約の嫌なところは帝国が条約に加盟するかしないかなど関係なく帝国に影響を及ぼすところだ。
帝国が加盟しなくても周辺国が加盟すればデェルフト条約を盾に相手に大義を与えてしまう。
存在自体を抹消したいところだが公表された後ではどうしようもない。
相手が普通の国ならば国ごと滅ぼしてやる所だが、今回の相手はフェリグス国だからその手も使えない。
下手に刺激してアカリュルトの二の舞になるのは嫌だからだ。
公式には『ドラゴンに不快な現象を引き起こす魔道具を使用したことによる事故』となっているが誰も信じていない。
もしもそれが嘘だったとき何が起こるのかを確かめるかなど誰もしたくないのだ。
「陛下、フェリグスの使者が来ております」
「また来たのか。追い返せ!」
必要も無いのに皇帝は大声を上げてしまう。
「陛下、いつまでも追い返せるものではございません。せめて何か理由を作りませんと」
「離反工作が何らかの成果を上げるまで時間を稼ぐしか道はない。あの条約だけは何としてでも潰さねばならんのだ」
皇帝は興奮して目が血走りつつある。
「我が国は戦争をし続けることで国を維持しているのだ。
このままでは帝国が崩壊しかねん」
「何をそんなに心配されておいでなのですか?
もしや世界から戦争が無くなるなどと本気で考えておいでなのですか?」
宰相が皇帝に疑問を投げかける。
「戦争は無くならんだろう。
だが条約が締結されたらフェリグスが正義面して戦争に介入してくる。もし私がヤツの立場ならそうするからな」
「あのような弱小勢力に何ができるというのですか。奴らが持つ領土など街一つだけ。
いつでもひねり潰せるのではありませんか?」
「普通の街ならそうだろう。
だが奴の街には世界樹があるという噂だ。もしその噂が本当ならばラウグ王国が本気を出してくる。フェリグスを滅ぼせても次は古エルフが敵になる」
皇帝は深く考え込みやがて意を決したように話し始める。
「やはり今の帝国には奴らを相手取るだけの力はない。嫌がらせをしても直接対峙することだけは避けねばならぬ。
あの条約が締結される前に少しでも多くの領土を手に入れるぞ」
◇
ホルムは忙しい日々を送っていた。
アマレースに他国の工作員が増え、そのせいで仕事が激増したのだ。
そのためホルムは一日中始祖アリーチェの部屋に引き籠もっている。
ここには黒蘭が収集した全ての情報が集まるし、受け取ったソレを元に仕事を依頼しやすいからだ。
部屋の持ち主からは非常に嫌がられているが本人は気にもとめていない。
今日も上がってきた報告書に目を通しては黒蘭へ依頼する仕事を増やしていく。
そんな彼女をアリーチェはウンザリした顔で眺めている。
「今日もホルムは忙しそうね。普通、偉くなったら暇になるものではなくて?」
「世界が大きく動いているからね。
こんな時に遊んでいたらいつの間にか袋小路に、なんてことになるよ」
始祖の問いに書類から目を離さずにホルムは答える。
「帝国の防諜能力は立派だと思うが、この頃は派手に動きすぎて隙だらけなのさ。
こんな好機に呆けていたら大事なモンが逃げていっちまうよ」
「小細工なんてしなくても貴方たちなら正面から叩きつぶせるでしょうに。正直、見ていてまどろこしいわ」
書類から目を上げてホルムが応える。
「組織がでかくなるほど暴力で解決できることは少なくなってくるんだ。
だから小さいうちからコツコツと育てていかないといけないんだよ」
「でも大抵のことは暴力で解決できるでしょう?」
「否定はしないよ。
だがそれだと付き合える人間に偏りがでてくるね。現に黒蘭は表の人間とは関わり合えなかっただろう?」
ホルムは始祖に指を向けニヤリとする。
「いくら特別な力を持っていようと独りでは出来ることも限られるし仲間がいないと孤独死することになる。
そして信用され信頼されるようになるには暴力は使えないことは分かるだろう?」
「人間は平気で約束を破るわ。とてもじゃないけど信用も信頼もできそうにない」
「誰だってそうさ。
だからこそ絶えず目を凝らし面倒事が起こりそうなら芽の内に摘む必要があるのさ」
ホルムは両手を組み始祖に真剣な顔をして語りかける。
「いま帝国は積み上げてきた影響力を使って諍いの種を各地にばらまいている。各地の独立運動を支援したり、宗教対立や種族対立を煽ったりしてね。
残念なことにいまの私達にそれを止めるだけの影響力は無いが、嫌がらせぐらいはしてやらないと失礼ってもんだろう?
アンタ達の働きには期待しているよ」