この世界に来て十五回目の春。
大陸各地で紛争が起こり、世界は麻のように乱れている。
戦争法をさっさと決めてしまいたいのだが皆それどころじゃない状態がずっと続いている。
それもこれもみんな帝国が悪い。
何が楽しいのか知らんが各地の独立運動や種族対立を煽って紛争化させている。
おかげで儲けてもいるが紛争が激化した際に仲介や調停を依頼されたりするので全体で見れば面倒事が増えている。
初めは種族間紛争の仲介役をお願いされるぐらいだった。
私達は亜人と呼ばれる種族に偏見が無いし、政府中枢に多数の亜人を雇用しているため亜人側から友好的な相手として認識されている。
それは種族や民族の違いを受け止めつつも一度決めた法を遵守し公正であることを心がけているせいだ、と思っている。
あと私が廻神のお気に入りだという点も高く評価されているのだろう。
廻神は特定の勢力に荷担することなく中立の立場を貫いているため一部の排他的な神以外からは好意的に見られている。
だからこそ『対立している互いの神の神殿に出入りして話ができる』数少ない人物として便利に使われているのだ。
そんなことを繰り返していたら人種間や民族間の紛争でも呼ばれるようになった。
私達は異なる文化圏から来たため余計なシガラミが少ないのも良かったのだろう。
親戚だから融通してくれ、とか先祖代々の付き合いがあるんだから大目に見てくれ、とか私には通用しないからな。
近頃は何だか私を呼ぶことが一種のステータスみたいな感じになってきているようで個人的には勘弁して欲しいと思っている。
一応私が持つ観念や思想を伝える良い機会なんだが相手のことを子細に調査する手間を考えると割に合わないんだよ。
話は変わりアマレースの開発は一段落した。
一通り欲しい施設は作り終えて城壁の内側に空いている土地は無くなった。
そして今は限られた土地を有効活用するため建物が上に伸びていき都市っぽさが増してきた。
しかし街は順調に成長しても人手不足は一向に解消しない。
機川の作りたい物リストが増えていくため育った専門家がそれらに全て吸い取られていくのだ。
基礎教育を受けた人材すら貴重なのに、それらの人々が皆職人になっていくと文官が欲しいバリルンドが愚痴っていた。
機川と言えば彼女はいまドワーフ虐めに夢中だ。
例えばドワーフが精度の良い時計を発売したと聞いたらバイメタルのテンプを組み込んだ時計を持ち込んでマウントを取ったりしている。
端から見ていると大人げないと思うのだがドワーフ達の反応を見る限り製作意欲が高まっているようなので様子見をしている。
ただ『人間の女のくせに』とか言われぐらいで数年に渡って根に持つのは正直どうかと思うが。
「私主、そろそろです」
モーエレンが私の耳元で囁く。
やっとかと思いつつも閉じていた目を開き正面にいる蛇人と帝国の使節を見ると、両者とも疲れ果てて荒い息をしている。
横を見るとモーエレンとファロスヒルが周囲を冷えた目で見ており、両使節の護衛は無表情のまま周囲を警戒している。
「この国では随分と激しい口調で意見交換をするようだな。もう次に進んでも良いか?」
私の物言いに蛇人は恥じ入ったように目を伏せ、帝国人は睨んでくる。
まったく帝国人は外国人に好戦的で嫌になる。
もう少し自分の立場を考えて行動して欲しい。
私は蛇人からの頼まれてニテシュ母国とソケシアン帝国の紛争を調停しに来たんだ。
キュネルの都合が付かなくてここケピアン国まで私がわざわざ出向いたというのに顔を合わせた途端に罵り合いやがって。
こいつら何回も何回も紛争しすぎなんだよ。
やっぱり帝国は問題児だよなとか考えていたら、何かとの繋がりが切れたような感覚に陥る。
それが何かを考えようとすると部屋の外が騒がしくなり大きな物音が聞こえたと思ったら静かになった。
怪訝な顔をして使節の顔を見てみると両使節とも首を横に振っている。
まあ関係あったとしてもシラを切るよなあ、とか考えていると扉が勢いよく開かれ血濡れた剣を持った騎士達が部屋に雪崩れ込んできた。
騎士の鎧には光神のシンボルがあるので神殿騎士というやつなのだろう。
そいつらは部屋に入ってくるなり私に剣を向けて大声で喚き始める。
熱狂的な信徒の話は長いので要約すると『邪神の魔女は死ね!』だそうだ。
「ここは既に我が神の神域ぞ!
もう邪神の力は届かぬ!
大人しく滅びるがいい!」
さっきの繋がりが切れた感覚はそのせいか。
何か悪意のようなものを感じていたのは気のせいではなかったようだ。
「アレはお前達の仕業か?」
「いいえ。
このような場所で仕掛けてくるとは」
モーエレンに問いかけると否定してくる。
そうか、偶々か……いやキュネルの顔がちらついて信じられねえ。
「おと、ギャッ グェ お ヤメ アガッ」
神殿騎士達が音を立てて崩れ、何かを追い払おうと地面の上でジタバタと暴れ回っている。
金属がぶつかり合う音に、湿った穴に何かが無理矢理入り込むような音が混ざって聞こえてくる。
よく見ると神殿騎士が落とす影から多量の何かが這いずり出て鎧の隙間から潜り込んでいる。
「敵は殺す。で、いいんだよね?」
「何人かは残しなさい。話を聞きたいわ」
「神狂いと?
できるとは思えないけど……」
今回はファロスヒルが対応するようだ。可哀想に。
「皆様。
ここは騒がしいので静かな場所に移動することを提案させて頂きます」
モーエレンが蛇人と帝国の大使たちに和やかに語りかける。
場所を変えて会議を続けようとする提案に若干顔が引きつりかけたが深呼吸をし頭を切り換える。
延期になるとまた日程調整とか色々と大変だからな。出来ることはさっさと片付けるべきだ。
「皆様には我が王の時間が貴重なことを改めて思い出して頂きたく。
これ以上無駄に時間が使われるのを見るのは耐えられません」
モーエレンは神殿騎士の惨状など無かったように声を続ける。
「これからは有意義な時間を過ごせる、そう願っております」
◇
ソケシアン帝国とタユルト国が開戦した。
始めは地方貴族同士の小競り合いだったのだが帝国貴族がどんどん参戦し規模もどんどん膨らんでいった。
これはタユルトが溜め込んだ富に目が眩んだ帝国貴族が多かったせいだ。
当初は地方貴族同士の殴り合いだった小規模紛争が死傷者が多くなるにつれ互いに引っ込みがつかなくなったのだ。
規模が大きくなったのはフェリグス国が普及させた魔道具のせいでもある。
魔術を射出できる魔道具は素人でも簡単に扱え、しかも殺傷力が高いため雑兵でも騎士を倒すことができる。
地位が高いものが殺されればそれだけ憎しみも増え、戦いは激しいものになってゆく。
それにタユルト側に帝国に一泡吹かせたいという勢力があったのも悪化した原因の一つだ。
帝国の聖女に紡績技術や機織り職人を奪われ儲けをフイにされた者達がこの機会に恨みを晴らそうとしたのだ。
キナウス皇帝はフェリグスと仲の良いタユルトとは事を構えたくなかったので穏やかな関係を維持していたのだがそれが返って良くなかったのもある。
帝国周辺国で唯一平和な国だったタユルトは富を溜め込んだ魅力的な獲物、帝国貴族の目にはそう映ったのだ。
帝国は持てる者から奪うことで国を大きくしてきた歴史があるため一度始まった戦争は簡単に止められない。
もしそんなことを提案しようものなら軟弱者の敗北主義者としてレッテルを貼られ支持も影響力も失ってしまう。
だから皇帝は機嫌が悪かった。
やりたくもない戦争に戦費を費やされ、フェリグスの動向に注意を払いながら色々な決断を下さないといけない。
それに皇帝にはもう一つ腹立たしく思っていることがあった。
それは地方貴族や一部の元老院議員がフェリグスのサイン王を過小評価していることだ。
優れた技術を持った辺境の女領主としか考えておらず帝国ならいつでも潰せると考えており強気の態度を変えないのだ。
これにはフェリグスの情報工作も関わっているため一概に帝国のせいとだけとは言えないが皇帝はタカ派を抑えるのにいつも苦労していた。
元老院の中には今回のタユルト遠征がうまくいけば、そのままバザ大公国へまで手を伸ばすべきだという者さえいる。
先の北方諸国の戦乱でエルフ達が損害を被っている今がチャンスだと本気で思っている。
「陛下、マルニ公とヌメリ卿が此度の戦争に兵を送りたいと……」
「ふざけるな。
アイツらには西部の守りに専念して貰わねばならんのだ。メン王国はいつ裏切るかわからんやつらなのだぞ」
皇帝は宰相の話に思わず声を張り上げて応じてしまう。
「彼らもそれは理解しております。
ですが西部ではここ数年大きな戦も無く東部の状況が羨ましいのでしょう」
「戦馬鹿どもが。戦争は略奪とは違うのだぞ」
皇帝は眉間を揉みながら呟く。
「東部ではフェリグスが傭兵として参加しているという噂もある。本当ならさっさと戦争を終わらしたいぐらいなのだ」
「フェリグスのような小国の軍に何ができましょうか。
我が軍は連戦連勝で士気も高く順調そのもの。帝国民全てが歓喜しております」
「サイン王は戦場を魔道具の実験場か何かだと考えている節がある。
普通の国なら自国で独自開発した魔道具を売るなど考えもしないだろう」
皇帝は宰相に資料を投げ渡す。
「軍の損耗具合をまとめさせたものだ。どうだ、何か気づく点は無いか?」
「我が軍の損耗率が低い点で御座いましょうか?」
「そうだ。
フェリグスの魔道具が使用されているのに損耗率が異様に低い。初めは今まで通りだったがこの頃は不自然なほどに損害が少ない」
皇帝は難しい顔をして宰相に語りかける。
「今回の戦争は報告書を読む限り我が軍が有利で全てが順調なのだろう。
だが互いに命を賭けて戦っている戦場で万事順調な事などありえんのだ。
何か致命的なものを見逃している、そんな気がしてならん。私達は本当に正しい道を進んでおるのか?」
◇
タユルト王城の一室に王城の主とフェリグスの者が集まり話をしている。
タユルト側は王と宰相そして宮廷魔術師の三名が、フェリグス側はバリルンドと護衛役のリジョの二名が出席している。
王は疲れが顔に出ているがリラックスした表情でバリルンドと対面している。
バリルンドはよそ行きの気品ある落ち着いた表情を浮かべ王に向かい合っている。
王にとってバリルンドは話しやすい人物だ。
彼女は法を尊び原理原則に従うため、サイン王のような友好的だが何をしでかすか分からない人物より余程接しやすい。
彼女の常識はこの世界の常識に近いため反応が予想しやすく、変な緊張をしなくてすむのだ。
「ところで帝国軍はいまどうなっておるのだ?」
「彼らは私どもが作り出した夢の中ですわ。現実と虚構の区別ができなくなって楽しい思いをしております」
帝国軍はいまバリルンドの呪いに囚われている。
彼女が設置した呪いの中に自ら踏み込み、実体の無い幻と戦い、ありもしない幻から略奪をして満足している。
帝国軍に敬虔な神官が一人でもいたなら、優れた術師の一人でもいたならば呪いの存在に気がつけただろうが彼らにはそれがいなかった。
だから彼らは幻影に囚われたまま、誰も彼もが幸福に浸りながらタユルトの地に縛り続けられている。
「いつまでこの状態が続くのかは聞いておきたい。
脅威が無いとはいえ帝国軍が居座っている街道は使えないのだろう?」
「ええ、呪いは対象を選びません。魔物でも人間でも。
彼処に近づく者は全て同じ呪いに囚われてしまいますわ」
バリルンドは思案げなフリをして王に応える。
「いま帝国では勝ち戦のお零れに預かろうと愚かな貴族が蠢動しております。
『彼らが出せるものを出し切ったときにまとめて処分すれば帝国は暫く大人しくなるだろう』と、私達の王はそう話しておりました」
「確かに魅力的な話だが実際の所いつまで待てば良いのだ?」
「一月ほどあれば情勢も固まり判断がつくようになるかと。もちろん最終的な判断はタユルト王にして頂きたいと考えていますわ」
タユルト王は考え込む。
その決断が下される前にバリルンドが判断材料を投げかける。
「何もタダでとは申しません。
迷惑料と言うわけでは御座いませんが……帝国が持ち込んできた武具などの物資は其方で処分していただければと考えております」
「全てか?」
「ええ、ご面倒かと思いますが」
王は皮算用をしニンマリと笑う。
「ただ帝国兵については私どもに任させて頂きたいのです。
彼ら光神信徒には王を暗殺しようとした恨みもございますので」
「どうするつもりなのだ?
いや、すまない。聞くつもりは……」
「陛下は何か思い違いをされているようです。
フェリグス国は帝国の野蛮人と違って人殺しを楽しむ趣味はございません。ただ彼らを欲しがっている方に引き渡すだけですわ」
バリルンドはニッコリを笑う。
「帝国に滅ぼされた民の神々が彼らの身柄を欲しているのです。
あまり気が進みませんが神からの『お願い』を無視するわけにもいかず……今回の件は帝国人に奪われる側の気持ちを理解させる機会だと思って頂けると幸いです」
タユルト王は生唾を飲み込みバリルンドを見つめる。
「自分達が一番優れていると増長している輩には良い薬となるでしょう。
狼藉者は言葉ではなく体で教えなくては、ね?」