この世界に来て十七回目の春。
相変わらず大陸各地で紛争が起きており奪ったり奪われたりしている。
光神信徒による暗殺未遂事件は公式には何も無かったことにした。
光神教と今は揉めたくなかったし、襲撃者の末路を思うと十分に報復をしたからだ。
だが私の部下はその判断が気に食わなかったようで光神教に対して報復の経済戦争をしかけた。
具体的には光神教に関連する団体や勢力に対して物流を絞り価格をつり上げたんだ。
会場を提供したケピアンも面子を潰されたとしてこの経済制裁に参加してきて皆で光神教を締め付けた。
これにより光神の総本山があるヴリュルト神国は深刻な物資不足になり情勢が不安定化した。
いくら神が存在する世界でも食べ物が無くなれば信心も薄れ治安が悪化する。
私がソレに気がついたときはもう神国は死に体だった。
神国からの難民が各地で軋轢を生み出しているという報告があって、その原因を探ったらウチの子のせいだったと知ったときは頭を抱えたよ。
確かに光神は気に入らないかもしれないけど難民生産国を作り出すなんていくら何でもやり過ぎだ。
それからは経済制裁を徐々に解除したり野盗化した難民に対処したりと大忙しだった。
この騒動を生み出した本人達はやりきった感を出して満足そうだったが、私は政治的な調整のために奔走しないといけなくなって泣きそうだよ。
そんなクソ忙しくなってきた時にソケシアン帝国がタユルト国に攻め込んだんだ。
はじめは剣での殴り合いですんでいたんだけど帝国が兵を大きく動かしているとの報告があり、それならばと非公式にタユルトを支援することにした。
彼処は帝国との緩衝国なので健全な状態で存在してもらわないと困るからだ。
そんなわけでバリルンドを支援のために向かわしたのだが、これは間違いだった。
アマレースの運営が落ち着いてきたし彼女なら秘密裏に大軍を処理することができるだろうとお願いしたんだが彼女が大の無法者嫌いなのを忘れていた。
彼女は略奪行為をする男が大嫌いで、女子供で自分の快楽を満たそうとする男に容赦が無い。
私が彼女のしでかしを知ったときには、既に帝国兵を神に捧げる約束を交わしてしまっていた後だった。
神との約束は絶対なので無かったことにはできないが何とか命だけはとお願いしたら半数が廃人になって返ってきた。
残りの半数も生気が無い状態、自分達が今までしてきたことを実際に体験してきたような状態になって戻ってきた。
それら帝国兵を帝国まで送り届けるのにどれだけ苦労したか。
タユルト王がとても親身に協力してくれたので何とかなったが現場の人間は大変な思いをしただろう。
こんな感じでウチの子達は超がつくほど有能だけど、キチンと見張ってないと割と大きな問題を起こしてくれる。
それが抑止力に繋がるのかも知れないが個人的にはもっと穏便に事を進めて欲しい。
強く言えば改善されるのかも知れないけど、それで自主性が失われてしまうかもと考えてしまいヤンワリとしか注意できないんだ。
私だけじゃアマレースだけでもこんなにも上手く運営することは出来ないし、諸外国とも渡り合うことは出来なかっただろうし。
他の国の王様ってそこらへんをどう折り合いを付けて部下と付き合っていってるんだろうな。
「それで聖女は何だと言ってきているんだ?」
「私主の役に立ちたいと」
モーエレンが聖女について話があるというので聞いてみると彼女が仲間になりたいと言ってきたらしい。
私達のやってきた事、やろうとしている事を聞いて自分の力が役立てられると考えたようだ。
「彼女の性格を考えると難しいな」
「彼女は自称救世主の取り巻きを説得しました。使いようではありませんか?」
「私達は大義名分や利害関係を気にするが正義については気にしていない。だが聖女は正義というものを大事にしているだろう?」
「私達も正義という言葉はよく使いますが?」
モーエレンは不思議そうな顔をして問いかけてくる。
「私は正義を道具として使うが、聖女は価値を判断するのに使っているように感じる。
これは予想だがすぐにキュネルや機川と衝突することになるぞ?」
そして私にどっちを選ぶんだと迫ってくることになる。
「ですがこのまま放置するのも問題かと。あの取り巻き共々処分してしまいますか?」
「……仕事を与えよう。
孤児や幼年期の子供を預かる施設で人が足りないという報告があったはずだ。まずはそこで様子をみる」
あれらの施設はベルナデッタの管轄だから性格に難ありな人材も何とかしてくれるだろ。
というかベルナデッタと上手くやっていけないなら他の者と上手くいくわけがない。
「子守ですか?
彼女なら他の仕事でも可能かと思いますが」
「聖女も取り巻きも正しいことをしたいだけだ。自分の生き方に自信が無い者に難しい判断が必要となる仕事はさせられんだろ」
人には向き不向きがあるからな。
もし適性の無い仕事をさせると周りに余計な仕事をばらまくことになる。
「それにウチの託児所には子供がわんさかいるだろう?
あの子供達と上手く付き合いながら自分の仕事を効率よくこなしていくことは良い経験になる。大人になっても子供みたいなやつが世の中には捨てるほどいるからな。将来、役立つ時がきっとくるはずだ」
◇
ソケシアン帝国のキナウス皇帝は頭を抱えていた。
タユルトに向かわした兵のほぼ全てが使い物にならない状態で戻ってきたからだ。
何があったのか聞こうにも皆の証言がバラバラで確かな話が一つも無い。
自国民のため無理に聞き出すこともできず、心が壊れた者は故郷に戻して回復を願うしか無い。
普段なら心に傷を負った兵士は光神の神官が面倒を見ているのだが今の光神教はそれどころではない。
商人共に経済制裁されたことで信徒からの支持が落ち込み、その対応に追われているため神官の数が足りないのだ。
結局、今回の戦争は得るものは無く多くのものを失った。
心を病んだ兵士を多数抱えることになり帝国史上最悪の戦争となった。
このことにより戦争を推し進めていたタカ派の発言力を低下させることができたが皇帝の求心力も低下した。
次の戦争も負けでもしたら皇帝の座を引きずり下ろされることになるだろう。
皇帝はフェリグス国を放っておくことは危険だと改めて感じていた。
交易や人的交流を通じて表向きは敵対しないように気をつけているが、彼の国がいるかぎり帝国の繁栄は無いと確信した。
何故ならここ数年帝国が抱える問題には必ずと言っていいほどフェリグスの影がちらつくからだ。
だが帝国にフェリグスと正面から戦う力はない。
いつものように難癖を付けて開戦しようものならドワーフとエルフは必ず敵に回るだろうし何なら蛇人も参戦してくるだろう。
フェリグスは帝国とは違い周辺諸国と協調することを重視しているため戦争で勝敗をつけようとすれば周囲が全て敵になる。
そのため信用を毀損したり不和の種を蒔く情報工作をしているのだが未だに成果が上がっていない。
治安悪化を狙って食い詰め者やならず者を送り込んでいるのだが速やかに処分されてしまう。
皇帝も初めは軽く潰すことができると考えていたがフェリグスの防諜力は帝国の予想を超えていたのだ。
「陛下。
アマレースに潜ませているものから興味深い情報が届きました」
皇帝は宰相に渡された報告書に目を通す。
「聖女とおぼしき人物がアマレースにいるだと?
あの女、生きておったのか」
「そのようです。顔つきや雰囲気は別人のように変わっているそうですが」
「何故それで聖女と断定したのだ?」
「聖女と絶えず一緒に行動しているものたちが酒場でそのような話をしていたようです。『聖女様ならもっと大きな仕事ができるはずだ』と」
報告書によると聖女は子供たちの子守りや教師をしているらしい。
彼女は一見自由に見えて厳重な監視下に置かれており接触はいまだに出来ていないと書かれている。
「光神教に確認はしたのか?」
「しておりません。まずは陛下に判断して頂いてからと思いまして」
「ならば確認はしなくて良い。周囲が聖女と思っている人物がいるだけで十分だ」
皇帝は少し考え込んで宰相に指示をする。
「聖女信奉派の残党はまだ残っておったな?」
「はい。
既に使い勝手の良さそうな者を選別しております」
「よし。
そやつらに聖女の話をし、必要なものを与えてやれ」
フェリグスに一泡吹かせてやろうと皇帝は考えを巡らす。
「周辺国にフェリグス王の悪評をばらまくのだ。聖女を拐かしその力を使って諸国の王を支配しようとしているとな」
「聖女を使い子供たちを恐れをしらぬ戦士に育てている、というのは如何でしょうか?」
皇帝は宰相の提案に満足そうに頷く。
「フェリグス王には帝国に混乱をもたらした罪を償ってもらう。
そのための証拠を用意しいつでも抗議できるよう用意をしておくのだ。ヤツらに借りを返す時がきたぞ」
◇
私は聖女アカネ。
いま私はアマレースで子供達の面倒をみたり勉強を教えたりしている。
ここに来るまでフェリグスという国には良いイメージを持っていなかったけど、ここに来て考えが変わった。
ここに暮らしている人達は皆幸せそうに笑っているし自分達の生活は自分達で守るという思いが伝わってくる。
私がソケシアン帝国にいたときは周囲のみんなが私に救いを求めにきたけどここでは違う。
みんなサイン王を敬愛しているけど国を豊かにするために、自身と家族の幸せのために、自分の頭で考え努力している。
大人から子供まで自分達ができることを一生懸命にしている。
アシュリーは『安全な場所と安定した職場を提供すればそれだけで良い』と言ってたけど、それが実現できているのは凄いことだと思う。
色々な場所を見て回ったけどココはこの世界の何処とも違っていて、私には理想的な場所に見える。
アシュリーは隠しているけどきっと彼女は私と同じ転生者なんだと思う。
だって考え方や言葉の選び方が現代的だもの。
フェリグス語と言われている言葉だって私の母国語と驚くほど似通ってたし、まず間違いないと思う。
それとアシュリー・マリー・サインは嫉妬するのが馬鹿らしくなるほど綺麗な人だ。
男物の軍服姿が凄く似合っていて女の私でもドキドキしてしまう。
今まで男装する女性にはまったく興味なかったけど彼女のせいで新たな扉を開いてしまいそうだ。
ああいう綺麗で立派な考えを持っている女性が王だからフェリグスは良い国なんだと思う。
女性や子供が大切にされているし街は清潔で乱暴者もほとんど見かけない。
夜中に女性がパブでお酒を楽しむことができるし、人攫いの噂を聞かないぐらいに治安が良い。
それに美味しい食べ物やお菓子の種類が多いし、センスの良い服やアクセサリーが安く買えるのも嬉しい。
何より公衆浴場や水洗トイレが普及しており住人が臭くない。
フェリグスの神である廻神は帝国の光神とは違い穏やかで受容的なところも気に入っている。
神徒のベルナデッタさんも初めは見た目の若さに驚いたけど話してみたら見た目とは違い思慮深くて尊敬できる人だった。
彼女と話していると心が軽くなって前向きな気持ちになれる。
私も聖女なんて呼ばれていたけど彼女みたいな人が本当の聖女なんだと思う。
だから、いつかベルナデッタさんみたいな女性になりたいと思って彼女の元で働いている。
世界のことはアシュリーに任せておけば大丈夫。
私はここで女性として成長し、将来はアシュリーの仕事を手伝えるようになろうと思う。