状況は停滞している。
部下達を送り出してから一週間ぐらい経過したが追撃がくる様子は無い。
私達が文字通り全滅させた部隊のことを調査するために追加の部隊がくると予想していたんだが、見事に外れてしまった。
相手は拠点とおぼしき所から方々に部隊を派遣しているから安心はできないが。
時間に余裕があったおかげでファロスヒルの子供達は順調に数を増やせている。
見た目は巨大な昆虫だが成虫の形態で孵化し、すぐに活動し始める所をみるに昆虫とは異なる生物なのだろう。
優秀な兵士としてゲーム中は何も考えずに使用していたけど、リアルで見ると何らかの恐怖症を発症しそうになるな。
保護している者達は一生懸命に働いてくれているので非常に助かっている。
生活家電どころか整備された道すらないこの場所では何をするにしても人手がいる。
ただ食材と安全を提供するだけで身を粉にして働いてくれるのを見ると少し罪悪感があるが。
周囲の探索を進めているが新たに拠点になりそうな場所はいまだに見つかっていない。
地図をつくりながらなので時間がかかっているのもあるが、他の村が見つからないのは予想外だった。
奪い取った記憶によると定期的に商人と交易をしていたようなんだが連絡手段は頭領しか知らなかったようなんだ。
ここの物資だけで当面の生活は困らないようになったが文化水準の低さは何としても改善したい。特に衛生環境と食事。
そのためには材料と道具が必要だ。ドワーフの住処が見つかれば良かったのだが魔物達のせいで不明のままだ。
魔物が根城にしている場所の奥にドワーフ達がいるのなら今すぐにでも攻め込むことを考えるんだが。
「何か問題でもありましたか?」
いつのまにかモーエレンが部屋に現れて私に声を掛けてくる。
そういえば私の場所は部下に筒抜けらしい。距離が離れるとおおよその方角しか分からないそうだが。
国民達にバフを与える能力の副作用がこんな形で実装されているなんて超常存在に文句をつけたい気分だ。
なんてったって全国民が私のストーカーになるんだからな。
「何の問題も無い。
こちらに来て日も浅い状態でこの状態だ。
みな良くやってくれている」
「あまり気が晴れていないようですが」
そうだね。私の気分も伝わるんだったね。
「魔物が何をしているか気になってな。
結構な数が周囲を彷徨いているのだろう?」
「気になるなら調査を優先しますか?」
「いや、周辺地図の作成を優先してくれ。
ここがどんな場所なのか把握しておく必要がある。
それに周辺地図ができる頃には現地人の集落も見つかるだろう」
「原住民とは友好的に接する方針に変わりはありませんか?」
「心配なのはわかるが変えるつもりは無い。
予想通りの世界なら無駄に力を振りかざす必要も無いだろう」
うちの部下は迫害された経験を持っているせいか、それとも暴力的な世界で育ったせいかわからんが殴りつけて相手の出方を見る癖がある。
相手が本当に強者だった場合、後始末が面倒な事になるから止めて欲しい。というか大変だったので二度としないで欲しい。
「それより機川の機嫌は良くなったか?」
「今のところは命じられた仕事をキチンとしています。
機嫌は改善していないようですが」
機川塔子。私と同じ現代人の転生者という設定のキャラクターで機械オタクだ。
彼女は感覚が都会っ子のままなので此処のような劣悪な環境には慣れていない。その為この世界に来たときから機嫌が悪かった。
そして一昨日だったか不満が積み重なってヒステリーを起こしやがったので、子供のオモチャをつくるように命じたんだ。
「改善しているはずだ。
現に大人しくなっているだろう?」
「子供嫌いを公言している彼女に子供の相手をさせるのは理解できません。
また不満を溜めて駄々をこねなければいいのですが」
「大丈夫だ問題ない。
それに問題があればベルナデッタが何とかするだろう」
機川は酒好きで少年好きというどうしようも無いところがあるからな。
今頃は子供とのスキンシップで心情ゲージがモリモリ回復しているはず。
それに普通の大人は自分より弱い者の前で無様な姿をさらすようなことはしないものだ。
「話は変わるが引っ越しの準備はどうなっている?」
「完了していますがこの場所を放棄するのは少し勿体なくはありませんか?
私達でしたらこの場所に強固な要塞を築くことも可能ですが」
「分かっている。ただ今回の相手は数で攻めてきそうでな。
私達がよくやった蟲の大群で押しつぶす戦法があるだろう?
アレをやられたら此処では飲み込まれてしまう。
私は魔物の死体に埋もれて死ぬのは嫌だからな」
◇
外からの光も音も届かぬ洞窟の奥に魔物の絶叫だけが響き渡る。
縄に縛られた薄墨色のオークが地面が転がされておりそれを見下ろす男が二人。
オコナーは無表情のまま魔物を学者のような目で観察しており、キュネルは微笑みを浮かべながら魔物を眺めている。
「やはり私達の知るオークとは違いますな」
「見た目はオークだが中身がまるで違う。
推測するにホムンクルスのような魔法生物に近い」
キュネルの感想にオコナーが応える。
「飢えはしても餓死はしそうにないですな。
私のように魔素さえあれば活動しつづけられるのでしょうか?」
「一日中叫び続けても疲れた様子が無い所を見るとその可能性は高い。
痛みに屈せず仲間の死に動揺もしない。厄介な生物だ」
二人の男に敵意を向け理解できない叫び声を上げ続けるオーク。
洞窟の奥に目をこらすと数十体の魔物の死体が積み上げられている。
「利用できそうですか?」
「理性が無い兵隊など使い道が限られている。
王の性格から考えるに決して利用することは無いだろうな」
「そうですな。
戦うことしかできぬ者など我が国に不要、とか言いそうです。
ただ魔法生物ならば作成方法は知りたいものですな」
「知ってどうする」
「手札はあればあるほどいいんですよ。
その時になれば自ずと使い道も見つかるものです」
オコナーの疑うような問いかけにキュネルは楽しそうに返す.
「ところでブレインリーディングはしないんですか?」
「私達は今、王に報告できない仕事をしているのだぞ?
アレの使用は王の許可が必要なのだ。まあ許可されたとしても使用したくは無いが」
「おや、したくないなんて珍しいですな」
「思考や感情を制御できても気持ち悪さはある。
精神構造が根本的に違うものの思考を覗くのは非常に不快で苦痛を伴うものなのだ」
「興味深い。
一回体験してみたいですな」
「機会があれば味わわせてやる。
楽しみにしておけ」
◇
ここはドワーフの街。
天井は驚くほどに高いが建物はドワーフの身長に合わせて低い。
そこら中に街灯が設置されているが光量は弱いため街全体が薄暗い。
その街の中心にある広場にドワーフ達とモーエレンがいる。
広場の中心にある槌神像の前にドワーフの代表とおぼしき集団とモーエレンが対峙している。
ドワーフ達は表情は様々だ。警戒、猜疑、諦念、敵意、そして希望。
対するモーエレンは自身が強者であることを疑うことすら無い余裕を持った、悪く言えば哀れんでいるような表情を浮かべている。
「岩と鉄の子供達。
炎を操り鉄を鍛える者達。
山の民。
私の言葉がわかりますか?」
モーエレンが代表者であろうドワーフに話しかける。
「ああ、わかるが何故人間の言葉を使うのだ?
オヌシは森の民ではないのか?」
「それは必要になったら説明します。
時間を無駄できるような状況では無いでしょうから」
話しかけられたドワーフは顔をしかめモーエレンに問いかける。
「オヌシの名前を聞いても良いか?」
「私は聡明なるギアヒア氏族ラフィアルの子モーエレン。
我が王より山の民との交渉役を任されている者です。
そちらは?」
「ワシはデリン家ミムリの子トーイン。
工房長代理を任されておる」
モーエレンは胸の前で世界樹を表した手印を形作り、トーインは拳骨で左胸を叩きながら自己紹介をする。
「ワシらに何の用じゃ?」
「貴方たちは大変な状況に陥っている。
私達はその状況を良い方向に変化させることができると考えています」
「ワシらを助けるじゃと?
それはラウグ王国の意向なのか?」
「私はフェリグス国からきたのです。
ラウグ王国とは関係ありません」
「フェリグス?
聞いたこと無いの。
どこにある国じゃ?」
「私達はこの大陸の者ではありません。
文化も慣習も異なる場所からきたのです」
トーインは渋い顔のまま。
モーエレンは言葉だけは丁寧だが弱者を哀れむような表情で語りかける。
「私達は色々なものを提供できます。
例えば食料や安全は必要ありませんか?」
「ワシらに何をさせる気だ。
差し出せるものなぞ何も無いぞ」
「この世界のことはよく知らないので聞きたいのですが。
貴方たちに王もしくは同等の地位の方はいらっしゃいますか?」
「人間達の王とは違うが代表者はおる」
「失礼かと思いますが確認させて下さい。
その方は国の運営をされていますか?」
「それは工房組合で行っている」
「ならばその方々を紹介して下さい」
「それだけで良いのか?」
「いいえ、他にもお願いしたいことがあります」
トーインが身構えるのをみてモーエレンは笑みを深めて話しかける。
「此処に逗留する許可を頂きたいのです。
私達と私達が保護する者達を」
「ここに人間が宿泊できるような建物は無い。
それに水も食料も余分なものはないのだ」
「場所をお借りできれば良いのです。
それ以外は自分たちで何とかします。
土地を寄越せというつもりはありません。
次の逗留先が見つかるまで置いて貰えませんか?」
「……」
「私達が此処にいれば安全が確保できますよ?
私達は恩人を見捨てるようなことはいたしません」
「……皆で話し合いたい。
少し待って貰えるか」
「貴方たちが悩むのは理解しますし待つのは構いません。
ですが時がたてば経つほど状況は良くない方に傾くかと」
苦々しい表情を浮かべるトーインにモーエレンは手を差し出す。
「私達は良き隣人になれます」
◇
槌を掲げ持つドワーフの像。
大地と火を司る槌神ドヴェルグの像が祀られている神殿。
ドワーフの建物にしては巨人でも出入りすることができるほど天井も出入り口も大きい。
神殿は白く磨かれた大理石で装飾され、至る所に神話を視覚的に伝えるための逸話が彫刻がされている。
槌神の周りには白いシンプルな祭服を着たドワーフの女性達が集まっている。
その集団の前に白い民族色の強い祭祀服を着用したベルナデッタと巫女装束に酷似した着物を着たエーリカの両名が対峙している。
「廻神の神徒ベルナデッタ、誘女の寵児エーリカ。
槌神ドヴェルグ様へご挨拶に伺いました」
ベルナデッタが胸の前で玉を持つような格好をして挨拶をする。
「え、ええ。
我が神より賜っております」
ひときわ立派で上質な祭服を着た女性が隠しきれない怯えた表情をしている。
「お名前を伺っても?」
「こ、これは失礼を。
槌神ドヴェルグの信徒ワーリンで御座います。
ここでは火守を任されております」
「そのように畏まらないで下さい。
神は違えど、私たちは神に仕える者同士。
他の方には理解しがたい苦労を理解し合える仲間では無いですか」
ベルナデッタが親しみを込めて話しかけるがワーリンは強ばった顔のまま。
「お前の神は何処の神なのだ。
この世界の神では無いではないか?」
「し、失礼を働くではない!」
後ろの集団から厳しい言葉がベルナデッタに投げかけられる。
ワーリンは顔色を青くして叱責するも後ろの神官達は皆同じ意見のようだ。
「確かに私の神は異界の神です。
ですので異なる視点から見た風景をお伝えできますし、柵みに囚われない助力も提供できると考えています」
集団からの厳しい目つきにベルナデッタは対し涼しい表情を崩さない。
「後ろの小娘は死の気配が濃すぎる。
我らの神域を汚す気か」
「言葉に気をつけて下さい。
誘女様は死者の魂が行き着く『彼の国』の支配者ですが死の神ではありません」
集団からの糾弾に対しベルナデッタは素早くしかし毅然と反論する。
「誘女様は、私達でも分かりやすく説明させて頂きますと創造神なのです。
私達がお仕えしている神とは神格があまりにも違います。
決して私達の常識で判断しないように注意して下さい」
「わ、わかっております。
なにとぞご容赦を。ご慈悲を」
ワーリンの今にも平伏しはじめるような態度に周囲のドワーフ達は驚愕する。
数名の信徒はワーリンに止めるように声をかけるも彼女の必死の形相を見て言葉を失ってしまう。
「神を信じ信念を持って行動するのは良いことです」
ベルナデッタはドワーフの信徒を優しくも有無を言わせぬ雰囲気を纏わせて語りかける。
「今日は廻神の神徒としてご挨拶に伺っただけ」
ドワーフ達が言葉を理解するのを待ち、そして次の言葉を続ける。
「私達は既に友人なのです。
貴方たち個人がどう思おうとも神がお決めになったことです。
どう行動し何を発言するかは、よくよく考えてから行って下さい。
神の御心に背くような言動は望まない事態を招きますよ」