ソケシアン帝国からの使者がうざい。
聖女がらみで色々と難癖つけてきて騒ぎ立てている。
帝国は言い分は二つ。
一つ、聖女を誘拐し帝国に混乱をもたらした罪について謝罪し賠償金を払え。
二つ、聖女は帝国人だから返還しろ。
両方とも飲むことは出来ないので突っぱねているのだが、毎週々々切り口を変えて使節が押しかけてくる。
私達が推進している戦争法に使者を殺すなと書いてあるからってしつこくやってきては言いたいことを言ってくる。
これがゲーム内ならイデオロギーパンチで黙らしている所だ。
だが光神に『帝国へ侵略しない』という約束をしていることもあって短絡的で暴力的な選択をすることができない。
帝国は私達に負い目を負わせて影響力を削ぎたいのだろう。
実際に聖女を誘拐したのは私達だから言っていることに間違いはないしな。それを公に認めることはないが。
この問題は犯人がいないと解決しそうに無いのであの馬鹿、自称救世主に犯人になってもらおう。
巨人の国に引き渡してから何処で何をしているのか知らないが話ならいくらでもでっち上げられる。
問題は巨人達が私達の茶番に付き合ってくれるかだ。
アイツラは種族的に嘘や誤魔化しが嫌いだからな。
そこらへんは外交担当のキュネルがイイ感じにまとめてくれると信じるしかない。
あと聖女問題の発端となったあの馬鹿の取り巻き達は牢屋にぶち込んでおいた。
捕まえる際に彼女達は元聖女に嘆願したようだが軽く鼻であしらわれたらしい。
まあ取り巻きも取り巻きで救世主のことを唾棄していたようだし、興味なくなったときの豹変具合って怖いよな。
「私主、手紙が届いています」
私が手紙の量を見て眉をしかめたのに気がついたモーエレンが微笑んでくる。
「この量だと返信するのも大変でしょうに。少し減らしたら如何ですか?」
「これも大事な仕事だ。
この紙束一つで友好的な関係を維持できていると考えれば安いものだろう?」
「返信するのに徹夜まですることは無いと思いますが」
「こういうのは直ぐ返さないと忘れるからな。嫌なことはさっさと片付けたいのだ」
「存じていますよ。
私主はそのせいで筆まめだと思われているのをご存知ですか?」
私が嫌な顔をするとモーエレンは母親みたいな顔を向けてくる。
実際、この体の育ての親だから母親には違いないのだが。
「それと手紙とは別にアカリュルト王から親書が届いております」
「何があった?」
「復興支援の礼と近況報告です。北方諸国の利害関係を整理し終わったと」
久々の朗報だ。
これで戦争法、いや今やデェルフト条約と呼んでいる条約を発効する目処がたった。
条約は人から亜人と呼ばれている種族から好意的に受け入れられているので、人間側の締結国を待っていたんだ。
今のままだと亜人法とか言われて人から無視される可能性が大きかったからな。
これが発効されれば信仰している神や種族が異なるというだけで滅ぼし合うような戦争に枷をはめることができる。
この条約は神々からも『邪魔はしない』との言葉を貰っているから、例え神官達に反対されても強引に進められる。
「そんなに嬉しいのですか?」
「これで国家間の交渉は国の代表とすれば良くなるからな」
「今もそうだと思いますが?」
「今は国境に隣接する土地をもつ貴族どもが隣国へ好き勝手にちょっかいをかけているだろう?
これで少しはマシになるはずだ」
もし国の代表に無断で争い始めれば条約に則って正式に抗議が出来る。
抗議を無視するようなら『ここに無法者がいるぞ』と声高に叫ぶことで民衆の支持を低下させ周辺国に団結する理由をつくれる。
民衆の支持を失えば国など維持できないし、周辺国との交易に支障がでれば国の舵取りが難しくなる。
たとえ独裁者であろうとこの理から逃れられないのだから自分の正当性を必死に主張せざるおえない。
つまり条約を無視すると面倒なことになるんだ。
人は面倒事を避けようとするからそれが結果的に抑止に繋がることになる。
「この条約により国と国の関係に多数決的なものを組み込むことができるようになる。自分の神が一番だと信じているものやソケシアン帝国などは嫌がるだろうな」
「それは分かりますが条約は私達の行動にも大きな影響を与えます。なぜ私達にとって障害になるようなものを推進するのか、不思議でなりません」
「永遠に強者でいられることなど無い。私はいつか現れる強者に好き勝手にされるのは嫌なのだ」
モーエレンの顔を見るにそんなことは無いと考えているのだろうな。
「異教徒や異端者を捜しては殺して回る世界で、外交を武器として使えるようになるのだ。
これで弱者は弱者なりに立ち回ればプレイヤーになることができるようになる。そして参加者が多ければ多いほどゲームは複雑になり誰もこのゲームから逃れられなくなる」
モーエレンはそれがどうしたという顔をしている。
「私達がもたらしたものが世界の仕組みを変えるのだ。
しかも暴力で無理矢理従わせるのでは無く、この紙束だけでだ。これは世界征服よりも余程価値のあることなのだぞ?」
◇
デェルフト条約は締結され発効された。
参加国全てが条約に署名したわけでは無いが二百名以上の使節が集まる大規模な会議になった。
条約に参加した国は二十カ国。
古エルフなどの亜人以外にも北方諸国などフェリグス国と仲の良い人族の国が参加した。
参加国の数と使節の数が大きく異なるのは、この世界の国では領土持ちの貴族に外交する権利があるためである。
王を頂点とした権力構造であっても統治権を持つ個人や団体は独自に外交をするのが普通で、それが外交交渉の難しさにも繋がっていた。
この条約はその構造を大きく変える。
これからは国家にいわゆる法人格を持たせて外交交渉は国家間で行うことになる。
相手の主権と領土を尊重し自分と違うことを理由に内政干渉したり正義の押しつけをする行為は粗暴な行為となる。
だから周辺国から略奪することで国を維持してきたソケシアン帝国と、光神信徒以外は人と見なしていないヴリュルト神国は条約を受け入れられなかった。
その結果、両国は孤立することになる。
この事で帝国と神国は野蛮人の集団として見なされるようになり馬鹿にされ哀れまれるようになった。
互いの違いを受け入れられず話し合うこともできない輩として外交や交易において不利な条件を突きつけられることになった。
これにはフェリグス国が大きく関与している。
帝国や神国との交渉にはフェリグスの人間が『条約の理解促進のため』と称して同席するため今までのような強気の交渉が封じられたのだ。
帝国や神国は条約を締結していないため本来なら条約締結国の言い分など聞く必要は無い。
だが『我々のルールを飲めない相手とは交渉しない』と自分達がさんざんしてきたことをやり返され黙るしかなかった。
両国ともフェリグスに恨みは募るばかりだが皇帝も教皇もサイン王を恐れ騒ぎを大きくすることを避けた。
いつか流れが変わり反抗できるチャンスがくることを信じ耐え続けることを選んだ。
そのような言動は隠していても国民に伝わってしまう。
今まで帝国人が一番だと、光神のみが正しい神だと教えられ信じてきた人々に不信感を抱かせてしまう。
国民の不満が徐々に溜まっていき、期待に応えられない為政者は徐々に求心力を失っていく。
お互いの見えている景色が違うため意見の食い違いは修復されることなく溝は深くなっていく。
そうした人心が離れている国には過激な発言をするものが現れ始める。
そういう輩は自分の正義に酔い、周囲の期待にこたえるべく無分別なことをする。
皇帝も教皇も密に連絡を取り合って暴動にまで発展しないよう注意していたのだがその事件は起こった。
過激派が帝国に訪問してきたニテシュ母国の使節を、民衆の前で血祭りにしてしまったのだ。
暗殺された使節が遠縁とはいえ王族だったため母国は激怒し帝国に対し宣戦布告する。
それに対し神国は皇帝の神敵認定を解除し帝国に協力すべく一部動員を行う。
神国の動きに対し母国と関係を深めようとしていた北方諸国は最後通牒を突きつけて動員解除を要求する。
北方諸国は国力差から神国が折れると軽く考えていたが教皇は求心力を取り戻すために総動員をかけ聖戦を宣言してしまう。
これに対し北方諸国も言い出したことを引っ込めることができず神国に宣戦布告する。
そうして戦争になり戦線が拮抗してくると帝国は中立だったケピアン国に侵攻し、新たなルートで北方諸国に進軍を開始する。
それと同時にヤレレリアン王国とタユルト国にいる『聖女に未だに未練がある』貴族達を煽り国家転覆を試みさせる。
タユルトは何とか反乱軍を鎮圧できたがヤレレリアンは聖女を信奉するものが政権を握ってしまう。
そして聖女が大好きな新ヤレレリアン王国の王は聖女を拐かしたフェリグス国とそれを匿っているバザ大公国の両国に宣戦布告する。
フェリグスが戦争に巻き込まれたことにより同盟国のラウグ王国も即座に参戦を決定する。
ラウグ王国が参加したことで従属国のエシュタン王国、トゥルク公国も否応なしに巻き込まれることになる。
このようにして帝国と母国の紛争は数週間という短い期間で光神軍と連合国軍の大戦争になった。
この戦争はフェリグスがもたらした魔道具と塹壕戦術により今までに類を見ない犠牲者の多いものとなる。
◇
アマレースの酒場。
王から三馬鹿娘と呼ばれているリジョ、機川、バリルンドとエーリカの四人が歓談している。
肉や野菜の揚げ物や魚の干物、色々な漬け物を肴に酒を飲みながら職場での鬱憤を晴らしている。
「刺身が食べたい……」
「あんなエサみたいな食い物より唐揚げのほうがウメーだろ。米とかいう穀物から作った酒は旨かったけどよ」
「私、タコの刺身すき」
機川のぼやきにリジョとエーリカが応じる。
「そういえば元聖女さまもそんなことを言っていたわね。トーコと同郷なんでしょ?」
「アイツの話はしないでよ。食事が不味くなるわ」
機川がバリルンドの話に嫌な顔をする。
「それより麹菌は見つかりそうにないの?」
「実物かそれに近いものが無いと無理ね。いくら神でも出来ることと出来ないことはあるわ」
「でも化学薬品の合成方法は色々と教えてもらっているじゃない。写真機も随分と携帯性や利便性が良くなって……」
「そんなに言うならトーコから双樹様にお願いしたら?
こんな味の食べ物をつくる菌を知りませんかって」
再び機川が嫌な顔をする。
「そんなことよりまた留守居なのが納得いかねえ!
ヤーコさー、アタイも前線にいきたいんだけど何とかなんねーの?」
「私も街を守ってってねねさまに言われた。あんな敵なら一夜もあれば壊滅させられるのに……」
「私の仕事は街の運営なのよ?
軍のことは鉄崎にでも話してよ。エーリカも無理を言って私を困らせないで」
リジョとエーリカに見つめられてバリルンドが困っている。
「リーちゃん、確か休みが沢山残ってたよね?
ヤーコが怒ってた気がするんだけど」
「おっま、それを今持ち出すのかよ。話題を逸らすのにあからさま過ぎねーか?」
バリルンドがリジョに冷たい目を向け、リジョは機川に非難の目を向ける。
「違うわよ。その休みを今使えばいいんじゃない、って話」
「どういうことだ?」
「一週間ぐらい休みを取ってさ。その間は好きにしたらいいんじゃないって話よ」
「トーコ、また貴女は無駄な知恵を働かせて!」
バリルンドが機川を睨み付け、リジョは暫く考え込んだ後にニンマリと笑う。
「あー、ちょっと旅行に行きたくなってきたなー。ヤーコ、そーゆーことで一週間ぐらい休みを取るわ」
「……ちゃんと身元は隠してよ?」
バリルンドとリジョのやり取りをエーリカは不思議そうに見ている。
「リーちゃん。その代わりにエーリカの面倒もちゃんと見なさいよ?」
「えっ?
私、旅行に興味ないよ?」
「わーってるって。エーリカ、ボスの為にしっかりと戦果を上げてこような!」