この世界に来て十九回目の春。
ソケシアン帝国を中心とした光神軍と戦争に巻き込まれて一年ちょい経過した。
デェルフト条約に署名しなかった帝国は時間をかけて変えるしかないと思い、条約締結国内の理解促進に注力してたせいでこの有様だ。
帝国やヴリュルト神国の皇帝や教皇は戦争をする気が無さそうだったから油断していた。
国と国との関係は面子や建て前が重要で、舐められたと感じたら行くとこまで行くしか無くなる。
王族を暗殺されたニテシュ母国は血の報復を求めているし、最後通牒を無視された北方諸国は謝罪を求めている。
そして我が国は聖女を拐かしたという濡れ衣(濡れ衣じゃない)を晴らすため暴力で理解を求めることとなった。
私達が宣戦布告されると呼んでも無いのに古エルフのラウグ王国が参戦してきたのは予想外だった。
何でか知らんが古エルフはヤル気満々なので帝国はこの戦争で滅びるかもしれない。
アイツら後から参戦してきたくせに発言力があるから何でも自分達で決めたがる。
ホント、長命種って面倒くさい。
このように我が連合国軍は戦争理由がバラバラだから戦場の士気もバラバラだ。
それに比べて生存を賭けて戦っている光神軍は士気が全体的に高い。
だが士気の高さだけでは解決できないこともある。
今までの戦争では士気が高い方が優勢になりがちだったが今回の戦争のように塹壕に籠もっての魔道具の撃ち合いになると士気はあまり関係ない。
戦線は膠着し、その間にも塹壕はより広く、より強固になっていく。
こうなると魔道具を動かすために必要な蓄魔器か兵士の食糧が先に尽きた方が負けることになるだろう。
つまり物量に勝るものが勝利を手にすることになる。
そんな光神軍だが条約締結していないくせに戦争を始めるときのルールや戦い方のルールは律儀に守ってくれている。
たぶん私達の非人道的な戦闘行為を警戒しているのだろう。
そんな心配しなくても蟲のエサにしたり死兵で蹂躙するつもりはないのにな。
もう諦めて条約に加わってくれればこんな戦争をいつでもやめられるのに。
相手の領土を尊重したり内政不干渉を控えめにするのがそんなに難しいことなのだろうか。
異文化の異種族とうまく付き合うためには必要なことだと思うんだけど。
「ところでリジョとエーリカは今どこにいるのだ」
「赤鬼と白鬼という名で戦地を渡り歩いているようです」
「アイツらには街の防衛を任せていたはずなんだがな」
「長期休暇を申請してきたときに理由を聞くべきでした。申し訳ありません」
モーエレンは済まなそうな顔をしてくるが悪いのは戦馬鹿のほうだ。
休暇を取って傭兵しにいくなんて誰も思わないだろ。
あの二人は規格外で尚且つ自重をしないから私達の計画に影響を与えかねないんだよ。
圧倒的な力で相手をねじ伏せるのは気分良いのかもしれないが、生き残りが地下に潜ったら面倒なことになる。
小規模な団体だったらそれでもいいが今回の相手は国なんだ。
特に宗教にのめり込んでいる人間は弾圧されると恨み辛みを溜め込んで、より強固に団結することは歴史が証明している。
古エルフや蛇人は『その時は皆殺しすれば良い』と考えているようだが私はそんな大事業をしたくないからな。
「あの二人は戻ってきたらベルナデッタに叱ってもらうとして。戦況に変化は?」
「ケピアン国を奪還しヤレレリアン王国が連合国軍になってからは変化がありません。
やはりファロスヒルの投入を検討してみては……」
「彼女が戦場に出たがっているのは知っている。しかし今は切り札を切るような状況では無い」
彼女の蟲たちなら塹壕に籠もる相手も簡単に攻略できるだろう。
だが、その後に帝国や北方諸国から非人道的な行為と非難され二度と戦場で使えなくなる。
もし私が相手の立場だったら非人道的な行為として猛烈に抗議するからな。
「飛行装置の開発はどうなっている?」
「一週間もすれば試作品が組み上がるとの報告が上がってきております。
ですが、あのような物を開発して宜しかったのですか?」
「いずれ人は空を飛ぶ。今も空を飛べる者はいるだろう?」
「少数の特別な者が飛べるのと一般的な兵士が飛べるようになるのでは大きな違いがあります。また世界を変えることになると思いますが……」
確かに地形に左右されない飛行ユニットの登場は世界を騒がすことになるだろう。
ただエルフ達のグリフォン騎兵とかダークエルフ達のワイバーン竜騎兵とかいるんだから大きな問題にはならんだろ。
それに魔力波を利用した無線装置やその技術を利用した探知装置なんかも開発しているしな。
各方面から嫌味や文句を言われたり怒られたりするのは今更のことだ。
なおキュネルが提案してきた変異種ワイバーンを利用した兵科は却下した。
どこで手に入れたのか知らんが変異種を利用しているなんて知られたら国際的な立場が無くなることを理解して欲しい。
「だが、アレがあれば戦線を大きく進めることができる。帝国も必死で真似してくるぞ?」
「笑い事ではありません。技術の進歩に教育が追いついていない状況をよく考えて下さい」
確かにそれは問題か。
これでも機川には安全性が低いと文句をつけたりして開発にブレーキをかけているのだが。
一度、運用や維持管理も含めてどうするか話し合った方が良いな。
「その件は機川と話しておこう。それで今回の戦争だが、現場の雰囲気はどうなのだ?」
「エルフは塹壕に嫌気が差しているようです。
土の中に潜るという行為は彼らにとって不自然なものですから……」
話を詳しく聞いてみるとエルフだけでは無く戦場の兵士達はみな塹壕戦に嫌気が差しているようだ。
私が育った世界と違い魔法があるため損耗率は低いようだが塹壕暮らしのキツサは魔法でもどうにも出来ないようだな。
「それでは戦争を終わらすために何か理由をつくるとしよう。今のままではどちらかが滅びるまで続けそうだからな」
「古エルフが賛同しますか?」
「私は相手を滅ぼすような戦争が嫌で条約を作成したのだ。ならこの状態をこのままにしておくのは良くないだろう?」
士気を維持するために各国が扇動したことで、戦争目的が憎い敵兵を殺すことになってしまっているんだ。
そこに宗教や種族の違いが加わって最悪の事態になりつつある。
「この手の戦争は攻撃的な相手の意識を変えないと永遠のこのままだ。
一番穏やかな手段としては子供のうちから教育していくものなのだが」
現状で戦争をやめようなんて話をしても受け入れられることはないだろう。
だから帝国民が拠り所にしている信仰に疑問を持つように仕向ける。
「帝国民を光神から此方側の神に宗旨替えしてもらう」
「可能だとは思えませんが?」
「力尽くでは無理だな。
だが大抵の人は裏切られたと、信仰するに値しないと感じたらそれを捨てる。信じていた人間の言行不一致な所を見たりしたら信仰が揺らぐだろう?」
帝国の経済は異教徒を安い労働力として使うことで成り立っている。
それを崩壊させ自分達が搾取される側になれば信仰に疑問を持つ者もでてくるだろう。
上だけが良い思いをしているとなれば考えを変えるきっかけになるだろう。
「戦争目標を帝国に囚われている同胞の救出に切り替えてもらう。労働力を奪うことで経済を破綻させ貧富の格差によって改宗を促す」
「それは光神との侵略をしないという約束に反するのでは?」
「土地を奪うつもりはないし殺すことを目的としてはいない。
悲惨な目にあっている同胞を救出するだけだ。神も同胞を保護することには文句を言えんだろう」
この大義名分なら此方側の神々も満足してくれるだろう。
それに私達も戦力を表立って投入することができるし魔道具を大々的に売り込むことができる。
「帝国にはどうすれば我々と共存できるのか考えてもらう必要がある。
もし戦争することでしか生きることができないのならば魔物と同じ扱いをせざるおえない。その時は残念な決断をしないといけなくなるかもしれないな」
◇
ソケシアン帝国のキナウス皇帝は憤慨していた。
ラウグ王国が急に『不当な扱いを受けている同胞を解放しろ』と要求してきからだ。
王国の古エルフは普通のエルフがどのように扱われようが気にしていなかったくせに今になって態度を変えてきた。
従属国を飼い殺しにしているくせに帝国が運営している大規模農園で非道が行われていると誹ってくる。
古エルフこそ他種族に対して差別的な感情を持って接し、不当な扱いをしてくることで有名なのだ。
まさに『お前がソレを言うのか?』と思ったのは帝国だけではない。
だが王国が自分達の要求を明確にしたことで周辺国の意識が変わる。
今までフェリグス国の同盟国として防衛戦にだけ手を貸していたのだが、民間人救出のために攻勢にでると宣言したのだ。
各国はこれを『帝国を潰す』というメッセージとして受け取った。
それからの連合国軍は破竹の快進撃を続けることになる。
ヴリュルト神国を一ヶ月足らずの短期間で占領し、奴隷同然の暮らしをしていた民間人を解放していったのだ。
皇帝も連合国軍をなんとか食い止めようとしたが飛行部隊と地上部隊が連携した戦術に対抗することができなかった。
帝国がケピアン国に侵攻した際に用いた機動戦に飛行兵を加えただけなのだがその効果は凄まじかった。
神国が占領された事により今まで様子見をしていた国も動き始める。
囚われていた民間人が故郷に戻り光神信徒の非道を人々に吹聴し、有力者達が勝ち馬に乗るべきだと意見するようになったのだ。
結果、獣人の国であるイヤーレ国やボバルト国、ラウグ王国と犬猿の仲であるアリエ連邦が新たに連合国に加わることになった。
執務室でその報せを聞いた皇帝は陰鬱な気分になり頭の中はすでに戦後処理のことを考えていた。
だが神国から追い出され帝国に逃げてきた光神信徒や神官達は聖地奪還に執心している。
騒ぎ立てる神官のことを考えながら皇帝は連合国に恨みをつのらせる。
なぜ処刑せずに神官どもを追放したのかと。
我々はデェルフト条約に批准していないのだから処分してもらっても抗議することはなかったのにと。
妄想に囚われた神官を抱えたまま強大な連合国軍にどう対峙すれば良いというのか、皇帝の煩悶苦悩は止まらない。
そんな折、皇帝の元にフェリグスのサイン王が倒れたという報せが届く。
ヴリュルト神国で民衆への演説中に意識を失いそのまま壇上で崩れ落ちたという。
幸い命に別状は無く二日ほどで意識を取り戻し皆の前に姿を見せたのだが、その報せを聞くまで皇帝の気は休まらなかった。
皇帝にとって彼の王には色々と思うところはあるが、連合国の中では信用でき話が通じる唯一の人物なのだ。
彼女の絶対強者然とした立ち振る舞いは気に食わないが、相手の歴史や文化に敬意を払うことを忘れないため彼女がいるだけで場が落ち着く。
彼女が仲裁してくれると聞けば敵であっても安心できるし、彼女との折衝はいつも疲れるが『丁度良い落とし処』を見つけてくる手腕は信頼できるのだ。
いま彼女にいなくなられたら帝国は本当の意味で消滅してしまうだろう。
神国がいまだに国として残っているのはデェルフト条約を根拠にフェリグス王が古エルフを説き伏せたからだ。
条約など守る気が無いならいくらでも破るられるものだと言うことを神官達は理解していないのだ。
「連合国軍の様子はどうだ?」
皇帝は戦場の様子を宰相に尋ねる。
「フェリグス王が倒れてからというもの塹壕に籠もり大人しいものです。やはり戦場から飛行部隊が引き揚げたのが大きいかと」
戦場での小競り合いは止まないが連合国軍の侵攻は一先ずは止んだ。
同じ条件ならば連合国軍にも対抗できることに皇帝は安堵する。
「鹵獲した飛行装置の解析はどうなっておる」
「魔導回路の解析に手こずっております。模倣することはできたようですが同じ大きさで実現するのは難しいと」
機川のつくる魔道具には異世界の知識や技術が用いられている。
使用されている魔術を解析することで似た何かを作れても複製することは困難なのだ。
「時間が必要だな……」
今のままではいずれ帝国は連合国に飲み込まれる。
神官達は息巻いているが帝国民は限界に近い。
連合国軍の飛行部隊に対抗する手段を用意する必要がある。
「連合国に休戦を提案してみるか」
「奴らは受け入れるでしょうか?」
「連合国に対して提案すれば受け入れられぬだろう。だがフェリグスに内々に話をすれば可能性はある」
フェリグス王が倒れたのは神国を占領し連合国に参加する国が増えたことで彼女の仕事が激増したせいだと言われている。
彼女の臣下や国民は自分達の王を病的と言えるほど崇拝し執着しているためサイン王の仕事が減る提案なら受け入れられるだろう。
「奴らは神国で働かされていた労働者の帰国事業や利害関係の調整などで忙しいままだ。
神国は獲られたが、地方では神官共が根強く抵抗しているため落ち着くまでに時間がかかるだろう」
もし休戦したとしても抱えている問題が片付けば帝国への攻勢は再び始まり、その時はより激しいものになるかもしれない。
だが今のまま戦争が続けば年内には帝国は無くなり、連合国は更に問題を抱えた状態で戦後処理をすることになる。
「休戦の提案はモーエレン宰相に持ちかけるのだ。あのエルフはフェリグス王を大層大事にしているようだからな」
「フェリグスの窓口はキュネル外交官ですが」
「アイツには決して話を持って行ってはならん。
奴は騒ぎを大きくして楽しんでいる節がある。今の我々に一番必要なのは休養なのだからな」