倒れた。
リアルでも人間関係のゴタゴタから鬱ぎみになり職場で意識を失ったことがあるんだがコッチでもやるとは思わなかった。
今までの経験から心身の健康には気をつかっていたのだが、自身の処理能力を越えても駄目なんだな。
全身麻酔をしたときのように倒れる前の記憶が無いので自分の身に何が起きたのかはよく分かっていないが。
分かっているのは周りが私を甘やかすようになったということだ。
それと国民から怖れられたり嫌われていたりするわけでは無いということも分かったのは収穫だった。
ゲームの中とは違い国民との距離が少し遠いと感じていたんだけど、それは畏れからくるものだとわかったんだ。
ただウチの国民達は私のことを熱狂的とも言える崇拝対象として見ている所は改善しないといけないと思う。
何か一つのものに傾倒したり執着するような人間は議論ができなくなるからな。
自分がその中心人物になるなんて考えもしなかったよ。
戦争は帝国が休戦を申し入れてくれたおかげで内政に力を入れることができている。
ヴリュルト神国で強制労働されていた民間人の保護と生活再建の援助は戦争しながらでは難しかったからな。
この世界の亜人と呼ばれている種族は歴史的な背景から『ヤレる時には徹底的にヤル』という考えを捨てきれないから凄く渋られたけどな。
占領した神国は連合国の共同管理下に置かれることになった。
土地は欲しいが住民である光神信徒はどの国も欲しがらなかったせいだ。
異教徒を強制労働させることで生活を維持していたから直ぐに不満が出てくるのが分かっているもんな。
人間は簡単に生活レベルを下げることなんてできない。
神官どもが信徒達に血祭りにされるのを待ってから本格的に神国の解体をしたいと考えている。
飛行装置については誤算だったことがある。
私達は航空支援的な使い方をすると思っていたが、現場では戦車のような使い方をされていたんだ。
飛行装置は浮遊し任意方向へ移動する魔術と落下時や障害物に衝突したときに身を守る魔術など複数の魔術が組み込まれた魔道具だ。
この魔道具の使用者を守る防御結界は巨人の一撃にも耐えられる強力なものなんだが、それを良いことに質量攻撃をかます兵が多く出てきたんだ。
飛行装置は最適化が進んでいないため背負った兵士は重装備の登山家のような見た目になる。
それが敵兵に向かって単に突撃するというのだから、始め聞いた時は驚いて聞き直したぐらいだ。
特に機川は想定外の使い方をするなと激怒していた。
予想外の活躍をしている飛行装置だが他の無線装置なども含めてすぐに民間でも使用されるようになった。
スーツケースのようなものに跨がって移動している人を初めて見たときは驚いたがアマレースでは普通に見かける光景になった。
燃費の問題から重量物を運ぶような用途には使えないが個人の移動手段や建設作業などで生産が追いつかないぐらい人気のようだ。
飛行装置等が民間に普及したことで関連する事故が増え犯罪にも使用されるようになった。
なので原則禁止として免許制にし、体制側にいることを利用し税制を整え保険業にも手を出した。
周辺諸国との調整は思ったより難儀したが、新たなビジネスモデルを作り出すことができたので苦労した甲斐はあったと言えるだろう。
ドワーフとエルフは供与した工業技術と化学技術を順調に発展させており互いに技術交流をするぐらいまでには関係が改善している。
工業でもメッキなどで化学知識が必要になるし、複雑な化学装置を作ろうとすると加工精度が問題になるからだ。
種族間の諍いを無くすまではいかないが、互いの仕事を認め合うぐらいにはなっているので良かったと思っている。
「私主、機川から苦情が届いております」
「今度は何だ?」
「端的に言いますと『アベガルが仕事の邪魔』だそうです」
アベガルはアマレースの商業を取り仕切っている人物だ。
経済産業省の大臣的な役割も担ってもらっており最先端の技術者である機川とは接点が多い。
そして技術者と商売人の仲が悪いのはどの世界でも一緒だ。
技術者と商人は見えている景色が違うからな。
「また開発の方向性で揉めているのか?」
「はい、いつものことです。機川のつくる製品は複雑なせいで歩留まりが悪く、アベガルはシンプルな製品を要望しております」
「生産現場の意見はどうなのだ?」
「聞いておりませんが必要でしょうか?」
「販売員や修理担当も呼んで話し合いをさせろ。
自分達が何を重視し何に困っているのかを発表させ、それに対してどんな協力ができるのか互いに考えさせるんだ。本当なら市場の意見も取り入れたいが、せめて身内で話し合ってから話を持ってこいと言ってやれ」
機川のやつ面倒事を私に押しつけようしやがって。
金と権限を渡して好きにやらせているんだから年長者として相応しい行動をして欲しい。
「連合国の様子はどうなのだ?
会談では戦争を再開したいと話してくることが多いのだが」
「今のところは本気では無いと考えております。
各国ともに飛行装置の開発と配備に忙しくしているようですから」
つまり実戦投入されるまでは余裕があるわけか。
「神国の総督はどうしている?」
「時間が経過し気が緩んだせいか目に余る言動が増えてきております。
あの者の地位は連合国が与えられたものだというのに、いつの間にか神から与えられたものだと勘違いしているようですから」
モーエレンの顔つきが少し厳しいものになった。
誰もやりたがらなかったから現地の神官に総督を任せてみたのだが、予想通りといえば予想通りだな。
「ホルムはいつ頃民衆の不満が爆発すると予想している?」
「収穫期の納税額しだいだと。
例年通りの税率を維持しようとすれば大きな暴動が起こるでしょう」
なら総督の命もそれまでだな。
人は危機に直面しないと自分の行動を省みないもんだ。
「鉄崎とリジョに準備をさせておけ。暴動が始まり総督が泣きついてきたらすぐに対処できるようにな」
「その後はどうなさいますか?」
「それは連合国で決めることだろう?
周辺国は国境線をどうするかで駆け引きしているようだからな」
今回のことで信仰が薄まるとはいえ光神信徒が住む土地だ。
生半可な覚悟では統治できそうに無いと思うが。
「我々が貰うという選択肢もあると思うのですが」
「武力で政権を転覆させた民衆が住んでいる土地などいらん。
その成功体験によって不満があるとすぐに暴動するようになるんだ。私は街中で火を放つことがあたりまえの国など欲しくないぞ」
◇
古エルフは何かに執着することが他種族と比較して少ない種族だ。
皆から双樹様と呼ばれる単一神と深く繋がっているため心が満たされている。
精霊に近い存在のため肉体から生じる欲求も少なく、長命種ゆえに時間に縛られることもない。
病毒に強く見た目から信じられないほど強靱な体を持つため健康問題に悩まされることも殆ど無い。
神の恩恵と魔法により生活が安定しているため人間から見たら理想郷だろう。
だが異なる見方をすれば停滞した種族とも言える。
そして停滞は閉塞感を生み、それが古エルフの感情の希薄さに繋がってくる。
他種族からは喋る樹木だの健康な死人だと陰口を叩かれたりするのも理由があるのだ。
そんな彼らにフェリグスが未知の技術を持ち込んだ。
魔法にまったく関係しない科学技術と呼ばれる知識を彼らに余すところなく、隠すことなく提供した。
これに古エルフは夢中になる。
彼らの気質や既に持っていた知識とも相性が良かったせいで彼らは科学に傾倒していく。
特に化学分野では著しい成果を上げていき、彼らが持つ魔法技術と融合し独自の発展をしていく。
その結果生み出されたのが映像や音声を記録する装置、塗料を初めとする新素材だ。
これら新技術の成果物を使用した芸術作品は古エルフだけではなく周辺諸国の資産家達にも注目されることになる。
新しい物好きの資産家達は芸術作品を買いあさりそれを自慢する。
ソレを見た庶民もソレを欲しがるようになり、特に写真は民衆の間に瞬く間に広まることになる。
ラウグ王国は新たな外貨獲得手段を得たことになるが急激な変化は軋轢も生む。
古エルフ社会は変化を受け入れるものと拒絶するものに分かれ互いは互いを罵り合い啀み合う事態になった。
このことに族長達は頭を悩めフェリグス王に怒りや恨みを募らせる。
社会を覆っていた閉塞感が晴れたことには感謝しつつも、現状維持を望む気持ちが大きいため変化にはどうしても嫌悪感を隠せない。
それに古エルフが開発した技術をいち早く取り込んで更に発展させていくファリグスの様子を見せられると上手く使われた気分になってしまうのだ。
「それでヴリュルト神国の状況はどうなのだ」
古エルフの族長達が議事堂で今後の方針を相談している。
神国は各地で民衆が蜂起し暴動により内乱状態になっているのだ。
フェリグス王の思惑通りに事が進んでいるのは気に食わないが光神信徒が減るならば我慢もできる。
しかし神国を滅ぼす絶好の機会に『静観する』という連合国の方針は受け入れがたい。
禍根は掘り起こし焼却してしまわなければ再び芽吹くものだ。
歴史も文化もそこに存在したという証拠も全て根絶しなければ安心はできない。
古エルフはそのような考えを持っているため、フェリグスの幼児期からの教育による緩やかな同化政策には懐疑的だ。
短命種の度し難さを何度も経験している身からすると失敗することが目に見えている。
敵は徹底的に殲滅してこそ自分達の安全が確保されるのだと歴史から学んでいるのだ。
「神国の総督は行方不明になり民衆の代表面しているものが我等に交渉を要求しているようだの」
「其奴は使えそうなのか?」
「元神殿騎士なのですが今やすっかり信心を失っているようですね」
「なら今は何を信じているのだ?」
「フェリグス王にご執心のようですよ」
「また彼奴か」
族長達は半ば諦めたようにため息をつく。
彼女の美貌と語る理想に惹かれるものは多い。
付き合って話してみると意外とポンコツな所も多いのだが、それもまた魅力に映るのだろう。
「連合国は神国をどうするつもりなのだ?」
「領土を周辺国で分割し自国に取り込みたいようですね」
「異教徒の住まう土地なぞ地中火のようなものじゃ。
今は問題なくとも、いつかは地表のものを焼き尽くすじゃろうに」
「それでも誰かに取られるぐらいなら自分のものにしておきたいのですよ。
土地というのは支配力に直結するものですからね」
神国が王国に隣接しているならば彼らも同じような選択をしただろう。
ただし住民は全て抹殺した後にだが。
「帝国の戦争が再開した時のことを考えるとあの場所が不安定なのは困るのう。彼所は戦略的な要衝だからの」
「ですがいくら短命種とはいえ数年でどうにかなる問題ではありませんよ。少なくとも十数年は落ち着かないでしょうね」
「帝国の様子はどうなのじゃ。奴らはまだヤル気なのじゃろう?」
「確実に準備を整えつつあります。新兵器の開発も熱心のようですから前回のように簡単にはいかないでしょう」
族長達はまたため息をつく。
フェリグスから出てくる魔道具はいつも世界に混乱を引き起こす。
「こうなったら彼女に責任を取って貰うのはどうですか?」
「どういうことじゃ?」
「フェリグスのサイン王に神国を管理させるのです。バザ大公国の租借地に仮住まいなのですから自分の土地を持てるのなら良い話でしょう?」
「!!!」
族長達は考え込みニンマリと笑みを浮かべる。
「それはよい考えだの。
彼の王以外のものが支配するとなれば無駄な血が流れることになる。それはサイン王も避けたいだろうて」
「その点彼女は異邦人じゃから、しがらみが無いため光神ともそれほど仲が悪いわけではない。考えれば考えるほど適任じゃな」
「彼女ならきっと光神信徒を転向させることができるでしょう。例えうまくいかなくても我々は何も失うものはありませんからね」