この世界に来て二十一回目の春。
侵略者から救うために来たはずなんだが相変わらず侵略者の正体は不明のままだ。
この世界の住民達と関わらず私達だけで侵略者に対抗するのは無理だと思ったから色々してきたんだけど……
なんか統治者としての仕事ほうがメインになってきている。
今も『ヴリュルト神国をあげるからイイ感じに治めてよ』と連合国の皆さんに言われてどう統治したものか悩み中だ。
部下は領土を得られたと大喜びしているようだが個人的には欲しくなかったものを渡されてゲンナリしている。
本音を言うと断りたかったのだが外堀を埋められ根回しもされて断れなかった。
なら新しい支配者に対する期待が冷めないうちに地盤を固めてしまわないとな。
今なら希望で目が眩み私の言うことを素直に聞いてくれるだろう。
異文化で異教徒、しかも暴力で前政権を追い出した現地人と今後うまく付き合えるかどうかは初動にかかっている。
「それにしても酷い国だな。これで光神は何も文句を言わなかったのか?」
「信仰を集められる神官が良い神官なのですよ。私達の大母(廻神のこと)とは大違いですね」
アベガルに作成させた神国の財政状況報告書を読んで思わず愚痴るとキュネルが澄ました顔で答えてくる。
なぜ返す当てもない借金をしてまで生活を維持しようとするのか。
「そうですか?
特別酷い状況とは思えませんが」
モーエレンは疑問に思っていないようだが暴動を起こされる時点で酷いだろう。
私には金持ちの感覚は一生理解できそうにない。
「そんなことよりも閣下、国家方針はいかがいたしますかね。
前と同じ太平富国でいきますか?」
支配地域が広がったことにより各地域の管理は代官に任せることになる。
私は国全体の面倒を見ないといけなくなるから今までのように街の運営まで手は回らなくなるからだ。
方針は管理を任される代官にとって何が大事で何をしてはいけないのかの基準になるため非常に大事だ。
方針が無いと代官は好き勝手な方向に向かっていき国としての纏まりが無くなってしまうからな。
だが大事なのは理解していても決めるとなると非常に悩むし緊張もする。
ゲームではこの方針で上手くいったがこの世界では通用するかはわからんし。
だからといって他に良いものが浮かばないんだよな。
「それでいい。
光神への信仰も捨て去るように強要する必要はないからな?」
「心得ておりますよ。例え敵であったとしても平穏を乱さなければ共存を模索する、でしたな」
キュネルは本当に理解しているのか疑わしいが、私がアレもコレもできるわけじゃないからな。
「国の復興等は如何なさいますか?」
「総本山のある首都アイレスカークは仮住まいとしアズールジ湖畔のどこかに首都を移転したいと考えている。
あそこのほうが海に近いしニテシュ母国との交易もしやすいからな。だから古い首都の復興は最低限にして新しい首都建設のほうに力を注ぎたい」
「宜しいのですか?
それだと生活が良くなると期待している国民達から不満が出てくると思いますが」
「この国は私達の水準で見ると何もかもが足りない。なら一つだけ派手なことをして明るい未来を想像させたほうが良い」
食糧と生活必需品の配給をして税を免除すれば不満を爆発させることも無いだろ。
それに公共事業は土地を失った者達への仕事の斡旋に丁度良いからな。
「私達にはアマレースという実績がある。
首都を建設する話をすれば金と人を集めることができるぞ?」
「今は戦争の後で物資が不足しております。どこの国も余裕は無いようですが」
「戦争をしていない国があるだろう?」
モーエレンは本気で分からないふりをしている。
「私達には転移門がある。
まだ生体の転移には問題があるようだが物資の輸送には十分使えるだろう?」
「それは……また物議を醸すことになります」
「今までは租借地だからと遠慮して細々と運用していたが自分の土地なら遠慮はいらんだろ。それにこの世界は物流が発達していないから大儲けできるぞ?」
安全や時間の価値が無くなることは考えられないから、将来にわたって良い収入源になるだろう。
それに転移技術は安全保障に関わる技術だから国が独占しても文句は言われないだろう。
「今度作る街は異文化と異種族が入り乱れる交易都市にしたい。
本当は外海に面した場所に作りたかったが無いものを嘆いてもしかたがないからな」
「隣国のケピアン国との差別化は如何なさいますか?
同じようなものを作るとなると色々と妨害を受けると思いますが」
「彼方は歴史ある商人達の国、此方は異種族に対する偏見や差別のない国だから十分に差別化されているだろう?
それに商売に競争はつきものだ。経済力で殴り合うのもたまにはいいだろうさ」
◇
機川は苛ついていた。
魔導回路の研究をすすめ演算回路が実現できるようになり液晶のような動作をする部品を量産できる目処が立った。
これで関数電卓が作れるようになったと喜んでいた所にサイン王から交易都市を設計しろと言われたのだ。
本人みずから機川の工房にきてお願いするものだから機川の部下達が狂喜乱舞して断る選択肢を潰された。
交易都市の設計なんてどんな感じにすれば良いのか分からなすぎて情緒が不安定になりそうだった。
なので彼女はいつものメンバーを招集した。
リジョとバリルンド、そしてエーリカの三名を酒場に集めた。
「……というわけなんだけど。酷いと思わない?」
「いや、トーコにしかできねーことだし仕方がねーだろ」
「私もそう思うわ。貴方にしか出来ないことだと思うわよ」
機川は愚痴に共感してもおうとするも、二人からはつれない仕打ちを受け面食らっている。
エーリカは目の前の枝豆に夢中だ。
「でもソケシアン帝国との戦争は続いているのよ。兵器の開発に集中したほうが良いとは思わない?」
「あー、こんなこと言うのは気が引けるんだけどよ。
この頃のトーコの作る兵器は使い方が複雑でさ、現場の兵士が困ってんだよ。確かに効果があるのは理解できるんだけどよ」
「そうね。
訓練で怪我する人も増えているようだし。もう少し頭が足りない兵士でも使えるほうが望ましいかもね」
食い下がっても機川の味方は現れない。
エーリカは偶々ついてきたバリルンドの使い魔であるフクロウに餌付けをして遊んでいる。
「なんなのよ。私の気分を下げて楽しい?」
「貴方が本当に嫌なのはアベガルに教えを請わないといけないハメになったことでしょ?
そのくらい分かっているわよ」
バリルンドに指摘され機川は苦虫を噛み潰したような顔になる。
商人にとって良い街とは何なのか、必要とされる施設は何か。それは商人に聞くしか無い。
幸いフェリグスにはアベガルという逸材がいるから聞けば何でも教えてくれるだろう。
問題は機川とアベガルの仲はあまり良くないため頭を下げることができないのだ。
「年齢で言ったら貴方のほうが遙かに年上なのだから貴方から切り出すべきよ。
彼のことを嫌っているのは知ってるけど年上の余裕をみせない。それとも我が君の手をこんな事で煩わせるつもりなの?」
この四人の中では一番生きた年月が長いエーリカが年上という言葉に反応する。
リジョがすかさず『姉さんジュースをどうぞ』と差し出すとニッコリして受け取りすぐにフクロウの元に戻っていく。
「この前の騒動を思い出してよ。また王が倒れて、それが貴方のせいだって噂が出たら大変なことになるわよ?」
機川はふて腐れている。
「私も彼には言いたいことがあるから明日にでも一緒に行くわよ」
「アイツ、何かしたの?」
「法に触れるような行為はしてないけど、上に立つ者として好ましくないことをしているのよ。
もし改善されないならベルナデッタさんにキツく叱ってもらわないといけなくなるわ」
機川がニンマリする。
廻神の契女たるベルナデッタに逆らえる者はこの国にはいない。
「ベル姉に言わなくても私がヤルよ?」
「エーリカ、彼は悪いことをしているわけでは無いの。商人として少し頑張りすぎているだけだからね?
まだ貴方の力を借りる必要は無いわ」
「そんなことより帝国との戦争はいつ再開すんだよ。国造りしている隣に目障りなヤツがいたら集中できねーだろ?」
「ホルムからの報告だと皇帝は停戦するために動いているそうよ。ただ過去の栄光を忘れられない貴族達のせいで苦労しているみたいね」
リジョは悩みつつも答えを出す。
「つまり帝国を負かすのは今しか無い?」
「何でそうなるの?
戦争を回避できればそれにこしたことは無いわ」
「兵隊ってのは実際に戦わないと納得しねーんだ。帝国とは隣国になるんだから、ここで心を折っておかねーと後で面倒なことになんだよ」
「私もそれに賛成ね。どちらが上か理解させておく必要があるわ」
リジョの意見に機川が乗っかる。
エーリカも笑顔で頷いている。
「帝国人は男性優位のクソ野郎ばかりよ。あんな質の低い魔道具しか作れないくせに態度だけはでかいんだから」
「だから汚い言葉を使わないで。エーリカが真似するでしょ」
「世の中には対等な関係を築けない人間がいるのは知ってるでしょ?
だから徹底的に痛めつけて泣いて謝るまで追い詰めるの。たぶんキュネルもそのつもりで動いているでしょうね」
◇
ソケシアン帝国のキナウス皇帝は手元の親書をどう処理すれば良いか悩んでいた。
フェリグス王からの親書には『今度街を作るから出資しませんか』と書かれているのだ。
皇帝はフェリグス王の真意を測りかねていた。
サイン王本人は『為政者は見栄を張りたがる上客』という単純な理由で出資者を募っているだけなのだが受け取った側は裏を読もうと頭を悩ませてしまう。
帝国はフェリグスに何回も煮え湯を飲まされているため何か罠が仕込まれているのではないかと考えてしまう。
そもそもヴリュルト神国は周辺国に分割され、歴史から跡形も無く消え去ると思っていたためフェリグスが隣国になることは想定していなかった。
しかもフェリグス王は光神信仰を禁止もせず自由にさせており、あろうことか光神の神官を要職に採用しているのだ。
皇帝の常識では考えられないことが起こりすぎ、先が見通せず対策が何も思いつかない。
サイン王からすると教育を受けた人材が神官にしかいなかったため彼らを採用するしか無かったのだ。
それに神官ならベルナデッタに任せれば格の違いで黙らすことができるという打算的な思いもある。
しかし部外者からは敵対的な異教徒ですら重用する姿が異質に映るし、寛容な姿勢が逆に恐ろしく感じてしまう。
だから皇帝は悩んでいた。
フェリグス王の今までの言動から考えると善意からの提案に思えるが、キュネル外交官の謀略なのではという考えも捨てきれない。
確かに彼女からの誘いは魅力的なものだ。
彼女の提案に乗れば大きな利益が帝国にもたらされる。
例え金銭的な利益は無くともフェリグスとの友好的な関係を築けるし出資者としての影響力を得られる。
関係者になれば技術者を送り込みフェリグスの技術を間近で盗み見ることも可能だろう。
それどころか彼女の性格ならお願いをすれば技術指導すらしてもらえる可能性すらある。
フェリグスの防諜能力の高さは有名だが公的な手続きさえ踏めば大抵のことは技術開示してくる国なのだ。
まるで世界全体の技術水準が向上することを望んでいるかのような行動に一部の界隈からは神のように崇められている。
「陛下、フェリグスへの返答は如何なさいますか?」
宰相からの問いに皇帝は不機嫌そうに応じる。
「出資しなかったときの事を考えるとするしかあるまい。
使者の話だと古エルフの宿敵である巨人も出資しているそうではないか。あの魔女め、我々のことをよく知った上で話を持ってきているのだ」
「分かりました。
それでは使者は誰になさいますか?」
「帝国を裏切らず尚且つ異教徒に偏見を持たない者が良い。
有能なものを送るとまた引き抜かれかねんし諍いを起こすような人物では困るからな」
帝国は既に何人もの優秀な人材をフェリグスに引き抜かれている。
有能な人物からしたら将来性があり自分の力を発揮できる職場があれば移りたくもなるだろう。
「今や世界はフィリグスを中心に回っていることを理解せねばならぬ。この休戦している時間を有効的に使い次に繋げなければな」
「理解しております。こちらの落ち度で開戦理由をつくるような……」
皇帝は宰相の言葉を遮り問いかける。
「奴らの一番の武器は何だと思っている」
「優れた技術力と膨大な知識なのでは無いのですか?」
「外交力だ。
世界最高の軍を持っていたとしても独りでは戦い続けることはできぬ」
「我が国も外交力では決して遅れをとっているとは……」
「必要なのは手下の数ではなく味方の数なのだ。
我々は光神の教義のせいで望むべくもないがな」
宰相は皇帝の話を黙って聞いている。
「我々の強みと弱みを改めて認識しなおす必要がある。
今はフェリグスという教材がおるからな。自分達を見つめ直す良い機会となるだろう」
皇帝は宰相に語りかける。
「今は堪え忍ぶ時なのだ。
強者がいつまでも強者であり続けることなどできぬ。その時まで力を蓄え準備をしておくことが帝国の未来に繋がると心得よ」