この世界に来て二十三回目の春。
ヴリュルト神国からフェリグス神国になって一年がが経過した。
新首都は三年後に完成予定だ。
都市内の区割りを決めるのには苦労したが、資材も人も余裕を持って集められているので予定通りに完成しそうだ。
総本山がある今の首都は宗教色が強くて住み心地が悪いから早く引っ越ししたいからな。
区割りで苦労したのは出資と引き替えに都市内の土地利用権を配布したせいだ。
種族間の差別や偏見が酷いので特定の種族がまとまるようにゾーニングを提案したんだが予想を超える騒動になった。
街の中で戦争されても困るから仲が悪いもの同士は離れて欲しいのに皆が中央に近い土地を欲しがる。
都市の規模が大きくなりそうだから路面鉄道や乗り合いバスのようなものを作ることを話したら自分の割当区に駅を作れと騒ぐ。
地下は上下水道などのインフラ設備を通すと言っているのに地下も利用させろとゴネる。
ここは交易都市だからと街の周囲は壁で囲う予定はなかったんだけど古エルフと巨人は金を出すからと自分の割当地区を壁で囲いやがった。
蛇人は石畳を嫌がり日当たりの良い場所に拘る、獣人は見渡しの良い場所を希望してきて、蜘蛛人は縦に伸びる建造物を建てさせろと要求してくる。
都市計画や設計はいつもの通り機川にお願いしたんだが、よくぞまとめてくれたと感心したもんだ。
首都周辺以外の場所は代官に任せているんだが今のところうまく治めてくれているようだ。
支配地域が広くなって報告書でしか状況を知ることができていないが建国の英雄の力で感じることができる国民感情は穏やかだからな。
本当は内政をガッツリやりたいんだが外遊や治安維持に国防計画と、他の事が忙しくて手が回らない状態が続いている。
それもこれも時代の流れに乗れなかった既得権益者や頭がキマった原理主義信徒がいくらでも湧き出てきて問題を起こすのが悪い。
体制が政教一致の宗教国家から立憲君主制に変わったのだから今までと同じ生活ができるわけないのにな。
私だって絶対的な拒否権を持ってないのに神官ってだけで特別扱いを要求してくる馬鹿共が多すぎるんだ。
「それでアイツラは何を要求しているのだ?」
「聖女の解放と光神を国教にせよと要求していますな」
私は機川に呼ばれて新首都の地鎮祭に代表として出席しているのだが会場の後ろのほうで騒いでいる奴らがいる。
警備員が会場に入らないように押しとどめているが、ここは造成前のゆるやかな丘陵地帯で柵も何もないから突破されるのも時間の問題だろう。
「何故あのような輩がいる?」
「作業員に偽装していたようですな。それと見抜けず申し訳ない次第です」
後ろに控えるモーエレンが咎めるもキュネルは平然としている。
こいつのことだ故意に見過ごしたんだろ。
「この騒動をどうするつもりだ」
「閣下の力を示す良い機会かと」
「これから神事を行うのにか?」
地鎮祭は土地神や精霊に土地を使用する許しを請い工事の無事を祈願する儀式だ。
その神事をする前に会場を血で穢すようなことを勧めてくるとは、やはり魔族はダメだな。
そんな話をしていると警備員が突き飛ばされ暴徒達が此方へ向かってくる。
出席していた関係者は蜘蛛の子を散らすように逃げていき機川やモーエレンは迎え撃とうと身構える。
「ベルナデッタ、制圧しろ」
私の命令で廻神の影が顕現し女神の威光が周囲を満たす。
このことで土地神や精霊はこの場所から去ってしまい地鎮祭をするためにしてきた準備が全て台無しになったが血で穢すよりマシだろう。
地鎮祭は別の日に改めてすればいいだけだからな。
暴徒共は地面に平伏し必死に光神に助けを求めているようだが世界に縛られている一民族の神と廻神では神格が違いすぎる。
彼らが幾ら祈ろうとも光神の力を感じることができず、罪悪感に圧迫され、虚栄心は粉々に砕かれていることだろう。
問題は地鎮祭に参加していた関係者もひれ伏すことになって怖い思いをさせてしまっていることだ。
「地鎮祭は別の日に改めて行う。被った損害は金額を算出して、そこの馬鹿共の後ろ盾に請求しておけ」
「払えるとは思えません。始末した方が良いのではないですか?」
「仕事を斡旋してやればいい。
確かバリルンドが治験者を募集してたはずだ。これだけ元気なら問題あるまい」
賠償金を背負わして仕事斡旋するなど非合法団体のような行為だが国家行事を台無しにしたんだ。それなりの代償を払ってもらわないとな。
それに信徒というのは極刑にすると『神の御許にいける』と喜び、その仲間達は復讐だと燃え上がるからあまりしたくないんだ。
「キュネル、奴らの飼い主は判明しているのか?」
「彼らから詳しく話を聞いてみませんとね。身柄を私の方で預かっても?」
「あの手の輩は拷問しても無駄だ。得られた情報が正しいと誰が保証できる?」
「ブレインリーディングの使用許可を……」
「却下だ。
私は今以上の混沌を望んではいない」
アレは対象を廃人化させてしまうから使いたくない。
私達に捕まったら死ぬより酷い目に遭わされると認識されるようになったら死ぬこと前提の自爆テロをするようになるだろうからな。
「末端の人間をいくら弾圧しようとも気晴らしにしかならん。
支援者やああいった輩を生み出す環境を無くさねばならんのだ」
キュネルは面白そうに私のことを見ている。
「陰で糸を引いているやつを捜せ。
今回の相手は私達と遊びたくて仕方がないようだからな。たまには隠れん坊の鬼役をするのも悪くないだろう?」
◇
アカリュルト公国のリチャード王は書類と格闘していた。
フェリグス神国の技術支援や物資提供により商売が盛んになったのは良いのだが裁可しないといけない書類も増えた。
人と金が集まるようになり国庫は潤うがそれ共に仕事も増えていく。
フェリグスの書類を中心とした官僚制は馬鹿にされがちだが、書類の山に埋もれるようになると何故アレが必要になるのかを理解する。
多少の理不尽はあろうが法整備をし『流れ作業』にしないと仕事が片付かないことを身をもって学ぶのだ。
「お父様、これもお願いしますわ」
フェリグスに対立したせいで嫁ぎ先が潰れてしまい出戻ってきた娘が王の前に新たな書類を置く。
王は恨めしそうな表情を浮かべるが身内はそのようなものに動じはしない。
それどころかズバズバと聞きたくないことを進言してくる。
「やはり我が国もフェリグスと同じような官僚機構を持つべきですわ」
「そうは言っても我が国には人材も知見もない……」
「ええ、ですので、お父様には私の留学許可を出して頂ければと」
彼女のようにフェリグスに憧れを持つものは多い。
特に男尊女卑の世界で育った女性達にはサイン王とその重臣達は憧れの的だ。
男性に臆するどころかアゴで扱き使い、諸国の王と対等に渡り合っている姿は理想の女性像として憧憬されている。
「この状態の父をおいて行くというのか?」
「今まで私がいなくても何とかしていたではないですか。一年ぐらい我慢して下さいな」
王の心配は別にある。
フェリグスに留学するとその人物はフェリグス化し、現場で軋轢を起こすことが多いため娘がそうなることを恐れている。
理想に燃える人間に正義を与えると鼻持ちならない厄介者になるのはどの世界でも同じだ。
「いまフェリグスに講師を派遣してくれるように要請している。それで問題なかろう」
王の言葉に娘はふくれっ面で返すが王の考えは変わらない。
もう一つの心配事があるから王は娘をフェリグスに留学させたくないのだ。
それは『サイン王の呪い』と呼ばれている。
この呪いに囚われるとサイン王から絶えず見守られているような気持ちになり心穏やかに過ごせるようになると言われている。
当初は誰も本気にしていなかったがサイン王が倒れたときに豹変したフェリグス国民の事が知れ渡ると距離を置かれるようになった。
「王族がそんな顔をするものではない」
「お父様は意地悪ですわ。学院からは毎年留学しているではありませんか」
多少のデメリットがあろうとも最先端技術を学ぶためには学生をフェリグスへ留学させる必要がある。
国の中枢に関わらせないように注意すればよいだけだし例え問題になったとしてもフェリグス王が相談に乗ってくれる。
だが王族になると話が別だ。
身内に不穏な人物を招き入れるわけにはいかない。
だからどんな話をでっち上げてでも娘を留学させるわけにはいかないのだ。
「わかっておくれ。
今あの国には光神教と帝国の残党が彷徨いておる。そんな危険な場所にお前を送って兄のように失いたくないのだよ」
◇
巨人の首長達が囲炉裏を囲み話をしている。
いつものように各部族の代表が集まり国家方針を決めるための話し合いをする。
もし意見対立が起きたときは殴り合いをしたり神の裁定を求めたりして決める。
デェルフト条約に批准したことで国の意見を統一する必要が出てきて、この会合の重要性は増した。
今までは国の方針が気に入らなければ個人の責任で行動することを黙認してきたが、これからはそのようなことは許されないのだ。
巨人の気質的には気に入らない状況だがフェリグス神国との関係が途切れる事を考えて我慢している。
それほどまでにフェリグスの持つ技術は魅力的なのだ。
彼の国から提供されたアルミは加工することで古エルフが独占しているミスリルと同等の金属として使用できることが判明した。
性格が悪い機川との共同研究により、金属に特別な性質を持たせる巨人族固有の魔術は飛躍し続けている。
それに彼らの仲介で他種族との交流が増えており、交易で莫大な利益を上げられるようになった。
彼らの神である廻神は巨人族の神々とも友好的な関係を築いており、何よりフェリグス王が信じられないぐらいに強いのだ。
巨人好みの強さでは無いが、彼らの価値観では強ければ強いほど良いとされているため『肩に乗せても良い』人間だと認識されている。
だからこそソケシアン帝国からの『一緒に古エルフと戦わないか』という魅力的な話に頭を悩ませている。
帝国は連合国軍と長期に渡って戦争をし続けた実績があるし、古エルフは巨人にとって宿敵だ。
フェリグスがラウグ王国と同盟を組んでいなければ喜んで提案に乗ったが、彼の国は切り捨てるには惜しい相手なのだ。
サイン王の後ろにいる廻神も問題だ。
あの神に愛された王がいるかぎり神国を追い詰めることはできても二度と逆らわぬように痛めつけることはできない。
そうなるといつか力を蓄えて古エルフと共に巨人を滅ぼしにやってくることも十分に考えられる。
つまるところ帝国にフェリグスに変わるだけの価値があるかにかかっている。
強大な敵と戦って死ぬことは恐れないが、将来を犠牲にしてまで戦いたいわけではない。
何より神々からもフェリグス王とは敵対してはならぬ、と忠告を受けているのだ。
そんな訳で首長達は何か良い案は無いかと相談を重ねている。
部族の荒くれ者が勝手な事をする前に何か打てる手は無いかと考えている。
「さて皆の衆。
フェリグスと戦うことに依存は無いが名分を如何にするか、考えがあるものはおらぬか?」
顔中を彫り物で覆われた年配の巨人が皆に問いかける。
「ワシは小細工は好かん。
正々堂々と挑み、将来のことは後のものに任せれば良いではないのか?」
「バカなことを言わないで。
フェリグスの王は寿命が無いようなの。
あの国には何かあったらホトボリが冷めるまで待つという選択はとれないわ」
そのことを初めて聞いた首長が驚きを持って返す。
「彼奴は人では無いのか?」
「彼女は一見しただけだと人にしか見えないわね。
でも、よくよく観察すると人と違うことが理解できるはずよ。アレは何回も死んでは蘇ってきた神人に近い存在ね」
首長達はその事実に驚きでもって応える。
「何故そのようなモノがこの世界にきた?」
「それについては大神も教えてくれなかったの。
ただ彼女と仲良くしておけば将来楽しいことがあるそうよ」
彼らの神々は子供達が右往左往する様をみて楽しむ所がある。
いまも首長達が思い悩んでいる様を肴に酒を飲んでいるだろう。
「だが、このままだと後先考えぬ者共が帝国と一緒に戦争をし始めるぞ。
この所大きな戦が無く無謀と勇気を履き違えたものが暇を持て余しておるからな」
「……フェリグスの真似になるのがシャクだが。我々も傭兵団を創設するしかあるまい」
その言葉に眉をしかめる首長がでてくる。
巨人にとって金で命のやり取りをする事は矜持に反する行為だからだ。
「……そうね。それしか無さそうね」
「待つのだ。
それは我々の、いや神々を貶めること……」
「傭兵団がフェリグス軍と戦闘になったら我が国が敵対したことになるかしら?」
「それは詭弁だろう」
「そう受け取るものもいるでしょう。
でもフェリグス王は何も言わないはずよ。彼女も似たようなことをしていたもの」
首長達は互いの目を見てうなずき合う。
「みんなの合意が得られて良かったわ。
これは将来に向けての試金石になる。馬鹿にはせいぜい頑張ってもらうことにしましょう」