この世界に来て二十四回目の春、フェリグス神国になって二年が経過した。
国民の所得を増やし国民感情を慰撫する政策により何とか国も落ち着いてきた。
私の個人資産からかなりの額を費やしたため結果に満足はしているがスッカラカンになってしまった。
光神の改宗は緩やかに行っている。
神国の国民全てが光神を熱心に信仰しているわけではない。
小さい頃から正しい事として教育され大人になっても『ソウイウモノ』として受け入れているだけだ。
だから集会を開いて食べ物を配り、困った人に奇跡を授ければ違う神を信じたふりはしてくれる。
私としてはファッション宗教で十分だと思っているからこの試みは続けていくつもりだ。
ソケシアン帝国との関係は悪化しつつある。
これは帝国で強制労働されている農奴が私達の国に逃げ込んできているためだ。
誰が扇動しているのか知らないが、まだ受け入れる体制が出来てないのに次から次へと避難民がやってくる。
前回の戦争で奴隷の解放を要求していた手前、彼らを帝国に送り返すこともできず帰国事業や支援事業を継続している。
帝国からは毎日のように抗議がきており私は何もしたつもりは無いのに帝国貴族達からは凄く恨まれている。
この世界の文明レベルだと労働者の質より量が経済力に直結するから恨まれるのはやむなしと思うけどさ。
元を正せば君らの政策が悪いせいで逃げ出したんだから逆恨みもいいとこだと思う。
首都建設は概ね順調だ。
特に巨人は人型サイズの施設を作るときに重機並みの働きをするので非常に助かっている。
飛行装置のおかげで高所作業も比較的安全に行えるため当初の予定より早く完成しそうだ。
だが古エルフと巨人の区画は互いに自分達だけで建設すると言い張るため首都完成までには間に合わないだろう。
「私主、面会を希望する手紙が多数来ておりますが」
モーエレンが手紙の山を抱えて執務室に入ってくる。
商売熱心なのは良いことだと思うが私の仕事を増やさないで欲しい。
「いつも通り国からの紹介が無いものとは会わんぞ」
「有力貴族とのツテをつくる良い機会だと思うのですが?」
「私達は商売をするときに金銭だけでは無く通行権や免税とかの権利で取引しているな。この権利というのは誰が保証している?」
「その国の統治者ですか?」
「そうだ。
だから権利を与えている者を優先しなくてはならん。国に内緒で取引してこようとする者を相手にしてたら相手国のゴタゴタに巻き込まれることになるぞ」
本来なら貨幣で取引したいのだが金本位制のせいで貨幣量には限りがある。
そのせいで物々交換や権利などで取引せざるをえない状況だ。
確かに権利というのは商売をする際に強力な武器だが相手国の権力者の機嫌を損ねると簡単に無くされるものなんだ。
もしそんなことになったら此方も舐められないために対抗手段を取らざるをえず下手すると戦争になりかねない。
そんなわけで権利を行使しつづけるために相手国の権力者と良好な関係を維持し続ける必要がある。
そんな事情があるから私は相手国の仲介無しに、気軽に誰とでも会うことはできなくなった。
ちゃんと公的な商談する機会を設けているんだから裏口から訪問するような真似はしないで欲しい。
「光神の神官どもはどうしている?」
「私達の真似をして集会や炊き出しなどをして信徒を繋ぎ止めるのに必死です。
ただ強引な手段を取る者が出始めており現場は対応に手を焼いているようですが」
「法の目的や趣旨に反しない限り好きにさせてやれ。時間が経てば自然と落ち着くところに落ち着くはずだ」
下手に手を出すと弾圧だと騒ぎ始めるからな。
光神の神官どもには地鎮祭の賠償金をなすりつけて勢力を削ったから後は時間と共に衰退していくのを待てばいい。
光神教が此方の三大神側に歩み寄りしてくれるなら手助けもするがきっと無理だろうな。
「ところで鉄崎は元気にしているか?」
「はい。何か用事でも?」
「この頃は平和で退屈しているのでは無いかと思ってな」
リジョほどでは無いが鉄崎も前線で戦うのが好きなのだ。
この世界に来てパラメーターを見ることは出来なくなったが本質はそうそう変わることは無いだろうからな。
「キュネルが古エルフと頻繁に会っている。鉄崎には何が起きても良いように準備をしておくように伝えておいてくれ」
「キュネルに大人しくしているように言いますか?」
「必要無い。アイツはコレと決めたら何をしてもやり遂げる奴だ」
それなら一番無難なことをしていると思われる今のまま放っておいたほうがいい。
止めろと命令することはできるが、それをやると皆が不幸になるような事をしでかすからな。
私に出来ることは戦争が起こらないように何か別の事をするしかない。
「何をしようとしているのか知らんが近いうちに武力が必要な状況になりそうな気がする。
魔族は序列に厳しく、立場を理解させるのが好きだからな。そういう所が古エルフと合うのだろう。周辺国にとっては実に厄介なことだな?」
◇
ソケシアン帝国のキナウス皇帝は過労により寝込みそうになっている。
光神の神官達は聖地奪還をしつこく進言してきており、貴族達は労働者の流出を止めてくれと懇願してくる。
不満を溜める軍人達は戦争する口実を捜しており、景気と治安が悪くなった帝国民は流言に惑わされやすくなっている。
神官共は聖地奪還というがフェリグス神国は光神を棄教させることなく聖地は今でも光神教の管理下にある。
自分達に都合の良い人物が教皇で無いことが不満なのだろうが、外野からしたら聖地にいる教皇が正統なのだ。
それにフェリグスは光神教徒を迫害していない。
犯罪行為をしたものには法に従って罰を与えることはあっても、信じている神が違う、教義の解釈が違うだけで暴力にさらされることはない国なのだ。
帝国にいる神官が何を言おうとも誰も味方してくれないだろう。
労働者の流出に関しては頭の痛い問題だが今の帝国にはそれに対応するだけの余力は無い。
例え全盛期であったとしても逃げ出す帝国民を完全に防ぐなど無理だったのだ。
国内にいる協力者を捕まえることができれば流出も無くなるだろうが結果として金と時間を浪費するだけに終わった。
ならばと今では魔道具の開発に金と時間をかけている。
これにはフェリグスが各国の有力者を招いて実施した軍事演習が関係していくる。
フェリグス王は『望まない軍事衝突を回避するため』と公言しているが実際の所は周辺国への脅しだ。
最新魔道具とソレを使う兵の練度を見せつけ『ウチと戦争するならコレで相手するよ』という意思表示に他ならない。
これを見た各国の軍関係者は自国に戻ると魔道具開発と訓練の重要性を説くようになる。
戦いは武器の性能だけで決まるものでは無いが、射程や火力が違いすぎると取れる選択肢が限られてくる。
兵隊がポンコツだといくら優れた作戦を立てようとも意味が無くなるし魔道具の性能も引き出せない。
結果としてキュネルの『更なる混迷をもたらす作戦』は頓挫したが各国で新兵器の開発は加熱することになった。
結果的に帝国との戦争再開は先延ばしになったが、もし開戦することになればより大規模な戦争になるだろう。
「陛下、隣国メン王国から支援要請が来ております」
「何が起きた?」
「西方からの物流が途絶えたそうで。
食糧と原因を調査するために武器の供与を願い出ています」
この世界には魔物がいて、ソレが希に大量発生し国を滅ぼす事態になることがある。
十数年前にも変異種と呼ばれる魔物が大量発生し、各国は大きな損害を被った。
「ブラム大公国との争いが膠着しそれを打開するために我々を巻き込もうとしているのではないか?」
「その可能性を否定することはできません。
ですが西方からの物資が届かなくなっているのは事実です」
帝国にとって王国は大事な貿易相手国だ。
その相手が衰退するとなると帝国にも影響がでてくる。
皇帝はしばし考え込み決断を下す。
「食糧支援は行うが武器は渡さぬ。
代わりに魔導兵を中心とした一個中隊を派遣してやれ。十二分に活動できるよう蓄魔器も持たせてな」
「宜しいのですか?」
「フェリグスに対抗できるデキに仕上がっているか確認したい。
兵達も新しい魔道具を実戦で使いたくて仕方がないようだからな」
◇
ニズワナ・フォートは国境を守る砦だ。
周辺地域で唯一の街道を挟むようにして切り立つ崖と、道を塞ぐようにして建てられた難攻不落の砦だ。
物流が途絶えた原因を探りにきたソケシアン帝国魔導隊の隊長は砦を遠くから見ながら考え込んでいる。
まず街道に人の往来が無い。
変異種が暴れ回っていた時でさえ一攫千金を狙う商人がいたぐらいなのに今は一人も出入りしている姿が見えない。
次に砦前面に作られた射撃陣地と思われるもの。
互いに死角を無くす形で作られたソレはフェリグスの軍事演習で見たものに似ており、もしそうならば今の兵装で攻略するのは困難だ。
今の彼らは魔物の討伐を想定した装備なため、対人戦闘を想定した装備ではないからだ。
先行させた斥候が戻ってこないため砦が見える所まで来てしまったが、これ以上進むのは危険だと考えた。
魔導隊の装備ではここから砦まで攻撃を届かせることはできないが、伝え聞くフェリグス軍の装備ならギリギリ届く場所だと判断したからだ。
そしてこれからどうするかを隊長は悩んでいる。
砦には見たことも聞いたことも無い国旗が掲げられており見張りも見たことも聞いたことも無い格好をしている。
それに射撃陣地や砦の銃眼からチラリと見える兵器と思われるものが隊長の心をざわつかせる。
「隊長、いつまで待機していれば良いのでしょうか?」
副隊長が隊長の判断に不服そうな口調で話しかけてくる。
「お前達の不満は理解している。
だが得体の知れない相手には慎重にいかねばな」
「我等であればあの程度の砦など問題なく攻略できるのでは?」
フェリグスに刺激を受けた帝国技術者達は発憤興起し帝国軍の軍事力は飛躍的に上がった。
そのため帝国兵士はかつての帝国のように傲慢な考えを持つ者が増えてきていた。
特にフェリグス軍と直接対峙したことがない若い兵ほどその傾向が強い。
「探知装置の反応が無いのが気になる。
相手は未知の攻撃手段を持っていると考えるべきだ」
探知装置は魔力波を使用し、返ってくる反応で周囲を探知することができる魔道具だ。
対策をしてなければ相手の種族や使用する魔術系統を知ることができるし、もし対策されていても対策されている事が分かる。
だからまったく反応を返さないというのは普通なら考えられない。
この世界の全ての人間は魔素を取り込み魔力を体内に蓄えることができるため探知装置に何らかの反応を返すものだからだ。
「それならば威力偵察を出してみては如何でしょうか。
このまま何もしないでいるのは士気に関わります」
副隊長の進言に隊長は渋い顔をするが相手の力を計るというのは悪くない案だ。
皇帝から借り受けた兵を無駄に浪費させる事を躊躇していたが志願ならば何かあっても説明しやすい。
隊長からの許可をもらった副隊長は他の隊員達と嬉しそうに出撃の準備をしはじめる。
魔道具の蓄魔器に魔力がフル充魔されているか、装備に緩んでいる所が無いかを確認している。
「砦正面で攻撃を誘い、その後左右の崖上から奇襲しろ。
上からの攻撃に対してどの程度の反撃をしてくるのか知りたい」
隊長からの指示に副長は言われなくてもわかっているという顔で応える。
「それと敵兵を何人か掠ってこい。
なるべく偉そうな格好をしたものを生きたままだ。我々は相手のことを色々と知る必要があるからな」