この世界に来て二十五回目の春、フェリグス神国歴三年目。
今年は新首都に遷都する予定だったが諸事情で中止した。
ソケシアン帝国の西にあるメン王国の王都が正体不明の集団に占領されたらしく、そちらのゴタゴタに巻き込まれて遷都どころでは無くなったからだ。
キナウス皇帝から休戦の無期限延長を持ちかけられたときに何かあるとは思っていたが、こんなことになるとは思ってもみなかった。
遠く離れた異国の話だから無視しても良かったんだが侵略者かもしれないから放っておけなかったんだ。
それに帝国に何かあって難民産出国になってもらっては困るしな。
異教徒と折り合いをつけることができない光神信徒を引き取って貰っているからそれが放流されると送り出した苦労が水の泡になる。
だから何が起きているのか情報収集することに注力し備えることを優先した。
それと同時に帝国を裏から支援することで防波堤として頑張ってもらう工作もしている。
軍事教練の教官を派遣したり、販売許可が出たばかりの最新魔道具を格安で売りつけたり、各国で評判の良かった戦闘糧食を提供したり。
表向きは帝国と仲が悪いことになっているので第三国を経由したりして手間がかかるけど帝国には何としてでも踏みとどまってもらいたいからな。
私達は自国の立ち位置を確固たるものにすることに注力していたから帝国から西側の情報はまったく持っていない。
今更ながら空中写真を撮らせて地図を作成し始めているが完成するまで数ヶ月はかかるだろう。
それまでに何も無いことを祈るしかないな。
「アッシュ、これを見て欲しいんだけど」
溜まった書類仕事をモーエレンと二人でさばいていると機川が執務室に入ってくるなり封筒を手渡してくる。
モーエレンは機川を睨み付けるがまったく気にしている様子が無い。
「いま忙しい。用件は手短にしてくれ」
「だから、これを見てよ」
機川は封筒から取り出したものを私の目の前におき指で指し示す。
「これは……戦車か?」
「アッシュにもそう見える?」
「何処で撮影した?」
「占領されたマンだかメンだかの王都だった所。ほら、対空砲らしきものもあるわよ」
機川は写真を次から次へと撮りだして私に見せてくる。
「これは何だ?」
「たぶん人の死体を焼いているのよ」
「……住民を皆殺しにしているのか?」
「白人って、新天地に着いたら原住民を皆殺しにするのがデフォでしょ?」
「白人なのか?」
「さあ?
何故か誰も彼もガスマスクみたいなの被っているからどんな種族なのかも分からないのよね」
見れば見るほど胸くそ悪い。
これが侵略者というのなら納得の所行だ。
もし奴らに対抗するというならば私が呼ばれたことにも納得できる。
魔法の世界の住人に知識も無しに現代兵器を持つ集団の相手をさせるのは難しいからな。
何せ魔法が届かない距離から攻撃されるから対処方法を考え出す前に滅びかねない。
こいつらが私が知っている西洋人と同じような思考をしているなら、これからもっと凄惨なことになるだろう。
アイツラは自分達が所属する集団の上流階級だけが人間だと思っているから、人を殺すことに何の痛痒も感じない。
せっかくデェルフト条約で文明的になったと思ったのに、また野蛮人の相手をすることになるとはな。
「アッシュ、私の話を聞いてる?」
「少し考え事をしていた。それで何なんだ?」
「だから。
奴らを調査にいきたいから帝国の通行許可が欲しいのよ」
「お前一人なら何とでもなるだろう?」
こいつ何をする気だ?
「荷物持ちや助手を何人か連れて行きたいのよ。だから護衛もつけて欲しいんだけど」
「何人で行く気だ?」
「五十人以下?
本当はもっと連れて行きたいんだけど」
「調査だけならもっと少なくても良いだろ。戦争でもしにいくつもりでは無いだろうな?」
「相手のことを知るためにもサンプルは出来るだけ多く手に入れたいのよ。貰える物をもらったら直ぐに戻ってくるからいいでしょ?」
こいつ考えを変えるつもりはないな。
例え反対してもコッソリ行くだろう。
ならば制約を課した上で許可したほうがいい。
「何をそんなに焦っている。帝国がやり合った結果を見てから対策を考えても良いのではないか?」
「帝国は火薬を使用した兵器との戦い方を知らないわ。
そこらへんの対処方法や攻略方法を教えてあげれば無駄な損害をグッと減らすことができる。帝国が無くなるのは困るでしょ?」
「それは私が掲げた方針とも一致するな。
大変結構なことだ。んで、実際の所はどうなのだ?」
「目の前に石油があるのよ?
どうにかして手に入れたいと思うのは仕方がないことでしょ?」
◇
世界に化け物が現れて十年以上が経過した。
サイン王がいる世界では魔物と呼ばれる存在。
魔力を持ち、人々を好んで捕食する上位生物。
彼らの生態は獣のそれだが生きていくために魔力を必要とする。
そのため魔力がたっぷりと含まれた人間を捕食するのだ。
だが、この世界の人間は大気中の魔素を取り込み魔力として貯える器官を持たない。
いくら人を食べようとも魔物は渇きを癒やすことができない。
だから人はただひたすらに狩られた。
魔物からしたらどれたけ食べようとも満たされることがないため人々は際限なく捕食された。
人類も無抵抗だったわけではないがそれには大きな障害が立ち塞がった。
この世界の人類は魔力を内包した生物を直視することができなかったからだ。
魔力を纏った魔物と対峙すると根源的な恐怖を感じ体が動かなくなる。
人によっては正気を保てなくなり発狂してしまう。
大気中に含まれる魔素には多少の違和感を感じる程度ですむが魔法を見ると意味もなく動揺してしまう。
魔力で身体能力を向上させた獣や、魔力で空に浮かぶ魔法生物などは近づくだけで怖気たち吐き気を覚え呼吸困難に陥ってしまう。
唯一救いなのは近づかなければ体に影響は無く、写真や映像で間接的に見る分には平気なことだ。
そしてこれは反対に考えると武器にもなる。
この世界の人間は魔物の存在を鋭敏に感じることができるのだ。
魔物と何回も対峙し嫌悪感を抑えられるようになったとしても魔力に対する拒絶感だけは無くならない。
そうして魔物と人間との全面戦争は人類の勝利で終わる。
隠形に優れた魔物であってもこの世界の住人からしたら丸裸同然であり復讐に燃える人類から逃れることはできなかったのだ。
多くの犠牲者を出しつつも一致団結した人々は銃火器によって魔物を狩り尽くした。
魔物の騒動が落ち着くと人類は彼らが何処から来たのかを調べ始め、すぐにサイン王のいる世界へ繋がる空間の歪みを見つける。
それは後にポータルと呼ばれるようになるもの。
人類の科学では説明できない生物が跋扈する、魔法が当たり前にある世界へ通じる門、無限の可能性を秘めた穴。
そこからはサイン王がいる側の世界で惨劇が繰り広げられることになる。
この世界の人類は言葉が通じず側に居るだけで不快な現地人に対して慈悲などを持ち合わせていなかったからだ。
原住民の持つ物も土地も命さえも一方的に奪われ、彼らが存在した痕跡すらも消し去られる。
ポータルの大きさが人一人くぐれる大きさのため物資の搬入に手間取ったが侵略者の欲望はとどまることは無かった。
ポータルが見つかったことで化け物の被害国として世界中から哀れまれていた国は今や世界から羨まれる国になった。
異世界からの略奪品は貴重な資料として高値で売買され、各国はこぞって魔法について研究をし始めた。
だがそうした栄華も数年で終わることになる。
ポータルから流れ込む魔素によりポータル周辺の生物が魔物化しはじめたのだ。
飼っていたペットや隣で寝ていた家族がいきなり魔物化して襲いかかってくる悪夢のような現実。
これに対しポータル所持国は魔法の研究を促進し、その他の国はポータルを破壊するべきだと強く迫り対立することになった。
皮肉なのはポータルを破壊すべきだと主張していた国もポータルを手に入れた途端に魔法の研究に没頭しはじめるのだ。
そんな話題のポータルが麦国(バイレ共和国)に出現した。
出現地域の住民は魔物に皆殺しにされたが、いつ出現しても良いように準備していた軍に魔物達は迅速に狩り尽くされた。
犠牲者は出たがここからはボーナスタイムだ。
今まではポータル所持国からお零れを貰うしかなかったが、これからは自分達の手で戦利品を入手することができる。
異世界に踏み込み殺戮と略奪を繰り返し、新たな魔法という技術を物にし列強国に返り咲くための行動を開始する。
麦国は罪悪感などまったく持たずに侵略行為をしていたが、その事をソケシアン帝国の魔導隊に知られてしまう。
言葉は通じずとも押収した書類に貼られた写真や略奪品などを見れば何をしていたかは一目瞭然だ。
お互い何者かは分からないが明確な敵だということだけは分かる。
麦国兵からしたら側に居るだけで不快な人型害獣、帝国兵からは犬畜生にも劣る魔力を持たない劣等種なのだから。
街道を封鎖していた兵士を殺害された麦国はこの事態をメン王国の仕業と断定し即座に報復行動に移る。
こちらの世界で組み立てたプロペラ機に爆弾を満載し、メン王国の首都と思われる街を焼夷弾により焼き払う。
ドラゴンのせいで長距離無線が使用できないため命令伝達に制限はあるものの銃火器による物量で一帯を焼け野原に変えてしまう。
麦国はその戦果に満足するも、ソケシアン帝国が本腰を入れて介入してきてからは戦況は一変する。
フェリグス国で現代戦術を学び三ツ星印の魔道具を装備した帝国兵が麦国の予想を超えた反撃をしてきたのだ。
密かに帝国軍に合流した機川が麦国軍の攻略法を伝授し、鹵獲品の運用方法を指導したことで前線を押し戻される事態になった。
「現場で何が起きている?
なぜ野蛮人共に我が軍が押されているのだ?」
麦国の大統領が統合参謀総長を厳しく問い質す。
「相手に我々のことをよく知っている者がいるようです。実にいやらしい戦い方をしてくる」
「笑い事では無いのだぞ。負ければ民衆の支持を失い我々は失職する」
「失職すれば後始末をしなくてもすみますよ?
私達官僚はそういうわけにはいきませんから今から憂鬱なものです」
大統領と国防大臣に睨まれても参謀総長はどこ吹く風だ。
「それでこれからどうすれば良いと思いますか?」
行政機関のトップである首相は参謀総長に問いかける。
「その話の前に、我が国の兵を掠ったのは焼き払ったメン王国では無いことが判明しております。
推測するに……」
「初耳だ!
そんな大事なことをなぜ黙っていた!」
「相手のことも良く分からないまま軍事行動を起こすのは止めた方が良いと言ったはずです。
なのに強行したのは大臣と大統領、貴方たちですよ?」
憤る大統領に参謀総長は冷笑を浴びせる。
「大統領、今は何をするのか話し合うべきです。
責任の追及は別の機会にして頂きたいと思うのですが?」
首相がおざなりに大統領をなだめ参謀総長に話をするように目配せする。
「現在、現地人と話ができないか試みております。どうやら共通語のようなものがあるらしく……」
「野蛮人共と我々は共生できんのだ。なぜそんな無駄なことをする」
「敵性生物が彷徨いている土地に侵略することこそが無駄なことでは無いのですか?
軍は票集めの道具ではありませんよ?」
「双方、そこまでにしていただきたい。
私はこれからのことを話し合いたいのです」
口を開けば互いをなじり合う二人に首相はうんざりした顔をして止めに入る。
「参謀総長は国民がこの侵略戦争を支持していることを思い出して下さい。
例えそれが愚かなことであろうとも目的を達成する手段を考えるのが貴方の仕事です」
「大陸全土の航空写真が出来上がりましたので侵攻作戦を作成しているところです。
一両日中には提出することができるかと」
「私はマスコミに何て説明すれば良いのだ?
午後には記者会見があるのだぞ」
「私にはどうしようもありません。個人的には正直に話した方が楽だと思いますよ?」
「できるわけないだろうが!
そんなことをすれば暴動が起こるぞ」
参謀総長は肩をすくめて他人事のように返す。
「私は貴方たちが望む結果を得られるように最善をつくしています。
ただ一つだけ言わせて貰えるのなら国民を望ましい方向に向かわすのは政治家の仕事のはずです。今のままですとどちらかが滅びるまで続けることになりますよ?」