この世界に来て二十七回目の春、フェリグス神国歴五年目。
去年は忙しかったから今年は楽ができることを願っている。
去年一番大きなイベントは未国(ミドルズ連合王国)へ国賓として公式訪問したことだろう。
あちらの世界では王族や貴族が激減しているため未国王室に相応しい格のある相手が少なく、プロパガンダもあって熱烈に歓迎された。
これには私が廻神と契約している事が関係してくる。
向こうの人間は魔力を纏ったものを見ると気分が悪くなったりするんだが、それが神の力に由来するものだと反対に安心し満たされた気分になるらしい。
未国の国王ゴードン三世の言葉を借りると『神を感じる』のだそうだ。
初めは胡散臭い者を見るような顔をしていたのに私が廻神の加護を纏った途端に涙を流しながら跪くもんだから本当に驚いた。
一緒に連れて行った部下は満更でも無いような顔をしていたが、話し合いができなくなって元に戻すのにえらい苦労した。
というのもゴードン王は私の後ろに神を見てからは、先ほどまで蔑んでいたことを忘れて『私達を導いてください』みたいな雰囲気を出してくるんだぞ。
そんな相手とまともな話は出来ないし、そもそも植民地を多数持つ未国なんか金を積まれても欲しくない。
未国の面倒を見ることになったら、また仕事が増えて、また気絶することになる。
それでも喧嘩になるよりかは余程マシなことは確かだ
向こうが敬意を持って接してくれるなら諸問題は話し合いで妥協点を見つけることができる。
そうした経緯もあって未国には異世界から手を引いてもらい損害を受けた住民への賠償について交渉している最中だ。
実のところ未国は既に異世界から撤退済みなんだが、隣国の唯国(ユイスタイン帝国)を牽制するために駐留軍を残している。
もし空白地になっていると知れたら唯国が侵攻してくる可能性があると言われたからだ。
そんなイベントとは別にアズールジ湖畔に建設していた街が完成したことで遷都する仕事も同時にこなした。
街の名前は現地で豊富に取れる大理石からミースタークという名前にした。
これは現地の古い言葉で白い街という意味になる。
今回も機川のおかげで湖から見た町並みは優雅で壮大なものに仕上がった。
転移門を設置し各地と繋げているため既に交易都市として機能しており街は活気で溢れている。
多くの種族が行き交い、それぞれの種族が自分達に割り当てられた地区で自由に商売をしているため何でも揃う場所として有名になっている。
もちろん種族的、文化的な違いから諍いはしょっちゅう起きるがそれらは元豪商のアベガルが全て対応してくれている。
彼ももう大分年だが『嫌なら官僚にやらせるが?』と言ったらヤル気をひねり出して今でも元気に働いてくれている。
ミースタークに商業の中心を持ってきたためアマレースは魔道具の研究や開発を支援し優遇する街にした。
機川を総督にしてバリルンドと二人で好きにさせているが、そのせいで彼処の収支はトントンだ。
多少の役得が無ければ総督をやってもらえなかったとはいえ貸借対照表を見たモーエレンは舌打ちをしていたな。
連合軍のほうは麦国人をこの世界から追い払ったことで復讐熱は落ち着き、今は鹵獲品の調査と研究に力を入れている。
もしポータルが自国に出現したらと考えれば真剣にもなるだろう。
実際、大陸西部に住んでいた人々は異世界人に殺戮されたのだからな。
「私主、向こうの世界を獲りに行くのはいつ頃を考えておりますか?
準備もありますので早めに教えて頂けると助かるのですが」
「ん? 獲りに行く?
どういうことだ?」
執務室で政務をしているとモーエレンがふと思いついたような気軽さで問いかけてくる。
彼女は私の困惑ぶりを不思議そうに見ながら話をつづけてくる。
「向こうの人族は神と対話もできないくせに神の名を騙り奪い合うことを繰り返しています。
そんな所に本物の神徒が現れたのですよ?
遠くない未来に盟主として担ぎ上げられ戦争に巻き込まれることになるでしょう。ならば此方から行動を起こし主導権を握った方が良いのでは無いですか?」
たしかにあり得る話だ。
現に麦国の対応の酷さを嘆いたら未国のゴードン王とジャック首相の両名が『侵攻しましょう』と申し出てきたからな。
「私達には魔法があり、制約はありますが欠損した肉体を再生ができます。
向こうの医療技術と組み合わせれば更に多くの病を治療することも可能でしょう。本当の奇跡を前にすれば多くの人族が私主に頭を垂れるでしょう」
モーエレンは世界征服がいかに容易いかを語ってくる。
「それに彼方の人族も此方の人族と美的感覚は同じようです。美しく強い王となれば喜んで従うのではありませんか?」
私の顔をみてモーエレンは畳みかけてくる。
確かに彼女の推測は当たっているだろう、しかし物事はそう単純じゃない。
「お前が言うように私達が本気をだせば世界の半分くらいは容易く手に入れることができるだろうな」
「なら……」
「だが、征服する前に世界規模の紛争が起こり世界は滅亡するだろう。世の中には何が起ころうとも相容れない者がいるのだ。古エルフと巨人のようにな」
「同じ人族なのにですか?」
「そこに種族は関係ない。先祖から引き継がれた習慣や常識が敵を作るのだ」
それに対立を飯の種にするものも必ず出てくる。
「後は人口の規模も問題になってくる。私は数十億の人間を治める方法なぞ知らんぞ」
「向こうの世界にはそれほど多くの人族がいるのですか?」
「工業化により大量生産が可能となり養える人口が多いからな。正確な数は知らんが少なくとも数億人はいるだろう」
一人の人間が年に一回問題を起こしたとして、一億人いれば年に一億の問題が起きることになる。
とてもじゃないが人間に統治できるとは思えない。
「世界征服など夢物語なのだ。
数十億人を治めることができる法を整備し、文化の均一化を図って初めて土台が出来たといえる段階だろう。
今の私達には利害関係を調整し、表面上は穏やかに付き合っていくぐらいしかできんよ」
◇
アマレースの白亜の館は総督の住居と言うことになっているが機川は工房に寝泊まりすることが多い。
行政機関も利便性のため白亜の館がある丘の麓に移されたために館はかつての賑わいは無くなっている。
サイン王がミースタークに移るときにホテルへ改装する話も出たが、表沙汰にできない地下施設が未だにあるため国の管轄下のままだ。
住民達も街のシンボルが誰かの手に渡ることを良しとせず、街の有様は大きく変わったが白亜の館はそのままだ。
そうアマレースは変わった。
政治と経済の中心地がミースタークに移ったことで職人や技術者、研究者だらけの街になった。
工学と魔術に特化した学校があるため学生の出入が多いのだが、近頃はオタク気質なものばかり集まってくるため独特の空気感を醸し出している。
魔道具と兵器を製造する会社が多くあるためリジョ率いる第二軍が常駐して警備しているのだが、そのせいで駐屯地のようでもある。
街の外を見ると大陸有数の穀倉地帯が広がっている。
街中に植えられた世界樹が周囲の土壌を栽培に適した状態に保つため気候さえ合えば何でもよく育つからだ。
そのせいで野生生物や魔物を呼び寄せることになり、その対策として魔物避けの塔や巡回兵の休憩所が広大な畑のアチコチに点在している。
このように城壁の中と外で風景も雰囲気も全く異なるのがアマレースの特徴だ。
設計当初から工業と自然の共生を目指した機川の目論見が見事に結実したのだ。
近頃は各地を繋げる転移門が新設されたためアマレースの重要性は更に向上した。
大規模な倉庫街も併設されているためアマレースは物流ハブ的な役割も担うことになったからだ。
「で、何でアンタがここにいるの?」
月に一度白亜の館で行われているアマレース定例会。
各自が抱えている問題や計画を共有することで街の運営を円滑に行うための会議だ。
街が大きくなったことで問題は芽の内に摘まないと大事になることを実体験したため開催されるようになった。
「今の私は国の広報官です。出席する権利ぐらいはあると思いますが?」
この場には機川総督とその副官バリルンド、公式の暴力担当であるリジョと非公式の暴力担当である始祖アリーチェがいる。
他にも学校の校長や職人街の代表など街の有力者達が情報を共有するために出席している。
そんな所に元聖女であるアカネが自称救世主の取り巻きを連れて入ってきた。
サイン王の元で人との付き合い方を学び、オコナーの元で魅了の力を制御する方法を学んだことで大きく成長したが人間性は簡単には変わらない。
彼女は人々から好意を持たれる女性らしさに価値を見いだすため、出来る女である機川とは価値観の違いから衝突することが多いのだ。
「彼女も出席する権利はあるわ。時間が勿体ないから話を進めるわよ」
バリルンドが認めたことでアカネは勝ち誇った笑みを浮かべ、それを見た機川が舌打ちをする。
「それでは、いつものように協議したい案件をお持ちの方は挙手してください」
進行役を任された役人によって会議は順調に進行する。
この会議の議事録はサイン王の目にとまるため、覚えを良くしようと皆必死に頭を回転させている。
これにはちゃんと理由がある。
サイン王は能力が職位に見合ってないと判断すると配置転換を薦めてくるからだ。
彼からしたら無茶な昇進で苦しむ人間を多く見てきたため良かれと思って配置転換を提案するのだが、提案される側はそう思わない。
彼らからしたら配置転換の提案は敬愛する王に無能と宣告されたに等しいからだ。
だから彼の掲げる太平富国を実現するため皆が一丸となり懸命に業務に勤しんでいる。
「総督に伺いたいのですが。アマレースの電化はいつ頃になりそうですか?」
「それは当分先になると説明したはず。話を蒸し返さないでくれる?」
元聖女の発言に機川は苛立たしげに応える。
「ポータルの解析が進み転移門で人の移動ができる可能性が現実味を帯びてきた、と聞きました。
もしそれが実現したら私は未国人、特に記者を此処に招待したいのです。この世界で最も先端的な都市であるアマレースを見てもらい、どちらが上かを理解させたいのです」
アカネの提案に出席者は賛同の声を上げつつも機川の顔色を伺う。
電化するためには機川の全面的な協力が必要で、その総督は沢山の仕事を抱えていることを皆が知っているからだ。
「未国王はアッシュ、いやサイン王にメロメロなのよ?
マウントを取る必要なんて無いでしょ」
「未国の上層部は王の力を間近で見ていますからそうでしょう。でも末端の愚かな未国民は違う意見を持っているようですよ?」
アカネの指示に従い取り巻きが翻訳された未国の新聞を皆に配る。
それを読んだ者達は悪態をつき憤りを現にする。
「私達は麦国との戦争で侮れない軍事力を持っていることを証明しました。
向こうの国際法に相当するデェルフト条約があることで文明人であることも示せました。
後は彼らが拠り所にしている科学力でも此方が上であることを見せることができ……」
「そういう相手を追い詰めるような行為は嫌われるわよ。サイン王の側で何を見て勉強してきたの?」
「知っています。王は優しい方ですからね。
でも、愚者は優しさを弱さと受け取ります。
私は私達の王が、愚者から侮られるのが、我慢なりません。それは総督も同じでしょう?」