面倒見ないといけない土地が増えた。
麦国(バイレ共和国)に侵略され滅亡したサステシア公国と、未国(ミドルズ連合国)にプランテーション化されてたベトリア王国とその周辺国。
この両国の防衛を私の国ですることになったのだ。
私としては超常存在からの依頼があるので侵略者をとっとと追い出したかったのだが、連合国は自分達に手を出してきた麦国兵を皆殺しにすることで満足してしまった。
私達は未だに居座っている侵略者を追い出す余力も気力もあるのだが、連合国軍には長期遠征する理由が無くヤル気が無いのだ。
だから国を失った人々の救済と、まだ残っている侵略異世界人からの防衛を優先することになった。
実際の所は難民が此方側に流入してくるのを嫌がっただけだろう。
あの地獄の場所で生き残った魔法を使う集団が野盗として来たら嫌どころの騒ぎじゃすまないからな。
だからといって広大な土地を私達に丸投げするのはどうかと思うんだよな。
いくらファロスヒルやエーリカがいると言っても自国領土の数倍もある土地をいきなり渡してくるとかさ。
転移門があるからといって投げやりすぎないだろうか。
今のところは唯国(ユイスタイン帝国)と院国(インサル連邦)の二国が大人しくしているからいいよ?
麦国と未国が異世界から撤退したことを面子の問題から公表していないので唯国も院国も此方へ侵攻してくる気配すら無いからな。
だからといって何時までも隠しきれるものじゃない。
もしばれたら『空白地があるぞ』とばかりに侵略してくる可能性がある。
だからこそさっさとぶっ潰したいのだが連合国からの仕事を渡されたせいで侵攻する大義名分が無いんだよ。
なお、部下達は『またタダで土地が増えた』と喜んでいるが私としては貧乏くじを引かされた気分で一杯だ。
人手が足りないと言えば自国のあぶれた人を寄越してくるし、食い物が足りないと言えば廃棄寸前の食糧を寄越してくるしで、在庫処分場にされている気になってくる。
手伝いで残っている連合国軍兵も士気が低く質も悪くて、結局は私達で『再教育』する必要が出てきて手間ばかりかかって仕方が無い。
もしかして私達の国力を下げるためにワザとしているんじゃないかと思えてくる。
そんな訳で今は復興支援事業に金と時間を取られている。
不本意ではあるが連合国の総意に反することはできないので、これを機に戦力拡充に注力することにしている。
というのも未国が旧ベトリア王国などに建造した戦車や航空機の組み立て工場を賠償の一環として譲り受けたからだ。
私個人としては、弾薬と油が無ければ稼働できないし乗員の教育コストも高い現代兵器は時期尚早だと思っているが機川は違う。
テンション爆上がりの機川は『魔法と科学のハイブリッド兵器!』とか叫んでいたので今頃は何か新しい兵器を生み出しているのだろう。
総督業で随分ストレスが溜まっていたので、これで発散してくれたらいいのだが。
「未国から研修生の受け入れを打診されましたが如何なさいますか」
モーエレンが非公式ですがとゴードン三世からの手紙を渡してくる。
この頃キュネルは未国に入り浸っているらしく、よくお願いを聞いてくるんだよ。
「機川が科学的素養のある人間が足りないとぼやいていたのを教えたのか?
まあ受け入れるのか構わんが、あちらの人間がこちらで活動するのは色々と支障があるだろう?」
「その件ですがバリルンドが魔力の感応性を鈍くする薬を開発しました。それを使えば魔物化も防げるのではないかと」
「安全性の確認取れているのか?
初耳なんだが」
詳しく聞くと、元々は魔力にアレルギーのような反応をしていしまう魔力過敏症の古エルフ用に開発した薬なんだそうだ。
古エルフの双樹様とうちのバリルンドが協力して開発したらしくエルフでは一定の効果があったのを人間用に調整したとのこと。
有効性は既に確認しているらしいが安全性については『異世界人間はよく知らない』と双樹様も言っているらしく不明なままだ。
「つまり研修生で治験をしたいと?」
「否定はしません。もちろん強制はしませんが魔素遮断マスクより薬を選ぶのでは、と予想しています」
遮断マスクは魔素の取り込みと魔力の影響を大きく削減できるガスマスクみたいな器具だ。
オプションでガスマスクとしての機能も持たせることができる優れものだが、アレを付けて書類仕事をするのは確かに嫌だろうな。
「薬も研修生も許可する。ただし事前説明して治験の報酬を払うようにな」
これは大きな商売になるだろうから古エルフにも話を通しておかないとな。
「ところで、これは魔術師にとってかなりマズイ代物なのでは無いか?」
「はい。一時的とはいえ魔素を取り込む機能が低下しますので弱体化にも使えます」
モーエレンは平然としているが、またぞろ厄介なものを開発してくれた。
神から与えられた力を使う者には無害だが、自分の魔力で魔術を使う者には致命的な毒になる。
「その薬は厳重に管理しておけ。古エルフにしか作れない貴重品だからとでも言ってな」
モーエレンは頷いてくれたがキュネル辺りは悪用するんだろうな。
「話は変わるがコチラの世界にいる唯国と院国に動きは無いのか?」
「今のところ報告すべきような事はありません。
指示されたとおり魔物をけしかけたりしていますが、この頃は魔物の数が少なくなっており嫌がらせも思うように成果を上げていないようです」
約束したので攻め滅ぼすことはしないが、侵略者が力を蓄えるのを黙って見ているほど私はお人好しではない。
魔物の仕業と見せかけて施設を破壊したり、魔物を挑発して駐屯地を襲わせたりしていたのだが、そうか効果が無くなってきたか。
「未国に依頼していた唯国や院国の民間伝承は入手できたのか?」
「いま纏めさせているところです。これを使って何をなさるのか伺っても?」
「ああ、話していなかったか。
侵略者を昔話にでてくるお化けで脅かそうと思ってな。子供を躾けるために使われる話は大人になっても心に残っているものだろう?」
ベッドの下の怪物とか子供を掠う妖精とかな。
「そういう話に出てくるお化けに遭遇したら、人は戦うより逃げることを選択すると思うのだ。
想像から生まれた敵というのは恐ろしいものだからな。きっと楽しいことになるぞ?」
◇
唯国の駐屯地は陰鬱な雰囲気に包まれていた。
お伽噺に出てくる怪物が駐屯地の内外に現れ、兵士達が安全に休める場所が無くなったからだ。
真夜中に基地内で出会う血塗れの鍛冶屋、森の奥に潜む醜き笛吹き男、嵐と共にやってくる天翔る狩猟団。
幼い頃に親から聞かされた恐ろしい怪物達が唯国兵を恐怖に陥れている。
実際は黒蘭の構成員が仮装した偽物なのだが唯国兵にとって本物か偽物かは関係ない。
吸血鬼や狼男のような魔力を纏わない通常兵器では殺せないものが、銃弾を受けても平然と近づいてくるのだから恐怖以外の何物でもないだろう。
このように唯国の活動はサイン王の目論見通りに大きく阻害されることになったが、一つ誤算もあった。
それは役者に人を喰らう捕食者を採用してしまったことだ。
彼らは必死に逃げ惑う人間を目の前にして本能を抑えきれず、予想を大きく上回る成果を上げてしまったのだ。
同時期に『魔法の世界では空想が現実になる』という噂を流したのも良くなかった。
ちょっとした悪戯心で流した噂がいつの間にか事実として認識されるようになり、変な事を考えないために薬に頼る兵達が続出したのだ。
そうした正常な思考を保てない人間は下らない理由で喧嘩を始め、やがて殺し合いをするまでに発展してしまう。
こうなると唯国も国を挙げて対策に乗り出さなくてはならなくなる。
資源が乏しく外交的に孤立している唯国は異世界で採掘される鉱物が必要なため、麦国のように異世界から手を引く選択肢を選べないのだ。
駐屯地の数が必要最低の数まで縮小され、配置される人員が大幅に増員される。
複数の警備兵が頻繁に巡回するようになり異変には即時対応されるようになる。
結果、嫌がらせの効果が薄くなってしまいサイン王発案の『お伽噺作戦』は中止されることになった。
これ以上の成果を上げるためには人員の増加をするしかなく、そうなると交戦するのと変わらない事態になり連合国での取り決めに反することになるためだ。
「異世界の怪物はどうなった?」
高官に囲まれたパウル総統が周囲に問いかける。
「問題ありません、総統。
怪物の姿を見かけることはほぼ無くなっており、復旧も順調に進んでおります。現地の採掘も無事再開され、現在は製鉄所の建設に向けて調整している段階です」
総統はその答えに満足そうに頷く。
「大変結構、我々の科学力が怪物共を圧倒することができて嬉しい限りだ。ところで麦国への侵攻準備はどうなっている?」
「遅れております、総統。
異世界の騒動に人を取られ兵士が足りておりません」
高官の答えに総統は一瞬不機嫌な顔をするがすぐに切り替えて考え込む。
答えた高官は黙考する総統からの回答を緊張した面持ちで待ち続けている。
「軍の自動化、機械化を進めるしかあるまい。
人を増やすのは難しいが兵器の省力化は今すぐ手を付けることができる。リーゲル博士に計画を立てさせ予算を見積もらせておけ」
総統の提案に高官達はそろって頭を垂れる。
「未国の様子はどうだ?」
「変わりありません、総統。
異世界人との交流を深めており、我々に異世界からの撤退を要求してきております」
「あのような得体の知れない輩と付き合うなど正気とは思えんな。
アイツらは『葉っぱ』を植民地で売りさばいていたが、自分達でも消費するようになったのか?」
総統の冗談に高官達は笑い声を上げる。
「だが敵が魔法などという不確かなものに熱を上げているのは良いことだ。
我等は科学で魔法を圧倒する。奴らが足踏みしている間に遙か彼方へ進むことにしよう」
◇
未国のジャック首相は麦国の態度に怒りを滲ませていた。
フェリグス神国と麦国との仲介役を買って出たのだが麦国の大統領が神国との和解に首を縦に振らず時間だけが無駄に過ぎているからだ。
未国は唯国が麦国に侵攻する準備をしていることを把握しており、神国もコンクリート詰めされたポータルをこじ開けようとしている。
このままでは麦国が戦場になり先物買いしている穀物が焼かれてしまう。
問題は穀物だけの話では無い。
首相は麦国がどんな目に遭おうか構いやしないが、地域が不安定化するのだけは避けたいのだ。
なぜなら未国は交易で儲けている国のため近隣地域で戦争されると非常に困る。
だから必死で説得工作をしたのだが麦国の大統領は国民が受け入れないの一点張り。
国民の気持ちを望む方向へ向かわせるのが政治家の仕事だろうにマスコミに翻弄されっぱなしなのだ。
確かに魔法は不可解で不気味なものだ。
この世界の人間には不快な物でしかないし亜人など側に居るだけで吐き気を催す。
だが国の運営というのは好き嫌いで行って良い物では無い。
例え親の仇であっても利があれば握手するし、強敵であれば妥協点を見つけて戦争なぞ回避すべきなのだ。
このように未国は考えている。
戦争は外交手段の一つであり経済活動の一部として見ているため国民の意見で国の方針を決める麦国のことが理解できない。
国民のことを『学者の思いついた正義を有り難がり、自由を免罪符に無責任に振る舞う猿』と見なしているため、民意に右往左往する麦国が腹立たしい。
「麦国の大統領は意見を変えぬのか?」
未国の国王ゴードン三世は苛立ちを隠せないジャック首相を見て声をかける。
「今のままでは無理ですね。情報工作をしていますが間に合うかどうか」
ジャック首相はこの所不眠不休で仕事をしているせいか感情を抑え切れていない。
濃い紅茶をキメているようだが効果は薄いようだ。
「他人の都合を考慮せず、何をしても良いと考えている我が儘な子供を相手にしている気分ですよ。
そんなに自分の国を燃やしたいのですかね?」
「自由は勝ち取るものだと教育されておるからな。
最後は殺し合いで決めれば良いと本気で考えているのだろう」
国王は国政に関して助言はしても決定権はないため気楽なものだ。
首相はそんな国王を恨めしげに見ながら葉巻を胸一杯に吸い込みはき出す。
「やはり為政者の素質が無い成り上がり者の国は話が通じませんな。
異世界人のフェリグス王のほうが余程話が分かるとは情けない限りですよ」
「既に麦国と唯国にいる遠い親戚は国外に遊びいっているようだぞ。詳しくは知らんがな」
首相は『テメエ、また国家機密をベラベラとしゃべりやがったな』という目で訴えるも国王は平然としている。
「ところでフェリグス女王をまたコチラへ呼ぶことは可能か?」
「何をお考えなのですか?
面倒事をこれ以上増やさないで欲しいのですが」
「ワシではない!
ワシの息子で独身の奴がいるだろう。アイツなら婿として出しても惜しくはないからな」
国王の提案に首相は呆れ、そして馬鹿にしたような顔を向ける。
「なんだその顔は。
私達王族はこうやって生き残ってきたのだぞ?」
「フェリグス女王の年齢をご存知ですか?」
「ん?
二十から三十歳ぐらいじゃないのか?
確かにワシの息子は若いかもしれんが姉さん女房も悪くない……」
首相はヤレヤレといったジェスチャーをしながら国王に答える。
「百歳に近いそうですよ。詳しい年齢は聞きませんでしたがね」
「ならワシのほうが近いのか?」
「んー、なかなか面白い冗談ですね。
おかげで疲れが少し取れましたよ。この話は是非とも王妃様にもお伝えしなくては」