この世界に来て二十八回目の春、フェリグス神国歴六年目。
今年は忙しい年になりそうな予感がする。
まず唯国(ユイスタイン帝国)が麦国(バイレ共和国)へ侵略する準備をしているらしい。
未国(ミドルズ連合国)からの情報だが、あの国は諜報能力が高く今年の中頃までには開戦するだろうと伝えてきた。
この件で考えないといけないのは未国が何故私達にこの情報を伝えてきたのか、という点だ。
私達にとって麦国は交戦国であり、敵わないとなったら手の届かないところに逃げた卑怯者だ。
未国のように被害者に賠償してくれれば手打ちにできたものを戦場の後始末もせずに撤退して知らんぷりしているからな。
そのせいで地雷や瓦礫の撤去、被害者の救済を連合国の人と金を使ってやることになったので恨んでいるし馬鹿にもしているんだ。
そんな麦国が戦争になると聞けば負けてしまえと思わなくも無いが請求先が無くなるのは困るんだよな。
だからといって唯国と一緒に麦国に攻め込むのは何か違うと思うし。
なので、この件についてどう対応するか連合国に投げることにした。
他にも首都ミースタークで頻発している種族間抗争や地方の街々にいる光神信徒の怪しい動きなど連合には相談したいことが沢山ある。
復興などの目標があるときは価値観の共有ができていたのに、生活が安定し余裕がでてきた途端にこれだから嫌になる。
建国の英雄の能力でフェリグス神国の国民感情は良好なことがわかるが、不満が無くとも隣人との諍いが無くなることは無い。
個人的な目論見としては物価が安定し仕事に就ければ落ち着いて楽ができると思ったんだけどな。
法整備もして真面目に働けばそれなりの生活を送れるようにしたつもりなんだが何が悪かったのだろうか。
こうなると暗い方に、悪い方に考えてしまいがちだ。
この憂鬱な考えを引き摺ると建国の英雄の力で国民に伝わってしまうから頭を切り換えて出来ることを一つずつやるしかない。
「唯国への対応について各国からの意見が届きました」
モーエレンが持ってきた報告書をざっと見てみたが予想通り連合国の面々は異世界のいざこざに興味無いようだ。
確かに異世界で起きる戦争などどうでも良いことだろう。
私も超常存在から侵略者を撃退してとかお願いされていなければ放っておいただろうし。
だが、これで連合国の方針に従わず自分達だけで動かないといけないことになった。
これはキチンとした大義名分をでっち上げないといけないな。
「キュネル、いるか?」
「閣下、ここに」
いつものように何の前触れも無く目の前に現れる。
「異世界人をこの世界から追い出すことにした。
お前は彼方に頻繁に出入りしているようだから予め伝えておく」
「理由を伺っても?」
「魔法が使えない、神と直接対話したものがいない。そのような世界の人間と共存するのは難しいと思うのだ」
向こうの科学は時間さえかければ此方でも実現可能だが、此方の魔法は向こうの人間には使用できない。
この違いは遠からず問題を引き起こすことになるだろう。
「未国からのお見合い話のせいでは無いですよね?」
あの話には驚いたが、そんなのを理由できるわけないだろう!
「連合国は異世界の国々と交戦することを認めていません。彼らにはどのような説明をなさいますか?」
モーエレンが大義名分をどうするのか聞いてくる。
「異世界の人間は此方の世界から色々な物を自分達の世界へ許可無く持ち出している。アレはこの世界を創造した存在にとって腹立たしいことでは無いだろうか?」
「世界を創造した存在をご存知なのですか?」
「会ったことは無いがそのような存在はいるはずだ。エーリカを溺愛している誘女も創造神に近い神なのだろう?」
支配者というのは砂粒一つといえども自分の土地から許可無く持ち出されることを嫌う。
それを認めれば、いつか全てを奪われることに繋がりかねないからだ。
「この件についてはベルナデッタと相談してから動くことになる。まだ勝手に動くなよ?」
ウキウキ顔のキュネルに釘をさしておく。
神の名を借りて戦争をするなら筋は通しておかないといけないからな。
「私としては甚だ不本意だが今回は超常存在の名を借りて戦争することになるだろう。
異世界から来た略奪者をこの世界から追い出すのが最終目標だ。これならば誰からも文句をいわれまい」
◇
院国(インサル連邦)は労働者のための政治を行うとした革命家が起こした国だ。
総務長官たるハツェフを最高指導者として崇拝させ、暴力と恐怖により人々を支配している全体主義国家だ。
長官個人に権力を集中させ敵とみなしたものを大粛清したせいで多くの人々から恨まれており、長官自身もそのことをよく知っている。
そのため身辺警護には異常な程までに気を使っており暗殺をひどく恐れていた。
だから長官の寝室にフェリグス神国からの最後通告がおかれていた事件は大騒動になった。
警備責任者は異世界で再教育されることになり、指導部は緊迫した雰囲気に包まれた。
ハツェフの疑心暗鬼が悪化したことで人々は彼を避けるようになり、それがまた長官の気分を悪くした。
長官は元々疑り深く、敵を作り出すことで人々を扇動してきたため他人を信用していない。
近頃は幼い頃から仕えてきた副官のフルチリスですら怪しみ始めており末期状態といえよう。
そのような状態でも政務はしなければならない。独裁体制にしたためハツェフが判断しないと何も決められないためだ。
これには院国特有の事情がある。
ハツェフは政権を安定させるために対立する人間だけで無く知識層まで大粛清したのだ。
この浄化により有能な人間が数少なく仕事を任せられる人材が乏しい。
今回の件でも再教育施設送りにしたい人間はまだいるのだがこれ以上人を減らすと政務に支障がでるため泣く泣く我慢しているのだ。
「同志フリチリス、裏切り者は判明したのですか?」
貴族から接収した宮殿の一室で長官は副官に問いかける。
革命同志たちは富裕層や宗教を否定しているが貴族的なものが大好きなため、彼らが残した遺産は破壊せずに再利用している。
「まだです、同志ハツェフ。
ですが必ずや見つけ出してごらんにいれます」
何度も聞いた回答に長官は渋い顔をする。
「それよりもあの文章の真偽について検討はしなてくも良いのですか?」
「アレは私を嵌めるための偽物です。私は異世界を手放す気はありません」
人は自分がやることを他人もやると考えてしまう。
だから最後通告は国内に潜んでいるレジスタンスか何かからの質の悪いイタズラだと考えているのだ。
「異世界は仕事にあぶれたものを送るのに丁度良い場所だとは思いませんか?
何かあれば麦国のように塞いでしまえばよいのですよ」
長官が気分良く話しているため副官も強く反対はしない。
「そもそも私はフェリグスという国があることすら怪しいと思っています。金髪美女に優秀な人間がいるわけないでしょう?」
「その意見に賛同いたしますが備えはしておいたほうが宜しいかと」
「既に一個師団を送っていますし、魔法にだって対抗策を講じているのです。これ以上、何が必要だというのですか?」
長官は悪い笑みを浮かべる。
「魔法も魔物化した兵も我々の思想を広げるために便利な道具なのです。
そんなことよりも君たち指導員は私の指導に従って裏切り者を見つけ出すことに全力をつくせばよいのです。私が寛容な気持ちでいる間に片が付くことを期待していますよ」
◇
未国の国王ゴードン三世とジャック首相は困惑を隠せない。
フェリグス神国のサイン女王が思ったより好戦的だったのだ。
しかも外交官であるキュネルはそれを嬉しそうに報告してくる。
今までは話し合いで解決しようとしていたのに、いきなり創造神の名を借りて唯国と院国に宣戦布告したのだ。
実際に神と語り合うことができる世界の人間だから本当に神の意志なのかもしれないが、神なき世界の人間にはソレを確認する手段がない。
とにかく国王と首相の二人はこの状況にどう対処すれば良いのか悩んでいる。
なにせこの世界の常識では神の名を騙る輩はロクでも無い奴らばかりだからだ。
両名はサイン王のことを女性とは思えぬ理知的で温和な人物と評価していたが、あれは演技だったのか判断つかないでいる。
無意味な殺戮をしないためにもデェルフト条約をつくり宗教戦争を無くしたかったのではないのか。
今までサイン女王を好意的に見ていたため、その先入観が邪魔をして冷静な評価が出来なくなっていた。
「それで我々はどうするのだ?」
王の執務室で国王が首相に問いかける。
「どうするも何も、私達は何もしませんよ」
「キュネル殿も薦めている中立でいくわけだな?」
「送り出した科学者や技術者からの報告書をご覧になったでしょう。神国は科学力でも我々より先を行っているのです」
「確かに我々は色々と潤うだろうな。だが、それはこの世界の人々から嫌われる道でもあるぞ?」
国王は首相に覚悟があるのかを問いかける。
「理解していますよ。
ですが、この世界を裏切るわけではありません。我が王こそ、どうお考えなのですか?」
「ワシは私情が入りすぎて正常な判断ができん。ただ聖教会の連中は黙っておらんと思うぞ?」
聖教会は未国の宗教行事を取り仕切る宗教団体だ。
神が実在する異世界のことは別の世界の話ということで見なかったことにしてきたが、神国が創造神の名を出したせいで無視できなくなった。
それもこれもサイン女王が『そちらの世界の創造神は侵略行為を黙認し秩序を蔑ろにしている』と公言したせいだ。
そして『神が対応しないなら私達が対処するしかない』と、侵略者を追い払い代償を支払わせる自身の行為に正当性があると言い張っている。
「お前は創造神が実在すると思うか?」
国王は真面目な顔をして首相に問いかける。
「実在していると信じている者がいるならば実在しているのでしょう。
私達には見ることも語り合うこともできそうには無いですが」
「そうだな。いるなら我等も救って欲しいものだ」
二人で自嘲気味に笑う。
「話は変わるが唯国の状況はどうなのだ?」
「報告書に上げたとおりですよ。
総統は熱心な仲教信者ですから神国との戦争は宗教戦争じみたものになるでしょうね」
「あの刷毛髭、相当頭にきているだろうからな。いい気味だ」
仲教は唯一神ウェハを信じている世界規模の宗教で、聖教会も仲教の数ある宗派のひとつである。
「麦国と唯国の戦争は回避できて良かったのでは無いか?」
「その点は神国に感謝していますよ。唯国を適度に痛めつけてくれるだけで済まして貰えればもっと良いのですが」
二人とも宗教戦争の悲惨さをよく知っている。
サイン女王にその気が無かったとしても売られた喧嘩に総統は相当に頭にきているのだ。
何せ唯国人は世界一優秀で神に愛されている民族だと自称しているのだから、異教徒に負けることは認められないし共存も受け入れないだろう。
「神が本当にいれば悲惨な戦争も無くなったりするのか?」
「女王の話によると神にも色々といるようです。中には戦争を煽るような神もいるとか」
神は不老ゆえに受けた屈辱は決して忘れない。
神は不死ゆえに世代交代が起こらず良い慣習も悪い慣習も根強く残る。
「他人が持っている剣は名剣に見える、か。
人は神から与えられた物で満足するべき、というわけだな」
「戦功を認めてくれる存在がいるせいで、より激しく戦うようですよ。理想郷はお伽噺の中にしか存在しないようです」
国王は残念そうな顔をし、首相はそれを見ながら決断する。
「この戦争に勝っても負けても女王がどう振る舞うかを見て我が国の立ち位置を決めたいと思います。
それまでは両方に良い顔をして恩を売りつけることにしましょう。我が国は相対する両者の間を取り持つのは得意ですからね」