この世界に来て二十九回目の春、フェリグス神国歴七年目。
創造神を名前を借りて最後通告を出したのはまずかったかもしれない。
廻神にクレームが入らないことをキチンと確認してから計画を進めたのだが、人間の間で大騒動になったのだ。
創造神という概念的な表現にしたというのに『創造神とは誰なのか?』問題がでてきたのだ。
私は創造神がいて、その存在が創造した世界に皆が信仰している神々が現れたもんだと思っていた。
創世神話とかあるのは知ってたけど実際には廻神や誘女と神格が違うようだから、ソレはそれコレはこれとして折り合いをつけていると考えていた。
だが、この世界の神官達は創世神話を実話だと信じ、自分達の神が創造神だと本気で思っていたんだ。
そのため私が名を借りた創造神とは誰なのかを各所から問い合わせされている。
そんなの私に聞かれても知らないよ。
創造神が仮に存在するなら異世界からの略奪者は気分悪いだろうなと推測して名前を借りただけだ。
大義名分として格好がつけば何でもよかったんだからさ。
そんなに知りたければ自分が懇意にしている神に聞けば良いのに何故か私に聞いてくる。
廻神に取り次ごうとすると『神に直接聞くのは畏れ多い』とか言って逃げるくせに私には『説明責任!』と迫ってくる。
ウチは神事に関わることをベルナデッタに一任しているからそっちに聞くことも出来るのに『彼女の手を患わせるほどではない』と近寄りもしない。
たぶん彼女に問い合わせをすると聞きたくないことを聞かされ、見たくもないものを見させられるからだだろうけど。
もちろん向こうの世界でも同様の騒動は起きた。
唯国(ユイスタイン帝国)の総統は仲教の熱心な信者だったようで、彼が属する宗派と他の宗派で戦争の主導権争いが起きているらしい。
どうやら誰が創造神の代理として戦うのかで揉めているようだ。
その点、院国(インサル連邦)は神を捨てているのでそのようなゴタゴタないが彼らは彼らで私達の存在を信じていないという問題がある。
野盗か狂信者の集団だと思われており、まったく相手にしてもらえていない。
このような状況なので戦争準備は整っているのだが戦闘行為は未だに行われていない。
それと創造神に断り無く異世界間で物資のやり取りしている行為を非難したことで未国(ミドルズ連合王国)との交易ができなくなった。
機川から猛烈に抗議されることになったが王として公言したことは無かったことにできない。
そしたら機川は略奪した物資や人命を返却してもらわないといけないと言い出した。
奪われたものを取り返すという名目で此方側に無い物資を手に入れようと画策しはじめたのだ。
巻き込まれたキュネルには悪いが私は『黙って見ている』しかできないので何とか上手いところに落として欲しいと思っている。
「開戦はいつ頃になるか問い合わせが来ておりますが」
アマレースの執務室で書類仕事をしているモーエレンが話しかけてくる。
そう、私は今首都のミースタークでなく租借地に建てたアマレースにいる。
ミースタークには各国の大使館があり、アッチにいると面会希望者が途切れる事無くきて仕事どろこでは無くなるからだ。
「唯国しだいだ。
交渉相手が決まらないうちは戦争はできないだろ」
「チャンスでは無いのですか?
敵など皆殺しにしてしまえば良いと思うのですが」
「私達には条約があるから無秩序な殺戮はできん。
前回の戦争は末端の連合国兵が暴走したとの言い訳が使えたが、今回は反省を生かした行動を心がけないといけないからな」
それに創造神の代理を決めかねている相手に勝っても『代理者として相応しくなかった』とか言って無限に戦うことになる。
そんな泥試合になったとしてもウチの子らは結果を出してくれるだろうが、人が住めない地域を作りかねない。
「院国を先に攻めないのですか?」
「彼所は私達を国と認めてないし人口が多い国だから長期戦になるだろう。アレは最後のメインディッシュだ」
「出入り口を押さえてしまえば短期で終了させられます。人口がいくらいようが関係ないのでは?」
「その事態になったらあの国は他国にあるポータルへ手を出すだろうと未国の諜報部は予想している。
長官とやらは此方の世界や魔物にご執心らしいからな。その時に唯国との決着がついていないと面倒なことになる」
未国の王からは『此方の世界で戦争が起きるようなことは避けて欲しい』とお願いされている。
それを条件にして私達を密かに支援してもらっているのだから、計画段階でそれを破るようなことはしたくない。
「ポータルが出現した理由も作成した存在もわからないままだ。
今あるポータルを全て塞いだとたん新たなものが出現しないとも限らん」
だから向こうの世界の住人には私達の意志をよく理解してもらい教訓を身に刻む必要がある。
「これから私達は歴史の教科書に載るような、後世に語り継がれる戦争をするのだ。
新たなポータルを手に入れた国が間違った選択をしないよう『教訓』となるような戦争をな」
「キュネルや元聖女が忙しくしているのはそれが理由ですか?」
「あの二人には宣伝戦というやつをしてもらっているのだ。
他人を非難し騒げる話題や討論できる議題を提供し、私達の正当性を少しずつ広めてもらっている。戦争が始まるまでの時間を無駄にはできないからな」
◇
フェリグス神国の創造神発言は神官達の間で大きな問題になった。
サイン王本人は社内でセクハラ発言したぐらいの問題だと思っているが、神官達にとって地動説が事実だったぐらいの衝撃を受けていた。
神がいる世界側の神官はすぐさま仕える神に問いかけるも明確な回答が得られない。
創造神は実在するがそれが自分達の信じている創世神話に出てくる神と同一なのかは答えてくれない。
神は侵略者たちを不快に思っているようだが神国と協力しろとは言われない。
この煮え切らない態度に皆困惑したが相手は神ゆえに強い態度に出ることができない。
だから何か知っているであろうサイン王に問い合わせが集中することになった。
明確な答えが得られないのは神々の間に交わされた何らかの縛りか約束があるのではないか。
本当は侵略者など殺すべきなのだが私達が反対に侵略者になりかねないから黙っているのではないか。
みな勝手な憶測をし、サイン王に詰め寄り、彼を困らせる。
ただ悪い事もあれば良い事もある。
今まで異世界からの侵略者に興味が無かった連合国の意識がガラッと変わったのだ。
皆が『聖戦』に参加したがるようになり他勢力より成果を上げるべく動き始めたのだ。
変わって神と対話のできない世界ではサイン王の創造神発言は軽く扱われた。
当事者の唯国や『サイン王を女王と慕う国王』がいる未国では重く受け止められ動き出したが、周辺国は冷めた目で見ていた。
もちろん宗教界の人間は軽々しく創造神の名前を使う神国に抗議をしたが、その抗議は全て未国が対応した。
この流れは神国のベルナデッタが特使として未国を訪問した事で大きく変わった。
聖教会の主教たちが彼女の神威に意志を挫かれ神国を支持したからだ。
聖教会は異なる世界には異なる神が実在していて、私達はそれを認め尊重すると公表したのだ。
これに仲教の他宗派の神官は激怒した。
そして未国に乗り込んできて公衆の面前でベルナデッタを罵り廻神を侮辱した。
これがベルナデッタでなく、特定民族の神や土地の神の神官なら問題はなかった。
何故ならそのような神は自身が帰属する世界でしか影響力を行使できないからだ。
だが廻神は多元世界を行き来できる神だ。
自身の神徒を傭兵のように異世界へ送り出し、神々が抱えている問題を解決するのが得意な神だ。
その特異性から数多くの神々と親交を持ち、異世界の神とも比較的容易に接触する力を持っている。
廻神は神徒を経由して世界に影響力を行使することができる力を持っているのだ。
そんな神の神徒を罵り、信仰する神を侮辱したらどうなるか。
もちろん発言の責任を取らされるに決まっている。
ベルナデッタは『廻神』では無く仲教の『唯一神』に報復する許しを得るために祈願すると、前触れ無く顕現した仲教の『天使』が侮辱した者を連れ去ってしまう。
この事件により宗教界は大きな混乱に包まれることになった。
神が実在していることが証明されたのは喜ばしいことだが、自分達が長年創作してきた教義が神の意向にそったものか不安に苛まされることになる。
熱心な信者が増えたことで異端者との諍いも激増し、望まない衝突を避けるため異教徒との交流は禁止されることになった。
最後通告を受けた唯国で起きていた創造神の代理人争いも事件の影響を受け、総統の属する純教会が主導することで決着した。
これは高位の聖職者ほどベルナデッタという本物と対立することを避けたいと考えたためだ。
みな自分達が今の地位につくために何をしてきたかを自覚しており貧乏くじを引くことになった純教会に同情した。
唯国も純教会も引くことが出来ないため神からの啓示があったことにして神国の主張に反論した。
その主張は時代遅れで傲慢なものであったが唯国民は熱狂し総統を支持した。
仲教の他の宗派は巻き込まれることを恐れ反対声明をだし、建前上神を信じている政治家達もそれに同意した。
このことにより唯国は周辺国からさらに孤立し独力で神国と対峙するはめになった。
院国は元々神を否定しているためこの騒動とは無縁だったが、神を前面に押し出した唯国とも手を組むこともなかったからだ。
そのタイミングで神国からの宣伝戦が効果を現し始める。
侵略者たちが異世界で行った残虐非道な行いがマスコミを通じて報道されたのだ。
特に麦国では暴動が起こり大統領が引きずり下ろされることになる。
なお麦国の新たな大統領も神国と交流を持つことはなかった。
国民の多くが仲教信者のため異界の神に屈することは出来なかったためだ。
「この頃、不審者の数が多くなってきていますね」
キュネルは侵略者が支配する土地への侵攻が目前に迫った参謀本部にいる。
目の前には書類の山に埋もれたオコナーと、書類を前にして茶を啜る鉄崎。
戦が始まる前はいつもこんな感じだ。
暢気にしている司令官と戦前から戦後までずっと忙しい参謀。
「人の出入が増えると入国検査が緩くなってダメですね。何とかなりませんか?」
「人が大事にしている物を台無しにするようなことを言うから憎しみを買うのだ。元聖女といいもう少し穏やかな物言いにできないのか?」
キュネルも元聖女も向こうの世界の聖職者を貶めるような発言をよくする。
向こうが先に廻神やサイン王を馬鹿にしたせいだが、二人とも容赦なくやり返すため歯止めが効かなくなっている。
そのせいで向こうの世界から工作員や暗殺者があの手この手でやってきている。
「神隠しに会うよりマシでは無いですか?
私達二人がやり過ぎることでそれが防がれていると思えば慈悲深い行為とも言えるでしょう。それともベルナデッタさんにお願いした方が良いとお考えで?」
オコナーの小言にキュネルはまったく悪びれていないどころか心外だといいたげな顔をしている。
「キュネル殿、オコナー殿の仕事をあまり増やしてくれるな。
皆最後の準備で忙しくてな」
「わかっておりますよ。
ただ舐められたら終わりなのは戦も外交も同じなのは理解して欲しいですな」
鉄崎はうなずきキュネルはニッコリと笑う。
「ところで、そちらの準備は順調ですか?
何かお手伝いできそうなことはありますか?」
「こちらは順調だ。予想したより連合国が協力的で怖いぐらいだ」
オコナーの答えにキュネルは満足そうにうなずく。
「将軍、魔導大隊のほうはどうですかね?
技官としての機川さんが心配していましたよ」
魔導大隊は機川が趣味で開発したゴーレムを主力とする部隊だ。
全高三メートルほどの乗り込むタイプのパワードスーツで、機川が愛読していたマンガの影響を強く受けた見た目をしている。
未国から譲り受けた工場に残されていた資材を使い、魔物の生体部品と魔導回路を組み込んだ趣味丸出しの兵器。
使用するためには専用の魔道具を体に埋め込む必要があり、その魔道具によってゴーレムを遠隔操作することも可能だ。
お披露目時には各国から『また厄介な物をこしらえおって』と非難囂々だった。
しかし災害救助や土木作業等に有用なことが証明され今では各国がこぞって研究をしている。
維持費用がバカ高いため庶民に普及することは無かったが三ツ星製のスタンダード版は飛ぶように売れている。
「送ってくれた技師は優秀で問題は何もないのう。
それより開戦はいつかと問い合わせが多く、それを宥めるので苦労しておる」
キュネルは満足そうに頷く。
「それよりもキュネル殿、麦国への侵攻は止めることはできそうにないのか?
逃げたものを追いかけて無体することも無いだろうに」
「麦国民には少々嫌な思いをしてもらう必要があるのです。程々ですむように未国と相談をしていますから心配ありませんよ」
第一軍の鉄崎と第二軍のリジョが唯国と院国の相手をすることになったため麦国への対応は他の者がすることになった。
そうなるとファロスヒルの蟲かエーリカの死兵が麦国に解き放たれることになるだろう。
鉄崎は引き起こされる惨劇を思い憂いているがキュネルには別の思いがある。
「人は仕返しが無いと思うと調子に乗るのですよ。
あの国では閣下のことを美貌で人を惑わす売女呼ばわりして喜んでいるのです。言論の自由とか言うらしいですが誰を不快にしたのか理解してもらいませんとね」