この世界に来て三十回目の春、フェリグス神国歴八年目。
やっと侵略者たちとの戦争が始めることができた。
私達は『世界を創造した神の許可無く略奪品を持ち出している不届き者は元の世界に帰れ』と開戦した。
それに対し唯国(ユイスタイン帝国)は『我々は神に導かれてこの地にやってきたのだのだから全てが正義』と応戦してきた。
院国(インサル連邦)にも同じ理由で戦争を仕掛けているのだが私達を山賊の類いだと思っているらしく公式な発言は何も無い。
来るなら来い身の程をわからせてやる、といった所のようだ。
ただどんな大義名分を掲げようとも戦争は計画通りに進め、不測の事態には臨機応変に対応することに変わりはない。
唯国とは装備の質も量もこちらが勝っているので何の心配もしていないが、院国は強制徴募からの人海戦術を使ってくるから油断できない相手だ。
今回の戦争はフェリグス神国のみで唯国と院国の両国と戦うことになったんだが、神国軍の中身を見ると連合国軍の縮小版といった感じだ。
侵略された被害者からの志願兵はいいとして、連合国各国から予想を越える義勇兵がやってきて、この有様だ。
これは創造神の名を借りたせいなのだが、侵略者を追い出す目的は共有できても種族間や民族間の対立は無くすことができない。
そのせいで小規模部隊の数が増えてしまうことになり、まとめ役の鉄崎は苦労しているようだ。
何せここは神が存在する世界。
教義を破れば神からの恩寵が無くなるため本気で守る。
神の影響力が強い国ではその教義が法律に組み込まれることも多くそのせいで属人主義なんだ。
連合国軍の時はまとめ役を最古の歴史を持つラウグ王国の古エルフがしてくれたから良かったんだが私達だとどうしても舐められる。
神国は金も力もあるが人口は少なく十年も歴史がない新興国だから威厳や権威が無く『自国の法律』に反すると我が儘を言う奴が後を絶たない。
だから義勇兵など断りたかったんだが、相手側の面子や事情もあり受け入れざるをえなかったんだよな。
「今回の行軍は随分とゆっくりではありませんか?」
モーエレンが戦場から上がってくる詳報を見ながら問いかけてくる。
「新兵器の実証試験をしているからな。オコナーが調整に苦労していると溢していた」
戦場は各国が急造した新兵器の展覧会のようだと機川から聞いている。
実戦で試したい者が司令部にやってきてゴネている光景を想像すると同情しか湧いてこない。
「厳しく規制することでバカ共が暴走し始めたら私達の計画に致命的な問題が発生しかねないからな。
程々に譲歩することで鉄崎の下で動いて貰うようにお願いするしかないのだ」
侵略者はポータルによって物資補給が制限されており、ご自慢の科学力も此方の世界では本領を発揮できない。
ジェット機も長距離無線機もヒルサーヤ山にすむドラゴンのベルニクスが襲来してくるせいで使えないからな。
魔物のせいで物流も安全とは言えないから大規模な兵器工場も建てられず、怪我をすれば自然治癒に任せるしかないし。
時間が経過すればするほど唯国は武器も兵士も足りなくなって消耗していく。私が知っているアノ国と同じ末路を辿ることになるだろう。
院国では畑で兵士が収穫できるらしいが兵器も燃料も消耗品だから唯国と同じように時間が経てば弱体化する。
「そう心配しなくても戦争は鉄崎に任せておけば良い。それよりも此処にいる私達の身の安全を心配した方がいい」
モーエレンが驚いたような顔をして見返してくる。
「私達を支持する者は多いが、それと同じくらい蹴落としたがっている者もいる。そのような者にとって今ほど絶好の機会は無いとは思わないか?」
「私達に利用価値が無くなったと?」
「そのような損得勘定ができる者とは既に手を取り合って分け前を渡しているだろう?
私が話をしているのは物事を好き嫌いで判断し自分の価値観を変えることができない破滅願望者のことだ」
後は廻神や誘女と非友好的な神の信徒とかもここぞとばかりに何かしてくるだろうな。
「時間と共に恐怖は薄れていくが憎しみは増すものだ。
だから何時までたっても馬鹿なことをする輩が絶えることはない。年末の大掃除とでも思って対処していくしかないだろうな」
◇
侵略者との戦争はフェリグス神国が優勢な状態が続いている。
連戦連勝とはいかないが神国側は魔法により兵士の損害が少ないため侵略国家をジワジワと追い詰めていた。
当初は航空機支援がある唯国や院国が有利だと思われていたが神国軍は的確に対処していく。
侵略国が異世界軍を想定して入念に撃退準備をしていたように、神国軍も新兵器を多数用意していたのだ。
今戦場で特に活躍しているのは誘導性能を持つ長射程の攻撃魔術だ。
アニメで見た光景を実現化することに強い拘りを持つ機川がオコナーに開発させたこの魔術は、魔力が尽きるまで標的を追尾する。
一度マーキングされたら魔術的にソレを妨害もしくは無効化することでしか防げないが、魔法が使えない唯国にはその手段がない。
魔力コストが非常に高いという欠点があるため頻繁に使用されることが無いのが唯一の救いと言えよう。
他にもゴムやプラスチック、電子部品を入手できたことで機川が世界観にそぐわない兵器を開発したのだが全てサイン王に凍結させられている。
兵器を開発するのは楽しいだろうが運用方法や維持管理するための計画を立てないうちは次にいくな、と止められたのだ。
概ね戦争は神国側の想定通りに進んでいるが想定外のことも起きている。
一例を挙げると唯国兵の中に光神を信仰するものがではじめたのだ。
ソケシアン帝国の神である光神は神国にたびたび苦渋を味あわされている。
フェリグス神国も元はと言えばヴリュルト神国と呼ばれる光神信徒だけの国だったのに今では複数の種族と宗教が入り乱れる国になってしまった。
その神の苛立ちは信徒にも伝わっており光神の神官は敵の敵である唯国と密かに接触し、共通の敵に対抗するため協力関係を結ぶことに成功した。
神国軍に従軍している神官のように表だって兵を回復させたりすることはできないが神国の情報を渡したり魔道具を横流しすることはできる。
そのようにして関係を深めていった結果、仲教から光神教へ鞍替えする者が出始めたのだ。
戦争という極度のストレスに晒され、助けを欲している時に神の存在を感じたら、例え悪魔だろうが縋ってしまうのは責められることではない。
例え得体の知れない力でも仲間の命が救えるのなら皆で黙って見なかったことにする。
そしてこの事は頭の固い仲教信者が行方不明になったりや殉職する事件に繋がってくる。
熱心な仲教信者ほど死亡率が高いのを不審に思った総統直属の護衛隊が調査したことでこの事件は明るみに出ることになった。
この事実を知った総統は相当に頭を抱えることになる。
他にも院国の魔物化した人間により編成された特別国防隊も厄介な存在だ。
神のいない世界の人間は魔素を取り込むことができないため魔術を使えないが、魔物化した国防隊は魔術のような現象を起こすことが出来る。
現代人に説明するなら超能力者のようなものだと言えばわかりやすいだろうか。
個々人は一つの能力しか持たないが能力バトル作品に出てくるような人物で構成された部隊は神出鬼没で神国軍を苦しめた。
鹵獲した魔道具を解析し稚拙ながらも独自の魔道具を開発することにも成功しており神国軍を痛い目に遭わせた。
「女王からの手紙は読んだか?」
未国(ミドルズ連合国)の国王ゴードン三世がジャック首相に問いかける。
「ええ。向こうは随分と騒がしいようですね」
首相はワインを机の上に置き面白く無さそうに答える。
国王は首相の表情を面白そうに眺めながらウイスキーの香りを楽しんでいる。
「唯国や院国が酷い目にあっているのだ。喜ばしいことではないか」
「唯国に本物の神官が出現し、院国は化け物を兵隊にした。
これのどこが喜ばしいことなのか愚かな私に教えて頂きたいものです」
「刷毛髭(唯国の総統のこと)は光神のことを表沙汰にはしないし、だからといって排除もできずにウジウジしているはずだ。
女衒(院国の長官のこと)は化け物を飼い慣らしたつもりでいるが手に負えなくなってすぐに持て余すことになる。
何も心配することはない」
国王は首相の心配を笑い飛ばし、首相はそれを胡散臭そうな顔をして見ている。
「それよりも麦国(バイレ共和国)は何か言ってきてないか?」
「正式な救援要請がありましたよ。また何かしたのですか?」
「なに、向こうの知り合いに蟲を追い払う方法を知っていると伝えたのだ。
そしたら電話がかかってきてな。必死でお願いしてきたぞ?」
いま麦国の首都パシイは蟲の都になっている。
上下水管や配電線をダメにされパシイ市民は暗闇の中、寒さと恐怖で打ち震えている。
「笑い事ではないですよ。
アレのせいで仕事が増え、部下達が酷い有様なんです」
「でも、儲かっているのだろう?
疲れは札束で癒やしてやればいい。金は使うべき時に気前よく使うべきだぞ」
国王は上機嫌だ。
気に入らない者が自分の関わりの無いところで苦難しており、それを部外者として見ていられる。
しかもちょっとした助言をするだけで感謝され借りを作れるのだ。
「中立とはいえ神国と友好的な関係を築けているのは我々だけだ。
この優位性があるうちに我々の立場を確固したものにするのが良いだろうな」
「それは理解していますが……外に出ると方々から白い目で見られるんですよ。慣れてはいますがあまり面白いものではありませんね」
「だが我が国は好景気で国民も我々を支持している。ケチをつけてくるのは聖教会ぐらいだろう?」
未国は神国に研修生や留学生を派遣し、革新的な技術や未知の知識を真っ先に手に入れることができる。
機川総督のオネダリに振り回されることが多いが、彼女の頭脳は此方の世界に革命を起こし続けている。
「私の祖父や曾祖父の時代は気に入らないとすぐに戦争だ。
それが今は嫌がらせをしてくるぐらいだからな。良い時代になったな?」
「それはそうなんですが……媚びてくる人間を見るのは気分がいいものではありませんよ。
神国の女王は公明正大な方なのですから自分達で話せばよいものを」
「身内の仲教信者どもがうるさいのだろうさ。科学の時代といっても人々の心を支えているのは宗教なのだからな」
外交の場で未国は諸外国の人間から距離を取られているが、非公式の会談件数は爆増した。
首相は休む暇が無くなり紅茶を楽しむ時間も取れなくなっている。
「それで実際の所、蟲を追い出す方法をご存知なのですか?」
「知ってるわけなかろう。我々には女王にお願いすることしかできんよ」
「本当にそういうのが好きですね」
「未国人らしいだろう?
先祖もワシのことを誇りに思ってくれるだろうさ」
国王は胸を張り首相は苦笑しているが、その首相も蟲が襲来する前にパシイの物件を売り払っている。
今回の件で更に儲けることになるだろう。
「話は変わるが、エルフと仲良しになった人間を知らないか?
アレだけ向こうに人を送り込んだんだ一人か二人ぐらいいるだろう?」
「……その精力には感心すら覚えますが。騒ぎを起こすことには感心しませんね」
「別に私が仲良くしたいわけではないぞ?
この手の話は文化や世代を超えてウケが良いのだ。特にワシらのような子供を作ることが仕事な家ではな」
首相は冷ややかな目で国王を見るが本人は何処吹く風だ。
女性問題が起きる度に首相が尻ぬぐいをしているためこの手の話には警戒してしまう。
「そういえば神国の元聖女には珍しく何の反応もしませんでしたね。鳴国(メイケイ皇国)のような東洋系の女性はお嫌いでしたか?」
「アレは良くない女だ。お前も人を見る目を養うために女遊びをして色々と失敗した方がいい」
国王から突然の言葉に首相は目を大きくして見返してしまう。
「アレは男を道具としてしか見ていない者の顔をしている。
女王には心酔しているようだが、それも私利私欲を満たすためだろうな」
首相は『お前も似たようなものだろう』と心の中で呟く。
「それにアレは若い頃の王妃に雰囲気がそっくりなのだ。
祖父の忠告に従っておれば今頃は違う人生を歩んでいただろう……お前も年長者の忠告には耳を傾けた方が良いぞ?」