この世界に来て三十一回目の春、フェリグス神国歴九年目。
去年は色々と忙しい年だった。
侵略者を追い出す事業は相変わらず続いている。
唯国(ユイスタイン帝国)の人口を考えるに兵士が尽きてくる頃合いだと思っていたのだが元気いっぱいだ。
どうも仲教信徒や光神信徒が唯国兵として参戦してきているようで減る気配が無い。
院国(インサル連邦)のほうは魔物化した兵士で構成された国防隊がウチに亡命してきたりしてグダグダな状況だ。
兵站が崩壊しており兵士が鉄パイプを持って突撃してくるとの報告が上がってきている。
両国とも戦争により経済が酷いことになっているはずなのに予想外の粘りを見せている。
悲惨な思いをさせることで二度と侵略する気が起きないようにする計画なのだが上手くいっている気がしない。
普通なら厭戦感が高まり反戦運動の一つでも起きて良さそうなのにその気配すらないようなんだ。
直接工作員を送り込むことができていないので情報工作ができないのがもどかしい。
だが、それもここまでだ。
私達は鳴国(メイケイ皇国)という素晴らしい国と同盟を組むことができたからな。
彼ら鳴国人は魔法は使えないが魔法に拒絶反応を示すこともない。
だからこちら側の世界で普通に暮らすこともできるし雇用もできるというわけだ。
彼らを教育すれば向こうの世界でも工作活動ができるようになるだろう。
その為にも神国は友人だと思ってもらうべく積極的に動いたんだけど頭の痛い問題が頻出した。
それもこれも未国(ミドルズ連合王国)と良好な関係を築けているという油断からよく検討もせずに民間レベルの交流を解禁してしまったせいだ。
神国人と鳴国人とは魔法の有無だけではなく死生観が大きく違うため常識や慣習が別生物のように違う。
此方の世界では乱心した人間が魔法を使って暴れる可能性があるし、街の外には捕食生物がウロウロしているし、怪我をしても魔法で即回復できるのだ。
どうしても人との付き合い方や暴力に対する考え方が根本的に違う。
常識の違う人間が一緒に生活すれば諍いがおきるのも当然だ。
そして諍いがエスカレートすれば司法機関の出番となり、その結果法律関係で色々と面倒事が起きることになる。
特に知財と犯罪者の取り扱いをすり合わせするためバリルンドの負担が一気に増して過労死しそうになっている。
こちらの世界は君主制ばかりなので特許とか何ソレ状態だし、刑罰も同じように御上の意向が強く反映される。
それでもうちの国は周辺国と比べればマシな方なんだけど周辺国に合わせている都合上緩いところが多々あるからな。
なので何か問題が起きる度に鳴国の関係者も呼んで毎月のように新しい法律を公布しているのだが現場の混乱が収まるのには時間がかかるだろう。
これは財産に対する考え方の違いからくるものだからどちらが正しいとか言えるものじゃない。
それに今まで上手くいってた所に新しいルールを持ち込むんだから反発があるのは当然だ。
本当ならこんな面倒なことはしたくないが放置しておくと経済活動に悪影響がでるし最悪殺し合いになる可能性だってある。
こっちの人間は何でも暴力で解決する傾向があるし、お金というのはその理由になりえるからな。
周辺国からは『また余計なことを』と思われているだろうが私だってしたくてしているわけじゃないんだ。
そのようなゴタゴタを除けばウチの国民と鳴国人との交流は順調に進んでいる。
こちらにやって来る鳴国人は後が無い者ばかりで必死に働くからウチの国民も同情して受け入れてくれている。
これが仲教信徒のような外国にいっても教典に書かれている正義を貫こうとする馬鹿者どもとの違いだ。
とにもかくにも私は食事に鳴国料理が出てくるようになって満足している。
周囲のものからは臭いと不評だが慣れ親しんだ調味料で味付けされた食事は心落ち着くんだよ。
「私主、機川から辞表が届いています」
モーエレンが私の目の前に直筆の封筒を出してくる。
バリルンドをミースタークに呼び寄せたことでアマレースを一人で管理させていた機川が限界にきてしまったようだ。
人員や物資の手配を優先したりして気にかけていたが予想より持ったというべきか。
「後任は決まっているのか?」
あの街はドワーフの土地でありつつ世界樹が植えられている特別な場所だ。
ドワーフとエルフのどちらにも同じ距離を取りつつ職人や学者と友好的に向き合っていかないといけない。
魔道具の工房が多いため税収も多く、それらの誘惑にも耐えられないといけないからな。
「はい。クーダルという名の神官を覚えていらっしゃいますか?」
必死で頭を巡らし思い出す。
確か天神の審問官でそんな名前の者がいたはずだが。
「そうです。今は大母(廻神のこと)の神徒となり副総督として一年ほど経ちますので実績も十分かと」
随分と前から準備はしていたようだ。
「それで機川は次に何をしたいと言っているのだ」
「一技官として鳴国に赴き文明を百年ほど進めたい……」
「却下だ。鳴国を滅ぼすつもりか?」
生まれ育った環境が恋しいのは理解するが急激な変化は歪みを生み出し未来の人間がツケを払うことになる。
叩き上げの熟練工が退職した後に、マニュアルに記載された正解しか知らない残された人間が、事故を起こす事例を沢山見てきただろうに。
「産業経済と教育技術を所管する二つの機関をつくるからどちらの長官になりたいか聞いておけ。
鳴国と積極的に関わる機会も立場も用意するから国の代表として節度ある言動を望むとな」
◇
鳴国人は他の国の人間と異なり魔法に拒絶反応を示さない。
これは魔道具を普通に使うことができることを意味する。
これまで世界になかった新しい道具のため、いきなり一般に販売されることはなくまずは鳴国軍の軍装品として導入された。
最初は蓄魔器を必要としない周囲の魔素を取り込むことで使用できる魔道具から提供され、それは瞬く間に鳴国軍人を虜にした。
すると悪い奴が私腹を肥やすために横流しをしはじめ闇市場で高値取引されるようになる。
市場に出回っている数が少ないうちは魔力波を探知することで取り締まることは可能だったが、人々を魔道具に慣れさせるためにと見逃された。
流石に銃器や通信機等はすぐさま押収され関係者は厳罰に処されたが無害な品に区分された魔道具は紛失しても叱責だけで済まされたのだ。
この目論見は見事にはまり魔道具は鳴国社会を徐々に浸食していった。
一般販売されていないはずの魔道具が珍しい物では無くなるのには、それほど時間はかからなかった。
次のターゲットとして狙われたのは暇を持て余している学生だ。
鳴国は教育に力を入れており余裕のある家庭は子供を大学に進学させるが、そういう親の命令で大学にきた学生はえてして不真面目だ。
刹那的で絶えず面白いことが無いか捜しており、注目を浴びたり羨ましがれたりする何かを欲している。
科学技術庁の長官に就任した機川はそんな彼らに目を付けた。
教育目的と称し魔道具の製作キットを販売し、その組み立て方や仕組みを懇切丁寧に指導する講座を開設したのだ。
彼女の企みは想定以上の成果を上げ、魔道具は一般家庭にも普及することになった。
電子部品を取り扱う店舗に魔道具のキットが置かれるようになり、魔改造された闇魔道具まで出回り始めた。
このようにして魔道具に魅了された鳴国は独自の道を歩み始めることになる。
他の国は神国に対抗するため科学技術の発展に力を入れたが鳴国だけは魔術と科学が混ざった技術の研究と開発に力を注ぐことになったのだ。
開発されたそれらは魔法を嫌う同世界人には売れないため、神国との関係が深まることになり世界からますます孤立することになる。
このような状況に危機感を覚え、普通の科学技術の研究開発もするべきだと警告を発する研究者もいたが耳を貸す者はいなかった。
鳴国軍が列強に対抗すべく数世代先の思想で作られた魔術兵器を制式採用しているのだから誰にも止められない。
そんな独自の発展をしつつある鳴国だが情報科学の分野だけは間違いなく両異世界で一番の技術力を持っている。
機川長官の肝いりで作られた工廠内にある秘密の研究所に世界中から集められた優秀な人材が日々計算機の研究に勤しんでいるからだ。
魔術によって純度の高い物質や真空環境が手軽に得られ、行き詰まりそうになると『的確な助言』が与えられ研究は停滞することがない。
密かに雇用され連れてこられた古エルフの化学者やドワーフの職人、機川に鍛えられた巨人の技術者も研究所に連れてこられており協力している。
毎週のように新しい発見がなされ、毎月のように革新的な試作品がお披露目される。
これらの研究開発はサイン王には伝えられず密かに進められていたが職員のちょっとした油断から明るみにでることになる。
工廠に記念式典で来ていたサイン王の前で職員が腕時計型の携帯機器を使用してしまったのだ。
皆が携帯電話を使用している時代に腕時計で通話している職員がいれば嫌でも目につく。
サイン王はすぐさま機川に事情を聞くも彼女ははぐらかすばかり。
痺れを切らした王は周囲を探査する能力を発動することで工廠の地下に多数の生物がいることを感知し、やっと機川が白状する。
そしてこの計画には宇宙に行きたいオコナーや諜報活動に使用する道具を目当てにホルムが協力していることを知り愕然とする。
もう閉鎖することが出来なくなっていることを理解した王は半導体素子を使った開発に限って許可をした。
機川は鳴国の電力事情では次の段階には進めないことを知っていたので『素直に反省した振り』をして王の決定を受け入れた。
王の公認を得たことでコソコソする必要が無くなり、研究成果を利用した兵器を開発するために工廠は大忙しとなった。
「神国の小娘はどうしておる」
古エルフの族長達が議事堂に集まりラウグ王国で起きている諸問題について話し合っている。
サイン王がこの世界に来るまでは数年に一度開催されるようなものだったが、この頃は年に数回集まるようになった。
古エルフらしからぬ事態だがサイン王から次から次へと放り投げてくる難題に対応するため頻繁に開催されるようになったのだ。
「国内外を問わず飛び回っているみたいね。あれだけ周囲を引っかき回しているのだから仕方がないことだと思うけど」
「あの壊し屋め、何がしたくて生き急いでいるのだ?
衣食住と娯楽さえあれば幸せに暮らしていけるだろうに」
「だが彼らがもたらした化学は私達に新たな希望を灯した。
いま彼らが夢中になっている計算機も暇つぶしには丁度良い。生き飽きる同胞が減り子供を持つものも増えたぞ?」
フェリグスは古エルフ社会に良くも悪くも変化を引き起こした。
古エルフのような変化を嫌う種族にとって神国は憎たらしい国ではあるが、他種族の中では一番話が通じる国でもある。
適度な関係を保てれば良いのだが、サイン王は意図してか王国を巻き込み世界を変えようとしてくる。
「あの新参者は劇毒じゃ。
賢しいふりをしているが所詮は一人の人間。独裁者がどのような末路を辿るのかよく知っているだろうに」
「私は異世界人を受け入れていることを気にしている。
人はすぐに増え、野山を畑に変え暖を取るために木々を焼き尽くすからな」
「あの小娘が提示してきた財産権というのは受け入れられん。
土地は神の所有物で自然の恵みは神からの贈り物なのだ。我々はこの世界に住まわせて貰っているという心を忘れてはならん」
ここぞとばかりに不満が噴出する。
「だがアレのおかげで異世界人のことを知れたのは大きい。我々だけで侵略者に対抗しようしたら多くの被害が出ただろう」
「そうだな。
そして奴らとは土が合わんこともハッキリした。そろそろ潮時では無いのか?」
「変化を嫌うのはわかるけどそれに適応できない種は滅びるものよ。もしかして私達だけは例外だと考えているの?」
神国を受け入れることができるものは少ない。
利害関係から同盟を組んではいるものの長命種と短命種では分かり合うことはできないのだ。
かといって同じ長命種の巨人とは宿敵関係なのだが。
「彼女は私達に数多くの素晴らしい種をくれた。
それを活かせないのは彼女のせいではないはずよ」
「わかっておる。
だが神国が我々の地位を脅かす存在になりつつあるのも事実だ。実際に連合国内で我々の意見が蔑ろにされることが多くなってきている」
サイン王は王国に成り代わることなど考えてはいないが、人は皆自分を基準に物事を考えてしまう。
実際には元々傲岸不遜な古エルフが嫌われているのと、ソケシアン帝国の諜報員による離反工作が噛み合った結果、王国が軽んじられるようになっただけなのだが。
「今のところは様子を見よう。
同盟国が力をつけるのは我々にとっても良いことだ。だがその時にはしかるべき対応をする。皆もそれでよいな?」