この世界に来て三十三回目の春、フェリグス神国歴十一年目。
相変わらず忙しい日々を過ごしている。
唯国(ユイスタイン帝国)と院国(インサル連邦)の両国を世界から追い出すことには成功した。
ただ追い詰めすぎて麦国(バイレ共和国)と同様にポータルを塞がれてしまった。
そのせいで賠償金の請求もできず無駄な時間と金を使うだけの戦争になってしまった。
個人的には超常存在からの依頼を果たすことができたので満足しているのだが、国としては一円の金にもならず一部の有力者からは嫌味を言われた。
勝手に参戦してきた義勇兵の出身国からも文句を付けられたが、ウチの最新鋭兵器を無断で持ち帰るのを黙認してやってるんだから黙っていろと言いたい。
こっちはやらなくてもいい戦後の復興支援とかに手を出してしまって忙しいんだからさ。苦情を受け付けるためだけに面会する時間も貴重なんだよ。
戦後と言えば院国の最高指導者であるハツェフ長官は処刑されたようだ。
今回の戦争は最終的に仲教が全面的に支援していたようで仲教に都合の悪い人間は戦時中に排除済みだったらしい。
そのせいで戦争に負けたにもかかわらず仲教の支持は落ちなかったどころか私を魔王とすることで一層の結束を深めている。
そこにポータルを塞いだことで魔物化する人や動物が激減したという報告が重なり、ポータルを設置したのは私のせいになっているようだ。
さすが宗教、理屈に合わないことでも強引に納得させるその力には呆れるばかりだ。
アイツラは少し神に怒られた方が良いと思う。
そしてポータルが悪魔の代物と認定されたことで未国(ミドルズ連合王国)や鳴国(メイケイ皇国)に圧力がかかるようになった。
要は『仲教とフェリグス神国のどちらにつくのか』という選択を迫ったのだ。
未国は今回の騒動で美味しい思いをしていたため周辺国から恨まれており、国内の仲教信者からの圧力もありポータルを塞ぐことになった。
国王は最後まで反対していたようだが仕方がない判断だと思う。
ただポータルを塞ぐために使用している『魔素を遮断する布』の供給が断たれることについてどう考えているのかは聞いてみたい所だ。
鳴国は魔道具が生活に溶け込んでしまっているし、元々諸外国から孤立していたため神国と運命を共にする道を選択してくれた。
仲教には肌の色から差別的な扱いをされることも多く、彼らの側についても碌な未来は無いと判断したのだろう。
ウチの部下達が軍人や学者連中と深い関係になっていたのも理由の一つだろうが。
誤算だったのは仲教が鳴国を神敵と宣言し、麦国と唯国が鳴国に難癖をつけて戦争が始まってしまったことだ。
神と対話もできずに信じているフリをしている連中は、己の正義を力で示すことが大好きなんだよ。
大声を上げながら敵を作らないと求心力を得られないことを思うと憐れとしかいいようがない。
もちろん原因をつくった私達は同盟を理由に参戦した。
相手は『魔物化の原因はポータルを作った神国にありその同盟国である鳴国も同罪だ』と遠回しに言ってきていたからな。
鳴国は仲教の信者が暴走してこのような事態になることも想定していたため迎え撃つ準備は万全だ。
ソレにウチの機川達も関わっているから戦争で苦労することは無いだろう。
問題は戦争の終わらし方だ。
相手国の後ろには私を魔王と信じて疑わない宗教組織がいるから穏便な着地ができそうにない。
このような事態になるのが嫌で国際法ができたはずなのに相手国の上層部はみな仲教信者だ。
私達に負けた恨みと聖戦という錦の御旗を掲げて悲惨な戦争になることが想像できる。
戦略級魔術を首都にぶち込んでさっさと終わらせたい気もするがソレはソレで後始末が大変そうだしな。
未国の助平爺(国王のこと)に借りを作りたくはないが少し協力して貰うことにするか。政治家や商人にとって宗教家は目障りだろうからな。
「主、少し時間が欲しいんだが……」
執務室にホルムがやってきた。
彼女には情報機関を任せておりいつも楽しそうに仕事をしているのだが、その彼女が暗い顔をして来たのだから大きな問題があったのだろう。
「何があった?
ラウグ王国で政変でもあったか?」
「知っていたのかい?
それならアタシにも教えて欲しかったんだがねえ」
ホルムが私に相談しにくるくらいだからと自分にとって嫌なことを投げかけてみたら当たったようだ。
「誰が政権を獲った?
いや、お前の顔からすると私達を良く思っていない……青森の長老あたりか?」
「その通りだよ。少し手違いがあってね。介入する暇がなかったんだよ」
私達は各地に協力者がいるのだが古エルフには友人が少ない。
距離的に離れているのもあるが彼らは昔ながらの生活に満足していて、中々中に入り込めないんだ。
「それで私達のことをどうすると言っているんだ?」
「排除すべきだと主張しているね」
「理由は?」
「鳴国と色々と物資をやりとりしているだろう?
アレが気に食わないようだよ。侵略者とどう違うのだ、と息巻いているね」
そこを突っ込まれると反論は難しいな。
創造神に無断で物資のやり取りをしていることに変わりないもんな。
「それなら仕方がないな。好きにやらせておけ」
「いいのかい?
マズイことになると思うよ?」
「走狗烹らるってやつだ。予想より早かったがな」
私達はしょせん異分子だ。
向こうが拒絶するなら無駄に抗って犠牲者を出すことも無いだろう。
ここは神がいる世界だから、その神々から不興を買ってまで抗うのは得策じゃないだろう。
「対応としては……そうだな、鳴国に亡命する準備をしておけ。
何かあったらすぐに逃げられるようにな」
「戦わずに逃げるのですか?
良策とは思えませんが……」
モーエレンが信じられないという顔で話に割り込んでくる。
彼女は頭の中で王国を滅ぼす方法を幾通りも考えていたのだろう。
「戦争になればまた世界は疲弊する。それは神々も望んではいまい」
「ですが私達を信じてついてきた者達にどう説明するのですか?
国民が暴走しかねません」
そういえばウチの国民って愛国心が強すぎるんだよな。
部下達もそれを煽っている気がするし。
「別にタダで私達が積み上げたものを渡す気はない。此方のものに手を出すからにはそれなりに嫌な思いをしてもらう」
モーエレンとホルムが意味がわからないという顔を向ける。
「今まで様々な理由で着手できずにいた人道支援や戦後復興に手を付けるぞ。
そうしてパンクしそうになったところで亡命し古エルフどもに仕事を押しつけるのだ」
二人が私のやりたいことを理解し悪い笑みを浮かべる。
「アイツラはプライドが高いからそこを突けば仕事を放り出すことはせんはずだ。双樹様もいることだしな。
異分子の私達が救おうとした者を同じ世界の住人が見捨てるのは非常に印象が悪い。慌てふためく奴らの顔を想像するだけで楽しくなるだろう?」
◇
唯国と麦国は軍事同盟を結成し鳴国に宣戦布告した。
唯麦同盟の要求は非妥協的であり鳴国の存在を全否定する内容だっため戦争で解決するしかなかったからだ。
糸を引いていた仲教は未国も含めた三カ国で攻め込むつもりであったが未国王と聖教会は神国と同盟関係である鳴国と戦うことを拒絶した。
国内の仲教信者を使い未国政府に揺さぶりをかけたがポータルの閉鎖をさせることしかできなかった。
未国のこの判断はサイン王とベルナデッタという本物の神徒を恐れたからだ。
彼女のどちからでも戦場に出てきたら兵隊達は神威に屈し、戦うどころではなくなるだろうと判断したのだ。
この未国の選択は唯国と麦国の両国には想定外の事態だった。
鳴国は島国で強力な海軍を所持しており、同じ島国である未国の海軍力を当てにしていただけに計画を練り直す事態に陥った。
両国は大陸国家で陸軍は強力なのだが、それを海を越えて送り込む輸送力が乏しいのだ。
そこで唯国は院国と密かに手を結ぶことにした。
院国は鳴国に地理的に近いため院国内を通り抜け奇襲をしかけることにしたのだ。
そしてこの奇襲作戦は悉く失敗に終わる。
鳴国の索敵能力と傍受能力は唯国の予想を大幅に上回り、防空網を突破することができなかった。
そんな鉄壁の鳴国も攻めるのは苦手で戦況は膠着している。
鳴国軍は開発資源を防衛力に極振りしたため長距離遠征する能力が著しく低いのだ。
そこに日皇が戦線拡大に難色を示したため侵攻作戦が全て凍結されてしまった。
開戦後に麦国植民地を自国領に組み込むことで戦略物資の不安がなくなり日皇が現状維持を望んだからだ。
政治家も仲教に汚染された土地など手に入れても旨味は少ないと思っており日皇の意志を尊重した。
この状況に軍部は反発したが、彼らも遙か遠くにある国に陸上戦力を送り込む手段がないので黙るしかなかった。
水面下で輸送船を開発しようとしたのだが、開発者や研究者から神と崇められつつある機川の協力が得られず苛立たしい思いをしている。
「今日も機嫌が良いようで。そんなに鳴国が持ちこたえているのが嬉しいのですか?」
ウイスキーが入ったグラスを片手に書類を読んでいる未国国王ゴードン三世に、ジャック首相が話しかける。
ポータルの封鎖が決まったときはその不機嫌さに距離を置いていたが、この頃はずっと上機嫌だ。
「当たり前ではないか。
我が国は平和で国民も平穏に暮らせている。来年の税収も楽しみだな?」
相変わらず周りの国が苦労している中、未国だけは儲けている。
首相は四方から唯麦同盟に参加しろとせっつかれ精神的に疲弊しているのだが国王は何処吹く風だ。
「聞いて欲しそうなので聞きますが。何か良いことがありましたか?」
「なに神国の女王から頼まれごとをされてな。その調べ物をしているところよ」
「この情勢でまだ彼女との付き合いが続いているのですか?
それを公言するようなことは控えて下さいよ?」
国王は世間の常識や流行に疎く失言が多い。
首相は毎回その尻ぬぐいをしており今回も嫌な予感がして身構えてしまう。
「ワシが誰と付き合おうと文句はいわせん。全ては国のためにやっていることなのだぞ?」
「それは理解しておりますとも。ただ私情を持ち込むのをもう少し控えてくれればと」
「聖教会の主教みたいなことを一々言わなくてもいい。最終的にはいつも国の為になってきただろうが」
国王は鼻を鳴らし首相はそれを諦観した表情で見ている。
「それで今度は何をしようとしているのか教えて頂いても?
私ごときでも何か協力できるかもしれません」
「ん? お前も女王の企みに一枚噛みたいというのだな?」
「個人的には1グレンも興味はありませんが私の将来に関わることなら知っておいて損はないでしょう?」
国王はニヤリとする。
「女王の話は簡単だ。唯国にいる隠れ光神教信徒に暴れてもらい仲教信徒の数を減ら……」
「待って下さい。それは宗教を使って内乱を起こさせるということですか?」
「結果的にそうなる可能性はある。
だが宗教選択の自由を謳っておきならが他宗教を排斥しているのが悪いのだ」
「仲教の勢いが増したのは『神国との仲介役になる』と言って貴方が余計なことをしたせいもあるのですよ?」
「アレは少し予想とは違う結果になったな。だが今度はうまくやれる自信があるのだ」
国王はヤル気マンマンである。
「これは結果が予想できない大事になりますよ?
唯国民は致命的に間違った選択をすることが得意なんですから」
「なに、いつか起きる問題を少し早めるだけだ。
それに我々は人々を仲違いさせ分断するのが得意だろう?
そうやって生き残ってきたのだからな」