異世界にやってきて三十四回目の春、フェリグス神国歴十二年目。
私は今、いつもの部下達と鳴国にいる。
ラウグ王国が予想通りの動きをしてきたため命の危険を感じたことを理由に亡命したのだ。
古エルフは私を排除するために入念な準備をしていたようだが、逃げ出すことは想定外だったようで始終思い通りに事が進んだ。
彼らにとって戦う力があるのに逃げるなど思いもしなかったのだろう。
国の要人達には落ち着いたら戻ってくる約束をしておいたから国内の混乱は最小限ですんでいると思う。
私の世話をしてくれている人達や魔物化してしまった元院国兵とかが付いてきたのは予想外だったが。
神国の政権は古エルフの青森派閥が引き継いだ。
初めは誰が引き継ぐかで揉めていたらしいが引き継ぎ資料の目録を見た途端に押し付け合いが始まったらしい。
最終的にはこの事態を引き起こした責任を取らされる形で青森派閥が引き継いだわけだ。
たっぷりと面倒な仕事を残しておいたし双樹様にも話を通してあるから、存分に仕事を楽しんで貰えていることだと思う。
鳴国には『善政を敷いたのに命を狙われた王』として受け入れてもらったので、何処に行っても同情され少し居心地が悪いけどな。
追い出されたことに嘘は無いが為政者の重圧から解放してくれたという思いがあって恨みなんて無いんだよ。
『大変な思いをされましたね』とか『悔しい思いをされましたね』とか言われても素直に頷けないんだ。
唯国(ユイスタイン帝国)と麦国(バイレ共和国)に院国(インサル連邦)を加えた唯麦院同盟との戦争は未だに続いている。
続いているといっても鳴国の戦力が圧倒的で戦闘行為は、ほぼ行われていない状態だ。
それもこれも仲教に仕掛けた内紛作戦がうまくいきすぎて戦争に集中できないせいだろう。
私は隠れ光神信徒と仲教信徒を対立させて指揮系統が乱れれば良いぐらいの気持ちでいたんだが、未国(ミドルズ連合王国)が大事にしやがった。
お得意の三枚舌で仲教内部を荒らしまくって各地で血で血を洗う暗殺合戦になっているらしい。
ちょくちょく未国の国王が嬉しそうに電話で報告してくるんだけど正直、止めろと言いたいぐらいだ。
仕事を頼むのはちゃんと相手を見極めないといけないと改めて思ったよ。
そしてこれが一番大きな出来事なんだが、なんと魔法に適性のある子供が生まれ始めたんだ。
もともと鳴国人は魔法を忌諱したり嫌悪したりしなかったんだが、起動に魔力を必要とする魔道具は使えなかった。
これは魔素を魔力に変換して体内に貯えることができないからなんだが、これができる子供が見つかったのだ。
機川管轄の工廠にある研究所は、機密保持の観点から人の出入が厳しく制限されているため、家族を含めて研究所内で不自由なく生活できるようにしている。
そのため職員の子供が研究所内を結構自由に歩き回っているんだが、その子供が魔力を持たないと使えない魔道具で遊んでいたんだ。
大人達は使用できない魔道具は危険と思っていなくて安心していたもんだから、その姿を見つけたときには大騒ぎになった。
この事を単純に喜んでいる人は多いが、私からすると頭の痛い問題だ。
魔法というのは若いうちから訓練する必要があるのだが、教育制度をしっかり整えておかないと死亡事故が多発することになる。
魔法を使えるか否かで人生の選択肢が大きく変わるから差別や嫉妬への対策もしておかないといけない。
そして魔法を嫌う国だと魔女狩りのようなことが起きることだろう。それを思うといまから憂鬱な気分になる。
「私主、お茶が入りました」
亡命してホテル暮らしをしているため本当に暇だ。
私をお世話をしてくれる人も一緒に来ているのだが、モーエレンも暇になりしょっちゅう私のことを構いに来る。
亡命当初は各地の有力者に挨拶するのをかねて旅行を楽しんでいたんだが、何というか落ち着かない感じがする。
世の中の情勢は刻一刻と変わりソレに介入できる力を持たされているのに、何もしないというのは時間を無駄にしているような気分になる。
「休暇には飽きましたか?」
モーエレンが楽しそうな顔をして私に問いかけてくる。
「皆が働いているのに自分だけ何もしていないというのはな。どうも居心地が悪い」
「今までがおかしかったのです。最初のフェリグス国でも最後は何もしてはいませんでしたよ」
モーエレンはゲームの中での事を話しているのだろう。
ゲームの世界じゃ一旦軌道に乗ってしまえば後は何もすることが無くなるからな。
「あの時は世界が停滞していたからな。やることが無くなれば暇にもなる」
「ここは違うと?」
「魔法が使える子供が現れ始めただろう?
常識が変わると世界は荒れるからな」
きっと沢山の人が理不尽に殺されることになるだろう。
神が降臨し好き勝手している聖職者が減れば少しは違うと思うのだが、何故かこっちの世界の神々とは連絡が取れない。
少なくともポータルを開いた超常存在がいるわけだし、鳴国にも土地に根付いた神がいると思うんだよ。
向こうの世界と同じように、もう少し世界に関わる必要があるのかもしれないな。
「そうでしたら迫害されるであろう人々を保護する場所を作られては如何でしょう。
幸い私達は戦争中ですから奪える土地は選り取り見取りです」
モーエレンがさらっと過激な提案をしてくる。
彼女をマジマジと見ると微笑みを向けられる。
「流石にそれは問題になる。鳴国の日皇は平和主義者なのだぞ」
「それならば適当な勢力を支援し独立させるとか如何ですか。反体制組織は捜せばいくらでもいるでしょうから」
それをやりすぎてテロ合戦になった世界を知っているからやりたくないな。
「この世界に腰を落ち着けるつもりなのですか?
神々とも接触できませんし将来のことなど考えなくても宜しいのでは?」
確かにどっちの世界が良いかと言われれば神々がいる世界のほうが私にとっては居心地がいい。
それに長命種がいない世界だと『寿命がほぼ無い』私は異質すぎて退治されるか実験動物にされかねないしな。
「既に私主は魔王で私達は魔王軍と認定されているのです。とても話し合いで解決できるとは思えません」
モーエレンが淡々と私を諭すように話しかけてくる。
「私達もそろそろ大きな目標が欲しいのです。
なじられ、貶められるのを我慢するのにも限界が来ています。貴方のもとにいる強者(つわもの)は、貴方が何かを成すのを見たいから側にいるのを忘れてはいけませんよ」
◇
サイン王は決断した。
育ての親であるモーエレンと話すことで自分のやりたいことを思い出したのだ。
それは自分とその仲間、庇護下にある者達が安心して暮らせる場所を作ること。
敵対的な相手には暴力でもって身の程をわからせる必要があることを。
決断してからの行動は早い。
敵対勢力を政治的に封じ込めるため国際機関の設立と重要航路の要衝を押さえるべく計画を練る。
もちろん鳴国や未国など友好的もしくは中立的な国を巻き込んでの計画だ。
まずは有力者の取り込み。
魔法のない世界では再生医療に限界があるが魔法なら生まれつき不自由な体すら健常者と同じ状態にすることすらできる。
魔法を忌み嫌っている人々も『美と健康』の前には魂すら売り渡すのだ。
それら健康信者たちに機川が持つ魔術と科学を融合させたアンチエイジング医療が提供される。
その未来技術の成果は資産家を魅了しフェリグス神国の支持を絶大なものにする。
何せ機川の若さと健康に対する拘りは体の一部を機械化するぐらい常軌を逸したものだ。
定期的に貴金属を摂取しないといけないという代償があるが資産家にとってそれはデメリットにならない。
この美と健康による懐柔策に抗えるものなどおらず貴族や資産家でサイン王を魔王と呼ぶ者はいなくなる。
ついでに機川のもとには資金援助の申し出が殺到し、各国から野心的だが優秀な人材が集まるようになった。
各国の有力者とコネができたことにより神国の発言力と影響力も増す。
未国の協力の下、麦国植民地にあるエンメ運河と呼ばれる要衝とその一帯を宴国(エンメ共和国)として独立させ神国の保護国にしてしまう。
麦国も黙って見ていたわけではなく現地の犯罪組織を使い妨害しようとしたがその企みはエーリカ一人に鎮圧される。
この地域は生ける屍(いわゆるゾンビ)の本場であり、死者を操るエーリカはたとえ死んでも逆らってはいけない存在なのだ。
どんな恐れ知らずの乱暴者でもエーリカの死兵の前では赤子のように震え上がり許しを請う。
小さい頃から刷り込まれた動き出す死者への恐怖は魔法への嫌悪感を上回り、全ての犯罪組織は死の女王の前に頭を垂れることになったのだ。
このようにして上流階級と犯罪者集団を取り込んだ神国は大した障害もなく宴国を保護国として手に入れた。
麦国と同盟を組んでいる唯国や院国は抗議したがその他の国は神国の行動を黙認し、宴国周辺の植民地に住む住民からは羨ましがれることになった。
「さて、これからが本番ですよ」
キュネルが楽しそうに話しかける。
目の前には目元を緩ませたモーエレンと無表情のオコナーが座っている。
「私達の王を魔王ごときと同列に扱った輩は根絶やしにしないといけませんからね」
「その気概は買うけど本当に根絶やしにしてはダメよ?」
モーエレンの言葉にキュネルは不思議そうな顔を向ける。
「仲教を潰しても新たな敵が出てくるだけ。
それならよく知っている相手の方が計画を立てやすいと思わない?」
「自分達の主張を神の名を借りて喧伝する輩は生かしておいても良いことは無いと思いますよ?
首都が蟲まみれになったこともすぐに忘れるような輩ですからね」
「貴方はいつもやり過ぎるのよ。それだと神からの心証が良くないの。身の程をわからす程度にして欲しいわね」
キュネルは『身の程をですか』と呟きながら考え込んでいる。
「それよりこの場所で良かったのか未だに疑問なのだが。ここは鳴国より麦国の方が近いだろう。守り切れるのか?」
「既に機川は動いているし鉄崎には宴国軍の再教育をしてもらっているわ。
いざとなったら戦略級魔術の使用許可も出ているから最悪の事態にはならないはずよ」
モーエレンがオコナーの疑問に答えるも彼は納得していないような顔をしている。
「その心配する気持ちわかりますよ。
この国の人間は奴隷同然の境遇に慣れすぎて『自由』に慣れていませんからね。神国の友人としては頼りなさ過ぎるのでしょう?」
「そこは国外に逃げ出していた優秀な人間が戻ってくることに期待するしかないわね。現場指揮官が足りないのは……時間をかけて教育していくしかないでしょう」
「何をするにも教育水準が低すぎて遅々として進まん。読み書きすら満足にできないのだぞ?」
「そこは変な思想に染まってないと考えることもできますね。キチンと躾ければ私達の教えたことを道理として刷り込めますよ」
感情の薄いオコナーが珍しく苛立っているのは計画通りに物事が進まないからだ。
「それに此処は鳴国よりロケットの打ち上げに適しているのでしょう?
人間は本当に面白い物を作りますよね」
「アレは素晴らしいものだ。仕事がなければ私も宇宙にいきたいのだが……」
オコナーは宇宙が大好きだ。
期待を込めた目をモーエレンに向けるが首を横に振られてしまう。
「衛星測位システムの構築が優先されているの。
有人宇宙飛行の計画はあるからその時を楽しみにしていてちょうだい」
「それは理解している。
だがあの使いもしない大戦艦より優先度が低いと言われるとな。王は彼女(機川のこと)に甘すぎるとは思わないか?」
「私も色々と思う事はあるのだけど……暫くは好きにさせるしか無いわ」
機川は各国から集められた研究者や技術者の面倒を見ているだけではなく宴国の防衛計画などの策定にも絡んでいる。
寝る間も無くなるぐらい仕事が彼女に集中しているため絶えず殺気立っており今の彼女に逆らえる者はいないのだ。
「ところで新しい転移門の設置はできそうですか?」
「設置はできるがアレの使用には大量の魔力が必要だ。旧式のように常時稼働することはできんぞ?」
「アレがあるという事実だけで十分なんですよ。まともな人間なら無視できないでしょう?」
今までの転移門は空間内の物体を瞬間移動させることしかできなかったが、ポータルの技術を参考に開発された新しい転移門は門同士を繋ぐ。
枠に囲まれた領域が相手先と繋がるために発動中は人を含めて自由に行き来できるのだ。
ただし魔力消費が膨大になってしまったために数十秒しか稼働できないし異世界間の行き来もできない。
あらゆる面でポータルの劣化版なのだが自分達が好きな場所に設置出来るという点は何ものにも代えがたい利点だ。
「それに設置するとなると機川の協力が必要になってくるぞ?」
「そこについては心配していませんよ。
調整などの面倒事は私が全て受け持ちますし、鳴国と宴国が繋がれば向こうの優秀な人間を持って来やすくなりますからね」
モーエレンは金銭的な心配をしているが何も言わない。
「それとモーエレンさんには追加の予算を申請したいのですが。
オコナーさんから借りた本に書いてあった傭兵の使い方を実戦してみたいのですよ」
「個人的な実験は自分の資産を使って欲しいのだけど」
「それでも構わないのですが現場はより悲惨なことになりますよ?
公金を使用すれば報告の義務が生じますからね」
モーエレンは苦々しい顔をしながらキュネルの『お願い』を受け入れる。
「あくどいことをするなと王から言われているのを忘れていないだろうな?」
「私達がするわけではありません。
仲教同盟に敵対している組織に傭兵の使い方を教えて差し上げるだけです」
キュネルは楽しそうに計画を話すも二人は白い目を向けるだけだ。
「軍事作戦を完了したら支払い拒否して現地で暴れさせるとか人間も酷いことを思いつきますよね?
私もまだまだ人間観察が足りないと痛感しましたよ。まさに悪魔の所行というやつですね」