サイン王の中の人は頼まれたら断れない人間だ。
そのせいで本家から世話役を仰せつかり親戚連中の揉め事を仲裁したり愚痴を聞いたりしていた。
中途半端に優秀だったせいで何か突き抜けたものを持たず、万人と話を合わせられる性格を見抜かれたためだ。
世話役の仕事は苦労の連続だがメリットもある。
親戚どころか地域に住まう住民に顔が知られているため何をするにしても皆が好意的に接してくれるし、何より野菜などの差し入れで食費が殆どかからない。
特に高齢者とは家電の修理や購入相談などで接する機会も多く、そんな彼らは普段世話にっているからと困った時には積極的に動いてくれるのだ。
そのような環境で育ったためサイン王は人と積極的に関わることが大事だと考えており部下にもそれを強要している。
特に『人から喜ばれたりするような仕事をしろ』と口酸っぱく言い続け、それを実践させるため会社を経営させている。
これには自分達の国民が普段何を考えて生活しているのかを肌で感じさせ見識を広げさせる狙いもある。
それと小遣いは自分で稼がせ、国が滅びた際には食い扶持に困らないようにさせるためでもある。
このような事情からフェリグス神国には表向き民間企業なのだが、ほほ国営企業みたいな会社がいくつもある。
そのことを知らない新参者が、それらの会社にちょっかいをかけて手痛いしっぺ返しをくらうのはよくあることだ。
何せサイン王の部下達はいざという時に協力し合い、敵に対しては断固たる態度を取るのだから。
「アカネさん、閣下からの許可はとれましたか?」
ここはサイン王と鉄崎の両名が落ち着いて食事ができる場所として建てた料亭だ。
その料亭にキュネル、アカネ、ベルナデッタの三名が集まって悪巧みをしている。
「ええ、『困窮する人々を救うのは悪い事では無い』との言葉とともに予算も貰えたわ。
そっちのほうはどうなの?」
「機川さんに図面は引いて貰いましたしホルムさんには建築資材や人員の手配をお願いしています。
他にも皆さんの会社で従業員の募集をしていますが、閣下の許可が頂けたのでしたらすぐに集まるでしょうね。ベルナデッタさんはいかがですか?」
キュネルは宴国(エンメ共和国)に救済院をつくるつもりだ。
建て前は『孤児や寡婦などの生活困窮者へ自立支援を行う』としているが、もちろん本当の狙いは別の所にある。
それは神のいない世界に『本物の神』の強い影響下にある場所をつくることだ。
これで廻神の神徒は神のいない世界でも大きな力が使えるようになる。
部外者が自衛のために仕方が無く力を使うのではなく、自分のテリトリーで自由に力を使えるようになるわけだ。
もちろんデメリットもあるのだが此方の世界では廻神に文句を言ってくる存在がいないため、それらは殆ど無視できる。
「常駐させる人はいつでも手配できますが本当に良いのですか?」
「閣下は此方の世界を獲ると腹を括られたのです。その意図を汲み取り行動することこそ出来る部下というものでは無いですか?」
「獲るとは一言も言っていませんよ」
「人は異物を嫌いますから最終的には力尽くで認めさせる事態になります。その時に武力では無く、神の威光を使うほうが平和的に物事を進められると思いませんか?」
「この世界と大母(廻神のこと)の結びつきが深まることであの子の負担は増えますよ?
そのことについては、どう考えているのですか?」
「閣下は異世界からの訪問者として、この世界の管理者に相当する存在から、既に目を付けられているはずです。
ならば力を存分に使えるようにしておくほうが良いでしょう?」
キュネルの返答にベルナデッタは深く頷く。
「それで貴方たちは何処までやるつもりなのですか?」
「主目的は『困窮者の救済』ですので現地の人間では解決が難しい問題について手助けをして欲しいのです。
具体的には母体の死亡率改善と性病や疫病の治療などです」
「それだけですか?」
「いくつか会社を作る必要があるのですがベルナデッタさんにお願いするのはそれぐらいです。あまり手厚くすると依存されますし、種としての力が弱くなってしまいますからね」
そこにアカネが割り込む。
「ベルナデッタ様、一つお願いがあります」
「何でしょう。アカネさん」
「向こうの世界にあります合祀殿を此方でも建てることは可能でしょうか?
祈りを捧げる場所が欲しいとの要望が多くの国民から届いているのです」
「神は自分が属する世界に縛られています。例え祠を建てたとしても祈りは届きませんよ?」
「大母や誘女様はその制約に縛られていません。何とかできませんか?」
ベルナデッタは困った顔をして、キュネルはその様子を面白そうに眺めている。
「あの子がお願いすれば大母は此方の世界にいる信徒の祈りを向こうの世界の神へ届ける仲介をしてくれるでしょう。ですが、それはあの子の負担が更に増えることを意味するのですよ?」
「閣下ならば二つ返事で引き受けるでしょう?」
「それは出来る部下の行動としてはどうなのでしょうね?
あの子は既に多くの物を背負っているのですよ」
「閣下と廻神の関係が深まることは個人的には喜ばしいことなのでは?」
「反対ですよ。
廻神の契女としては喜ばしいことですが個人的には……もう少し穏やかな生活を選んで欲しいと思っています」
キュネルは勘違いしていたことに頭を下げ、ベルナデッタはそれを受け入れる。
そしてアカネは自分が余計な事をしでかしたことに気がつき後悔する。
「アカネさん、閣下は仕事を増やされたぐらいで怒りませんよ。多少文句を言われるかもしれませんが、それで評価が下がったりすることはありません」
「貴方は少し自重することを覚えて下さい。またあの子は倒れてしまいますよ」
キュネルはベルナデッタの苦言をニヤリと笑い受け流す。
「舞台は開幕したのです。ならばより良い役を演じられるように手配するのが私達の役目でしょう」
「急いては事を仕損ずる、という言葉があるそうですね」
「言ったもん勝ち、やったもん勝ちの世界で大人しくしていたら損な役回りばかりくることになります。
私は閣下にそんな思いをして欲しくはありません。閣下こそが主人公なんですよ?」