私はハンマーヒルという名のドワーフの街にいる。
ファロスヒルの蟲たちが数を頼りに山を掘り進んでいたら偶然見つけたらしい。
ドワーフ達は私達も遭遇した魔物達に苦しめられていたらしく、此方が食料と武力を提供することで街への逗留を認めてくれたとモーエレンから報告を受けた。
念願のこの世界の神とも連絡が取れた。まだこの地域の土地神とドワーフの槌神だけだが死兵を利用できる許可を貰えたので戦略の幅が広がった。
この世界のドワーフは閉鎖的な種族らしく、保護している女子供達は彼らを見て随分と興奮していたな。
ドワーフ達も人間を見るのは久しぶりのようで初めは警戒していたが、遺品を渡したら凄く感謝され警戒感も薄れたようだ。
今では互いに仲良くやってくれているようなので安心していられる。
心配なのは槌神の信徒達が怯えているように見えるのと、機川がドワーフ達の工房に入り浸っていることだ。
信徒達が怯えているのは誘女あたりが脅かしたのだろうが、こればっかりは優しく見守りつつ問題が起きないことを祈るしかできない。
問題は機川だ。
彼女はこの世界に来たときから『研究所兼工房を失ったせいで満足に道具をつくれない』と愚痴をこぼしていた。
そんな彼女の前に原始的とはいえ金属加工ができる工房があるとなったらどうなるか。そりゃあ喜々として飛びつくだろう?
彼女はこの街に到着して早々にオコナーを引き摺って工房へ直行した。完全記憶を持っているオコナーは理科年表の代わりなんだそうだ。
ドワーフ達は種族的に根っからの職人なので機械マニアの彼女とは非常に相性がいい。いや、良すぎる。
言葉は通じないのに図面とボディランゲージで意思疎通をしている。
私達が快適に過ごすための知識や技術を披露するのは構わないが……技術者に自重を求めるのは難しいだろうな。
「機川の好きにさせておいて良いのですか?」
私の心を読んだようにモーエレンが話しかけてくる。
この頃はオコナーの代わりに私の側にいることが多いんだが、何かと私に声を掛けてくる。
彼女は昔から私の世話を焼きたがるんだ。たぶん私は未だに彼女の娘扱いなんだろう。
「アイツに止めろと言ったところで裏でやり続けるだけで意味が無い。
ただオコナーを占有されるのは少しまずいかもしれん」
「ええ、侵攻作戦を実施するなら彼の力が必要になります。
この場所の防衛力を高めるのにも彼がいるなら時間を短縮できます」
「機川に三日後にはオコナーを解放するように伝えておけ。
十中八九文句を言ってくると思うが、言ってきたら書類作業で手伝って欲しいことがあると言ってやれ」
「彼女にできるような書類作業なんてありましたか?」
「この世界の単位系を整理したり、技術交流をするための資料作成とかだ。
近い将来必要になることはアイツも理解しているはずだがアイツは人に分かりやすい文章を書くのが苦手だからな」
機川の嫌がる顔を想像したのかモーエレンは楽しそうに笑う。
「ところで魔物達の巣は見つかったか?」
「残念ながら見つけることがでてきおりません。
巣だったと思わしき場所は見つけましたが」
頭を下げて申し訳なさそうにしているが手でとどめる。
「予定通りに事が進まないだけで責めるつもりは無い。
やることが山積みなんだ。全てが予定通りにいくとは思っていない」
「そうはいいますが進捗は芳しくありません」
「慌てることは無い。
着実に地盤を固めていけば良い」
ふと心配になったので念を押しておくか。
「なるべく戦いを避け友好的に進めるのだぞ?」
◇
広間は絶望に支配されていた。
床は泥や汚物が放置され、血と吐瀉物の臭いが充満している。
騎士やその家族であろう者達が身を寄せ合い、呻き声や啜り泣く声が聞こえる。
部屋奥の高台に備え付けられた玉座には王とその家族が憔悴した顔で塞ぎ込んでいる。
金属で補強された大扉が勢いよく開かれると仮面を被った男と異形の怪物が部屋に入ってくる。
仮面のせいで男の表情はわからないが一歩ずつ確かめるように玉座に向かって歩いて行く。
男のすぐ後ろを異形の怪物がペタリペタリと足音をさせてついていく。
「俺の勝ちだ」
仮面男が広間の人々に淡々と宣言する。
異形は周囲の反応を興味深そうに見渡し、目が合った人は慌てて目を逸らす。
「お前の望みは何なのだ」
王が憎しみの表情を浮かべつつ仮面男に問いかける。
「ドワーフとの交易を即刻中止しろ」
「ドワーフとの交易は我々にとって重要な外貨獲得手段なのだ。
いきなり止めろと言われて止められるわけがなかろう」
「そっちの都合など知らん。
今すぐ滅ぼしてもいいんだぞ?」
「何が目的なのだ。
何故こんな酷いことをする」
「お前達が知る必要は無い。
俺の言うことを聞いていればいいんだ」
仮面男は言うことだけ言って部屋を出て行こうとするが、ふと思い出したように付け加える。
「もし違えるならば国境の関所に俺の兵隊が常駐することになる。
俺はお前達が死のうが生きようがどっちでも良いんだ。
俺の仕事を増やすなよ?」
◇
ドワーフ達が円卓に座り意見を交わしている。
飾り気は無いが細部まで気を配って作られたであろう大きな石造りの円卓と椅子。
それぞれが立派な髭を貯え、着ているものは鎧や服などバラバラだがどれも上質なもの。
この部屋にいるドワーフはこの国の上流階級に属する者達なのだろうと察せられる服装をしている。
「ヤレレリアン王国とタユルト国のどちらでも良い、何か進展はあったか?」
「両国とも輸出入の禁止を一方的に通告してきてから何の進展も無い。
仮に再開されたとしても土砂崩れで街道が使い物ならんから輸出入はできんがな」
「理由は分かったのか?」
「わからん。
外交官とやらを少し脅してみたが、あやつらも混乱しておった。
戦争でも始める気かの?」
「物流を止めて相手に警戒させてから戦争じゃと?」
「名目も大義も無いじゃろ。
それで戦争を始めるのか?」
複数のドワーフが『あり得ない』と呟きながら首を振る。
「土砂崩れは何とかなりそうなのか?」
「作業員を送ったが全てが行方不明になりおった。
何らかの危険が潜んでいるのだろうが全く分からぬ」
「ドラゴンが活動期になったのかもしれぬな」
「そのような痕跡は見つかっておらんぞ」
「我々の街を滅ぼして回っている魔物がいるらしいではないか。
そやつらでは無いのか?」
「現状ではどんな可能性でもあるの。
だが確証を得られるものは何一つ無いのが現状じゃ」
「誰が相手でも、何が原因でもなんでも良い。
とにかく秋までには何とかしないと酷いことになるぞ!」
鉄でできた質素な王冠を被ったドワーフが声を上げて叫ぶも周囲のドワーフ達に『言わなくても分かっている』という顔で見られる。
「そういえばハンマーヒルに変わった人間がいるらしいの。
フェリグス国の王を名乗っているとか」
「我々を殺し回っている魔物を撃退した集団のことじゃな。
その後も街に残って職人達を守ってくれているようじゃが」
「何でも凄い冶金技術を持っておるらしいぞ。
現地の工房長が興奮して報告してきおった」
「その報告書はワシも読んだが。
現物を見るまで信じられぬのう」
「ワシらに会いたいと言っておるようだがどうするかの?」
「妖しい奴らじゃが礼はせねばならぬだろう。
なにせ同胞の仇を討ってくれた相手なのだからな」
「神殿の女共は関わりたくないと言っておった。
理由は教えて貰えなかったがな」
「嫌な感じじゃのう」
王冠を被ったドワーフに皆の視線が集まる。
「何故ワシが代表の時にこんなことが起こるのだ」
王冠は皆の視線を受けて愚痴がこぼれてしまったようがだ意を決して宣言する。
「恩に報いねば槌神に見捨てられてしまいかねぬ。
直ぐにでも面会の手はずを整えるとしよう。
それでよいな」
◇
客が疎らな酒場で二人の女性が食事をしている。
一人はショートヘアの中性的な顔立ちの女性。紺色の法服に似たローブを纏っておりシルバーブロンドの髪が映える。
もう一方は野性味のある顔立ちの大女。何もかもが大きくて立派。肩まである癖毛を時折うざそうにかき上げている。
机の上には大量の料理が並べられ、それを大女が流し込むように消費していく。
法服の女は目の前の有様など見えないかのように行儀良く食事をしている。
周囲の商人達は好奇の目を向けつつも大女が軍服を着ているのを見て話しかけるのを諦める。
軍服と法服を着た人間に自分から関わりたいと思う人間は滅多にいないだろう。
「もう少し落ち着いて食べられないの?
周りの視線が恥ずかしいんだけど」
「はっ、久しぶりに人間らしい食事なんだ。
好きにさせろよ」
「貴方の行動を見て、私達が評価されるの。
貴方が粗野という評価をされるのは構わないけど、我が君まで粗野と評価されるのは嫌なのよ」
「アタイは武人だ。武人に上品さを求めないでくれよ。
それにボスなら『侮りは隙に繋がる』とか言いそうだろ?」
「私が嫌なのよ。
目の前でそんな態度を取られたら我慢できそうに無いわ」
「やめろよな。
平和的にと言われただろ」
二人の女はサインの部下だ。
法服の女がヤットルッド・バリルンドで、大女がリジョと言う。
二人はバザ大公国の国境にある関所にできた街にきている。
「それにしても普通、国境の街っていったらもっと賑やかなもんじゃないかい?
何でみんな元気がねーんだ?」
「物流が止まったからよ。
おかげで私達は潤ったわ」
「ボスが言ってた『規制と禁制は商売の種』ってやつか。
でもぼったくりすぎじゃねーのか?
欲をかきすぎると自滅する、とも言っていただろ?」
「この野菜美味しいわね。
種は売っているかしら」
「アタイの話を聞けよ」
「聞いているわ。
でも私達はお金が必要なの。
足場を固めるためにね。
それに相手は選んでいるつもりよ。
悪意には悪意を、誠意には誠意ってやつよ」
バリルンドが心外そうな顔をするがリジョは嫌そうな顔をしながら目の前の肉を口の中に放り込んでいく。
「ところで帰りはどうすんだ。
コンテナに入る量は限られているんだろ?」
「人を雇おうかと思ってるわ。
予定より儲けられたから資金に余裕があるのよ」
「アタイ一人だけじゃ守れる人数に限りがあるのはわかってるか?
コンテナもアタイが持つんだろ?」
「ファロスヒルに蟲達を派遣して貰うつもり。
かなりの数が孵化しているらしいから」
「うげ、アレ苦手なんだけど」
「私だって生理的に無理よ。
でも役に立つし彼女も喜んで来てくれるわ。
貴方と同じで戦うことが大好きだもの」
「アレと同じにするのは勘弁してくれよ。
アタイは強い奴と戦うのが好き。アレは戦うのが好き。
大きな違いだ」
「悪かったわ。
でも文官の私には少し理解するのが難しいわね」
リジョが口を尖らせて抗議するがバリルンドは悪びれもせず答える。
「それよりも。
そろそろ食事を終わらせてちょうだい。
拠点に戻る準備をしたいの」
「げっ、風呂と酒がまだなんだけど」
「ボンクラ領主のせいで此処に長居しすぎなのよ。
酒は買ってあげるから我慢してちょうだい」
「その言葉忘れるなよ。
あと子供達のお土産もいいかい?」
「そうね。
ずっと洞窟に閉じ込めているから何か気が晴れるようなものがいいわ。
でも子供達に酒は駄目よ」
リジョは食事のピッチを上げ掃除機のように食い物が消えていく。
それを眉をひそめて見つつ自分は上品に食事を終わらすバリルンド。
しばらくして食事を終え支払いを済ませて出て行く二人。
店内の商人達は声を掛けるか悩んでいたが、結局は行動を移さず自分たちの不幸を嘆くのみ。
「さて困窮した人々に救いの手を差し伸べにいきましょう。
きっと良い商売ができるはずよ」