異世界にやってきて三十六回目の春、フェリグス神国歴十四年目。
唯麦院同盟との戦争は相変わらず続いており私はまだ神のいない世界にいる。
それもこれも私達に侵略し占領するだけの戦力がないからだ。
住民を追い出して向こうから移住者を呼び込めば占領もできるがソレをやると私が侵略者になってしまう。
部下達は不満のようだがソレをやると超常存在が私を退治する人間を差し向けてきそうだからどうしても尻込みしてしまう。
せめて休戦させるために相手国民の厭戦気分を高めようと海上封鎖をしたり軍事施設を潰したりしているが一向に根を上げない。
やはり宗教が絡むと意固地になるのは私が生まれ育った世界と同じようだ。
宗教指導者のエゴで苦しむ人々を見ていると憐れだと思うが、だからといって手心を加えるとアイツら調子に乗るんだよな。
今も魔力を持つ子供が生まれるのも、人々が魔物化するのも、悪い事は全て魔王たる私のせいにして、私を討滅すれば全ての問題が解決すると吹聴していやがる。
抗議しても聞きやしないし鳴国と神国の離反工作も活発になってきて私にとって仲教は害虫そのものだ。
向こう側の世界で政権交代したフェリグス神国は未だにドタバタしている。
ノウハウがある私達ですら、いつも綱渡り的な運営をしてたから短命種の事を理解できない古エルフはさぞ苦労しているだろう。
それでも破綻せずに国を回しているようだから、私が戻れるようになった頃には居場所が無くなっているのかもしれないな。
宴国(エンメ共和国)は隣接した植民地を解放し吸収しながら勢力を拡大し領土を増やしていっている。
予定にない未国(ミドルズ連合王国)の植民地も解放してしまい抗議されたが私にも止められなかったんだ。
多くの少数民族が押し込められていた土地だから部族対立とかで苦労すると思ってたんだけどソレが無かったから急拡大したんだ。
死の女王ことエーリカが反体制勢力をことごとく潰したり改心させた結果なんだが、本当に変なところで頑張るんだよな。
被害者が少なかったことは非常に評価しているが、現地民が私をエーリカより畏れ敬うようになって困っている。
鳴国(メイケイ皇国)は順調に魔法と科学のハイブリッド国家として成長していっている。
魔力を蓄えられる子供用の学習指導要綱もできあがり魔術学校を開校するための準備もすんでいる。
問題と言えば野良妖怪の目撃情報が報告され始めたことだろうか。
各地の心霊スポットと呼ばれる場所に『本物』が現れ始め、不幸な事故も起きているとの報告が上がってきているんだ。
予想と違うのは未だにこっちの世界の神と連絡がつかないことだ。
世界に魔素が行き渡り魔物ならぬ妖怪も出現し始めたから、そろそろ神との交流もできると思ったんだけどな。
一般人が魔術を使えるようになったら神という『権威』は公序良俗の維持に必要だと考えているんだけど、うまくいかないもんだ。
「私主、鳴国の日皇から救援依頼が届いております」
私はいま民間貨物船に偽装した軍艦にのって世界中を回遊している。
機川のストレス解消の一環として最先端技術と魔術を惜しげも無く費やされて作られたコレはOPすぎて他の人に使わせられなかったためだ。
「救援? 同盟軍が新兵器か何かでも繰り出してきたのか?」
「いいえ、そうではありません。鳴国が解放し自国に取り込んだ地域に魔物が出没しはじめ住民が虐殺されているようなのです」
詳しく話を聞くと鳴国は私達に状況調査と逃げ延びた人々を救助して鳴国まで届けて欲しいとのこと。
現地の戦力では守るのが精一杯で対応できないのだそうだ。
「あの海域には麦国(バイレ共和国)とかの軍がいるだろう。魔物に対処するならば協力してくれるのではないか?」
「私達が海上封鎖してからは引き揚げております」
そうだった。
仲教が民間船を装い頻繁に攻撃してくるから特定国の船舶以外は通行できないようにしてやったんだった。
「新たなポータルが出現している可能性が高く、魔物退治も得意な私達に助けて欲しいと」
確かに彼方の世界には透明化する魔物とかもいるからな。
魔法が使えない人間にアレの処分をさせるのは酷だろう。
「そして、もしポータルがあるならば私達に管理して欲しいとも」
きっと未国や院国(インサル連邦)がポータルを塞いだことでその替わりが現れたのだろうな。
私達が見つけていないだけで他にもありそうだ。
ホント超常存在のやることはよくわからんな。
「閣下、緊急事態ですよ」
私とモーエレンがいる部屋にキュネルが予兆無く突然現れた。
本人はまったく気にしていないが、モーエレンは厳しい目を向ける。
「どのような手段を用いたのかは不明ですが鳴国の首都が壊滅し一面焼け野原になりましたよ」
「日皇は?」
「御所は私達が施した防護結界により無事でしたな。中がどうなっているかまでは確認はしていませんが」
厄介なことになった。
日皇は不可侵の権威者であり彼に何かあれば鳴国民が暴走する可能性がある。
「私達はどう動きますかね?」
「まずは日皇の無事を確認することだ。鳴国民が自暴自棄にならなければ良いが」
キュネルは頷き顔を上げると真面目な顔をして私に語りかけてくる。
「それはそれとしてこの件は下劣な仲教を滅ぼす良い口実になると思いませんか?」
キュネルの言葉にモーエレンも同調している。
仲教の仕業とはまだ決まったわけではないのにな。
「これは唯麦院同盟に攻め込む絶好の機会といえます。
閣下は自らが侵略者になることを心配されているようですが私達は鳴国の復讐に手を貸すだけです。仲教の発言力さえ奪えばこの世界の人々とも仲良くなれると思いますよ?」
◇
鳴国の首都が壊滅した報せは瞬く間に世界中へ広まった。
仲教自ら『神の怒り』と称し『正義の鉄槌が下された』と喧伝したためである。
仲教上層部はこれにより戦争が終わると信じていた。
唯麦院同盟の国民は長引く戦争に嫌気が差しており仲教が必死に継戦を訴えている状態、そしてそれは鳴国も同じだと考えていたのだ。
日皇さえ始末できれば鳴国民は降伏し戦争に勝てると信じて疑っていなかった。
だが実際には日皇が戦線の拡大に消極的で、政府や鳴国民は同盟に憎しみを募らせていた。
日皇を侮辱し自分達の価値観を押しつけてくる仲教信徒に『目に物見せる』機会を伺っていた。
だからこの事態に鳴国民は憤激しタガが外れた。
神国の魔法により何とか一命を取り留めたものの日皇が病室から出られない体になってしまったことに『仇討ちすべし』と挙国一致してしまった。
すぐさま国内にいた数少ない仲教信徒は私刑されてしまう。
院国との国境にいた軍は直ちに院国内に侵略を開始し、仲教信徒を虐殺し始める。
サイン王がその惨状を知り密かに院国人を逃がす工作をするまでに数万人の犠牲者を出すことになった。
鳴国海軍も陸軍に負けじと麦国領海に侵略し麦国沿岸部の街々を砲撃しはじめる。
神国が教えていないはずの転移門を各地に設置し麦国内を荒し始める。
サイン王が内々に同盟首脳陣と連絡を取り、仲教指導部の要人を生け贄として鳴国に引き渡すまでその報復は止まることはなかった。
この暴徒となった鳴国人に仲教教皇は恐怖し、周囲からの説得に応じて停戦することに同意する。
未国の聖教会はこの混乱に乗じて仲教内部の主導権を奪取し、未国の仲介のもと三年続いた戦争は終わることになる。
そして院国と麦国は多くの国民の命と領土を失い、唯一領土を失わなかった唯国は何故か両国から恨まれることになった。
戦争は終わり鳴国は新たな領土を手に入れることになったが、まずは灰燼に帰した首都の復興を急ぎ行わなくてはならない。
院国から奪った領土は海を隔てているとはいえ隣接地域なので使いようがあるが、麦国から奪った領土は遠く離れているため使い勝手が悪い。
だから麦国に売却を持ちかけるも麦国大統領はコレを拒否した。
大統領は数年もすれば統治も出来ずに手放すことになるだろうと判断したからである。
鳴国も麦国の思惑は百も承知しておりせっかく手に入れた領土を無駄にするもの癪だと考えサイン王に売却を持ちかける。
サイン王は始め拒否したのだが、彼女と懇意になりたい有力者とキュネルと元聖女が密かに手を組んで話を強引にまとめてしまう。
最終的にはサイン王も周りの情熱に流され、タダ同然のような値段で売り払われることになる。
麦国や転移門が商売の邪魔になる勢力が抵抗したが全て徒労に終わり、新たにフェリグス王国が建国されることになった。
フェリグス王国が出来てから世の中はガラリと変わる。
先の戦争で魔道具や魔法に対抗手段を持たないことは圧倒的に不利になることを理解した各国はこぞって王国と関係を持とうとしたからだ。
強力な爆弾を魔法を使って送られてきたら為す術がない。
魔力波を使用した探知装置には従来のステルス技術は意味を成さず、記憶を改ざんされたら社会を維持できなくなる。
今までサイン王のことを邪知暴虐の売女と散々に罵っていたのに、手の平を返し媚びるように教えを請い始めたのだ。
魔術など唾棄すべき技術だと思いつつも、心を殺し他国に遅れまいと懸命に学び始める。
皆、生き残るためそして自分の子供が魔力を持って生まれたときに迫害されないためにも魔法を受け入れることを選んだのだ。
「必死だな」
未国のゴードン三世が読んでいた書類を机の上に降ろし、にやけた顔で呟く。
「世界は変わってしまったのですから仕方がないでしょう」
ジャック首相は同情めいた顔で応じる。
「私は初めからサイン女王とは仲良くしろと何回も言っておった。それに耳を貸さなかったアイツらが悪いのだ」
「人は変化を嫌うのをご存知でしょう?
ましてや神だの魔法だの言われたら距離を取るのも当然だと思いますが」
国王は鼻を鳴らしコーヒーカップを手に持つ。
「ワシらの世代では彼奴らに対抗できぬことは明白であったであろう。強者に下るのは決して恥では無いのだぞ?」
首相は『美人だったからでは?』と懐疑の目を向ける。
「何だその顔は?
確かにワシは『お姉さん』が好きだが、いつも国のことを大事に考えているのだぞ?」
「そこは疑っておりませんとも。おかげでここ数年、我が国の経済は絶好調で国民も喜んでおります」
国王は『当たり前だ』という顔をして鼻を鳴らす
「ところで妖精の目撃情報が上がってきているようだが対策はどうなっておる?」
「はい。
フェリグス王国に人を派遣してもらい効果があると予想される魔道具を手配してもらっています」
「悪くない対応だ。
魔法を毛嫌いする者はまだ多いだろうが何を言われようとも必要なことはしなければならん。環境変化に適応できぬものは淘汰されるのだからな」
国王と首相は他にも細々とした話をつめていく。
「神国はまだ移民を受け入れるつもりは無いのか?」
「わずかな鳴国人が王国に移り住んでいるようですが我々からの移民受け入れの話は出ていませんね。
もっとも蟲が徘徊し始めた土地に移り住みたいという者がいるとは思えませんが」
「彼女は国を造るつもりは無いのか?
人の数というのはそれだけで力なのだぞ?」
「彼女は元々反対していたでしょう?
我々が押しつけたようなものですからね」
首相は悩ましい顔で答える。
「王国は転移門の利権だけでも回せるのでしょう。手広く商売もしているようですし。
必要な物資を公表すれば貢ぐ者も後を絶ちませんから面倒な民衆などいらないのでは無いのですか?」
「それではいつか滅びることになるぞ。人の営みがあってこそ国なのだ」
「ですからその辺は王が直接女王と話をしてきて欲しいのです。
今後フェリグス王国をどうするつもりなのかを聞いてきてもらえませんか?」
ゴードン国王はサイン女王と会う口実を得たと機嫌が良くなる。
「くれぐれも変なことはしないでくださいよ。
この前も植民地もタダ同然で渡してしまい議会がどれだけ荒れたのか……」
「あの場所を植民地として維持し続けることが可能だと思っている奴の気がしれん。
なんなら他の植民地も売る準備をしておいたほうが良いとワシは思うぞ?
植民地解放の流れはすぐに来るだろうからな」
怪訝そうな目で見る首相に国王は語りかける。
「そうだな……サイン女王は我等の世界を変革しにきた宇宙人だと思った方がよい。
見た目や物腰に騙されるバカ共が多いがアレは我等とは異なる常識を持って行動しておる。繰り返し言うが彼女とは良き隣人として接するのだぞ?」