異世界にやってきて三十八回目の春、フェリグス王国歴二年目。
また王様をやることになってしまった。
部下達は『土地を持てた』と大喜びだが神という権威がいない世界で権力者になるなんて悪夢としか思えない。
物事というのはある程度の制約があった方がうまく行くことが多いし、権力と権威を一人に集中させたら歯止めが効かなくなる。
自由で気楽なのはいいが、行き過ぎた時に諫めてくれる存在がいないと人は落ちるところまで落ちるからな。
なので此方側では人口を徐々に増やしていくことにした。
人口は国力に直結するが問題も指数関数的に増やしてくれる。
神のいない世界で国を運営するのは初めてだし、魔法社会の常識を知らない人が増えすぎるのは管理しきれなくなると感じたからだ。
魔法社会というのは銃社会以上に暴力的だ。
小さい頃からキッチリと常識を均一化し反社会的な行動は恥だと刷り込まないと治安が保てない。
神と対話できるなら、そこら辺をまるっと丸投げできるんだが残念ながらいないから私が絶対的な存在となり規範を示していかなければならない。
だからフェリグス王国は鳴国(メイケイ皇国)とフェリグス神国からの移民しか受け入れていない。
ウチのキュネルや元聖女からは移民受け入れを強く要望されているけど無理なものは無理だ。
鳴国人のように寛容で権威者に従順な民族や、元々私の国に住んでいた神国民以外は大きな問題を起こすに決まっている。
特に仲教信徒のような自身の正義を貫く人間や言論の自由を盾に人の大事なものを貶す人間は殺される可能性が非常に高い。
魔術が当たり前の社会だと『丸腰のか弱い女性』と舐めてかかって返り討ちにあうことはよくあることなんだ。
そんな訳で国として落ち着くまでは此方の世界の人間を受け入れるつもりは、まったくない。
向こうの世界、フェリグス神国は古エルフがきな臭い動きをしはじめた。
こっちの世界で手一杯だった隙をついて古エルフが神国の支配力を高めるべく要職の人間を次々と追放しているのだ。
その結果、追い出された神国民が私のいるこっちの世界にやってくる。
他にも建国の英雄による私との繋がりが切れて喪失感に耐えられなくなった人々もこっちに移民しにくる。
彼らのような背景を持つ者を拒否もできず結構な数の人が毎月、王国で新たな生活を始めている。
そんな事情があって今の王国にはエルフのような人に近い見た目の種族から蛇人のような人から離れた見た目の種族が住んでいる。
皆が魔法を当たり前のように使い、信仰している神も文化もバラバラだ。
鳴国人のように妖怪と一緒に暮らしていた昔話を持つような民族じゃないとウチでは暮らしていけないんだよ。
「それで宴国(エンメ共和国)はどうなっている?」
私達はまた街を新しく作っている。
鳴国軍が首都を破壊されたお返しとばかりに麦国内をことごとく破壊し回ったせいで使える建物がほとんど残っていない。
工事の音が鳴り響く中、仮宿舎で執務をおこなっているが見た目は役場や銀行そのものだ。
「国外から工作員や非合法組織が多数入り込んできており落ち着くまで暫く時間がかかるかと。
国が大きくなりすぎてエーリカとホルムだけでは対処しきれておりません」
宴国は私達の傀儡国家だが戦争が終わり余裕が出てきたせいで、ちょっかいをかけてくる勢力が増えてきている。
宴国民は魔物化した野生生物から家族を守るために外から来た武装勢力と手を結ぶことがあり、単純に一掃することができない状態になっている。
「宴国は黒蘭にくれてやってはいかがですか?
吸血鬼共なら良い感じに国をまとめられると思いますが」
宴国にあるエンメ運河は交易の要衝だ。転移門も設置したのであの国が不安定なままなのは宜しくない。
黒蘭なら速やかに一帯を支配下に置くことも可能だろうがエーリカは不死者が大嫌いだからな。
彼女から仕事を取り上げて嫌っている相手に渡したと知ったら彼女はきっと悲しむだろう。
「鳴国内で怪異の出現件数が増えており対処に困っているようなのです。エーリカにはそちらの対応をしてもらうのはいかがでしょうか?」
ちょうどホルムも国内に戻したいと思っていたしその案でいくか。
宴国民を吸血鬼に差し出すことになるが、此方の世界の人間と吸血鬼がどのような関係を築くのか知るための試金石となってもらおう。
「よし、その案で進めてくれ。各国との調整は私のほうでしておく」
こっそりやって後で露見すると大事になるからな。根回しは大事だ。
「失礼します」
元神国民の役人が緊急事態ですと部屋に入ってくる。
「ミースタークにて暴動が発生。
市民にも多数の犠牲者が出ていると……」
話を聞くと古エルフが巨人に不利な法律を強引に施行、それに対して巨人が暴力でもって反対の意思を示したらしい。
もともと古エルフと巨人は仲が悪く私が亡命した頃から不穏な空気が漂っていたが、とうとう爆発したようだ。
「神国に通じるポータルは私達の管理下におく必要がある。何か言われたら『同盟国の鳴国に不届き者が侵入するのを防ぐため』とでも言えば良い」
神国は内乱状態になるだろう。
巨人達は絶えず暴れられる理由をさがしているから大きな騒ぎになるはずだ。
そうなると古エルフと巨人の戦いに関係の無い一般人は街から逃げ出すしかなくなり難民になる。
「逃げてきた神国民を受け入れる体制を急ぎ整える必要がある。それとは別に鉄崎とリジョには戦の準備をさせておけ」
「私達の国を取り戻しにいくのですね?」
モーエレンが嬉しそうな顔を私に向けてくる。
「こちらから仕掛けるつもりは無い。
だが騒ぎが大きくなれば何が起こるかわからんからな。神国民を保護するためにも威嚇するのは必要だろう?」
◇
ミースタークで起きた暴動はサイン王の予想通り内乱にまで発展した。
巨人はフェリグス神国はサイン王のものであり古エルフは出て行けと主張し各地で暴れ回ったのだ。
サイン王からしたらいい迷惑だ。
連絡も寄越さず一方的に味方面されて武力紛争を起こされたのだ。
しかも神国民が巨人の主張に賛同し協力しているのだから手に負えない。
ただ神国民が一方的に悪いかというとそうでもない。
難民をフェリグス王国で受け入れるためにポータルの確保を急がせたのだが、彼の部下はソレを『神国を取り返す』と受け取った。
ポータルの周囲に立派な防御陣地を築き、軍を駐留させたせいで神国民は『王が帰ってくる』と勘違いしたのだ。
時間が経つにつれ防御陣地は軍事基地にまで成長していき見慣れない兵器が続々と配備されていく。
基地では志願兵の訓練も行われており端から見たら戦争の準備をしているようにしか見えないのだ。
サイン王が神のいない世界側で忙しく飛び回っている間に準備は着々と進んでいき、気がついたときは後戻りできない所まで進んでいた。
王は『視察』のつもりで軍事基地に訪れたのだが神国民は『王が戻ってきた』と熱狂して迎入れた。
つまり彼は部下に嵌められたのだ。
巨人が戦の口実にサイン王を使ったように、部下達も国民を使い王の退路を断った。
建国の英雄の能力によって国民の熱情は王へダイレクトに伝わるためそれを利用し王に決断を迫ったのだ。
熱狂し正常な思考が失われた群衆ほど厄介なものはない。
何を語ろうとも思っても無い真意を勝手に汲み取り暴走する。
王は我等を見捨てたわけでは無い、今こそ国を取り戻す時だと聞けば進んで戦いに身を投じるのが神国民なのだ。
この事態にサイン王は悪態をつきつつも覚悟を決める。
古エルフには『為政者の資格無し』とし、巨人には『民を虐げる暴徒』として、両陣営に『国から出て行け』と最後通牒をつきつけた。
更に『文句があるならかかってこい、相手してやる!』と宣言したため上を下への大騒ぎとなった。
古エルフは『生意気な短命種め』と怒り、巨人は『生意気な短命種め』と喜んだ。
サイン王の部下達は巨人と手を組み古エルフを追い出すと思っていたため計画の立て直しに奔走することになり、商人達は降って湧いた商機に沸き立つ。
この機会を利用して神国の勢力を削ろうと考えていた非友好的な勢力はサイン王と国民の好戦的な言動を見て一旦手を止め様子見を選択することになる。
何故なら皆サイン王が怖いのだ。
神国だけで古エルフと巨人の二国に敵うはずは無いと思いつつも『もしも』が起きたら大変なことになる。
彼に敵と認識され、ついでだと言わんばかりに攻め込まれたら政治生命が終わることになる。
そして皆が懸念していたことは現実となる。
あろう事か王みずから先陣に立ちミースタークを古エルフから取り返し、攻めてきた巨人も蹴散らしたのだ。
露払いなど不要と吶喊し立ちはだかる敵を哄笑しながら切り裂き突き進む姿に味方は驚喜し敵は戦慄した。
その報告を受け取った国々は次々とサイン王を支持することを表明しつつも距離を取ることを決定した。
これは古エルフと巨人は直接対立しなければ攻め込んでくることは無いだろうが、今の神国民は何をしでかすかわからないと判断したからだ。
神国を支援はしないが彼らの言い分を肯定することで『アレを心酔している神国民』に目を付けられないことを願ったのだ。
「この世界の人間は御しやすいですね。前世界の人間なら漁夫の利を狙ってちょっかいをかけてきましたよ」
キュネルはオコナーと二人で書類の山に埋もれている。
サイン王を嵌めたことで後方での兵站業務を命じられ物資の調達から各種調整をやらされているのだ。
なおオコナーはお目付役兼業務補助として配属されたので完全にとばっちりである。
「観戦武官を受け入れたのが良かったのだろう。ただ中央指揮所まで公開する必要はなかったと思うがな」
「逆ですね。
アレを公開して初めて私達との力の差が理解されたのです。『何か凄いことをしている』と『こんなことが可能なのか』の違いは大きいですよ」
「アレは軍の最高機密だ。同盟国でも無い者にまで公開する必要はなかったのではないか?」
「何を心配しているのですか?
彼らは私達の真似すらできる段階ではないんです。いまだに個の戦力に頼った戦い方をしているんですからね」
慎重なオコナーにキュネルは不思議そうな顔を向ける。
「油断は禁物だ。人はいつも予想外のことをしてくる」
「よーく分かっていますよ。
ココにも予想外のことをする人間がいますからね」
キュネルがサイン王がよくやる仕草の真似をして、それを見たオコナーが顔を顰める。
「それにしても一時はどうなるかと思いましたが上手くいっておりますな。おかげで私達は休まる暇もありませんね」
「お前は王を試しすぎる。
王は感情が高まると粗暴で直接的な行動をするきらいがあるのだ。うまくいったのは偶々だと思った方がいい」
「私達はいつも綱渡りですよ。それでも破滅しないでいるのは私達の王が『持っている』から、そんな閣下に仕えられるのは何と素晴らしいことか」
書類を処理しながら敬服するキュネルを見てオコナーはウンザリした顔をする。
「お前はそろそろ王に怒られたほうがいい。
今回は周辺国が私達を恐れ手を出してこなかったから何とか戦えているのだ。どこか一国でも同盟を組まれていたら苦しい戦いになっていたぞ」
「神国民を見るかぎり、そのような心配は無用ですよ。
何かに傾倒した人間というのは逆境に強いですからね。喜んで王と共に戦地に向かい、そして勝利をもぎ取ってきますよ」
オコナーはキュネルを見て渋い顔をする。
「王は国民が傷付くのを嫌がるのは知っているだろうに。なぜ争いを生むようなことをするのだ?」
「だからですよ。
私達の王の権能は世界の支配者に相応しいと思いませんか?
世界征服してしまえば大きな戦争は無くなりますからね」