異世界にやってきて四十回目の春、フェリグス神国歴十八年目。
戦争は終わった。終わったが亡命する前よりも忙しくなってしまった。
まず声を大にしていいたいのは私は世界征服など企んでいない。
なのに周辺国の皆様は私が世界征服するものだと勝手に理解し納得している。
やはり先の戦争で色々とやからしたのが原因だろう。アレで私を見る目が変わってしまった。
皆が私を憧憬と畏怖が混ざり合った目で見るようになり、何かと私の気持ちを忖度するようになった。
コレの何が嫌なのかって『サイン王に任せておけば何もかもうまくいく』なんて風潮ができつつあることだ。
これでは自分の価値観を提示して相手の価値観とのすり合わせをすることができなくなってしまう。
政治のような正解が無い世界で何かを決めるときには利害関係者たちで意見を戦わせ妥協点を探っていく必要がある。
もちろん腹立つことも不愉快なことも多いが、この経験を数多くしておかないと何も決められない人間になってしまう。
だから私に権威と権力が集中し、意見が出てこなくなるのは不味いんだ。
今は私がより良い選択肢を提示できるが、成長しきってしまったら私だって何が良いのか判断できなくなるからな。
この世界の神々だって人の生活は人で考えて欲しいから干渉を控えているんだろうし。
それなのに私の部下は暢気に世界征服を薦めてくる。
『拒否権を行使しない閣下は独裁者にはなりえませんよ』とか笑って言うが私が気にしているのはそこじゃない。
『問題になり廻神に呼び出されるまでは自由にしては?』とか気楽に話してくるが私で神を試そうとしないで欲しい。
更には『先のことを考えるなんて面倒、誰かに仕える方が気楽』とか思考停止しているものもいて本当に悩ましいことだ。
それと神のいない向こう側のフェリグス王国でも不法入国者が増えてきたり、転移門など魔法がらみの利権でゴタゴタしている。
困り果てて二進も三進もいかなくなってから私の元に駆け込まれても『どうすりゃいいんだ』状態だ。
「何故、人々は支配者を求めてしまうのだろうな。
民主的な選挙で代表者達を決めればいいんじゃないか?」
「選挙というのは皆で相談して独裁者を決めるシステムです。今と何が違うのですか?」
独り言にモーエレンが反応してくるが、やはり私の感覚と違う。
私の生まれ育った所では選ばれた代表であっても先代の意見には一定の配慮をしないといけないからな。
利害調整にご機嫌伺いと、とても独裁者とは言えない嫌な記憶しかない。
「そんなことよりも。
そろそろ神国と王国をどうするつもりなのか決めて頂く必要があります。神国民と王国民の対立が日々深まっておりますから」
モーエレンが真剣な顔をして訴えてくる。
何が起きているのか話を聞いてみると神国と王国の国民が私の居城を巡り険悪な雰囲気になっているらしい。
建国の英雄の力は世界を超えることができないから私がいない方の世界の国民は王の存在を感じられない。
ならば自分達が生活している側に少しでも長く滞在して貰うためにと水面下でバチバチとやりあっているらしい。
個人的には両世界の土地とも周囲に押しつけられたものだから愛着とか無いんだよな。
ゲームの中と違って一から自分の手で開拓したわけじゃ無いから、どっちを選べとか言われても正直困る。
「まず二つの国を一つにする。居城をどちらにするかはそれからだ」
「名前は如何なさいますか?」
名前か……まったく新しい名前のほうがいいかな。
「リヴェルム連合王国なんてどうだ?」
「込められた意味を伺っても?」
「自由と絆だ」
モーエレンは暫く考え込んだ後にニッコリとしてくれる。
「よろしいかと存じます。この先、私達が元々いた世界と繋がるようなことがあっても併合しやすいですから」
私からすると元々いたとされる世界は自宅サーバーの中にしか無い。
今は電源を入れていないのだから世界は無の状態だと私は思っているが、彼女は未だに世界は存続し続けていると思っているのだろう。
ただアソコと繋がったら色々とOPなアイテムを入手できるから機川あたりは大喜びするだろうな。
「ついでにウグク連合も併合してしまいますか?」
「しないが?
アイツらは強者に跪く種族だ。あんなのはいらん」
アイツら、私達がいなくなった途端にクーデターを起こしそうだし。
もしそんなことになったら巨人が率いる強大な国が誕生することになって世界が迷惑するだろ。
「今は古エルフと紛争を起こさないように仲介しているが、本当ならあの国というか巨人の神々とは付き合いたくないのだ。
今回の騒動で良く分かったが廻神と巨人の神々は相性悪いだろ。私は性格が違う上司を二人持つことはしたくない」
廻神は質素で平穏な暮らしを良しとするが巨人の神々は強者と戦い成長することを良しとする。
どっちを上司にするか選べるならば廻神に決まっているだろう。
「まずは自国を安定させることに注力する。
何せ世界をまたいでの統治など初めてのことだからな」
まるで星間国家の国家元首になった気分だ。
「次の国では現地人にもっと活躍してもらう必要がある。
国が大きくなりすぎて流石に私一人では面倒見切れんからな。当面は面倒事も無いだろうから経験を積むのに丁度いい時期だろ」
◇
サイン王は自分の常識から『人は権限があれば自分達のやりたいようにやるだろう』と考えていた。
戦争などの騒動が収まった今なら『理想を掲げて豊かになろうと頑張るだろう』と思っていた。
そう、彼は自国民が自分へ向けている感情をまたしても考慮し忘れていた。
建国の英雄の力で国民がどう思っているか知っているくせに、それを統治が上手くいっている指標ぐらいにしか思っていない。
彼が生まれ育った世界では国家元首が軽く扱われていたため、その感覚が何時までたっても抜けないためだ。
普通の人は畏敬する存在から『任せるから好きにやってみなさい』とか言われれば奮起するものだ。
そして元フェリグス神国民と元フェリグス王国民というライバルがいれば相手より『成果』を出そうと必死になる。
結果、サイン王の仕事は一時的に減ったがすぐに元に戻ってきた。
密かに仕事を減らそうと企んだ彼の意図を見透かしたように倍になって帰ってきた。
まず元フェリグス王国を任された初代総督は激務に耐えられず倒れてしまった。
上げられるパラメータは全て最大値にしてあるサイン王を基準に仕事をしたせいで数週間と持たずに二代目に交替した。
その二代目も初代が中途半端に手をつけた仕事に押し潰されてしまい、三代目が同じように倒れた所で誰もやり手がいなくなった。
元フェリグス神国を任された総督は激務で倒れるようなことは無かったが周囲からの圧力により退陣させられることになった。
サイン王に傾倒しすぎている彼は周辺国からうざがられ、王が注意しても問題行動が改善されなかったために解任させられたのだ。
そのようなわけでサイン王は新人が食い散らかした仕事の後始末をしつつ二つの世界の国を統治することになった。
側で仕事のやり方を見せもせずに、いきなり未経験者に仕事を渡したのだから失敗するのは当然だ。
サイン王がまず認識しないといけないのはリヴェルム連合王国は宗教国家だということだ。
本人は頑なに認めず嫌がるが連合王国民は建国の英雄の力によりサイン王に縛られてしまっていることを理解していない。
王の代わりをさせるには時間をかけて経験を積ませ、それと同時に周囲に変わりとして相応しいことを認知させないとダメだったのだ。
それなのにサイン王は法を整備し官僚機構がしっかりしていれば上手く回ると考えている。
リヴェルム連合王国民はサイン王個人への『お気持ち』があってようやく纏まっているだけなのにだ。
彼は『ウチは立憲君主制で法の上に教義や戒律は無い』と言うが、国民は王の気持ちに絶えず寄り添って行動していることを見なかったことにしている。
ただ、国民のソレを責めることはできない。
自分達に明確な指標を提示し、一緒に苦楽を共にしてくれる『強い』指導者がいたら大抵の人間は従うだろう。
特に先の戦争によって王のカリスマ性は天井知らずになっており、誰にも止められない状態になってしまっているのだ。
「そろそろ熱を冷ます必要があるね」
ホルムが鉄崎に話しかける。
「何か問題でも起きたのか?」
「いいや何も起きてはいないさ。だが嫌な空気なんだよ」
ホルムは真剣な顔をして鉄崎に語りかける。
部屋の中には他にもベルナデッタがいて二人の話を興味深そうに聞いている。
「我等が主へ全て委ねる姿は見ていて嫌な気持ちになるんだよ」
「良いのではないか?
人心収攬するのに苦労しなくてもいいのは楽で良い」
「それだよ。
余所の為政者は苦労して手に入れているものをアタシ達は何の苦労もせずに手に入れている。この違い、いや歪みは何時かアタシ達を苦しめることになる気がするのさ」
ホルムは酒を呷り、それを見た鉄崎も酒を呷る。
互いに互いの酒を注ぎニヤリと笑い合う。
「だが対処できる問題では無いだろう?
いま殿がいなくなれば国は分裂する」
「分かっているさ。
アンタの仕事は目に見えている問題を対処すること。そして私の仕事は隠れている問題を引きずり出すこと」
ホルムは『要は適材適所さ』と言いながらグラスを傾ける。
「そこでだ。
ベルナデッタを此処に呼んだのは一つ聞きたいことがあるからさ。
一つ、教えてくれるかい?」
ホルムは穏やかな表情のままベルナデッタに向き直る。
「今のままの日常を続けたとして。我が主様はいつまで人でいられる?」
「気になりますか?」
「ああ、気になるね。
私は神という存在があまり好きじゃないからね」
「あの子が選択した結果だとしてもですか?」
笑みを崩さないホルムにベルナデッタも穏やかな顔を向けている。
「……そうですね。
今のまま力を使い続けていると数年もすれば本当の意味での神使になるでしょうね」
そう、サイン王は激務をこなすために廻神の力を絶えず使用しているのだ。
先の戦争で力を使いまくったせいで廻神の加護を利用するハードルが劇的に下がっていた。
そのため疲れたサラリーマンが栄養剤を摂取する感覚で加護に依存しつつある。
「本物の神徒になると、どうなるんだい?」
「表面上は何も変わりません。
ただ彼女は今まで以上に皆から好かれるようになり、そして嫌うものも今以上に増えるでしょう」
ベルナデッタの話に鉄崎は目を見開き、ホルムは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「神々は絶えず世界を任せられような神材を求めています。
人々の欲望により世界は拡大する一方ですから管理人の数がまるで足りていません。そのような事情があるため、あの子は大母に大きな期待されているのですよ」