異世界にやってきて四十三回目の春、リヴェルム連合王国歴二年目。
今のところ戦争はなく平和だが種火はそこらじゅうで燻っている。
神々との対話ができる世界では古エルフと巨人の二大勢力と協力して睨みをきかせていることもあり比較的平穏だ。
雌伏しているだけだとも思うが此方も文化侵略まがいのことをして民衆の意識を戦争など馬鹿げたことだと思うように工作をしている。
それとは別に戦争する余力を無くすために宇宙開発事業を立ち上げたりもした。
人は暇になると持っている力を試したくなるものだが、それを防ぐためにも没頭できる何かを提供すれば良いと思ったからだ。
この事業計画の発表は世界中を騒がすことになって抗議されまくったけどな。
なにせ此方の世界では魔物と神のせいで天体観測をする人がいない。
魔物から身を守ることが優先され、必要なことは神が教えてくれるから趣味で星々を観測する人はいても学問としてやる人はいなかったんだ。
そんな世界なので宇宙にいくなんて発想はまったくない。
そもそも空はドラゴンの領域だし、一部の人間は空の彼方に神界があると信じているから私達のやることは傲慢で不敬な行動に見えるのだろう。
だけど私は生まれ育った世界の知識から宇宙がどういう所か知っているし、そこに行くのはどれだけ大変なことかを理解している。
だからこそ技術を発展させ戦争から目を逸らすために最適だと考えたんだ。
『誰も見たことの無い景色を見に行こう』というメッセージは人々が進むべき道を明確に示すことができるからな。
全ての種族が自分の持っているものを持ち寄って一つの大事業を行うというのは限られた資源を奪い合うより余程いい。
それにこういう大事業はウチが経済大国であり軍事強国であるうちに済ませておきたいという思いもある。
今なら主導権を握って私達の都合で進めることができるからな。
きっと各国の偉い人は怒ったり悪態をついたりして頭を抱えているだろう。
きっと『何でアッチの世界でやらずにコッチの世界でやり始めたんだ』とか叫んでいるに違いない。
だが魔素さえ有れば大抵のことに対処できる魔法使いは極限環境の探索に向いていると常々考えていたんだ。
私も廻神の傭兵として色々な世界に飛ばされているから良く分かる。魔法というのは孤立した状況でこそ輝くんだ。
それに異世界には飽きたというのもある。
どんな世界でも結局は人間関係で悩むことになっているからさ。
たまには技術的に困難なプロジェクトをしたくなったんだよ。
話は変わって神々との対話ができない世界は大きく変わりつつある。
魔法が使える子供が産まれるのが普通になり、魔物を撲滅することも封じ込めることもできない現実を受け入れ始めたのだ。
魔物は魔力を持つ子供を執拗に狙うことが分かり、人々は城壁で囲われた街でまとまって暮らすようになった。
壁の外側は人が支配する世界ではなくなり、軍や警察だけでは対応できず自警団を結成して自衛する必要がでてきた。
物流が滞るようになり人々の生活水準は劇的に下がったが、皆が同じように下がったためかそこで大きな混乱は生じてはいない。
ただ私の国や何故か魔物の目撃数自体が少ない鳴国(メイケイ皇国)に対する風当たりは強くなった。
自分達が苦しんでいるのに今までと同じ生活を維持している私達が羨ましくて妬ましくて仕方がない。
野蛮人だと蔑んできた相手が自分達より良い暮らしをしているのが許せない。
そんな理由から難癖をつけてくるんだ。
確かにキュネルやアカネの言動が各国大使を煽るのも悪いんだと思うよ?
二人には私の代わりに色んな式典に出席して貰っているのだが愚痴として流せばいいこともキッチリ拾ってやり込めているらしいからな。
「それで新しい知事たちは大丈夫そうか?」
「はい、みなよく頑張ってくれています」
前回の経験から行政区を細かく分け、それぞれに知事を置くことにした。
大きな仕事は細分化して大人数で対処する、というわけだ。
管理の手間は増えるが今まで些事として切り捨てられていた案件も対処できるようになったので国民の幸福度は上がっているだろう。
「それで本日の予定なのですが……」
モーエレンがこれからの面会する相手と内容についてツラツラと説明してくる。
何でか知らないがこの頃は外遊が減って王城での執務が多くなったんだよな。
楽なのはいいが現地に行かないと感覚が鈍る感じがするからなるべくなら外に出たいんだが。
「それよりも麦国(バイレ共和国)からの不法入国者はどうなっている」
「減る様子はありません。どうやら我が国には魔物がいないという噂を信じているようで」
「その噂の出所はウチじゃないよな?」
モーエレンは苦笑いをしているがウチの連中は色々と策謀を巡らすのが好きだからな。
ゲームの時とは違い指示しなくても自発的に行動してくれるのは助かるが、何をしているのか確認できないのは未だに不安になる。
「それで麦国は何と言っている?」
「何も変わりません。『国民が勝手にしていることだ』の一点張りです」
始め国境警備させていたファロスヒルの蟲は魔物も人も区別無くエサと認識していたが、周辺諸国からの強い抗議があって人を襲わないようにした途端にコレだ。
「試しに移民を受け入れてみますか?
実際に自分の目で見れば噂が真実では無いと理解するでしょうから」
「文化の違う人間を混ぜると社会は不安定化する。特に麦国民のような個人の自由を尊び他国民を見下しているような輩は特にな」
「では如何致しましょうか。
いっそ滅ぼしてしまいますか?」
私の部下は相変わらずブレない。
未だに世界征服することを諦めていない。
「私達は平穏に暮らしたいのだ。血で勝ち取った平和は未来に遺恨を残すぞ?」
「ですが身の程を理解させるのもたまには必要なのでは?」
「そんなことをしてもすぐに忘れる。実際、麦国民はあれだけ痛めつけたのにもう忘れているのだぞ?」
モーエレンは『ならもう滅ぼすしか』という顔を私に向けてくる。
「だから私達の制度や仕組みを採用する国を増やしているのだ。
私達の常識や慣習を広め、向こうの国民をリヴェルム化していけば自然と世界は落ち着くはずだ」
「そううまくいくでしょうか」
「幸い私達には時間があるから気長にやればいい。二、三十年もすれば私達と仲良くやった方が得だと気がつくだろうさ」
◇
麦国はリヴェルム連合王国から土地を取り返すことを諦めてはいなかった。
国土の十分の一、しかも作物を育てるのに適した豊かな土地を奪われたのだから諦めきれるものではない。
だが経済力や軍事力でリヴェルムに敵わないことを十分に理解していた。
だからサイン王が話し合いでの解決を重んじる性格なのをいいことに嫌がらせをすることにしたのだ。
ボロが出たら儲けもの、そうでなくても溜飲が下がれば良いぐらいの気持ちで工作活動を行っている。
もちろんマスコミへの根回しもぬかりなく行った。
魔物のせいで悪化している国民感情を宥めるため、リヴェルム国を元凶としてリヴェルム国民を野蛮な民族だと報じているのだ。
そのせいで麦国民はリヴェルム国を腰抜けと侮るようになり、対してリヴェルム国民の麦国に対する評価は地の底まで落ちている。
リヴェルム国に恨みを持つ唯国(ユイスタイン帝国)や院国(インサル連邦)も麦国に同調し反リヴェルム感情が高まることになる。
未国(ミドルズ連合王国)だけは自重するように忠告するがその頃には誰にも鎮火できなくなっていた。
民衆の不満という燃料が絶えず供給され続け、どの国の為政者も不満の解決策や国家の未来像を提示することができなかったためだ。
リヴェルムの積極的に情報公開する方針も悪い方向に働いた。
サイン王は自分達が持っている技術や知識を論文にして広め、各国からの視察を選り好みせず受け入れてきたのだがコレが裏目に出たのだ。
普通なら感謝されることはあっても恨まれることは無いだろうが、敵意を持っている相手には毒にしかならない。
『自分が持っていたはずのもの』を奪われたと騒ぎ立て、『我々のことを見下し馬鹿にしている』と憤慨しだしたのだ。
嫉妬に狂った人々を見て良識ある人や現実的な人は苦言を呈するが、国民の大多数が反リヴェルムになってしまうと良識など何処かに吹っ飛んでしまう。
特に生活が困窮している人が多い状況では正論に耳を貸す者などおらず、明確な敵を教えてくれる陰謀論に人の意識は集中してしまうのだ。
こうして麦国、唯国、院国の三国は懲りずに反リヴェルム派として結束することになった。
三国の為政者達は外交交渉で少しでも有利な条件を得ようと足掻いた結果、国民を御せなくなりリヴェルム連合王国と敵対せざるを得なくなったのだ。
「それで大陸の三銃士どもは何と言っている?」
年を取っても衰えを見せない未国国王ゴードン三世が助言を求めてきたジェイムス首相に問いかける。
「我々も仲間に加わるようにと駄々をこねています。
工作活動も激しくなっており我が国の議員も何名か取り込まれたようです」
「決して仲間になってはならんぞ?」
「理解しています。
何より後から仲間に加わるなど我が国らしくありません」
それを聞いて王は満足そうに頷く。
「アイツラは地獄に一緒にいく仲間を捜しているのだ」
民衆は時代の流行廃りによって極端な意見を持ちやすく、その民衆によって選ばれた首相もその影響を強く受ける。
しかし政治は一時的な感情によって行われていいものでは無く、そのため歴代の首相は国王に意見を聞きに来るのだ。
人間の本質は昔から変わらないため、王族に脈々と語り継がれている『昔話』は政治的決断をする際に参考になるからだ。
「魔法を使えぬ我々を人と扱ってくれるサイン女王を怒らせてはならんぞ。
少なくとも次代が育ち我々が魔法を使えるようになるまでは大人しくしていることだ」
「頭では理解しておりますが、やはり気持ちというのは難しいものです。未だに魔法をみるとゾッとしますから」
「唾棄すべき相手とも笑顔で握手をするのが外交だ。
ナメクジ食いや機械狂いと酔っ払いは国益より気持ちを優先するようだがな」
馬鹿にした顔をしている王を不思議そうに眺めながら首相が話しかける。
「陛下はフェリグス、いえ今はリヴェルムでしたか。
あの国の女王に傾倒していると思いましたが?」
「今でもワシはサイン女王にならば国を任せても良いと考えているぞ?
同君連合、実に結構なことではないか。我が国民も年寄りの王より見目麗しい女王のほうを選ぶだろうさ」
首相は一瞬だが目を見開いて王を見つめる。
それを受けて王は微笑みで応える。
「お前はまだ若いからワシに無い視点を持っているはずだ。好きにやればいい」
釈然としない顔をしている首相に王は語りかける。
「じきにこの世界にも本物の神が現れるぞ?
その時に仲教がどうなるか考えると今すぐにでもリヴェルムに亡命したいぐらいだ」
「……それは本当でしょうか?」
王は首相に向けて馬鹿にした顔を向ける。
「麦国民はいつも勝てない相手に喧嘩を売り、唯国民はいつも間違った選択をする。
そして我々は最悪の事態を自らの手で引き起こし、誰の責任だと騒ぎながら犯人をでっち上げるのだ」
「確かにその傾向はあると思いますが、それが神と何の関係が?」
首相は王の話を聞いて思っていることを素直に口にだしてしまう。
「備えるのだ。何が起きても良いように。
例え神がやって来て世界をひっくり返そうともな」