リヴェルム連合王国は移民は受け入れないが、数多くの実習生や研修生は受け入れている。
リヴェルムのやり方を世界に広めることで世界全体の文明レベルが少しでも高まることを期待してだ。
それとリヴェルムのやり方を広めることで魔道具の販売促進と、リヴェルム化によって影響力拡大を企んでいるからだ。
これらの国に販売する魔道具は格安で提供される代わりに監視用の魔術が密かに仕込まれている。
表向きはメンテナンスのための特別な魔導回路と説明しているが実際には裏切ったときの保険が組み込まれているのだ。
他にも娯楽小説や漫画などによる文化侵略を積極的に行っている。
連合王国の常識や道徳観をもとに作られた娯楽を諸外国に広めることで王国に好意的な人間を増やしていく。
中には時代を先取りしすぎて不発に終わったものもあるがリヴェルム連合王国文化は密かに世界を浸食していっているのだ。
この穏やかな浸透工作は諸外国の為政者にとって厄介な問題だ。
リヴェルム連合王国とは宇宙開発の件もあって仲良くしたいが文化侵略は受けたくない。
困ってサイン王に相談すれば娯楽小説や漫画の輸出を止めてくれるが、民衆は規制されるほど余計に手に入れようとする。
規制品は往々にして犯罪組織の資金源となり、結局は規制が意味をなさなくなり悪い奴の懐が潤うだけになる。
サイン王が狡猾なのは神々に配慮した作品を提供しているところだ。
連合王国は神の教えに沿った形の特別な物語を『寄進』するため一部神官からの評判はすこぶる良い。
頼めば神の教えを分かりやすく解説する絵本や創世記を面白い物語として仕上げてくるため、それらの神官達はリヴェルム連合王国を支持するのだ。
このような事情がありサブカルチャーの分野ではフェリグス語あらためリヴェルム語が教養言語として認識されるようになった。
作品を誰よりも速く読むために、そして作品をより深く理解して楽しむためにも文法だけでは無く背景の文化も学んでいるのだ。
既に科学分野や魔術分野ではリヴェルム語で積極的に情報公開をしているせいで確固たる地位を得ており、世界のリヴェルム化は着実に進んでいる。
「なあ、アシュリー・サーガの最新刊を読んだか?」
アシュリー・サーガはサイン王が廻神の傭兵として扱き使われた話からインスピレーションを得て創作された漫画だ。
多分に誇張されているためサイン王は出版に反対していたが、周囲の者が密かに流通させ今では人気作品の一つになっている。
「知らんな。もし持っているなら貸してくれ」
アマレースの場末の酒場で草臥れた作業服を着ている若者が友人と酒を楽しんでいる。
此処はサイン王がこの世界に来て最初に作った街であり今では産業と学問の街として賑わっている。
住民の殆どが職人や学生のため作業服や白衣を普段着として着ている者が多い。
これは機川が『白衣は正装』と言い張って作業服と白衣以外の服を着ないために、それを見聞きした住人達が真似をしているのである。
「いいけど汚すなよ?
前みたいに帯を無くすのもなしだぞ」
「あの時は悪かったって。ちゃんと弁償したんだから何回も言わなくてもいいじゃん」
貸し借りできるのは本のメリットの一つだ。
機川はタブレット型の魔道具の普及に力を入れているが、嗜好品は所有欲も満たせなくてはダメだという信念を持っている。
だからこの世界でも積ん読という言葉がある。
「それよりお前達、宇宙とかいうのに興味ないのか?」
手羽先の骨と格闘していた男が二人の会話に入ってくる。
「あー、僕は今任されている仕事が順調だからさ。興味はあるけど今はいいかな」
「俺はどうしようか迷ってる。お前はどうするんだ?」
「オレも任されている研究が調子いいから行きたくないんだがな。
奨学金を貰っているせいで国から命令されたら行かざるおえない」
二人は手羽先男を哀れんだ顔をして見る。
「いいこともあるさ。
新しい所に行けば暫くは成果を出さなくてもよくなるからな」
機川が管理下の学校では出来が悪い生徒は容赦無く追い出される。
しかし新しい分野に挑戦する場合は一年の猶予期間があるのだ。
この制度を悪用して資金が続く限り学部を転々とする不良学生もいたりする。
「あー、暫くは勉強だけに集中できるのはいいな。俺もそっちいこうかな」
「僕はそうは思わないよ。アッチは機川女史直轄になるからきっと寝る間もなくなるよ」
機川は本人の能力が高いことに加え数世代先の知識と経験を持つため、教授も学生にも等しく厳しい課題を課すことで有名だ。
仕事が煮詰まってくると自分に簡単にできることが出来ない部下に苛立ちをぶつけ始めるため、周囲の人間はいつも死にそうな顔をしている。
「そういえばお前は機川女史の下で働いたことがあるっだっけな。噂だと大変だけど得るものも大きいって話だけど……」
「うん、実際に凄く成長できたよ。でも二度はゴメンかな。あの人の周りは『純粋』な人ばかりだからね」
国の命令で飛ばされそうな学生が嫌な顔をする。
「そんな酷いのか?」
「気が抜けないんだよ。
あの人、人間としては鷹揚でいい加減なんだけど研究と物づくりには些細なミスも見逃さないんだ。手を抜くとたちまち見抜かれて『人を殺す気か!』って本気で怒られるからね」
被害者の学生は機川の逸話を語り始め、その話を二人の学生は真剣に聞いている。
機川と仕事をしたことがある者は当時のことをあまり語りたがらないため、このような機会は滅多に無いのだ。
「同じ人間とは思えんな。話を聞いているだけで今から寝込みそうだ」
「実際、凄い人だよ。
この国の人達はサイン王に首ったけだけど、僕はあの人こそがこの国で一番重要な人だと思っているからね」
「そうかー?
俺はサイン王あってのことだと思うけどな」
サイン王好きな学生が反論する。
「今この国が存続していられるのは生かしておいた方が得だと思っている人間のほうが多いからだと僕は思ってる。
この国ならあの人が持つ知識や技術を惜しみなく公開してくれるし、独占しようとする馬鹿な奴らを追い払うだけの力があるからね」
反論を手で押さえつつ被害者の学生は話を続ける。
「それだけじゃない。
国の維持にはお金が必要なんだ。あの人の生み出してきたものがどれだけの富を集めたか、僕には想像すらできないね」