異世界にやってきて四十五回目の春、リヴェルム連合王国歴四年目。
両世界とも平和だが水面下では色々とやり合っているようだ。
私の記憶にある冷戦時代のようだが実際に戦争が起こるよりは余程いいと思っている。
ここ数年進めてきた通信網と流通網の整備がやっと一段落し仕事がグッとしやすくなっている。
特に流通に関しては転移門の改良が進み飛行機を使った輸送費に近いところまでコストが下がった。
ただ転移門は事故が起きたときに『全ロス』するため、広く普及するまでには至っていない。
宇宙開発事業は未だに基礎固めをしている段階だ。
この事業は戦争をさせないことを目的としているので焦らずじっくりと進めている。
全てを記憶しているオコナーの頭にはゲーム世界の私達が積み上げてきたデータがあるのだが、それらを使用することなく一からやり直している。
機川やオコナーは不満そうな顔をしていたが、問題の解決策だけを提示することによる弊害が出たことで渋々ながらも私の方針に従ってくれている。
人は失敗した回数が多いほど不具合の『気配』に敏感になり想定外の事態に強くなるのだが、これは文章化して教えることはできないからな。
一つ面白かったのは天体観測チームに神なき世界の研究者が参加したがったことだ。
話を聞くと此方の世界は観測に邪魔な光や電波が無いことと、何をしても実績になり自分の名を残せる為だと教えてくれた。
前々から天体の名前にやたらと向こうの言葉が多いなと思っていたから、なるほどと納得したものだ。
向こうの世界は混迷した状態が続いている。
子供達の魔法教育に失敗して傷害事件が多発していたり、人口の少ない地域が魔物の群れに飲み込まれたりしている。
そして悪い事は全て私達リヴェルムのせいにされ、ますます険悪な関係になっている。
私達のやり方を受け入れてくれた鳴国(メイケイ皇国)は多少の混乱はありつつも安定しているので、ウチのせいじゃないと分かっているはずなのにな。
それに未国(ミドルズ連合王国)や宴国(エンメ共和国)のように友好的な相手ならば魔物退治の専門家である冒険者を派遣することだってできるんだ。
やつらは旨い酒と食い物を用意すれば、少額な報酬でも喜んで働いてくれるから実に使い勝手がいい。
もちろん冒険者側にもメリットはある。
私達リヴェルム国が物心両面で支援しているし、何より神無き世界の魔物は小物ばかりのため危険度が低いんだ。
引退を考えている冒険者やリハビリ中の冒険者にとって最適な仕事なんだよ。
それと派遣業をしはじめて分かったのは魔力が少なくて日陰者だった冒険者が、神無き世界では人気で引く手あまたなことだ。
魔力に拒絶感を持つ人々にとって魔力が少ない冒険者は比較的付き合いやすいらしく、需要というのは何処であるかわからないものだと思ったものだ。
「陛下?
そろそろ命令が欲しいのですが」
モーエレンが少し苛ついた感じで話しかけてくる。
「ああ、だが私達は馬鹿を誘き寄せるエサなのだろう?
ならば外で頑張っている者達が結果を出すまで待つしかないだろう」
そう私達は今、テロリストから襲撃を受けている。
宴国の建国祭と大統領の就任式をまとめてやるからと箔付けのために呼ばれて来たらこの歓迎っぷりだ。
きっとキュネル辺りが仕組んだことなんだろうが、予め連絡を受けていなかったであろうモーエレンが静かに怒っている。
私としては事後処理のことを考えて面倒だなという感情しか湧いてこないんだけどな。
きっと私を招待した大統領は面子を潰さたことで顔を真っ赤にし、私が襲撃されたことを知った連合王国民を見て顔を真っ青にすることだろう。
「笑い事では無いのですが?」
「そう目くじらを立てなくても良いではないか。あの程度では護衛してくれている者達の演習にもならんだろう?」
銃火器など巨人の飛ばしてくる大岩や古エルフの精霊に比べたら可愛いものだ。
化学兵器なんかを使われたなら焦りもするが地形を変えることもできない火力じゃ私の乗っている車に傷一つ付けられないだろう。
「そのような話をしているわけではなりません。
今回のことをいい加減に対処すれば真似する馬鹿がでてくるのですよ?」
モーエレンはプリプリ怒っているが、苛立ちを私に向けないで欲しいと思う。
「ソレを含めてキュネルが何とかするのでは無いか?」
「リヴェルム連合王国は陛下の国です。臣下が大事を決めるべきでは無いのです」
彼女は絶対王政で育ったからその感覚が抜けないのだろう。
だが私が目指すのは立憲君主制なんだ。
『君臨すれども統治せず』が、どうしても理解できないようだ。
「前から話しているが、これから私達の国は大きくなるだろう。
そうなると個人のカリスマだけでは統治することはできなくなる。法による支配に慣れなければならん」
モーエレンは難しい顔をしているが何も言ってはこない。
「それに此方の神無き世界は詰んでいるからな。本腰を入れるのは全てが壊れてからで良い」
「どういうことでしょうか?」
興味深そうに話を聞いてくる。
「アイツラが何かと持ち出す自由と人権は仲教が信じている神の教えと相性が悪い。
本来混ぜてはいけないものを両立させようとして将来どうしようもない社会対立が産まれることになる」
特に自分に都合の良い自由を尊ぶ輩は過去から学ばず感情と思いつきで行動するからな。
「そこに魔物と魔法だ。
この戦争に匹敵する非常事態に対して未だに『皆で話し合いましょう』と暢気な事を言ってるのだぞ?
結局奴らはな、私腹を肥やすことにしか興味が無いのだ」
綺麗事を言い過ぎて自縄自縛に陥ってしまい、金儲けで現実逃避しているのかもしれないが。
「あと数年もすれば魔法が使える子供が大人になる。
気持ち悪いと差別されつつも良い様に利用されてきた子供が大人になるのだ。其奴らが何もしてくれなかった政府と仲良くすると思うか?」
モーエレンは暫く考え込むと素晴らしい笑顔を向けてくる。
「そうだ、奴らは勝手に自滅する。
私達に怒りの矛先が向かわぬように工作する必要はあるがな。
だからもう少し我慢するのだ。事が起これば向こうから助けてくれと懇願してくるぞ」
◇
サイン王が襲撃されたことで面子を潰された宴国大統領は国内に入り込んだテロリスト撲滅に全力を出した。
揺るぎない政治意志を持って最高の仕事をする男たちに必要なものを全て与えることでテロリストを壊滅させた。
ただ成果を急かすあまりマスコミの締め出しが甘かった。
テロリストを支援していた麦国医師団を処分している写真が流出してしまったのだ。
このニュースは世界中に広まり宴国は非難に晒される。
処分された医師団が仲教系の団体だったこともあり資金凍結や外交官追放などの制裁を受けた。
これらの制裁に宴国大統領は一歩も引かず、逆に非難してきた諸国を煽りコケにした。
これは被害者であるサイン王が何も行動を起こさなかったため信任されたと勘違いしたためだ。
それに宴国はリヴェルム連合国に大きく依存していたため、制裁の影響は殆ど無かったことも彼の気を大きくさせた。
この大統領のあんまりな態度に静観していた未国や鳴国からサイン王へ内々に苦情が届くことになる。
ギャングの抗争じゃないんだから少しは外交儀礼を学ばせろ、戦争をする気か、と何故かサイン王が怒られるはめになった。
サイン王は宇宙開発に注力していて自国に実害が無ければと放置していただけなのだが、同盟国のしかも日皇から『お願い』されたら無視することはできない。
憐れ大統領はキュネルにより攫われ、サイン王直々に再教育を施され、そして痩せこけ焦燥した顔つきになって国に帰っていった。
そんなこんなで開戦一歩手前までいった騒動は、未国の仲介のもと宴国と麦国(バイレ共和国)の両国が互いの非を認め合うことで決着した。
両国とも最後まで非を認めることを渋ったがサイン王が宴国大統領に強く働きかけたことで先に折れ、そのことで麦国大統領も満足して手打ちになった。
こう話すと未国やリヴェルム連合王国の働きかけが大きく影響したと思われるが実はそれだけではない。
世界中である出来事が起こり、各国首脳は其方の対応に注力すべく解決できる問題はさっさと解決したかったのだ。
その出来事とは『神(と自称する存在)』が現れ始めたのだ。
あれほど欲していた神の奇跡。
だが実際に手にしてみると皆が欲しかったのは神の力であって神ではないことに気づく。
なぜなら神は人の都合など一切顧慮しない。
地位や財産に関係なく、神のお眼鏡にかなったものにだけ加護を与えられ寵愛を受けることができる。
そして厄介なのは『神に気に入られる人間』は得てして『純粋』なものが多いのだ。
純粋な人間は大抵融通が利かなく人から避けられがちだ。
そんな疎まれていた人間が、急に神からのお墨付きが与えられたらどうなるか?
そう、調子に乗って回りを巻き込みながら破滅の道に突き進むのだ。
昔ならこういう羽目を外した馬鹿は密かに処分されていたのだが今回はその手を使えない。
相手は神の力という計り知れない価値を持った人物で、もし『説得』などして性格が『丸く』なってしまったら神の寵愛を失うかもしれないからだ。
だから各国の指導者は『本物』との付き合い方に頭を悩ませることになる。
元々、神々を隣人として接してきた鳴国では大きな混乱もなく受け入れられたが、異教徒を攻め滅ぼしてきた過去を持つ仲教は『本物』を諫めるのに苦労していた。
「仲教信者を追い出す作戦は順調ですか?」
リヴェルムから帰国したばかりの宴国カルデロン大統領は今日も朝から精力的に仕事をしていた。
強面で陸軍将校時代は苛烈だった彼も今では物腰も言葉遣いも柔らかくなった。
口さがないものたちはサイン王に籠絡されたと馬鹿にするが、それを聞いた本人は笑って流すぐらいに性格が丸くなった。
「順調に進んでおります。
じきに仲教の息のかかったものは国内からいなくなるでしょう」
副大統領の報告に大統領は満足そうにうなずく。
現在、宴国では仲教だけではなく外国人全般を国内から排除する政策を進めている。
そのことを外交ルートで抗議されてはいるが大統領の決意は変わることはない。
この世界は『神が不在』のまま聖典などが書かれたため守るべき戒律や死後の世界観が宗教どころか宗派によって大きく異なる。
そのため世界観が異なる人が一緒に暮らすと『正義』のぶつかり合いが起きて、最悪死人が出ることになるのだ。
特に仲教は鳴国の神々や廻神のような緩い宗教とは違い生活の隅々にまで口を出してくる戒律を持っている。
彼らは神が与えたとする道徳規範や規則を人間が作った『法』より優先し、あろう事か土着の文化を否定してくるのだ。
「私達は国民が安心して働ける場所を提供しなくてはなりません。我々の文化を否定し公序良俗を乱す者は排除するに限ります」
人当たりは良くなっても大統領の根っこは変わっていない。
元軍人のため敵を直接攻撃することを好み、武力行使に躊躇いがない。
「民教の祈祷師から嘆願書がまた届いているのですが……」
民教は土着宗教と仲教が習合して成立した宗教だ。
神が現れたことで祈祷師が奇跡を使えるようになり急速に勢力を伸ばしている。
仲教の関係者を国内から速やかに排除できているのは彼らの協力に依るところが大きい。
「私が直接対応します。
姫神様(サイン王のこと)から土地神や民族神とは仲良くするように言われていますからね」
現実主義者の大統領は宗教家を嫌っていたがサイン王が心がけている『神々との付き合い方』を見て考えを改めた。
神とは自然と同じ理不尽な力そのものであり、その理不尽と直接相対することを避けるために宗教家を利用するのだと学んだ。
「宜しいのですか?
アイツラの要求はどんどんエスカレートして……」
「ホセ副大統領。君は神にあったことがありませんね?」
大統領に問われた副大統領は何を言い出すんだという顔をしながら頷く。
「私も姫神様に同行しただけで直接相対したわけでは無いのですがアレは人を狂わします。
その存在を近くに感じるだけで『全てを委ねたい』と考えはじめ『何をすれば良いのか』を尋ねずにはいられなくなります」
副大統領は大統領の話を聞き入っている。
「私の場合は姫神様のおかげで正気を保つことができましたが、もしそうでなかったら私は此処にいなかったでしょうね。
今でも自分の意志が無くなり神の傀儡になりかけたことをハッキリと覚えていますが、アレは本当に嫌な体験でした」
副大統領は生唾をゆっくりと飲み込み身を震わす。
「ですから神と対話するものと権力者は分離しておく必要があるのです。一緒にしてしまうと人々は神の望む世界に真っ逆さまに落ちていくことになります」
「……それは悪い事なのでしょうか?」
「私達の歴史を思い出して下さい。それぞれの神がそれぞれ異なる正義を持っているのですよ?」
大統領はウンザリした顔をして首を横に振る。
「そのことを仲教を信じている連中は理解していません。既に頭を神にやられていますから考えられないのでしょうが」
「これからどうなるのでしょうか?」
「再び宗教戦争が起こるだけです。神の奇跡があるせいでより悲惨で凄惨なことになるでしょうね」
大統領は覚悟した顔をして副大統領に語りかける。
「神という名のハリケーンはすぐ其処にまで来ています。
私はこの地に生きている人々をそれらから守りたいのです。死んでから向こうの世界で怒られるのは真っ平ですから」