リヴェルム戦記   作:あいかや

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57 神が現れた後の世界

 異世界にやってきて四十七回目の春、リヴェルム連合王国歴六年目。

 神がいない世界に神が現れて一年ばかり経過したが世界は混乱したままだ。

 

 私は私が育った所と同じようにイデオロギーの対立から徐々に世界が衰退していくと思っていたんだが、神のせいで全てが無茶苦茶になってしまった。

 何でもナアナアにしがちな鳴国(メイケイ皇国)や事前に備えていた未国(ミドルズ連合王国)は落ち着いているが、その他の国では宗派対立から内戦状態に陥っている。

 

 特に被害が大きかったのは新興宗教だ。

 神の子や生まれ変わりを自称していた者は人知れず姿を消していき、酷い所では集落ごと消え去った。

 

 もちろん各国の政府は事態を沈静化させるべく動いているようだが政府の要人が自宗派を贔屓にするため収拾がつかなくなっている。

 こんなときこそ神の出番だと思うのだがアッチの世界の神々は人に力を与えるだけで何もせずに見守っているだけだ。

 廻神の契女であるベルナデッタは『神が介入するとより酷くなる』と言っているから暫くはこの気が滅入る状態が続くのだろう。

 

 だがこの内乱も誰かが一人勝ちしてしまうと、その矛先を外に向けるだろうから何をしないわけにはいかない。

 積極的に介入して皆が等しく消耗するように人道支援と言う名の工作を未国と共同で行っている。

 相手も私達の思惑に気がついているだろうが『異端者が勝ち残るのだけは許せない』気持ちのほうが大きいようで私達の『気持ち』を受け取ってもらっている。

 

 予想外と違ったのは院国が崩壊しなかったことだ。

 院国は宗教家を迫害していたから神が現れたことで虐げられていた宗教家の逆襲があると思っていたんだけど、彼らは幹部党員として生き延びていたんだ。

 今までは『宗教は麻薬』とか言ってたくせに、手の平を返して『我々は神に祝福されている』とのたまう姿を見ると強かだなと思う。

 

 宇宙事業のほうは重力魔術を使用した試作機が完成し動物を宇宙に打ち上げる所までいった。

 機川の趣味なのか、コッペパンみたいな形の機体が音も無くスーっと動く浮かび上がっていく様は盛り上がりに欠けたが開発者達は大喜びしていた。

 

 なお、打ち上げの現場にはヒルサーヤ山からドラゴンのベルニクスも来ていた。

 始めは中止させに来たのかと思い身構えたんだが『興味がある』と言われてしまい同席を認めざるを得なかった。

 守らないといけない人々が周りに沢山いる状態で、どこに沸点があるか分からない存在の対応をするのは本当に心臓に悪かったな。

 

「世界の名前?」

 

 業務が一段落して茶をしていると、唐突にモーエレンが私に問いかけてくる。

 

「はい、名称が無いことで事務手続きに支障がではじめてきているのです。神々が使用している名称は私達では表現できませんから……」

「それは皆で決めるべきものじゃないのか?」

「皆で『相談』して決まるとお思いですか?」

 

 言われてみれば確かにそうか。

 各国が主張をぶつけ合って紛糾する光景が目に見える。

 

「なら今私達がいる世界はレスユーニ、向こうのつい最近神が現れた世界は……ムルゲンスにでもしておけ」

「意味を伺っても?」

「レスユーニは古い言葉で多くの種族が暮らす世界、ムルゲンスは自由と平等の世界とでも言っておけ」

 

 モーエレンが不思議そうな顔をする。

 

「ムルゲンスは多くの民族が暮らす世界という意味なんだが、それだと文句を言う奴がでてくるからな。

 アイツらの大好きな自由と平等とでも言っておけば文句も少ないだろう」

 

 モーエレンが微笑みながら頭を下げて部屋から出て行くと代わりにキュネルが入ってくる。

 

「ごきげんよう」

「また変な言葉を覚えてきたな」

「何か間違いましたか?」

「いや、間違ってはいない、似合わないだけだ。

 それよりも何があった?」

 

 キュネルは私の言葉の意味を考え込むような顔をしながらも話をしはじめる。

 

「神が戻ってきたことで唯国(ユイスタイン帝国)の土着宗教が息を吹き返しまして、それが争いの種になっているのですよ」

「樹教だったか?

 確か聖人認定などされて仲教に取り込まれていたはずだが」

「神が現れたことでその設定はすべて無かったことになりましたな。

 今では神の寵愛を受けた戦士達が魔物退治に大活躍しておりますよ」

 

 家族や仲間のため神の力に縋るのは良いと思うが、今まで世話になってきた仲教をバッサリと切り捨てたら不味いだろ。

 

「今まで仲教の神殿騎士が行ってきたことを樹教の戦士が代わりにやっているのか。それは仲教にとって面白くない事態だな?」

「そうなのです。いまアソコは一番ホットな場所なんですよ」

 

 キュネルは心底嬉しそうにしている。

 

「だが、私達は積極的に何かをするつもりはないぞ?」

「私達は仲教の弱体化工作をしていますし、今回の件をうまく利用すれば唯国から仲教の影響を取り除くことすら可能だと愚考するのですが?」

「私達が行っているのはあくまでも人道支援だ。結果的に仲教の内輪もめが長期化し弱体化するかもしれないが、それが主目的ではない」

 

 キュネルは敵を滅ぼし手っ取り早く世界に安定をもたらしたいのだろう。

 だが私は静観したいと考えている。

 

 何故なら、この騒動の原因が超常存在だからだ。

 超常存在の意図が分からないうちに下手に関わって『未来永劫』根に持たれるのは嫌だからな。

 

「樹教の支配地域で巨人を見かけたとの報告も上がっております。千載一遇の好機ではありませんか?」

 

 尚更、関わるのはまずいだろ。

 樹教は勇敢に戦う戦士を称える文化を持っているから巨人と気が合うだろうがな。

 アイツら敵がいなくなると今度は身内同士で争い始めるんだ。

 『欲しい物は力尽くで奪い取れ』を肯定しているやつらに碌な奴はいない。

 

「私の決断は絶えず神に見られており、神々は私達の言動を見て人間を学習しているのだぞ?

 超常存在は相手にしたことはやり返しても良いだろう、という相互主義的な考え方を持っているのを忘れてはならん」

 

 キュネルは珍しく不服そうな顔をしているが、人の喧嘩に横槍を入れて両陣営から恨まれたりしたら面倒だろうが。

 

「仲教は私達にとって目障りな存在であることを否定するつもりはない。

 しかし『厄介な輩』を押しつける相手として仲教が有用なのも事実だ」

「つまり静観して受け身の体勢を続けるのですか?」

 

 キュネルは少し拗ねたような顔を向けてくる。

 

「そうではない。ちょっかいの出し方を良く考えろと言いたいのだ」

「どういうことでしょうか?」

「状況をよく観察し、ここぞと言うときに良かれと思った対応をすればいい。

 善意からの行動ならば結果がどうなろうとうも胸を張っていられるからな。こういう策謀はお前の得意とするところだろう?」

 

 

 神がいなかった世界ムルゲンスに神が現れたことで世界は大きく変わった。

 神々と人が共存している世界レスユーニから学ぶことで人間同士の殺し合いはほぼ無くなったが、政治体制が中世時代に戻りつつあった。

 

 これは魔物に対応することが出来なかった中央と食糧を生産し多くの被害者を出している地方が対立してしまったせいだ。

 中央の人間は自分達の生命と財産を優先し、その態度に不満を持った地方の人間が国からの独立を宣言したのだ。

 食糧を送って命を繋いでやっているのに、その相手からは偉そうに指示だけされるのだから当然の結果と言えよう。

 

 昔なら独立などと言おうものなら馬鹿にされたものだが今は神の力を授かった神官がいる。

 彼らは宗派による対立以外にも中央の『都会的な生活』をしている神官と田舎で『昔ながらの生活』をしている神官でも啀み合っている。

 そんな田舎で質素な生活を旨とする神官が地方の独立を支持したためにソレが現実になってしまった。

 

 何せ神の力の前で人は無力だ。

 神官から溢れ出る神のオーラを浴びてしまえば、抵抗手段を持たない生物は神威にひれ伏すしかできない。

 どんな悪辣非道な人間であっても神威の前では恐れおののき許しを請うことしかできなくなる。

 

 そんな神官が独立を『支持』するのだから周囲の人間は黙って従う。

 力を授かった神官が考える理想の暮らしを実現しようと努力する。

 

 実際は神の力を授かった本人ですら神威に飲み込まれており、どこからが神の意志でどこまでが自分の意志なのかすら分からなくなっているのだが誰もそれを理解していない。

 一つだけ確かなのは神は魔物の脅威から日々の暮らしを守ってくれる存在だということだ。

 それは人々の希望の灯火であり、心の安寧を提供してくれる存在なのだ。

 

 このような状況になると神官達の独裁が始まりそうなものだが、それは起きなかった。

 宗派対立による惨状を見た神々が神官の政治参加を許さず、もし神の意志に反するような行動をしようものなら破門されるからだ。

 今も『どこまで許されるのか』を模索する畏れ知らずはいるが、基本的に神官は神殿に籠もり祈りを捧げ続けるのが正しい姿とされている。

 

 このようにして地方が独立しまくったことで国は機能不全に陥った。

 建前上は自治区として扱われているが地方の有力者は支配地域を好き勝手に統治し、面倒事は中央に丸投げするという状態になった。

 生産手段を持たない中央の人間は地方の領主に頭を下げなければ生きていけなくなり力関係が逆転した。

 

 もちろん軍を用いて独立を阻止しようとした国もあったが結局はうまくいかなかった。

 軍の存在理由が『外敵への対抗手段』なため大義が無く、兵士には信心深い者や地方出身者が多くいるため脱走が相次いだからだ。

 そもそも一向に減らない魔物によって物流が滞り、補給がままならない状態で『同士討ち』などしている余裕はどこの軍にも無いのだ。

 

 そして物の価値が上がり続けたことで世界的なインフレになり、自給自足できない先進国は衰退していきプライドだけ高い厄介者扱いされるようになる。

 人々は世界の変化に適応するのに手一杯で他人を気にかける余裕など誰にもなく、弱者は人知れず消え去っていくのだった。

 

「ムルゲンスはもうダメね」

 

 モーエレンが読み終えた報告書を置いて元聖女のアカネに話しかける。

 

「どうしてでしょうか?」

 

 アカネはサイン王一味に加わってから積極的に貢献し今では中枢メンバーとして皆に認識されている。

 彼女はサイン王やモーエレンに憧れて『できる女』を目指しているが、顔立ちが幼いせいでその願いは未だに叶っていない。

 

「昔ながらの生活をすることが神の望みだと勘違いしているからよ。人は人らしく生きていかないとダメなの」

「???

 彼らは神の教えを守っているだけでは?」

 

 アカネは崇拝しているサイン王と憧れているモーエレンの前ではしおらしく振る舞う。

 人によって態度を変える性格は嫌われるものだが、実績を出し続けることで彼女は今の地位を手に入れた。

 

「神の教え?

 それは神が望んでいると人が勝手に想像したものでしょう?

 神は私達に何かを強制することなどないわ」

「神官が政治に口出すことを嫌っているようですが?」

「神は自分を崇拝している生物が滅びるのを嫌がるし、私腹を肥やす人間が嫌いだからよ」

 

 モーエレンの答えにアカネは更に混乱する。

 その困惑顔を見たモーエレンは教師のような顔をして説明をする。

 

「神は私達を群体として見ているの。だから全体の利益にならない行為は止めさせようとする。集団生活に馴染めない家畜を潰してしまうようなものよ」

「神は人を区別することができないのですか?」

「出来ないのでは無くてソレが必要だと思っていないのよ。貴方も興味ない男性は全てジャガイモにでも見えているでしょう?」

 

 アカネは妙に納得したような顔をしている。

 

「神は私達を餌をねだりに来る野良猫のように見ているのかもしれないわね。本当の所はどうなのか誰もわからないのだけれど……」

「では、どうすれば良いのですか?」

「一生懸命生きることよ。

 長期的な視野を持ってよく考え、そして周囲のものと協力して何かを成し遂げる。そうすれば最大限の『協力』を得ることができるわ」

 

 アカネはモーエレンの話に素直に頷く。

 

「神は従うものじゃなくて利用するものだと覚えておきなさい。

 自分達の生活は自分達の力で良くしていかないといけないの。神に聞かなければ正しいかどうか判断できないようでは何時までたっても動物と同じよ」

 

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