キュネルは外交官を、元聖女のアカネは広報官をしている。
二人とも現場で働くことを強く希望したため職位は低いのだが両者共にリヴェルム連合王国の中枢人物だ。
上司は査定の度にその立場に見合った地位に就いてくれ懇願するのだが決して頭を縦に振らず現場に止まっている。
サイン王に直談判しても『好きにさせてやれ』と言われてしまい毎日胃が痛い思いをしている。
何故なら二人ともよく問題を起こすのだ。
両者とも生粋のサイン王至上主義者であり彼を侮るものに容赦が無い。
上司も連合王国民のためサイン王を敬愛しているが、その上司から見てもキュネルとアカネの二人はやり過ぎる。
確かにサイン王を馬鹿にした輩が痛い目を見るのは胸がすくが、二人はヤルことをヤルと後始末をせずに次の案件に向かってしまうのだ。
事後報告という形で顛末を口頭で伝えてくるのだが、その内容はとても表沙汰にできず密かに処理しないといけない事ばかり。
一度だけどうにもならなくなり王に相談したらホルムを紹介され、そして上司は更に頭を抱えることになる。
一見、平和な世界もそれを維持するためには相応の代償を払っていることを知ってしまったからだ。
そんな上司の頭痛の種がまた悪巧みをしている。
サイン王から善意を持って行動せよと言われたキュネルと、モーエレンから神は利用するものだと教わったアカネが良からぬ事を相談し合っている。
「コンビニ事業のほうはどうなの?」
「予定通りですよ。今期中には各国の主要都市をカバーできそうですね」
転移門を自由に使える連合王国の全面的な支援を受けて、キュネルはムルゲンス世界にコンビニ事業を展開しはじめた。
例え大嫌いなリヴェルムがバックにいると分かっていても、物資が不足している状況では彼らの事業は神の次に有り難いのだ。
神は病を治し心の平穏をもたらしてくれるが、人と違う存在のため何が娯楽となるか理解できない。
神は魔物から身を守る力を与えてくれるが、豊かな生活に必要な『贅沢品』は与えてはくれない。
そんな彼らの需要を満たすためにキュネルは各地の地方都市に何でも取り扱う雑貨店を出店し始めたのだ。
サイン王がいつの日か呟いた『国を落とすなら地方から』という言葉を思いだし、人間が持つ物欲や顕示欲につけこんだ浸透工作を考えついた。
人から聞かれたら『困っている人々を助けるため』と答えるが、実際はリヴェルム連合王国の飼い犬を増やすための企みなのだ。
「数年もすれば私達を悪く言う人間はずっと少なくなるでしょうね。こんな世界にしてくれた神々には感謝しかありませんよ」
「それはいいけど私の会社の物を気軽に配るのは少し控えてもらえないかしら」
「対価は支払っていますよ?」
「レアリティの問題よ。そこらの田舎者が持っていたら私の顧客が嫌な思いをするのを理解してちょうだい」
アカネは富裕層向けのブランドをいくつも持っている。
それらの価値は入手しにくいことも含めての価値となっているのだが、魔族のキュネルはその理屈がいまいち理解できない。
彼の目には贈答品として贈ると非常に喜ばれるアイテムとしてか映っていないのだ。
「私の取り扱っている品に利用価値があると思ってくれているのは嬉しいことなのだけど。
『ここぞと言う時』に使って欲しいのよ」
「『とっておき』として扱って欲しいということですか?」
「わかってくれて嬉しいわ。それと消費すれば無くなるワインとかは今まで通りでも構わないわよ」
キュネルにはその違いが分からないが、与えられた条件を守ることは得意だ。
今日もまた人のことを知れたと内心で喜んでいる。
「それでアカネが進めている超人運動会はどうなんですか?」
「確かに奉納競技は今祝祭の目玉だけど……誰がそんな名称を?」
「閣下ですよ。分かりやすくてよいのでしょう?」
アカネはレスユーニの神々に捧げる祭典を開催するため各地を奔走している。
名分としては『世界に住まう人々が戦争によらず切磋琢磨すること』を祈願して開催することを思いついた、としているが実際の所は興行だ。
廻神に頼み込み主催神として他の神々へ根回しを行ってもらい、参加してくれるならその神の信徒に晴れ舞台を用意すると約束した。
祭典を開催するためだけに新たな街を作り、免税で有力者の興味を引いて、土地の利用権をオークションにかけて経済を過熱させた。
「正式名称はディアメス大祭です。人前ではそちらを使って下さるかしら?」
「わかっていますよ。
それで準備の方は順調ですか?
何か手伝えることはありますか?」
この大祭にはムルゲンスの人々に魔法の可能性を知らしめる目的もある。
魔法が無い世界では体を壊さないよう気をつけながら競技をしなければならないが、魔法がある世界では全力を出すことができる。
反対に力の出し惜しみをしようものなら神に反感を買いかねないから参加者達は死力を尽くす覚悟でいる。
人々は魔法によって人の限界を超えた闘いを見ることになるだろう。
その光景に夢中になり、今までの競技が子供の遊びに感じることになるだろう。
「それなら放映権などの割り振りで少し揉めているから、その調整をお願いできるかしら?
私は貴方と違って散歩感覚でムルゲンスに行くことはできないから」
「ええ、ええ、構いませんよ。
お友達を増やすのは大の得意ですからね」
アカネは自己顕示欲と承認欲求が人より強いため、予てからマスコミを自分達の手駒にしたいと考えていた。
今回の興行は影響力を高める絶好の機会だ。自分と自分が属している勢力を盤石にするために。彼女の価値を知らしめて自分を守ってもらうために。
「そうよね。
敵を増やすより、お友達を増やす方が断然いいもの」
「そうですとも。
閣下も『友達が多いほど選択肢が増える』と喜んでくれますよ」
そして友達関係を維持するための仕事がサイン王のタスクリストに積み上がっていくのだ。
「ところで閣下は今、何に注力しているのか知っていますか?」
「今までと同じよ。
優しい私達の王は皆が仲良く暮らせるように腐心しているのに、それを理解できない非協力的な輩がまだまだいるの。本当にどうして……」
「その手の輩がいなくなることはありませんよ。
何らかの理由をつけて虫のように湧いてくるのですからね。ですが、今後の為にも情報共有だけはしておきましょうか」
キュネルの言葉にアカネは用意してあった書類を手渡す。
ソレを受け取ったキュネルは手早く目を通しつまらなそうに呟く。
「今はこんな小物しかいないのですか?
人に寄生することしか考えていないような人間は金を握らすか女を宛がえば良いようにできるでしょう?」
「数が多いのが問題なのよ。
戦争が無くなって生活に余裕が出てきた途端にこれなんだから。私達の仕事は平和のほうが増えるみたいね」
キュネルはアカネの言葉に考え込む。
魔族の彼はその気になれば分身体を増やしたり眷属を派遣するなりして人海戦術で対処できるが、普通の人間にはそれが出来ないことを改めて理解する。
そしてサイン王の『厄介事は敵になすりつければいい』という言葉を思いだし一人で納得した。
「……何か面白いことでも思いついた?」
「いえ、閣下の『敵は滅ぼすより生かして利用せよ』という言葉を思い出していただけです。未だに新しい発見があるというのは素晴らしいことですね」
アカネは訳が分からないという顔を返す。
「彼らは他人よりも良い思いをしたいだけです。自分達が特別な存在であると実感したい、それだけなんですよ」
「そうね?」
「だから『美味しい話』を用意して彼ら同士に潰し貰ってもらいましょう。こんな時の為に貴方はマスコミの人達とお友達になっているのでしょう?」
キュネルの説明でやっと理解したアカネは悪い顔をする。
「楽しくなってきましたね。
計画を色々と練り直さないといけなくなりますが私達は『慈善活動』をするだけです。閣下もきっと気に入って下さいますよ」