異世界にやってきて五十回目の春、リヴェルム連合王国歴九年目。
超常存在に連れてこられて半世紀、前の世界と合わせると百年以上生きてきたことになる。
色々とやってきたが、世は全て事もなし。
結局、世界は落ち着くところに落ち着いた。
ムルゲンス世界は神との再会を果たし、今まで通りの生活をしていく国と神との牧歌的な生活をしていく国に分かれた。
私達と繋がりが強い国は前者を選び、仲教の影響力が強かった地域は後者を選ぶようだ。
科学技術を発展させなくても大抵の事は神の力で解決できるのだから無理に発展しなくても良いと判断したのだろう。
神を信じ、神に従っていれば自分と家族が概ね幸せに暮らせるのだから、その選択をするのも理解できる。
だが増え続けている魔物にどう対応していくつもりなんだろうな、とは思っている。
今は大丈夫でも将来のために備えておく、つまり兵器や防衛設備の開発は止めていけないと思うんだよ。
神を信じるのは悪いと言わないが、それを当てに出来なくなったとき全てを受け入れられるんだろうか。
私は神のことを私達と根本的に異なる存在だと思っているから彼らみたいに信じ切ることができない。
普段は自分が良かれと思ったことをやり、困った時には実家に頼るぐらいの感覚で神に縋ればいいと思っている。
それだけでも自身の言動に制約がかかるんだから、教義に厳格に従っていたら普通に暮らすこともできなくなる。
レスユーニ世界は古エルフと巨人が本格的な冷戦状態になり互いにマウント合戦を繰り広げている。
戦争するよりは余程いいが毎回仲裁役のようなことをさせられて少しウンザリだ。
私はこれでも異世界に跨がった国の王なんだからさ、話が拗れる度に世話役みたいに呼び出さないで欲しい。
それ以外はいたって平和だ。
たまにソケシアン帝国の光神教徒がうざ絡みしてきたり、種族間の文化衝突により揉め事が起こったりするが『話し合い』だけで解決できているからな。
私達には他国に誇れるだけの経済力と軍事力があるから『説得力』には自信がある。
それもこれも超常存在のせいであり、おかげでもある。
私はある日突然、私をこの世界に呼び込んだ超常存在から依頼の完了を告げられ、ご褒美として色々と融通してもらったんだ。
ポータルがゲームの世界と繋がり、私が生まれ育った世界で流通している物をゲーム内ショップを通じて入手できるようになったりしたのだ。
機川は限界まで欲しい物を買い漁り、一時行方不明になるほどに開発に没頭し、新型アンドロイドを引き連れて帰ってきた。
バリルンドも自分のラボに戻れて満面の笑みだったし、鉄崎も家族に再会することができて嬉しそうだったな。
私も久しぶりに本物のジャンクフードを食べることができて満足だ。
「私主、現実逃避はそろそろ止めて頂かないと困ります」
モーエレンが私の目の前に立ち、少し厳しめの目で見ている。
「はやく決裁して頂かないと業務に支障がでてきます。午後からも会談があるのですから限られた時間を有効に使いませんと」
リグナルド世界(ゲームの名前をそのまま使った)、私達が元々いたとされる世界の国々は私達と同等の知識と技術を持っている。
そうじゃないとゲームとして成立しないから仕方が無いのだが、そこと繋げてしまったせいで余計な仕事が増えることになった。
幸いポータルは廻神の管理下にあるため侵略される心配は無いのだが『新しい世界を独り占めするな』と、しつこく迫られている。
「もう、国民全員をムルゲンスやレスユーニに引っ越しさせてポータル閉じたらいいんじゃないか?」
「私主、妄想はそこまでにしてください。できるわけがないでしょう?」
リグナルド世界ってさ、一人で世界を壊滅させられるようなNPCがゴロゴロいるんだよ。
徘徊する魔物だって他の世界なら伝説級だし、ソレに対抗するために流通している魔術もヤバイものばかりだ。
その状況を作り出したプレイヤーである私が言うんだから間違いない。
「私の平穏な生活はいつまで維持できるのだろうな。
欲しい物は手に入らず、欲しくない物ばかり手に入って……」
「私達は自分で自分の進む道を決められる立場の人間なのですよ?
天から与えられるのを口を開けて待つような言動は慎んでいかないと」
そんなこと言っても、もう詰んでいるんじゃないか?
何もかも投げ出して新たな世界を見つけに宇宙にでも逃げ出すのはどうだろうか?
「なあ、新しい世界に興味は……」
「アーシュ、これは貴方が選んだ道なの。駄々をこねていないで仕事をしなさい」
「ハイ、マム」
◇
サイン王は神々がいなかったムルゲンス世界と神々が元からいたレスユーニ世界は平穏で平和だと思っているが、もちろんそんなことはない。
特にムルゲンス世界は魔素の均一化が進み、レスユーニ世界と同じような状態にまで文明が退化している。
つまりレスユーニ世界と同じように魔物が闊歩する世界になり、物資の大量輸送ができなくなったのだ。
石油文明は物流が途絶えると崩壊する。
必要な物資を必要な場所まで運ぶことができなくなると電気や水が供給できなくなり生活が維持できなくなる。
いわゆるゾンビ映画のような状況になり、人々は生き残るため何でもするようになり世界人口は徐々に減っていく。
そんな状況でもリヴェルム国とその友好国が何とか文明レベルを維持し続けられているのは、ゲームでソレを実現していたNPCが仲間にいるおかげだ。
決してムルゲンス世界の人々が無能だったわけでは無く、何とかしようと足掻いていたが試行錯誤する前に全て魔物にダメにされてしまったのだ。
そして神に縋ることで何とか子孫を残せるようになり、結果としてレスユーニ世界の人々と同じような生活まで落ちぶれる。
サイン王は彼らがその道を選んだと思っているが、現実はそれしか生き残る術がなかったのだ。
仲教がサイン王と和解していれば、彼らの支援を全面的に受け入れていれば、違った未来もあったのだろうが。
「我が国も随分と落ちぶれたものだな」
未国(ミドルズ連合国)の国王ゴードン四世が呟く。
女好きの三世が崩御し、新たな国王となった四世は自国の財務収支を見ながら溜息をついている。
「これでも他の国と較べればマシなのです。やれることが沢山あると思えば頑張りがいもあるというもの」
「本当に可能だと思っているのか?」
「我々にはお手本(リヴェルム連合王国)がありますから」
首都と主要都市は何とか支配下に収めているが、地方はその土地の有力者におさえられてしまっている。
人々は家族と財産を守ってくれる相手を支持するため政治体制は封建制に逆戻りしてしまった。
本物の神に仕えることになった聖教会が国王を支持し、現体制を否定しなかったため何とか面目を保っている状態だ。
「だが地方領主どもは我々の言うことなど聞かないだろう」
「言うことを聞かせるのが貴方の仕事です。
嫌かもしれませんが先王の『やり口』を思い出して下さい。私ども事務屋は『王家の知恵』に期待しておりますよ」
◇
レスユーニ世界の住人はサイン王から伝え聞くリグナルド世界の話を半信半疑に聞いていたが、実際に目で見て考えを改めた。
サイン王の国はゲームで言うならラスボスが住まう場所にあり、周囲に徘徊している魔物がそれに見合った強さだったたからだ。
四方を魔獣王と呼ばれている強力な魔物に囲まれた土地にあり、それらのおかげでサイン王の国は他国に侵略されにくくなっている。
だがそれは魔獣王と対等に交渉できるサイン王がいて初めて成り立っているのであって、もし王が弱者と判断されればたちまち魔物の群れに飲み込まれてしまうだろう。
そのことを知った古エルフと巨人の指導者達はリヴェルムに対抗するため更なる国力増強に励むようになる。
そして他の国々は、その隔絶した力の差に反抗する気力を失い、共に手を携え生き残る道を模索し始めるのだった。
何せ伝え聞く限りリグナルド世界の人々は自分達と変わりないのだ。
珍しい物や欲しい物があれば奪い取ることも選択肢の一つと考える同じ人間なのだ。
サイン王のように欲しい物は自分達で生産できないと気が済まないタイプは希少種どころか絶滅危惧種といっていいだろう。
リヴェルム連合王国に当分の間は防壁になってもらい、もしもの時のために密かに準備を進めておく。
もし準備が整わないうちに『その時』が来てしまったら『サイン王に責任を取らせよう』と各国の指導者は考えていた。
このような事情があるためレスユーニ世界の国々はリヴェルム連合王国に協力的なのだ。
決してサイン王の考えに賛同したわけではなく、リヴェルムがいなくなったらアレらと直接対峙することになると考えた結果なのだ。
「で、機川は何をしているんだい?」
ホルムは報告書を持ってきたついでにモーエレンに尋ねる。
「ご自慢の機械化兵団のアップデートとやらに集中しているわ」
「宇宙開発はどうなったんだい?」
「兵力増強を優先したいと強く要望してきて、それを王が許可したのよ。アレらは使い捨ての機械なんだから今のままでも十分だと思うのだけど」
機川がリグナルド世界に戻って真っ先にやったのが、新たに入手した魔導回路の技術をお気に入りのアンドロイドに組み込むことだ。
この改造により魔素が無い場所での運用は出来なくなったが、躯体構造がシンプルになり消費電力も削減された。
その空いたリソースを性能向上に使うことで『更に強くなった』と機川本人はご満悦だ。
「そうかい、そういう事情があるなら仕方がないね。魔法に頼らない計算機の開発が滞るのは気に入らないが……」
ホルムもリグナルド世界と繋がったことで手塩にかけて育てた部下達と合流することができ機嫌が良い。
これにより彼女の影響力を及ぼせる範囲が一気に広がり、リヴェルム連合王国の治安は一気に向上した。
何せプレイヤーと渡り合う国からの工作活動を未然に防いできた者達なのだから、その能力はお墨付きだ。
「それで貴方は、この平和がいつまで続くと見ているの?」
「そりゃあ普通に考えれば暫くは平和が続くだろうね」
「王はそう考えていないようよ?」
ホルムは溜息をついて、この会話を盗み聞いているだろうサイン王に対して説明を始める。
「まずムルゲンス世界の奴らは新たな時代に適応するのに十数年はかかるだろうね。
その後はレスユーニ世界と同じようになる。神の下で、いつまでも変わらない生活を送るようになるんだ」
「古エルフや巨人は私達に対抗しようと頑張っているようよ?」
「長命種は短命種と違ってそう簡単には変わらないよ。アイツらは世代交代が殆ど行われないからね」
「でも危機感は持っているようよ?」
「理屈の上ではね。でも前回の騒動で私達に綺麗に負けただろう?
生物というのは滅びるくらいの酷い目に遭わないと今までの生き方を変えないもんだ」
ホルムは言い聞かせるように語り聞かせている。
「私達が注意しないといけないのはリグナルド世界の面々だ。アイツらは絶えず面白そうなことは無いかと目をピカピカさせているからね。
だが、廻神がポータルをおさえているおかげで積極的に動くことが出来ずにいる」
ホルムはサイン王がいる方向を向いて話を続ける。
「だから当分の間は平和さ。
私達の敬愛している王が余計な事をしでかさなけりゃあね」