私は執務机に広げた地図を見ている。
部屋にはオコナーもいてお互いに意見交換をしている最中だ。
「この場所だと何か不都合があるのですか?」
オコナーが地図の一点を指し示して私に聞いてくる。
「もしヤレレリアンとタユルトが同時に組んで攻めてくることを考えるとな」
私とオコナーは拠点の場所を何処にするかで話し合っている。
永住するつもりは無いが暫くは腰を落ち着かせることになるのだ。
あの魔物達のことや外貨獲得手段を何にするか等、検討すべきことは多い。
「ではここの中州はどうですか?
川幅があるから守りやすいし物流の面から見ても有利かと」
「最初の拠点としてはもう少し普通な場所を選びたい。
洪水の規模がどの程度になるかわからないからな」
手元にあるのは自分たちで作成した周辺地図とドワーフから教えてもらった情報のみ。
これがゲームだったらボタン一つでマップを見放題なのに。拠点を決めるのにこんな苦労するとは思わなかった。
ドワーフの王都に外交使節としてキュネルを送り込めたので色々と情報を集めてもらっているが全然足りない。
「やはり隣の空白地帯に国を造るのが手っ取り早いか」
今いる大陸の真ん中には広大な山脈地帯があり誰も所有権を主張していない。
理由は山脈地帯にドラゴンが住んでおり、周辺に強力な魔物が生息しているからだ。
一応オークやトロールが自分たちの領土だと主張しており、侵略してくる軍には団結して対抗してくるらしいが。
「それも良いかと。
魔物は弱肉強食で御しやすいですから」
ドワーフとエルフの国を通って海まで繋がっている川の源流が山脈地帯にあるらしいから少し調べて貰うか。
「少し宜しいですか」
モーエレンが執務室に入ってくるなり申し訳なさそうに話してくる。
オコナーとの打ち合わせを中断し話を聞いてみると、バリルンドが人夫として雇用した者の中に素行の悪いものがいるらしい。
そいつらが頻繁に揉め事を起こすので処分してしまいたいのだが許可を頂けないか、と相談される。
「問題を起こしている輩に腕が立つ奴はいるのか?」
「どこにでもいる小悪党です。
手癖も性根も悪く女子供が怯える様を楽しむような……」
「つまり、この世界の一般的な人間と言うわけだな」
どうするか。私に相談しに来たと言うことは使い道を考えて欲しいと思っているんだろうが。
「傭兵部門、いや傭兵だと少し印象が悪いか。
警備部門、いや抱え込むより子会社化したほうが良いな」
「民間の軍事会社を立ち上げてそこで雇うつもりですか?」
「雇うのでは無く起業させ全て任せる。
お前達に任せるなら外部機関にする必要は無いからな」
「何かあったら切り捨てるためですか?」
「そうだ。
外部の傭兵部隊が一つでもあれば便利に使えると思わないか?」
私の問いにモーエレンが頷く。
「確かにいれば便利ですが今やることでは無いかと」
「今、ドワーフの王都に誰がいる?」
「キュネルとバリルンドです。
それと鉄崎が護衛として」
「そうだ。
私はキュネルを使節代表として送った。
きっとアイツらは厄介で面倒な仕事を引き受けてくるぞ?」
「まだ私達の体制が整っていないのにですか?」
「バリルンドが一緒なのだ。
荒くれ者の会社を立ち上げたと聞けばドワーフ達に恩を売れるような仕事を持ってくる」
私の言葉にモーエレンは半信半疑のようだが、キュネルは厄介事を持ち込むのが好きだからな。
それに人を扱き使うのが上手なバリルンドが一緒なんだ。きっと色々な仕事を持ってくるだろう。
「担当は、そうだなホルムに任せれば良い。
アイツは小悪党の取り扱いに慣れている。
最低限、使い物になるように教育してくれるだろう」
「彼女は別件で動いています」
「魔物の巣を探す仕事は中断すればいい。
事態に変化があったら再開すれば良いだろう」
「仕事を中断させると嫌がりますよ?」
「そろそろ自由に使える人員を欲しているはずだ。
予算をつけてやれば喜んでやると思うぞ」
モーエレンは不満そうだ。
ただ今のような立ち上げ時に人手が欲しいのは理解しているはず。
「小悪党共に成り上がれるチャンスをくれてやれ。
自分で自分の人生を差配できるようになれば生き方も変わる。
幸い私達は金払いがいい。きっと夢中で働いてくれるぞ」
◇
丸太小屋で仮面男と異形が話をしている。
乱雑に組み上げられた、隙間が多く雨がしのげるだけマシという小屋の中。
仮面男は中央に設えられた囲炉裏で暖を取りながら異形に苛立ちをぶつけているようだ。
「この世界では嘘つきと盗人のことを傭兵と呼ぶのか?
これだから人間は嫌なんだ」
「だがお前以外の指揮官が増えたことで戦術の幅が広がったろう?
現にこの世界の軍隊に対して無類の強さを見せている」
「お前から与えられた兵は血と肉に酔い、ゴロツキは財貨にご執心だ。
出来ることは前進して殲滅するだけ。
これでは敵に勝てん」
「戦争は兵隊の士気と数で決まる、と言っていただろう。
お前の軍隊は両方とも備えている。
数で押しつぶしてしまえば良い」
「兵科の相性を忘れているぞ。
実際、私の軍隊もどきはドラゴンに手も足もでなかった」
「だからワイバーンを加えたのだろう?
もう一度挑戦したらいい」
「ワイバーンごときでドラゴンに勝てるか!
俺は無駄なことをするつもりは無い」
仮面男は薪を放り込みながら憤慨するも異形は意に介せず不敵に微笑んでいる。
「それでお前はいつまでオークの廃村にいるつもりだ?」
「敵の行動が読み切れん。
各地を荒らし回れば義憤に駆られて釣り出せると思ったんだがな」
「既に死んでいるのかも知れないぞ。
各地で殺しまくっているだろう?」
「それは無い、手応えがなさ過ぎる。
相手は私と同等以上の力を持っているのだろう?」
異形は仮面男の問いに答えず笑みを深めるだけ。
「まあいい。
暫くは戦力を増やしつつ情報収集してく」
「やっと人を使うことを覚える気になったか。
口酸っぱく言ったかいがあるというものだ」
「俺には情報を集める力も伝手も無い。
お前がしてくれればいいのだが出来ないのだろ?」
「代償を払うなら幾らでも手伝ってやろう」
「これ以上、不利な状況になってたまるか」
異形が心外そうな表情を浮かべるのを仮面男は憎々しく睨み付ける。
「今まで通り伝令官のまねごとはしてくれるのか?」
「それぐらいならタダでしてやろう。
私は協力的な友人だからな」
「それならいい。
まずは敵を知ることからだ。
敵は必ず新興勢力として台頭してくる。
そして気が緩まる時を待ち、その時に攻勢にでる」
◇
ここはドワーフの街につくられた人間用の食堂。
店内は魔法で明るく照らされており、床にはシミの一つも無く綺麗に掃き清められている。
美味しい料理と酒を安い価格で提供しているため、最近は人間だけでは無くドワーフも利用しているようだ。
夜も遅い時間のためそこら中で酒盛りが行われており、店員が忙しく行き交っている。
その中の1つのテーブルに揃いの革鎧を着た男達が笑顔を浮かべながら談笑している。
「今日は新人の歓迎会だ。
ボスのおごりだから好きに飲み食いいしていいぞ」
「ホントかよ。
流石は俺らのボスだ」
「新入りのイタチっす。
スラムでスリをしてたっす」
「おう、だからかウチに配属されたのか」
「どういうことっすか?」
「ここはいろんな道具を貸してくれんだが使い方が難しくてな。
んで使い方を間違えると壊れんだ」
「そんで壊すとスゲー怒られて罰金だ」
「だから手先が器用なイタチには期待してっからな」
男達は塩茹でされた豆を手で掴んで口に放り込み、冷えたエールで流し込む。
机の上には湯気が立った料理が次々と運ばれ、競い合うようにして手で掴み口に運んでいる。
「ここでメシを食うと戻ってきたって感じがするな」
「ああ、今回も生き残れたな」
「ここのメシって旨いっすよね」
「サイン王万歳だ」
「サイン王ってこの街の責任者なんすか?」
「ちげーよ。
ここはドワーフの街だぞ」
「くそったれな人生から救い出してくれた恩人様よ」
「女神の生まれ変わりだって噂だ」
「俺は美しさに嫉妬した女神に飛ばされてきたって話を聞いたぞ」
「フェリグスって国で内戦が起きて戦うのが嫌になって逃げてきたって話もあったぞ」
男達は酒が入ったせいか好き勝手な妄言を垂れ流し、笑い合っている。
「それよりウマのやつは今何してんだ?
この頃みねーんだが」
「野郎はファロスヒル様に連れてかれたって話だ」
「御蟲様にか。
可愛そうに」
「何が可愛そうなんすか?」
「酒がまずくなるから話したくねえ」
「気になるっす」
「うるせえ。
持ち回りで回ってくるから、その時まで楽しみにしとけ」
新入りが食い下がるが先輩達は頑なに説明を拒み、酒を呷り油が滴る唐揚げを黙々と食べている。
やがて酒が回ってくると仕事の愚痴や賭け事、女の好みなど下らない話題で騒ぎ始める。
「ところで部屋の隅にいる姉さんがこっち睨んでるんすけど」
「馬鹿野郎!
機川さんと目を合わすな!」
「何かこっちを指さして怒鳴り始めましたよ」
「おい、逃げるぞ」
「店員!
金ここに置いてくぞ!」
「そんなに慌ててどうしたんすか?
まだ飲み足りないんすけど」
「いいから黙って従え。
酔った機川さんに捕まると朝まで付き合わされるぞ」
「女と飲めるなんてチャンスじゃねーんすか?」
「あの人はヤベーんだよ。
朝まで愚痴聞かされて説教までされて、しかも髪まで毟られるんだぞ!」
◇
丘上に狩人の格好をしたファロスヒルがいる。
深い緑色のフード付きマントを纏い、革製の現代的なザックを背負っている。
寒風を気持ちよさそうに受けとめ眼下で作業をしている男達を眺めている。
そこに馬面の男が駆けながら丘を上がってきてファロスヒルの前に跪く。
「何かあったの?」
「ご相談したいことがあります」
「なに?」
「私達は幸運にもサイン王より警備の仕事を頂きました」
「そうね。
それで?」
「私達は何をやらされているのですか?」
「探索と調査」
「そうです。契約が違うのです。
そろそろ解放してください」
「警備は私の蟲が代行している。
報酬は倍以上の額を払うことになっている。
何が問題なの?」
「お金の問題じゃ無いのです。
このような辺境の地では士気を保てません。
体力的にも精神的にも限界なのです」
馬面は地面に伏して必死の懇願をしている。
ファロスヒルはそれを思案顔で眺めながら、ふと思いついたように話し始める。
「大義と名誉ね?」
「は?」
「あの子も言ってたわ。
人を動かすには金と気持ちだって」
「はあ……」
「私達はね。
ここに国を造るつもりなの」
「!?
魔物達の土地に?」
「だからよ。
魔物達は力尽くで追い払えば納得する。
屁理屈をこねる人間の相手をするよりずっと楽」
「貴方たちにはそうかもしれませんが」
「それでね。
貴方たちは今、最初の街に相応しい土地の調査をしてるの。
これは建国史に名前が載るような仕事よ?」
「名前が?」
「そうよ。
貴方たちの名前が語り継がれるの。
子供達は貴方たちを自慢するでしょうね」
「で、ですが私の部下達は限界」
「王から直々に褒めて貰えるわよ?
もしかしたら名前だって覚えて貰えるかも?」
ファロスヒルは自身の言葉に落ち着き無く葛藤し始める男を面白そうに眺めている。
「このまま帰れば今までの生活が続くだけ。
でも、ここで奮起すれば貴方たちは何を手に入れられると思う?」
そんなやり取りをしている二人の所に、懸命に駆け上がってくる男がファロスヒルに叫ぶ。
「敵襲!
御、ファロスヒル様!
変異種の大群です」
ファロスヒルは男の報告を聞くと爽やかな笑顔を浮かべ報告者の方へ足を踏み出す。
去り際に馬面に言葉をかけながら。
「私は私の仕事をしてくるわ。
貴方たちはこれからのことを考えてなさい」
ファロスヒルは報告してきた者を伴って丘を降りていく。
彼女が履いているブーツの下に出来た影はシミのように暫くのこり続け、そこから子犬ぐらいの大きさの蟻に酷似した蟲が湧き出てくる。
蟻に似ているが蟻とは異なる蟲。
スズメバチのような大顎を鳴らし、太く長い六対の脚を地面に突き刺しながら移動する。
扁平でしなやかな腹部の先には針がついており、よく見ると針先は湿っているようだ。
黒鋼色の外骨格は金属のような光沢を持ち、触角を揺らしながら小ガモのようにファロスヒルの後をついていく。
蟻は途切れること無く、それこそ丘一面を覆い尽くす勢いで這い出てくる。
その蟲の大群が鳴らす音、殺意の塊のような外見は見る者に恐怖を起こさせる。
ファロスヒルは優雅に前方を指さし歌うような声で語りかける。
「愛しい我が子たち。
エサが向こうからやってきたわ。
いきなさい。
幼子がお腹をすかせて家で待っているわよ」