クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ大統領(偽) 作:けつだけせいじん
アナコンダ伯爵は地響きのような音と共に目が覚めた。
額の奥がじんわりと熱を持ち、視界が僅かに歪む。
身体の芯に重たい鉛でも流し込まれたかのようだ。
くらくらと目眩がし、吐き気がする。
はて、自分は何をしていたのだったか。
ぼんやりと揺蕩うように、微睡みながら考える。
けれど瞼は重く、意識は再び暗闇の中へと落ちていく。
ドズン。
また一際大きな音が響き、自分の顔にパラパラと小石が落ちて来て、眠りは妨げられる。
騒音と頬に当たる冷たい痛みが、アナコンダ伯爵の目を完全に覚ます事となった。
ーーそこはこの世の終わりだった。
自分が追い求め、恋焦がれていたブリブリ魔人。
苦労を重ね、やっとの思いで遺跡の奥深くまで辿り着き召喚した願望器。
その世界征服の一助となるべき筈の存在が。
謎の巨大な美女と争い、取っ組み合いをしている。
一体、何が起こっているのだろうか。
アナコンダ伯爵が疑問に思うも、解説するものは誰もいない。
遺跡全体が揺れながらも、戦闘は続く。
両手を押し合うように掴みあっていた彼ら。
謎の巨女が足を上げ、ブリブリ魔人の腹めがけ膝蹴りを行う。
防がれる事なくその攻撃は通った。
腹にダメージを負い、よろけた拍子に力が抜けたのか。押し合いをしていた手が緩まり、巨女の手が自由となる。
その一瞬の隙を突かれ、ブリブリ魔人の顔面に向かって豪快な風切音と共に拳が振り抜かれる。
ドズン。とアナコンダ伯爵がいる建物に向かって倒れるブリブリ魔人。
大きな衝撃で、正気を取り戻したアナコンダ伯爵はブリブリ魔人に向かって駆け寄った。
「お、おい! 魔人よ! 私がお前を呼び出した人間だ。だから願いを叶えろ!」
だがブリブリ魔人は自身へ向かって投げられた言葉に反応することは無かった。
追撃を行うようにドロップキックを繰り出した巨女の足を倒れた状態で掴み取り、立ち上がると同時に上下へと振り下ろす。
地面へと巨大な物が衝突する事で、遺跡はさらに揺れる。
ひぃっ、と頭を抱え、怯えるように身を伏せるアナコンダ伯爵。
何故だ。魔人は呼び出しさえすれば、願いを叶えるのではなかったのか。
いや、そもそも。
アレは本当に自分が呼び出した魔人なのかーー?
壺から召喚した当初は全身が薄い桃色で、赤い衣装が印象的だったのに対し。
今では色が反転したかのように黒く染まり、衣装までもが白く変貌している。
もう何が何だか分からない。
自分が壺から魔人を召喚した後。急に意識が途切れたかと思えば、このような事態に陥っている。
誰か切実に説明して欲しい。
それくらい何も分からない、が。
この場にいるのは危険だということだけは理解出来る。
逃げなければ。
何もかも意味不明なまま計画が崩れた事に屈辱を感じながらも、生存本能が促すまま、アナコンダ伯爵は階段を駆け下り始めた。
★ ★ ★
くっそ、強いな!
両足を掴まれ、地面に叩き付けられながら頭を回す。
徳用大景観(グランチェンジ)という権能を土壇場で獲得したは良いものの、そもそもの戦闘経験が全くないのだ。
喧嘩だって小学生でしたものが最後だ。
特段不良でも運動部でも無かった俺が、ちょっとでも魔人と渡り合えていたのが奇跡に近い。
手を頭の後ろに回し、叩きつけられる衝撃を少しでもカバーしようと防御姿勢を取る。
その間もブリブリ魔人は容赦なく俺の身体を振り下ろし、地面へと叩きつけてくる。
身を捩っても、決して離さないとばかりにギュッと足を掴んだままだ。
一見すると、もはや魔人から逃れる事は出来ない。
このまま一方的に嬲られる詰みパターンに入ったかと思うだろう。
だが、逆に言えば、だ。
ブリブリ魔人が俺を離さないってことは。
相手も同様俺から逃げられないってことに他ならない。
魔人と渡り合えるのが奇跡?
そんなもん関係ない。
大統領スペックによれば戦闘経験なんてなくても、性能差で勝つことなんて余裕だ!
再び地面に叩きつけられた後。
タイミングを合わせて腹筋に力を入れ、むくりと上半身を起こし。その勢いのまま、ブリブリ魔人へと熱い抱擁をブチかます。
その時点でブリブリ魔人は俺が何をするか察知したのだろう。
先程まで万力のように締め付けていた俺の足から手を離し、抱擁を振りほどこうと藻掻く。
おいおい、折角の美女の抱擁だぞ?
そんなに嫌がると傷ついちゃうなぁ。
だが、もう遅い。
こうなったらお得意のバックステップも形無しだろ。
避けれるものなら避けてみな。
重力操術、全開。
空間の歪みがブリブリ魔人の肉体を崩壊へと導いていく。
ミシミシと血肉が弾け、全身の骨、臓器をぐちゃぐちゃに圧し潰す。
最後の最後まで抵抗を続けていたが、俺の重力からは逃げられない。
頼むから大人しく死んでくれ。
全身が挽肉の圧死体になると、漸くホールドを解き、息をつく。
こうなってみると呆気ないものだ。
ドチャリ、と血と臓物に濡れた床に構わず腰を下ろす。
ぬるりとした感触が気持ち悪い。
しかしそれでも構わないと思うほどに疲れていた。
……実に恐ろしい相手だった。
この平和な世界なら大統領ボディさえあれば無敵だと奢り高ぶっていた熱が一気に冷まされた気分だ。
やはり慢心はいけない。
英雄王だって慢心さえしなければ最強と良く言われるのに、慢心が故に衛宮士郎みたいな一般人に負けるんだもんな。
言うほど衛宮が一般人か?
という疑問はさておき。
クレヨンしんちゃん世界でも割と世界危機は頻繁に発生する。
その中でもブリブリ魔人みたく強力な相手はいないものの、油断ならない技術を持っている奴は幾らでも登場する。
大統領スペックがほぼ無敵とはいえ、慢心していると今回みたく足元を救われかねない。
これに懲りたら慢心するのは辞めよう。
そう俺が決意を新たにしていると。
「おい、そこの女!」
魔人を倒した途端、響き渡った怒声。
キョロキョロと辺りを見回してみると、取り残したアナコンダ伯爵が此方に向かって話しかけているのが見えた。
呼び掛けに答えるのすら億劫で、ジロ、と視線を向けてみやると。
うっ、とたじろぐアナコンダ伯爵。
しかし怯んだ間も極わずか。
威勢よく再び怒鳴り散らす。
「お前は一体何者なんだ!?」
その問いに対し、俺は。と一人称をそのまま口に出そうとして言い直した。
一人称を“俺”として口に出せば、何となくだが、折角手に入れた力を手放してしまうような気がして。
「“私”の名前はーー」
そこまで言いかけた所で、気付く。
地面に散らばっていた肉塊が蠢いていることに。
サーッと顔が青褪める。
頬の筋肉がピクピクと痙攣する。
おいおい、マジか?
それは。それはやっちゃダメだろ。
もぞもぞと動き始めた血や肉塊はやがて一箇所に集まり出すと、次第に姿を元通りに形成して行く。
その血肉は手となり、足となり、胴体となり、頭となった。
閉じていた目を見開き、カッと此方を睨むように見つめている。
ブリブリ魔人はあっという間に復活を果たしてしまった。
はーー!
なんだよクソゲーか!?
ピッコロじゃなくて魔人ブウ並の再生力はチートだろ!
「おい、そこの人間。死にたくなければ逃げた方が良いぞ」
そこまで忠告して重い腰を上げて立ち上がる。
これで逃げないようならもう知らない。
わざわざ転移させてやる暇もないし。
勿論、仮に残っていたのが野原一家だった場合はダメージ覚悟で逃がしていたが、アナコンダ伯爵って所謂テロリストなんだよなぁ……。
自分の前で死なれると気分悪いから忠告しただけで、銃火器や潜水艦やら飛行機とかを所有するテロリストの首魁と考えれば、普通に見殺しにした方が世の為っていうね。
しかし、どうする……?
このまま戦い続けても相手が無限に再生するなら絶対に勝てないだろうし。
様子見していると、ブリブリ魔人は数歩左に移動してから、此方に殴りかかってくる。
両腕を交差し、繰り出された一撃を受け止める。
ズズッ、と踏ん張ったにも関わらず、右脚が後退する。
相も変わらず重いパンチだ。
復活したばかりならちっとは弱体化しろよなッ……!
……アレ?
なんだ。今の動き……?
今まで直線で真っ直ぐ殴りかかってきた魔人にしては珍しい。
漠然とした違和感を覚えたまま、ブリブリ魔人の暴力に耐える。
どうせこのまま戦っても勝ち目は薄い。
なら、この違和感を解消する為に試してみる価値はあるな。
猛攻を受けながらも、先程までブリブリ魔人がいた場所まで逃げ、辿り着いてみた。
さあ、どう動く……?
するとブリブリ魔人は今まで攻撃に使用していなかった右足からの回し蹴りを行い、俺の腰を強打する。
俺は“左”側に向かって倒れ込む。
その時、あるものが視界に映り込み、ブリブリ魔人が起こした行動の意図を理解した。
ーーなるほどな。そういう事か。
ブリブリ魔人は倒れた俺に向かって拳を振り下ろす。
その拳を頬で受け止めながら笑う。
分かったぞ。
ブリブリ魔人。お前を倒す方法が。
先程、俺がいた位置から右にあったのは黄金で建造された台座のようなもの。
その頂上にはこの遺跡を支えてある一本の柱がある。
原作ではこの柱が倒れる事で遺跡は崩壊し、ブリブリ魔人は壺へと吸い込まれた。
つまるところ。
俺は勘違いをしていただけで。
鼻石なんて関係なく、柱自体を壊されたら此奴は困るって事なんじゃあないのか?
俺は勢い良く跳ね上がり、ブリブリ魔人を殴り飛ばすと。一気に頂上へと飛び込む。
だが、流石はブリブリ魔人と言うべきか。
即座に追い縋り、俺を抱きとめ羽交い締めにする。
やっぱりそうだ。
今までしてきた攻撃をしてこない。
柱を破壊されると困るんだよな?
俺を殴り飛ばしたら、柱に衝突して折れる可能性があるもんなぁ!
そうとなれば話は早い。
肘打ちで相手の鳩尾にエルボーをかまし、生じた隙間からヘッドバットで頭蓋骨をアゴ目掛けて衝突させる。
拘束が緩まった時、先程の返礼として回し蹴りを放ち、ブリブリ魔人を空中へと舞わせる。
これでもう邪魔者はいない。
行くぜ!
ボールを相手のゴールにシュゥゥゥーッ!
超! エキサイティン!
右足を振り抜き、黄金の柱向けてローキックをかます。
ピシリ、と柱にヒビが入る。
もう一発いくぞ!
今度を左足を振り抜くや否や、ブリブリ魔人が再び俺を背後から拘束して来た。
なら、今度はこうするまでだ。
全身の力を振り絞り、柱目掛けて近寄る。
互いに全力。
青筋を立てて筋力に任せて抵抗に抗う。
どうやら俺の筋力の方が僅かに上回っているらしく、ブリブリ魔人をズリズリと引きずって行く。
「これで、終わりだあァァッ!!!」
そして、柱目掛けてタックルを仕掛けた。
先程攻撃したことにより生じたヒビ。
それは大統領の肉体と、ブリブリ魔人の体重に耐えきれず、ピシピシと大きく広がり。
やがて耐えきれずに柱は折れてしまった。
ッシャオラ!
どうだ見たかブリブリ魔人!
俺の勝ちだ!
「見事だ。盗掘者よ。……だが、お前も道連れだ」
ブリブリ魔人は俺を抱き留めていた腕を未だ離していなかった。
すると遺跡が崩壊し始めるとともに、ブリブリ魔人は俺を抱きとめたまま、遺跡を貫き、空を舞い、海を渡る。
その方角は、明らかに元壺があった場所。
日本、埼玉県、春日部市、その地下深く広がる大森林へと向かって飛翔していた。
俺ごと壺に封印するつもりか。
だがな、何のために重力操術をさっき使わなかったと思ってるんだ……?
こういう想定をしていたからだよ。
「残念だったな。“私”の勝ちだ」
ブリブリ魔人の顔が、ふと緩んだような気がした。
一方、野原一家はというと。
「おい出してくれよ!!」
「とーちゃん、オラ腹減った……」
密入国容疑で逮捕されていた。
大使館前に移動➞
地理が分からないから大使館に気付かず、みさえを病院に連れていく為に通行人に呼び掛ける➞
その後警察にパスポートの提示を求められる➞
正式な税関を通っておらず不法入国の為逮捕➞
スンノケシ王子が何とか取りなして解放
の流れ。
普段は逮捕まで至らなくて拘束後強制送還くらいだけど、自国の王子が誘拐されたら着の身着のままの不審人物はとりあえず逮捕だよね……。
ぶっちゃけジャングル探索がない分これでも原作より全然マシだと思う。
さらにこれからの映画編で大統領アシストが入りまくるから結果的には圧倒的にプラス……!
着の身着のまま荷物持たせなかった主人公が阿呆……?
それはそう。
更新遅れてすみません。
一応温泉わくわく大決戦編までは書こうと思っています。
ちょいちょい期間が空くと思いますが、どうぞ本作をよろしくお願いします