クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ大統領(偽) 作:けつだけせいじん
あれから幾日が過ぎてーー
俺は地下空間というのに、暖かな陽射しが降り注ぐ森林の中で。
優雅なティータイムを取っていた。
ビーチチェアに背を預け、ティーカップを口元へと運び喉を潤す。
以前ならあくせくと働いていた時間帯だが、別人となった俺は俗世から解放されている。
麗らかな景観を長めゆったりとした時間を過ごす。
コトン、と簡素な作りのテーブルにカップを置き、ふぅ、と息を漏らす。
うん、味が全然分からん。
パチン、と左手でフィンガースナップを鳴らし、自分が創造したものに自壊を命じる。
するとテーブルやティーカップは淡い光を放ち、するりと虚空へ消えていった。
カッコつけて茶葉なんて創造するんじゃなかったぜ。
ーー結論から言うと。
俺は大統領の力を扱えるようになっていた。
かつて描写されていた力とは程遠く。極々薄い、ほんの爪先程度の力、と注釈は付くが。
それでも扱えるようになったのは事実だ。
キッカケを掴んだのは、地下空間へ落ちた約三日後。
話はそこまで遡る。
★ ★ ★
ーー人が、いない。
クレヨンしんちゃんの世界へ出現し、尚且つ地球国家元首になり、体重のせいで地下へ沈むトンチキなアクシデントが発生して早三日が過ぎた頃。
俺は暗澹たる気持ちで胸がいっぱいだった。
それはというもの。
三日三晩彷徨い歩き、地下空間を探検した所。
成果と呼べるものはなかったからだ。
延々と何処までも続く森、森、森。
映画で野原しんのすけ達があっさりと敵本拠地へ辿りついたから、早々に人か建物を発見出来るだろう。と楽観視していたが、雲行きが怪しい。
何故なら自分以外の足跡ひとつ、人間が立ち入った痕跡一つ見当たらないからだ。
そりゃあ確かにこの地下空間は広大だ。
だがそうは言っても人が居るにしては余りにも何も無い。
何も無さすぎるんだ。
実際、かすかべ防衛隊の面々は正規ルートで地下に侵入していたから、本拠地も近場にあったのを発見出来た経緯がある。
地下への入国ルートを作り、更にその入口付近から離れた所に拠点を作り上げるのはコスパが悪いし、移動の観点から見ても不便だ。
態々遠く離れた場所に拠点を構築するメリットがない。
故に入口付近に建造された本拠地に子供達はテンポ良く侵入出来たのだろう。ご都合主義とも言う。
翻って俺は違う。
ダイレクトに地面に潜り込んで落下した不法入国者だ。
彼らが作り出した入口とは全く別の場所から侵入して来たが故に、誰とも遭遇しないのは位置的に仕方がない。
そう一日目の探索が終了しても納得がいったのだが。
二日目になっても結果は変わらずじまい。
大統領の身体は休息は要らず、食料や水すらも不要といったことが分かっただけに終わった。
三日目になっても愚直に探索を行い続けたが、映画にて建築されていた人間動物化薬制作工場はもちろんのこと、人の手が入った建造物なぞ欠片も見当たらなかった。
薄々勘づいてはいたけれど。
恐らくこの時間軸としては、四膳守がこの地下空間を見つける前なのだろう。
「はぁ、疲れた……」
どすん、と大きな音を立てて腰を下ろす。
幸いな事に、この大統領の肉体は重すぎる体重の為、歩く度にクッキリと足跡を残すことが出来る。
一度通った道を再び進むことは無い。
探索すべき範囲は着実に狭まっている。
飲食は要らず、睡眠は要らず。
しかして精神的疲労感は溜まるものだ。
ーーアテが外れてしまった。
膝を抱えてまた大きく溜息を吐く。
まだ実際に確定した訳ではない。
ひょっとすると自分の運が悪いだけで、もしかしたら、もう少し探索すれば彼らの拠点が見つかるかもしれない。
そう思い込むには少々探索範囲が広がり過ぎていた。
少なくとも、現実的では無いだろう。
本来の想定なら早々に工場制作現場に乗り込み、バッタバッタと悪役達をなぎ倒し、生活基盤の奪取と地上への戻り方を探るハズだったのだけれど。
そもそもの人がいないんじゃあな……。
何気なしに首を回し、景色を眺める。
見渡す限り未開のジャングルだ。
文明の“ぶ”の字すら見当たらない大自然。
散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする、とも言うが、ぶっ叩く頭が居ないのであれば奪う文明すらどうにもならない。
これだけ歩き回っても人影一つ掴めないのであれば、もはや自分を誤魔化すことは難しかった。
四膳守は地下空間に行き着いていないのだと。
潔く認めるしかない。
かといって、どうしようか。
この地下を探索する以外現状を打破する方法は無いしなあ。
大統領の力だって、ちっとも使えないし。
多少は努力したのだがウンともスンとも反応しないので放置している。
ごろん、と大の字になって寝転がる。
自分がやって来た行動が全て徒労だった、と思ったら余計に疲労が湧いてきた。
嗚呼、文明的な生活が恋しい……。
いつか買い替えようと考えていた薄っぺらい煎餅布団ですら無性に欲しくて堪らない。
アウトドアとは全く無縁のインドア派だった俺に強制野宿生活は辛いの一言だ。
ましてや身体を休めるキャンプ道具などない以上、休憩すると言えば地面に腰掛けるか、こうして寝転がるだけ。
木を一度背もたれにしてみたのだが、大統領の体重により、メリメリメリィ、と幹が悲鳴を上げて折れていったのを見て辞めた。
重量操作が出来ないデメリットが大きすぎる……。
地下空間に落ちたのも大統領の体重のせいだし。
今ん所、地面に付ける目印としてしか役に立っていないぞ。
「ハンバーグが食べたいなぁ……」
ポツリ、と呟く。
幾ら不眠不休、飲食不要で二十四時間働ける、と言っても心は人間のまま。
ふと漏れだした欲望。
口に出すと次から次にアレがしたい。コレが食べたい。と不満が貯まっていく。
所詮ここには誰もいないのだ。
なら、心の赴くままに叫んでしまえ。
そう思ったらもう止まらない。
「マリオカート……スマブラしたい……。モンハンもまだ遊び尽くしてしてないし、エルデンリングもトロコンしてないんだぞ……!」
やり残した未練。
一通り遊んで後でじっくり完走しようと積んでいた遊戯。
それがもう出来ないであろうと言う絶望。
「こんなことなら……こんな事になるなら……有給使っときゃ良かった……! 未消化で消えていく有給なんてクソも同然なのに、良い格好すんじゃなかった!」
人目につかない空間だということもあり、心の奥底に秘めていた愚痴をさらけ出していく。
それが、契機となった。
「う、ぉ……?」
ドクン、と心臓が跳ねた。
錆び付いていた歯車が噛み合い、からからと回っていくような錯覚を覚える。
思えば当然の事だった。
U-オルガマリーの性格と言えば、尊大、我儘、高飛車。承認欲求が高く自分を認めてくれる人に甘い。
謙遜、謙虚が美徳とされる日本人とは根本から性格が違う。
肉体と精神が合致していない以上、肉体に宿る力を満足に引き出せるはずがなかった。
だが、それもさっきまでの話。
ヤケクソになって欲望を解放した俺は。
僅かながらと言えども大統領の性格と合致したが故に、肉体と共鳴し始めた。
「がっ、は……ッぁ……!」
肉体が精神を認め、頭脳に宿っていた知識が溢れていく。
魔術知識、魔術回路の起動、重力操術。
人知を超えた力を扱う為に必要な情報を覚えーー、いや。思い出していく。
かくして。
俺は強烈な頭痛と引き換えに、異星の神、大統領の力。
その一端を身に付ける事が出来たのだった。
そして冒頭に戻る。
力に目覚めた経緯は周囲に言いふらせないレベルの醜態だったものの。
大統領の力は便利だった。
妖精のように魔力を出力すれば大体何でも出来る。
それが食料であれ、無機物であれ。
あれが欲しいと魔力に任せて願うだけで手に入る。
不便な遭難生活を送っただけに、最初に創造したハンバーグランチセットの美味さに、思わず感涙した。
大統領の力を得たものの、地下暮らしを辞めないのかって?
答えは簡単。
地上に出ても生活するには不便だからだ。
いやまあ、魔術知識もあるし、初歩的な暗示は当然出来る。
市役所に行って、職員の認識をちょちょいと弄れば日本国籍を容易に習得可能だろう。
住所だってウェイバーみたくマッケンジー夫婦のような家庭に暗示をかけて潜り込めば良い。
でもなぁ、この生えてる角が邪魔なんだよなぁ。
頭蓋骨に直接、という訳では無いが周囲に浮遊している二本角。手を伸ばして無造作に擦る。
この二本の角はどうやっても消せず、隠密魔術でしか隠すことはできない。
しかも隠した所で実在するという事実は変わらず、動いただけで建物を引っ掻き、傷付けてしまう。
森林を歩いていた時も、ぶっちゃけこのツノが邪魔で何本もの木々を薙ぎ倒したか数え切れない程だ。
人混みの中を歩いた際にはうっかり薙ぎ倒す所か、うっかり殺っちゃった。的な事件になりかねない。
クレヨンしんちゃん世界なら基本ギャグ時空だし、大丈夫かなとは思うけれど。
松坂先生の恋人だった行田徳郎とか爆発テロに巻き込まれて死んじゃってるしなあ。
時々シリアス展開をぶっ込んで来るから絶対に安全とは言い難い。
ま、どうにかなる方法を見つけるまで地下暮らしってのも悪くはない。
退屈しのぎにリアルタイムで“クレヨンしんちゃん”を眺める事も出来るしね。
ぶちっ、と髪の毛を一本抜くと、それを媒介に魔力を込めて生命を吹き込む。
そうするとキラキラと蒼く透明で幻想的な鳥のようなナニカが生まれる。
これはイリヤスフィールの天使の詩(エンゲルリート)を参考に模して作った使い魔で、中々の出来だと自負している。
駆動期間は十日程しかないが、遠隔中継カメラと思えば重畳。
使い魔は主と視界を繋げる事が可能なので、こういった小型かつ機動力に優れた使い魔は盗撮に役立つ。
無論、このままだと目立つので光学迷彩処理を施して空に解き放つ。
後は夜なべして地上に向けて掘った穴に向かって一直線。
ひと仕事したぜ、とポップコーンとジュースを魔力放出によって創造。
傍から見ると幼児を盗撮して鑑賞するヤベー奴だがバレなきゃ犯罪じゃないのだ。
さてさて。地上はどうなってるかな、と。
早速飛ばした使い魔と視界をリンクし、観察してみると。
「アクション仮面カードをナンバー百まで集めると、アクション仮面変身セットが貰えるだろ?」
と、風間くんが得意げに解説してる姿が目に浮かぶ。
やっぱりクレヨンしんちゃんは生で見るに限るぜ、とポップコーンを一摘み。
ジャンクな塩味をジュースで洗い流し至福の時を貪る。
しかし、聞き覚えのある台詞だな。
続けざまに放たれる台詞に既視感を覚える。
どっかで視聴済みだった話しなのかな?
続けざまにポップコーンをむしゃり。
「中でもナンバー99のカードは滅多に出なくて、幻のカードって呼ばれてるんだ」
ぶふぉっ、と食べかけのポップコーンを吐き出す。
ゴホゴホと気管支に入ったのかむせ込んだ息を整える事しばし。
完全に思い出した。
これ、映画アクション仮面VSハイグレ魔王の冒頭シーンじゃん……。
この世界がクレヨンしんちゃんの世界。
それも世界危機レベルの事件が何度も発生している映画時空だと分かった当初はちょっとドキドキもした。
学校にテロリストが乱入し、それを自分がボコボコにしてスマートに解決する妄想は誰しもがした事があるだろう。
それを合法的に実行出来る機会が訪れたのだ。
いくら成人をし、社会人になった大人とて心の中の少年魂を擽られるもの。
でも、ハイグレ魔王だけは無いわ……。
万が一ハイグレ光線を受けて自分がハイレグ水着を着用し『ハイグレ! ハイグレ!』と叫ぶかもしれない、と考えたらちょっと足が竦む。
いやちょっと所ではない。大分関わり合いになりたくない。
機会があれば介入しようかと考えていたけれど。
マジでこの映画期間だけは引き篭ろうかな……。