クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ大統領(偽) 作:けつだけせいじん
ブリブリ王国へと向かう小型飛行機に搭乗し、グガーグガー、とイビキをかいて安らかに眠る野原一家。
銃を手にし、子供をこちらに寄越しなさいと宣言したオカマ二人組も気の抜けた表情で顔を見合わせている。
やがて一向に反応しない野原一家に対し、そのままそっとしておこう、と判断したらしく。
チラチラと後席にて眠る彼らを見ながら「呑気なものね」と評している。
ーーどうやら上手くいったようだ。
これで何とかなっただろう。
地下拠点で大統領の詩を通じて覗いた光景に満足し、ゆったりと椅子に体重を預け満足する。
俺のしたことは至極単純。
野原一家に眠りの呪いをかけたのである。
俺は浅い魔術知識しか保有しないが故に小難しい魔術は扱えない。けれど大統領レベルのスペックになると魔力を用いて願うだけで十二分に実用的な魔術となる。
だが、やはり願うだけ、と言っても方向性が定まりにくいので媒体があった方がより安定する。
なので野原家に落ちていた毛髪を回収し、それを触媒として意識を失うように魔術を行使した。
ジャングル編は残念ながらスキップする。
ブリブリ魔人を封印する為の石は既に俺が回収済みである。
ここで野原一家が捕まっておけば、危険を犯すことなくスムーズに話が進むのだ。
一先ずの山場を乗り越えた安堵でふぅ、と息を漏らす。
そして冷静になったからこそ、ある事に気付く。
そういえば、なんでホワイトスネーク団ってわざわざ自分の持ってる飛行機の中で野原しんのすけを奪おうとしたんだろうか。
これで飛行機が民間会社のものであればハイジャック犯として実行する理由が付く。
でもホワイトスネーク団が所有する飛行機なんだったとしたら。
アジトまで素知らぬ振りをして運び、逃げ場を無くした上でしんのすけを捕獲した方が良くないか?
逃げ場がない空の上、と油断したが故の行為なんだろうけど、抵抗される手間を考えればその行動は杜撰の一言。
野原一家を騙して本拠地まで連れて行ってからネタバラシをした方が絶対良かったでしょ。
ブリブリ王国まで自ら旅行に来させる計画性があるのに、細部を疎かにし過ぎでは……?
手際が良いんだか悪いんだか良く分からないガバガバなホワイトスネーク団を眺めていると。
どうやら本拠地にたどり着いたらしく、野原一家は叩き起されて牢屋へと監禁されたようだ。
ただ野原みさえだけは口喧しく反抗して殺される危険性があるので、ずっと眠らせたままにしておいた。
ホワイトスネーク団はガチガチのテロリスト集団なので、彼らの勘気に触れる行為は少々どころではなく、かなり不味い。
呆気なく銃殺される未来が伺えるので、彼らに逆らいそうにない小心者の野原ひろしだけは魔術を解いておいた。
野原しんのすけが多少反抗的でも許されたのは、彼が替えの効かない唯一無二の鍵だったからである。
野原一家で必要なのは子供だけなのだ。
両親である彼らはそれに付随して付いてきたオマケのようなもの。
ホワイトスネーク団としては別に不要なおじゃま虫。
煩いなら排除するために殺人くらい平気でやってのけるだろう。
そうなると多少この場に放り込んで申し訳ない気持ちはあるが、未知のジャングルに放り出されることになるより多少は安全に違いない。
なお、精神的ダメージはこっちの方が高いかもしれない。
一向に眠りから覚めない妻と、囚われた息子を心配して憔悴している姿はとてもじゃないが見れたもんじゃない。
お労しや……ひろし上……。
そうこうして日は進み。
潜水艦へと乗り込みブリブリマウンテン島へと出発した彼らは、遺跡まで辿り着き、野原しんのすけとスンノケシ王子を使い扉を無事開け放った。
うむ。今のところ順調だ。
実の所、俺が介入したせいでアクション仮面のような大波乱が巻き起こらないかと戦々恐々としていたが、杞憂だったようだ。
発生した問題を強いて言うならば、スンノケシ王子の護衛であるルル・ル・ルルとかいう巫山戯たネーミングの人物が助けに来れなくなったくらいか……?
野原しんのすけが捕まった時間が原作よりも前倒しになった為、その分ホワイトスネーク団の足取りを掴むのが遅れているようだ。
なお、彼女の名誉の為に言っておくと、彼女は別に伝説的ギャグ漫画ボボボーボ・ボーボボみたく金髪アフロでも鼻毛を扱うハジケリストでも無い。
ただ師匠がカンガルーなだけの美的感覚が微妙な一般的な女性である。
……いや、十分……大分イカれてるな。ボーボボに出たらカンガルー真拳とか使いそう。(小並感)
とはいえそんな名前も特徴もインパクトの強い彼女は登場さえしないまま終わるだろう。
可哀想なルル……!
ひとえにてめェが弱ェせいだが……。
こうしてアナコンダ伯爵が率いる一行は遺跡の奥深くまでトラップを掻い潜り、秘宝が眠る場所まで進んでいくのだが。
原作とは違い、ここで同行者が一名増えている。
そう、我らがとーちゃんこと、野原ひろしである。
家族ぐるみで拉致されてしまったからか。
スンノケシ王子が投獄されていた牢屋には野原一家丸ごと放り込まれたのだった。
そして牢屋からスンノケシ王子と野原しんのすけが連れ出される際、しんのすけを一人にさせる訳には行かない。俺も連れていけ。と、訴えて見事同行者の地位をもぎ取った。
延々と眠り続ける妻を見守るかどうか苦渋の決断だったようだけれども、色々と問題児な我が子への心配が勝ったらしい。
アナコンダ伯爵も肉盾が増えるなら構わん、と思ったのか同行を許可した。
何しろ人質に野原みさえがいる。
どの道裏切りようがない、と判断しての事なのだろう。
いやこれ大丈夫か?
ギャグみたいな試練だけど、実際問題この先の罠って結構酷いぞ……?
心の中で漢気を見せる野原ひろしにそれでこそ、と思う気持ちはあるが、無理すんな辞めとけ。という気持ちも同居している。
アナコンダ伯爵め。
無駄に余計な知恵を回しやがって。
あの二人が潜水艦に残留するなら、またこっそり眠りの呪いをかけてブリブリ王国の大使館にでも転移させてやろうと考えていたのに。
ちなみに野原ひろしは扉を開けた時点で引き返そうとしたのだが。
王家の宝を守ろうとしたスンノケシ王子がアナコンダ伯爵を追いかけ、それに釣られたしんのすけが後を追ってしまい。仕方なく彼自身も先に進むことになっていた。
ハラハラしながらアナコンダ伯爵の一行の道中を観察していると。ようやく一つ目の罠にたどり着いた。
そこから先の道は先細って足元が無くなり、地面が断絶している。
奥を見やると、壁に豚の鼻を模した茶色の石がデザインされており。アナコンダ伯爵が微妙に突き出た石を踏むと、それが罠の起動スイッチだったようで、茶色の鼻石がせり出して来た。
両方の鼻の穴にあたる位置が空いており、一つの穴に最大二人搭乗出来そうなスペースがある。
本来の筋書きであれば、ここでスンノケシ王子達が歩く罠発見機として先行隊となり正解の穴に乗るのだが。
「おいお前。いけ」
「えっ、お……俺?」
ここで選ばれたのは野原ひろしであった。
「あの、その、ちょっとご遠慮したいと言うか」
「嫌ならしかたあるまい。そっちのガキ共を使う」
その言葉を聞いた彼は激昂して、アナコンダ伯爵の胸ぐらを掴もうと接近したがミスターハブによって軽くあしらわれ、床に叩きつけられる。
「お前には人質もいるということも忘れるなよ?」
最愛の妻まで脅しに使われれば、彼にもう為す術は無かった。
煤けた顔で立ち上がり、どっちの穴が正解か熟考している。
ちなみにこの正解の穴は左側だ。
踏んでいる石から足を退けると、自動で元の場所に戻る仕組みとなっており、正解の穴であれば閉じられていた壁が開くことになっている。
しかし、野原ひろしが悩み抜いた末。
選んだ穴はーー不正解である右側だった。
あー! ダメだって! 違う違うそっちはダメ!
左、左だって。あ、あー、乗っちゃった……!
地下拠点から野次を飛ばしていても、当然伝わることも無く。
確かめるようにそーっと足を伸ばし。もう片方の足もきちんと乗せ、残念ながら不正解の穴に乗っかってしまった。
アナコンダ伯爵は彼が選ばなかった反対側。
つまり正解の穴である左側に部下を一人乗せ、足を退かした。
自然に元ある位置に戻る鼻石。
当然、両方正解の穴なんて奇跡は起こるはずもなく。
無情にも野原ひろしが乗った壁奥は開くことなく、足場を失った彼は無限に続くと錯覚する程深い暗闇へと落ちていく。
いやこんなん想定外だよ。
ぐっ、クソ。光学迷彩で透明に……いや間に合わない。
そのまま直で転移して受け止めるか……!
更に悪いことは続くもので。
何を思ったのか、しんのすけが追加で父の後を追い、底すら見えない暗闇へと向かって身を投げ出した。
いや、「とーちゃん、今助けるぞ!」じゃないんだよ!!
ミイラ取りがミイラになってどうするこの馬鹿!
★ ★ ★
野原ひろしは、絶望の底に居た。
ひゅるる、と自分の身体が空気を切り、深い深い奈落へと落下している事を肌で感じ取る。
(……これで、俺の人生も終わりか)
思えば、そこそこ幸せな暮らしを送れていたと思う。
愛する妻。可愛い我が子。
稼ぎが少ないと文句を言われながらも、汗水垂らして働いた会社。
多少理不尽に揉まれることもあるが、それも振り返れば刺激的で楽しい思い出だった。
ありとあらゆる出来事が、死を目前として走馬灯のように目まぐるしく浮かんでいく。
(ああ、俺死ぬんだな)
全く、この旅行はツイてなかった。
なんやかんやでテロリストに連行され、訳も分からず狼狽し。
何が原因か分からず、みさえはずっと昏睡状態だ。
テロリスト達が何かをしたのかと疑うも、知らぬ存ぜぬを突き通されていたし。
むしろ相手側も困惑していた様だった。
病院、連れていかなきゃな。
と、考えて。
(ああ、俺死ぬから連れていけねえのか)
視界の端が滲む。
空気が突き刺さるように冷たく、落下する感覚は永遠に終わらないかのように続く。
「ーーーゃん」
なんだろう。
何故か我が身を呈して守ったはずの家族の声が聞こえる。
死の恐怖で頭がイカれたのか。と思いつつも。
呼びかけてくる声はやけに鮮明で、耳に馴染む。
「ーーちゃん!」
間違いではない。
再び聞こえた声はより近く、より大きく発声している。
まさか。まさかな。
よもや、そんな馬鹿な。
だってあいつは、そんなことをするーー
「とーちゃん!! 助けに来たゾ!」
「何やってんだ馬鹿!!!」
大馬鹿だったな。
上を見上げて見れば、地上に残してきたはずの息子が助けに来た、と言う割には命綱も何も無く。
その身一つで落下して来ていた。
「この、バカヤローが……!」
必死に空中をもがき、落ちてきたしんのすけを抱きとめる。
せめて、この愛すべき馬鹿息子が落ちる際。
少しでも我が身が盾になれば、と。
全身で抱き締めて、ギュッと目を瞑り、来るべき衝撃に備えることにした。
ーーだが、いつの間にか落下する感覚が消え失せていることに気付く。
間違いなく、地面に足は着いていない。
空中に身を投げた時に感じる浮遊感はそのままだ。
そのまま何十秒か過ぎ、何故地面に叩きつけられないのかと思い恐る恐る目を開けて見ると。
目の前には二本の角を頭に生やし、白銀の髪をした外人の美女が空中に浮き、こちらに手をかざしていた。