アビドスの6人目   作:____―--

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【ヒナ】Head like a hole 2

 やってしまった。真っ白な天井に対して無性に睨みつけたくなる。天井に罪なんて無いはずが、それでも睨みつけたくなる。

 

 少し目線を落とせば、吊り下げられた点滴袋とそれに繋がるチューブが目に入る。点滴の雫が緩やかに流れていく様子は、私を皮肉っているかのように感じた。

 

「風紀委員長ちゃんが居てよかったね、先生」

 

ホシノが呟いた。その声色の中に心配と呆れが微かに見えたような気がする。

 

「そうだね。……この点滴も何回目だろう。仕事中に倒れるなんて、生徒に示しがつかないな」

 

「本当に示しがつかないよ。委員長ちゃんが今どうにかしようとしているからもう少し待っててね」

 

 軽く返事し、再び天井をなんとなく見つめる。沈黙が少しの間続くと病室に一人、新たな来訪者が訪れた。

 

「先生」

 

 声の主はヒナだった。彼女の手にはファイルにまとめられた書類があり、それを私に差し出した。

 

「急いでまとめたわ。シャーレの現状を説明する資料よ」

 

「ありがとう。……ヒナ、私はもう大丈夫だから」

 

「大丈夫に見えないからこうしているの。先生、あなたは自分の命がどれだけ軽く見られているか理解していないようね。退院したら資料持って連邦生徒会の七神リンに直接話して。今の環境、業務量だと持続的に仕事するのは無理だと」

 

 私はそれを受け取って、その資料を少しだけめくってみた。内容を軽く確認し、記憶する。

 

「それと説得材料としてシャーレのアクセスログも確認するように」

 

「……ありがたいけど、私の仕事はどうするの? 仕事減らしたら他のみんなに迷惑かかるし」

 

「先生」

 

 ヒナが一番嫌なトーンで私を呼んだ。冷たく、突き刺すような声だった。

 

「目の前の書類仕事と、先生が各学園へ直接行って事件を解決するのどちらが大事なの? キヴォトスにて先生の役割を背負っているのはあなたしか居ないわ。先生には先生しかできない役割があるはず。そこを履き違えないで」

 

 その言葉に私は黙り込む。何も言い返せなかったからだ。

 

「今回は風紀委員長ちゃんに賛成かな。先生が倒れたら、みんな悲しむよ」

 

 ホシノもヒナの言葉に賛同する。私はさらに沈黙してうなだれてしまった。

 

「……リンちゃんと話してみるよ」

 

 そう呟くと『そうして』とヒナは呟いて、病室から立ち去る。

 

 何故か私はとても落ち込んでいた。ヒナに指摘されたことが理由だけど、大人が生徒に諭されるという状況が情けないと感じてしまったからだ。

 

「私、先生になれてないな」

 

「まだまだだね。もっと余裕持たないと。普段だらだらしているおじさんみたいにさ」

 

 ホシノはにへらと笑っていた。今になってホシノのだらけっぽさが羨ましく感じた。

 

――

 

 退院には一週間もかからず、無事に退院できた。そして退院後ヒナに渡された書類を手に連邦生徒会の中心となる建物、サンクトゥムタワーへ。エレベーターの中に乗り込み箱が上昇していく中、何度も停止して乗り降りしていく生徒をただ眺めていく。

 

 やがて生徒会長代理にして首席行政官が待つ階へ到着した。箱は私一人だけとなっており、足を進めて外へ出る。少し歩けば広い空間の向こう側に机を視認した。机の上には想像を絶する量の紙の山が築かれており、その中心にメガネを着けた生徒が座っていた。

 

「リンちゃん」

 

 声をかけると彼女はゆっくりと顔を上げた。

 

「先生、お久しぶりです。事前に連絡受けとった通り、シャーレの環境に問題があると聞いています」

 

 書類を両手に持ち、丁重に差し出した。受け取ると彼女は片手でメガネの位置を直して一枚一枚内容を確認し始めた。十数枚ある書類を彼女は一分で読み終えた。

 

「確かにこれは問題ですね。私自身シャーレの状況についてあまり把握出来ていませんでしたが、先生の健康に悪影響を及ぼすなら改善しなくてはいけません」

 

「ありがとう。でも、本当にいいの? 私の仕事量を減らすのはキヴォトスにとっても痛手なんじゃないの?」

 

 彼女は少し間をおいてこう答えた。

 

「確かにその通りですが、先生には他にもやるべき役割があります。……あなたが背負われた使命はどれ程のものかまだ把握しきれていない。しかしキヴォトスの為に、私たちの為に尽力してください」

 

「ありがとうね、リンちゃん」

 

「リンちゃんと呼ぶのはやめてください」

 

 リンの冷たい視線に射抜かれて、私は苦笑いして頷いた。

 

 七神リンはこの世界に来たばかりの私に居場所を与えてくれた最初の生徒であり、彼女がいなかったら私は野垂れ死んでいてもおかしくなかっただろう。

 

 彼女は全てを無くしていた私に衣食住、仕事のやり方、生きる術を教えてくれた。私の秘密を明かした最初の生徒も彼女で、ありえない話だったはずなのに真剣に聞いてくれた。先生という立場をくれたのもある意味リンだった。

 

 何が言いたいかというと、私はリンに対して数え切れない程の恩があるのである。

 

「先生、案をまとめました」

 

 立って少しポーっとしている間に、リンは改善案を既にまとめていた。その手腕、流石首席行政官だと心の中で呟いた。

 

「シャーレの勤務時間は原則午前六時から午後十時までとします。時間外での勤務を行おうとしてもオフィス内の機能は遠隔でシャットダウンするように設定。先生は必ず定時に帰らなければなりません。そして先生」

 

「な、なに?」

 

「今から連邦生徒会長代理の権限を行使します。今から一週間、先生としての勤務を全面的に禁止し休養を命令します。破滅的スケジュールによる過労で倒れたのは、先生自身が一番よくわかっているはず。これは命令です」

 

「でも……」

 

「先生、この一週間は他学園の情勢なんてどうでもいいと考えてください。……連邦生徒会としてはいつもの事でしょう?」

 

 自嘲気味に口角を上げたリンの表情を見て、私は少し考え込んだ。

 

「まあ、うん……」

 

 連邦生徒会は他学園の調停などにはあまり介入出来ていない。それを踏まえた上での強烈なアイロニーだった。

 

「しばらく休んでおくね」

 

「そうしてください。……業務とは外れた質問をしてしまいますが、アビドス高等学校への出張はいかがでしたか?」

 

「懐かしい感じがしたよ。友達もできたし」

 

「そうですか、それは良かったです。……時間がありましたら、少しの間お話ができるといいですね」

「うん、また機会があったら。じゃあ私は帰るね、リンちゃん」

 

 私は踵を返してエレベーターのボタンを押した。ドアが開くと同時に乗り込み、サンクトゥムタワーを後にすることにした。

休暇もらったけど、どうしよう?

  • 風紀委員会訪れてアコに謝ろう
  • ユウカに会いに行こう
  • 便利屋68を探し出して報酬を渡そう
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