アビドスの6人目   作:____―--

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【便利屋68】Another Way to Die

 困った。彼女達が見つからない。

 

 便利屋68。風紀委員会と対立した時や、基地に囚われた私を助けるために手を貸してくれた彼女達にお礼がしたい。しかし構えていた事務所は既にもぬけの殻で、どこに行ったのかも分からない。

 

 退屈さが満ちた、殺風景な私の部屋にてノートPCを開いてネットで検索する。しかし流石指名手配というか、潜伏するのに手慣れているのか、情報は一切出てこなかった。

 

「困ったな……」

 

 彼女達が行きそうな場所も検討がつかないし、そもそも連絡先も知らない。ゲヘナの隅々まで調べるなんて、一人では無理だ。だからある子を頼ろうと思う。

 

 タンクトップ姿からYシャツ姿に着替える。入館証は置いておき、軽い荷物を持って外へ。目的地はゲヘナ学園風紀委員会本部だった。

 

――

 

 本部に着いてから思ったことは、シャーレの先生という権限の大きさだった。入口では顔パスで中に入れてもらえたし、よほどの機密がある場所で無い限りはどの場所でも許可無しで入れるらしい。しかし風紀委員長がいる部屋へまっすぐ向かうことに。道中、イオリと遭遇する。

 

「ん、先生か?」

 

「お久しぶり、イオリ。アビドスの衝突では迷惑かけてごめんね」

 

「ああ、あれはもう気にしてない。気づけなかった私も悪い」

 

「あと……シロコとホシノがなんか迷惑かけたみたいだね」

 

 その話題を出すとイオリは顔真っ赤にして目を泳がせた。

 

「あれは先生の指示なのか!?」

 

「いや違うけど……例えで言ったつもりが本気で信じちゃって。色々迷惑かけちゃったし私も全裸土下座して謝った方がいいかな?」

 

 Yシャツの一番の上のボタンに手をかけながらイオリに聞いてみる。

 

「いやいや待てやめろ!! 絵面的に私がかなりヤバい!! というかもう謝らなくていいし……は、恥ずかしいからやめろ!」

 

「えっと、分かった」

 

 イオリはさらに顔を赤らめながら止めに入った。私はボタンを外さずにその手を止めた。

 

「で、何をしにここへ来たんだ?」

 

「ヒナにお願いがあって」

 

「今なら委員長は手が空いてるから、入っても大丈夫だろう」

 

 イオリは扉を指さして、入るように促した。お礼を言って扉をゆっくりと開けて中へ入る。机に向き合うヒナは、私の入室に気づいていない様子だった。手が空いていると言いながら書類と格闘しているようだった。

 

「ヒナ」

 

 私が声をかけてようやく彼女は私の存在に気がついた。

 

「先生? 今は休みじゃないの?」

 

「休んでいる間にやっておきたい事があって。今は大丈夫?」

 

 ヒナは書類を置くと、こちらを向いた。

 

「ええ、合宿の計画に目を通していたところだから。その他の書類は片付けたわ」

 

「ありがとう。お願いがあって、便利屋68の居場所を教えて欲しいんだ」

 

 ヒナは私の言葉を聞いて少し考え込んだ。次に彼女の目が鋭くなる。

 

「先生、私たちは風紀を取り締まる組織よ。敵の居場所を易々と教える組織ではないわ」

 

「うん、分かっているよ。でも」

 

少し息を吸って話を続ける。

 

「彼女には恩義があってね。基地から私を助け出すのに助けてくれたし。それにそこまで悪い人達じゃないというか、取り締まりの優先度低いんじゃないかな? 飲食店爆破したり、そこらを爆破するような子達と比べたら」

 

 ヒナは数秒私の瞳を見続けた。その次に彼女はため息をついて立ち上がる。

 

「分かったわ、少しだけ待って」

 

 ヒナは部屋から出ていった。近くの客人用のソファーに私は腰をかけ、ヒナが戻って来るのを待ち続けた。

 数分後に彼女は戻ってきた。手には数枚の書類が握られている。

 

「先生、この書類を」ヒナは私に一枚の紙を差し出した。

 

「これは?」

 

「便利屋68の現在の居場所が記載された資料よ。安心して、私達としても今のところは手を出すつもりないから」

 

「ありがとう、ヒナ」

 

 紙を受け取り私は立ち上がった。立ち去る際、ヒナの独り言が背後から聞こえてくる。

 

「先生はそういう人よね。……どんな生徒でも優しい」

 

 それには答えず、ヒナに手を振って部屋を後にした。

 

――

 

 ヒナの情報を頼りにゲヘナ領内のとある場所に辿り着く。インターホンを押してみるも、警戒されているのか応答は無し。なのでちょっとふざけることにした。

 

「ブヤカブヤカ、便利屋シックス・ワン・ナイン〜」

 

 インターホンを押しながらラッパーっぽいことを口にする。ちょっと遊んでいると目の前のドアが勢いよく開き、

 

「便利屋68よ! って先生?」

 

 アルが驚いた様子で私を見る。

 

「久しぶり。ちょっと渡したいものがあって来たけど」

 

「ここで話すのもなんだし、中に入って頂戴」

 

 アルは私を事務所に入れてくれた。居間に入った途端、私を見つけたムツキが飛びつくように抱きついてきた。

 

「先生久しぶり〜!」

 

「わわっ」

 

 ムツキが私をぎゅうと抱きしめ、カヨコが呆れ顔に。ハルカは植物に水をやりながらこちらに軽く挨拶。

 

「ムツキ、先生困ってるから離れて」

 

「えーいいじゃん! もうちょっとだけ!」

 

 抱きつかれている状態の中、カヨコに向き合う。

 

「カヨコ、ありがとうね。あの時言ってくれて」

 

「あの時……。風紀委員会とやり合った時ね。先生は大丈夫なの?」

 

「うん、もうあんな真似はしない」

 

 ムツキが満足したのか私から離れていく。

 

「よくこの事務所がわかったね」

 

「うん、ヒナが教えてくれたから」

 

そう言うとアルがびっくり顔で叫んだ。

 

「な、なんですってー!」

 

「先生、風紀委員会に居場所を教えてもらったの!?」

 

「うん。でもすぐに手出しはしないって言ってるし、大丈夫だよ」

 

 カヨコはため息をついた。

 

「まあ、風紀委員長がそう言っているなら大丈夫かもしれないけど……」

 

「ふ、ふふっ、恐れたって仕方ないわ。伝説のアウトローになるためには避けて通れない道よ!」

 

 アルが震え声で強がるが先に釘を刺しておく。

 

「と言うことで、皆は迷惑かけるような事しないでね。そろそろ本件入っていい?」

 

「なになにー?」

 

 バッグの中から封筒を取り出し、アルに手渡す。

 

「風紀委員会と衝突したこと、基地から私を助けてくれた分の報酬だよ。ありがとうね」

 

「しっかり受け取ったわ。これで契約は完了ね」

 

「うん、何かあったらまた依頼するかも」

 

 アルは報酬を懐にしまい、私の用事も終わった。ムツキがもっと遊ぼうと引き止めようとしてくる中、みんなに挨拶して事務所を後にした。

 

――

 

 事務所最寄りの駅にて、帰ろうとプラットホームで待ってたら、背後から慌ただしい足音と私を呼び止める声が。

 

「先生ちょっと待って!」

 

 アルが息を切らして私の元までやってきた。彼女の手には渡した封筒が。

 

「これ、千円札じゃなくて一万円札だったわよ!!」

 

「いいから。受け取って大丈夫だよ」

 

「そんな多くは受け取れないわよ!」

 

「いいから、一枚だけでも」

 

 その時、電車が到着しドアが開く。

 

「ほら、封筒受け取って! 中身は180枚、報酬はしっかり受け取ってるから!」

 

 アルは無理やり封筒を私に押し付け、電車内に私を押し込んだ。

 

「ちょっとアル!?」

 

 ちょうどのタイミングでドアが閉まり、有無を言わず電車が発車した。彼女はコートを翻し、私に背を向けて歩き出したのだった。

 

――

 休みの過ごし方がわからない。まだ休暇期間中で、ひどく退屈だった。自宅に籠ってひたすら天井を眺めるだけというのもダメだと感じてはいるものの、何一つ思い浮かばない。

 

 ネットで休日の過ごし方を調べても、ドライブやスポーツなど関心を惹くものは見つからない。そんな中ひとつ、目に入ったものがあった。大人の特権である飲酒、飲み会である。大人になってから手を出した事がなかったが、時間がある今なら視野を広げてみるのもいいかもしれない。

 

 生徒達の世界から大人の世界へ、新しい扉を開く一歩を踏み出そうと思った。

 

 私自身大人と関わる機会があまり無い以上、友達の伝手なんて使えない。ネットでの募集やSNSでの交流を使って気軽に参加していいと謳っているものをピックアップ、コンタクトをとってみると了承を得られたので、早速場所と日程を教えてもらう事にした。

 

 飲み会の時刻はまさかの今夜、人数も数人程度と小さめ。場所も自宅近くのバーで、あまり人目につかないような所だった。

 

 飲み会の機会ではカジュアルな服装が好まれるらしいが、クローゼットを見たところYシャツとフォーマルなボトムスしかなかった。私服なんて一着も持っていないことを心の中で悔やみ、いつか買いに行こうと決意する。ファッションセンスの良いノノミ辺りに服を選んてもらうのもありかもしれない。ブランド品を選んでこないかが心配の一つでもあるが、今は考えても仕方がない。

 

 空気読めない可能性を承知の上でオフィスカジュアルな格好に身を包むことにした。

 

――

 

 会場が徒歩で行ける距離にあるのは偶然の幸運だった。日が落ちた辺りの時刻に自宅を出発し、バーがある繁華街まで徒歩で向かう。夜の通りの雰囲気は独特だった。背広格好の大人達や、大声のキャッチーな宣伝、ヘルメット団を路地で発見するなど、ブラックマーケットかと錯覚してしまうほど。

 

 目的のバーの近くには、スーツをつけたロボット型の大人達が数人たむろしていた。恐らく今回参加する人達だろうと、声をかけてみる。

 

「すみません、ネットでお声掛けいただいたペロ太郎ですが……」

 

 ネット上の私の名前は大変おかしい名前だが、匿名性が高いのでこれは好都合だった。

 

「あ、先生ですか? よく来てくださいました」

 

 一人が私の声に反応し、こちらに近づいてきた。そのまま皆と談話しながら店の中へ入って行く。

 

「先生はこういう場初めてですか?」

 

「はい、これが初めてです。ちょっと緊張しますね」

 

「では、飲み物はこちらで」

 席は隅にあるテーブル席で、仕切りの高さに陰がかかり人目に付きにくい。店内は落ち着いた雰囲気で、客の数も少な目。

 

 頼んでくれたものもすぐに到着した。

 

「まずは乾杯を」

 

 主催者が音頭を取り、皆がグラスを掲げる。私もそれにならってすぐにグラスに口を付けた。初のアルコールの感触というのは奇妙なもので、舌に強烈な苦みが走り、飲み込んでも喉が焼けるようなアルコール特有の刺激が残る。

 

 しかし大人達は皆おいしそうに飲んでいて、普通に酒の感想を口にしている。きっと慣れればこの味も好きになるのだろうか。

 

 顔を時々歪めそうになりながら、皆の話に耳を傾ける。

 

「先生は何か趣味とかあるんですか?」

 

「いえ、特には……」

 

「そうなんですか? 今はいい時代ですから趣味を持つことをお勧めしますよ。投資というのも最近のトレンドです」

 

 ん?と頭の中で疑問が浮かんできた。怪しさセンサーのようなものが一瞬反応して深掘りしようとするが、空になったグラスを取り上げられ、すぐに次のお酒がやってくる。思考が一瞬途切れ、怪しさというのはすぐに流れていった。

 

「先生、このお酒は飲みやすいですよ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 勧められるがままにグラスを口につけ、再びアルコールの刺激が口に広がる。今度は味をしっかり堪能しようと試みるも、やはり苦みが先行してしまう。そのうち、身体に違和感のようなものを感じだした。平衡感覚が鈍くなり始めたのだ。

 

 これ以上はまずいと、飲酒をストップしようとするが、

 

「もう一杯いかがですか?」

 

 断る隙もなく、次々とグラスが運ばれてくる。次に頭がぼんやりとして、手から力が抜けた。

 

「先生、お仕事大変でしょう?」

 

「キヴォトスの平和のために頑張ってらっしゃるんですよね」

 

 違和感を微かに感じながら話に耳を傾ける。私はペロ太郎として参加したはずなのに、なぜシャーレの先生として話されているのか。そして皆の異質さが際立ってくる。

 

「おや、先生。もう酔ってしまったのですか?」

 

「ちょっとここでもうお開きにしましょうか」

 

 私の意思構わずに進む物事に対して、不安が渦巻くも、言葉にするのも行動にするのも無理だった。

 

「先生の送迎はわたくしがやりましょう。幸い送迎車もありますので」

 

 正常に立つことすらままならず、両肩を抱えられる。

 

「すみません、ご迷惑をおかけします……」

 

 辛うじて出せた言葉がこれだった。ゆっくり店の外側へ運ばれていく。店を出た瞬間、前には黒の車があった。光沢もあって高級車のように感じる。後ろのドアが開けられ、そのまま背中を押されるように車の中へ入ろうとした瞬間だった。

 

「手を離してくれないかしら? 彼女は私のクライアントなの」

 

 聞き覚えのある、凛とした少女の声が耳に届いた。ブラーかかった視界の中、アル達の姿が映る。

 

「便利屋68!? なぜここに!」

 

 ロボットの大人達が動揺を見せるが、一人が反論する。

 

「便利屋の皆さん、これは誤解ですよ。ただの大人の付き合いで……」

 

「大人の付き合い? こんなに酔わせて車に無理やり乗せてどこに連れて行くつもりだったの。それにこの店は非合法な店のはず」

 

「先生を連れて行け!」

 

 背中を強く押され、車の中に押し込まれる。急アクセルで車は発進しようとするが、弾丸が一発窓ガラスを破って運転手を一発で気絶させた。スナイパーの弾丸から、アルが放った狙撃だとすぐに理解した。ドアはすぐ開けられ、カヨコが私を引っ張り出す。

 

「先生、大丈夫?」

 

「えっと、大丈夫……かも」

 

 店の外は綺麗にドンパチやっており、アル達が店から出てきた達とドンパチしているようだった。私はカヨコに肩を支えられながら遮蔽物へ移動する。便利屋68の方が圧倒的に実力は上で、店の人達はあっさり蹴散らされた。

 

「ムツキ、ハルカ、後始末は任せるわ」

 

「はーい! ハルカちゃん、先に爆弾仕掛けよっか! こんな店ぶっ飛ばすしかないよね!!」

 

「は、はい……。あいつら先生を騙そうとして……。許さない許さない許さない……」

 

 二人は店内へ入って行き、銃声がしばらく鳴り響いていたがすぐにへっちゃらな二人が戻ってくる。ムツキが寄ってきて、何かのスイッチを手渡して、

 

「先生、これあげる!」

 

「これ、なに……?」

 

「くふふ、花火のスイッチだよ? いいよと言うまで押しちゃだめだから!」

 

 花火のスイッチをなぜここで渡して来たのか分からなかったが、ムツキの事だからきっと楽しい事が起こるだろうと思うようにした。

 

「社長、そろそろ撤収しよう。ヴァルキューレが駆けつけてくるかもしれないから」

 

「そうね、先生歩けるかしら?」

 

「う、うん。多分……」

 

「おぼつかないじゃないの。ほら、背負ってあげるわ」

 

 アルが私に背を向けて、しゃがみ込む。私は少し躊躇ったが、彼女の背中に身を委ねた。

 

「先生! スイッチ押していいよ!」

 

 ムツキの声がして、私は迷わずスイッチを押し込む。するとその直後、店が大爆発を起こし綺麗な花火が打ち上がった。

 

「ふふっ、綺麗な花火だー」

 

「くふふ! でしょー?」

 

 ムツキが笑い、私はその爆発をただ呆然と眺めていた。花火はもっと彩豊かなものだったのではと思ったのだが、花火というのならそうなのだろうと納得していた。

 

 それから私はアルに背負われながら、ある程度離れた場所まで移動した。

 

「アル、酔ったかも……」

 

「人の背中で酔うの!?」

 

「なんかクラクラしてきたし気持ち悪い……」

 

「ええっ!? ちょっと待って! このコートかなりお金かけてるんだけど!?」

 

「降ろして、近くの排水溝……」

 

 アルは私を降ろして、近くの排水溝で吐き始めた。えずく声を聞かれるのは恥ずかしいが、そんなことを気にしていられないくらい限界だった。

 

「先生大丈夫? なにか飲み物買ってこようか?」

 

「おみずぅ……」

 

「わかった、ちょっと待ってて」

 

 背中を撫でてくれたカヨコが近くの自販機に向かっていき、私はすぐ側のベンチにへたり込んでしまう。アルはもう満身創痍なのか彼女もまたベンチに座ってぐったりしていた。

 

「先生、これ飲んで」

 

 カヨコが帰ってきたのか、私の隣にやってきてミネラルウォーターを差し出される。受け取ってゆっくりと飲み始める。喉を通る水の冷たさに救われ、ようやく一息ついた。ふと、目に付いたのがカヨコが着ているパーカーだった。なにか見覚えがあるヘビーメタルのマークだった。

 

「カヨコ、そのマーク……」

 

「ああこれ?『ブラック・デス・ポイズン』だよ。知ってるの?」

 

「知ってる、レコードで聞いてたんだ。いいよね、聞く度になんか発散されるような」

 

「わかる。でも教訓的なところもあって。そうだ、先生も聞く?」

 

 カヨコから無線型のイヤホンを渡され、耳に引っ掛ける。荒れ狂うギターに手数重視のドラム、グロテスクな歌詞が脳細胞全部に染み渡り、狂気的な衝動が深淵から這い上がってくるような。

 

 気分が高揚し、立ち上がってワイシャツを脱いでタンクトップ姿になった。そのまま歌詞を大声で叫びながら走り回ってはジャンプし始めた。

 

「ああっ先生! サークルピットっぽいことしちゃダメ!」

 

 カヨコが追いかけてきたが、構わずぴょんぴょん飛び跳ねる。気分がハイになりすぎて自分でも何をしているのか分からなくなる程だった。だけど急に体を動かすものだから……。

 

「あっ吐く」

 

「もう……」

 

 カヨコが呆れ顔で私を支え、近くの排水溝まで連れて行き背中を撫でてくれた。私はそのまま胃のものを吐き出して、ようやく落ち着いたのだった。

 

「急に動き回ると危ないよ。今の先生、身体フラフラなんだから」

 

「はひ……」

 

「そろそろ行こうか、社長も充分休んだし」

 

「そうね、行きましょうか。先生も歩けるでしょう?」

 

「もう大丈夫、今はすごく元気」

 

「なんか不安なんだけど……」

 

「社長、先生は事務所に寝泊まりさせよう。なんとなく先生を一人にすると危ない気がする」

 

「そうね、ある程度歩いたらタクシーでも捕まえましょう」

 

 また便利屋達と一緒に歩いていく。静かな裏通りに人通りはほぼなく、夜風が少し肌寒かった。ある時、カヨコの方から私に声をかけてきた。

 

「先生は好きな音楽とかある?」

 

「色々聴くけど、一番はクラシックなブルースかな。なんというか荒野をバイクで走るような雰囲気のロックが一番好き。ス〇ッペンウルフとか、ジョー〇・ソ〇グッドとか」

 

「意外だね。でもなんかわかる気がする」

 

「ハードロックもヘビーメタルも好き。ジャズもヒップホップも。ライブとか行ってみたいしヘドバンしてみたいな、ほら」

 

「ダメ、頭振ろうとしないで」

 

 カヨコに肩を掴まれて、私はヘドバンするのをやめた。

 

「ヘドバンって真っ直ぐに頭振っちゃうと首痛めるから、8の字の横にして頭を振るといいって聞いたことある」

 

「分かったから、やろうとしないで」

 

 今度は頭をガシッと抑えられてヘドバンを封じられる。それから私のおしゃべりタイムは終了し、しばらく沈黙が支配した。五人の足音が夜の街に響いては返ってくる中、思ったことがふと口から溢れた。

 

「先生にお酒の飲み方教えて貰ったらよかった……」

 

「先生って、あなたにも教えてもらう人いたのね」

 

 アルが意外そうに言う。

 

「うん、凄くちゃんとした大人で優しくて、憧れの先生なんだ。スーツもビシッと決めてね、でも抜けてるところがあったり。でもいつも生徒のこと考えてくれて、話す言葉がどれも重みがあるけどすっと入って来て……」

 

「先生ってそんな人なの?」

 

「うん、今まで会ってきた大人の中で一番素敵な人」

 

「くふふ! それって好きだったり?」

 

「うん、好きだったよ。……でも、もう会えないから」

 

「そう……」

 

 アルの後ろ姿が僅かに揺れたのは気のせいだろうか。

 

「先生はちゃんとしている人だから、私の目の前でお酒飲んでる姿なんて見た事ない。でもこんな事になるなら飲み方ぐらい教えて貰ってもよかったなって」

 

「あなたの先生、どんな人か気になるわね」

 

「思っているほど凄くは無いよ。でも親しみがある人だったんだ。……今の私を先生が見たらどう思うかな」

 

 そう呟いたけど、返答は誰からも返ってこなかった。

 

 しばらく歩いた所でタクシーを拾い、事務所まで何とかたどり着いた。着くなり、皆ソファやベッドなりあちこちへ倒れて、既に疲れているようだった。私も床の上で即座に寝てしまった。

 

――

 

 ……頭が痛い。だるいし体のあちこちが痛い。どうして床で寝ているのかも分からないし、なぜ自宅以外の部屋で寝ていたのかも分からない。

 

 どうしてこうなってしまったのか、昨日の記憶を探ってみると鮮明では無いにしても思い出してきた。あの時はもはやアホと言える私の状態だったし、複数回も生徒の前で嘔吐してしまうという、情けないを通り越して自分がドブネズミに思えてくる。

 

 上半身を起こし、周囲を確認すると便利屋68の面々が事務所内で雑魚寝していた。カヨコとアルがソファで、ハルカは部屋の隅で。ムツキは恐らく別室のベッドで寝てるだろう。

 

 カーテンは全て閉じられており、明かりもない、現状快適な暗さの中で近くにあった椅子に座る。恐らく私のものであるペットボトルの水を少し飲んでから、頭を抱えた。頭の痛さと昨日の失態を認知したら抑えずには居られなかったのである。

 

「あ、先生起きたんだ」

 

 カヨコが目を擦りながら、こちらを見つめている。

 

「あの、昨日は本当に申し訳ございませんでした」

 

「ううん、大丈夫。きっとみんな楽しんでいたから」

 

「でも私かなり迷惑かけたよね?」

 

「それは確かだけど、普段見れないところも見れたから」

 

 その言葉がトリガーとなり、頭が急激に沸騰する。羞恥心が沸き起こり、脳内の脳細胞がすごい勢いで死にまくっていく感じがする。

 

「腹、切ります……」

 

「いや、切らなくていいから」

 

 カヨコは苦笑い気味で返してきた。ここでようやく疑問点が一つ浮かび上がり、

 

「そう言えばどうして助けに来てくれたの? よくわかったよね」

 

「えっ、覚えてない? モモトークで教えてくれたんだよ。ほら」

 

 携帯電話の画面を見せてもらうと、確かに私からカヨコへのメッセージが来ていた。

 

『はじめてのおさけ』

『あたまがほわほわしてきたー』

『だいじょうぶじゃないかもしれない』

『おさけいっぱい』

『かえりたいー』

 

 送ったかもしれない。でも記憶が完全にぶっ飛んじゃってるから、全然覚えていない。こんなアホなメッセージにとうとう私は椅子から崩れ落ち、顔を抑えて床でゴロゴロと悶絶した。叫べるなら思いっきり叫びたかった。

 

「もしかしたら帰れないのかなと思って、居場所を調べてみんなで先生を迎えに行ったけど、怪しい大人達に連れて行かれそうだったから、ちょっと手荒な真似しちゃった」

 

「本当に助かりました……」

 

 もはや感謝しかない。もし助けに来てもらえなかったら、今頃どうなっていた事か想像するだけで身の毛がよだつ。

 

「先生」

 

 カヨコに名前を呼ばれる。私は床から顔を上げて彼女の方を見ると穏やかな微笑みのカヨコが、

 

「今度さ、レコード店とか行かない? もっと音楽の話しようよ」




※この世界では19歳が飲酒しても問題ないことにしております。
次は2章に入ります。
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