もしかすると、連邦生徒会長という人物は私をこの場所に導きたかったのではないか。そう考えながらロボットの群れから三人で姿を隠していた。
ミレニアム近郊の廃都市、本来は連邦生徒会が厳しく出入りを禁じていたはずだが、生徒会長の失踪と同時に警備は手薄になった。侵入しやすくなったのはいいものの、誰か運命的なものが私をここで何かさせたいのではと勘繰ってしまう。しかしはっきりとしたものがない以上、目の前の事に対処するしかない。
ゲームで例えるならダンジョンとも言える廃墟の廃ビル群。三人に対して敵対しているであろうロボットの数があまりに多すぎるため、ステルス行動が絶対条件だった。一回のアラートでゲームオーバー、極限のスリルをモニター越しではなく実際に体感している。
「今だ、移動しよう」
小声で双子に指示を出し、縦の頷きを返答として受け取る。片手のタブレットには立体マップと生体反応がリアルタイムで表示されており、把握しながら移動していく。
G.Bibleが廃墟にある根拠は二つ。一つ目は明星ヒマリという生徒の示唆的な発言、二つ目はヴェリタスというハッカー的グループがG.Bible最後の稼働座標を特定し、それが普通の地図には存在しない場所だったという事。この二点からモモイはG.Bibleはこの廃墟にあるのだと考えている。
ロボット達に探知されないよう移動を続けていたが、ついに遭遇してしまう。一人見つかってしまえば、他のロボットも不気味なビープ音を発しながらこちらを振り向いた。
「ごめん失敗した!」
「うわわわ、ど、どうしよう!?」
「先生、何か手はないですか!?」
モモイとミドリはパニックになりつつも私へ指示を仰いでくる。慌てて周囲を見まわすと、一つの廃工場が目に入る。
「あっちへ!」
と言って交戦しながら工場へ逃げ込んだ。内部へ侵入した途端、追跡は止み、ひとまずは安心だった。ミドリが若干パニックに、モモイは意外にもこういう場面では冷静だった。
「モモイ、座標の方に向かっている?」
「ううん、違う方向に進んでる。多分、G.Bibleはここにない」
「わかった。別の出口を探して廃工場から脱出しよう」
こうして三人で暗い廃工場を探索する事になった。通路の明かりは点いておらず、フラッシュライトで道を照らす。
「なんか本格的にダンジョン探索って感じがしてきたね!」
「じゃあ気をつけよう、トラップやモンスターが居るかもしれないし。今の私達はアタッカーしか居ないから長期戦は不利だよ」
「え?モンスターって居るんですか?」
「それは例えの話、流石にスケルトンやゾンビとかは居ないと思うけど」
「居たら怖いですね……」
ミドリが震え声になっていく中、部屋に踏み入れる。すると突然アナウンスが聞こえた。
『接近を確認』
無機質で感情のない声。その声を聞いた途端、モモイとミドリは顔を見合わせた。
「な、なに!?」
「今喋ったの誰!?」
「落ち着いて、退路を確保しよう」
『対象の身元を確認します。才羽モモイ、資格がありません。……才羽ミドリ、資格がありません』
淡々とそう告げ、モモイは『なんで私の事を知っているの!?』と叫んだ。
『__先生……。資格を確認しました。入室権限を付与します」
ノイズがかかったアナウンス直後、床が開き悲鳴と共に落下した。
ーー
なんとか私達は生きていた。怪我するほどの高度ではなかったため、無傷で済んだのだ。
「先生大丈夫?」
とモモイが声をかける。大丈夫と返して立ち上がり、周囲を見渡す。ミドリの存在も確認できた。
「コメディ番組のようにパカっと開いたよね。私がこの工場の主を笑わせたのかな?」と冗談交じりに言ってみる。しかしミドリは「先生、今はその場合じゃないです」と少し強めに私に告げた。
「……ミドリ、先生! あれ見て!」
モモイが指をさした方向を見ると、そこには大きな空間があった。日が当たる場所でもあり、中心には謎の機械がある。モニターとハイテクなチェアがセットになっており、謎の少女が一人座り眠らされていた。少女は衣一つ纏っておらず、純白一面に長い髪がよく映えていた。
私達は少女へ近づき、まずは持っていたジャケットを少女に着せようとする。しかしミドリが予備の制服を持っていたため、それを着て貰うことにした。すると少女から電子音がなり、目を覚ました。
「状態の変化、およぼ接触許可対象を感知。休眠状態を解除します」
人間らしくない少女の瞼が開き、クリアなブルーの瞳が私達を捉えた。
「私はミレニアムサイエンススクール、ゲーム開発部の才羽モモイだよ!」
とモモイが元気よく自己紹介をした。少女はそれを聞くと少し間を置いてから答えた。
「状況把握、難航。会話を試みます……説明をお願いできますか」
「私は才羽ミドリ、あなたは?」
「本機の自我、記憶、目的は消失状態であることを確認。データがありません」
「えっと、どういうこと……?」
二人が対話を試みている中、少女が眠っていた機械を観察したり、モニターに付けられたコンソールを操作してみて状況を確認してみた。しかし全て不明、下手にいじると取り返しのつかない事になりそうだと分かる。どうしたものかと悩んでいると、モモイが私を呼びかけた。
「先生、この子をゲーム開発部に連れて帰ろう! 新しい部員にするんだ!」
「お姉ちゃん正気なの!?」
「でも、こんな怖いロボット達がいる場所に放っておけないよ!」
少女を置いていくか、連れて帰るか。判断がつかず、顎に手をやり考える。
「先生、この子に"AL-1S"と書いてあるから、アリスって呼んでもいいかな?」
「アリスって綴りが違うでしょ!? 先生、助けたいのは私も思っているけど、連れて帰ったら何があるか分かりません。あまり賛成は……」
どうしたらいいのかな、先生。現実的な視点と感情、理性と相容れずに葛藤している。この選択がキヴォトスの未来を左右するかもしれない。そう思うと安易に行動できなかった。何かを願いながらノートを開く。
『アリスをゲーム開発部に連れて帰って、彼女を守ってあげて』
いつの間にかそう書かれていた文章に目を通してノートをしまいこんだ。
「連れて帰ろう。彼女なら廃部を救う鍵になるはず。帰り道は任せて、安全な道が見つかったから」
「先生がそう言うなら……」
とミドリが同意してくれた。モモイがアリスの手を引いて、みんなで廃工場から出た。
ーー
アリスをゲーム開発部に連れて帰るまでにトラブルは一つも起こらなかった。ミレニアムの制服を着ているとはいえ、誰一人怪しまなかったのだろうか、最新のセキュリティシステムに引っ掛からなかったのだろうかと疑問は残るが、何事もなく廃工場から脱出することができた。
ゲーム開発部に帰り着くも、アリスは何もかもわからないようで、ゲーム機を無垢に咥えればモモイが止めて。カセットを咥えればミドリが慌てたり。
アリスのその赤ちゃんみたいな様子に、過去に面倒を見た少女の面影が重なった。しかしアリスはあの子よりもヤンチャではなさそうで、素直そうだった。とにかく彼女を部員にするなら、その発芽ばかりの人間性に色んな事を教えなければならないなと思った。
「二人とも、しばらくアリスをお願いね。ちょっと育児に関する本を買ってくる」
「育児って……。でも、先生に任せます」
「うん! 私達もアリスに色々教えているから!」
――
ミレニアムの街並みを歩いている途中、あるショーケースに目が入った。展示されているのは大型バイクで、マッスルなボディシェイプに、極太タイヤ、エンジン剥き出しに低重心な車体、そして巨大なマフラーが目を引いた。こんな可愛らしさ無縁のマシンに思わず子どものような興味が湧いた。ガラスの前で立ち止まり、左手を添える。
ああ、こういうものに乗ってアビドスの外れ辺りを孤独に走れたら。
都市部で乗り回したら騒音で苦情が殺到するだろうが、このタイプはスイッチで消音切り替えができるから結構良い。
問題はどの部分までがコンピューター制御でどこまで改造できるか。ミレニアムの事だからガチガチにコンピューター制御する先入観があるし、異常が出たときに自分で直せないのが難点だなとシチュエーションを想像する。
と色々考えてみたが、購入するまで至れなかった。価格や置き場所の問題では無くて、今の自分が乗るにはあまりにも不釣り合いで先生らしさのイメージからはかけ離れてしまう。しょうもない問題なのは分かっているけど、何か後ろめたさが一歩踏み出すのを躊躇わせた。
バイクショップ内の店員とたまたま目があってしまうと、不審者のように目を逸らして早歩きにその場を去った。
本来の目的である本屋へ入り、育児本数冊、ゲームプログラミング入門書、そしてバイクマガジンを育児本の間に挟み、レジまで持って行く。会計を済ませたところで、連邦生徒会から急用の連絡が入った。急ぎでやって欲しい書類ができてしまい、近くのカフェでノートPCを起動させ、仕事を急いで片付けた。
結局、ゲーム開発部に戻ったのは出てから数時間経過した頃だった。
「先生遅いよー!」
モモイからお叱りを受けるが、部室内の状況は大きく変わっていた。アリスはコントローラー握ってモニターを見つめている。しかし彼女の目には涙が浮かんでいたのだ。他にも見知らぬ生徒が一人、恐らくユズと呼ばれていた子がアリスのそばに居た。
「ごめんね、急用ができちゃって。どうしたの?」
「アリスにTSCやらせたんだ! すると感動したのか泣いちゃって!」
「クリア、したの? TSC」
「うん、私達のアシストありだけど、クリアはしたよ」
ウソ、私ですらクリアできなかったのに。
「先生、アリスちゃんゲームをやるほど喋り方が多彩になっているんです! もっと色んなゲームをやらせたら……」
ミドリは興奮気味に私に説明してくれたが、私は買ってきた本を落として静かにホロホロ泣いてしまった。
「本、買ってきた意味無いよ。ゲーム教育が有効なんてぇ……」
前世界線で育ててきた自信とプライドがあっさり打ち砕かれ、ショックだった。すると今まで話したこと無かったユズがこちらに来たのだ。
「えっと、先生。今まで言えてなかったけど、アリスちゃんをゲーム開発部に入れてくれてありがとう。……先生?」
「うん。どういたしまして……。私はシャーレの先生だよ。よろしくね、ユズ」
「はい、ゲーム開発部、部長の花岡ユズです。よろしくお願いします、先生」
涙が若干引っ込んだところで、皆が次アリスにやらせるゲームで激論していた。
「アリス、次は『英雄神話』と『ファイナル・ファンタジア』と『アイズ・エターナル』と……」
「お姉ちゃん! アリスちゃんは初心者だから、『ゼルナの伝説・夢見るアイランド』から……」
「ううん、『ロマンシング物語』をやるべきだよ」
皆の好きなゲームがバラバラで、それをアリスにやらせようとしている。なら私も過去やった事あるゲームで提案してみることにした。
「じゃあ、『ディアペロロ2』や『いにしえのスクロール4 忘却の章』は……」
「ダークファンタジーや血が出るゲームはダメだよ先生!」
モモイに全否定され、また静かに泣いた。これに関してはモモイが正しいし教育に悪すぎる。
結局、アリスはおすすめされた健全なゲームを一日中プレイし続け、三人が眠ってもずっとプレイし続けた。暗い部室内のモニターの明かりがつきっぱなしで、ゲームに集中して楽しむアリスと寝落ちしている三人を最後に、私は部室を静かに出た。
「おやすみなさい」
『ゲームはほどほどにね』と言いたかったが、今のアリスはゲームはゲームを沢山やるべきで言葉に出さないようにした。