ニ年前、そのくらいの時の思い出。
目が覚めたのは午前五時半辺り。学校行くにもまだ時間がある中、リビング行って朝食の準備をする。
今朝はトーストとスクランブルエッグ、そしてベーコンだ。昨日買ったばかりの食パンをトースターに入れて焼き始める。私達はよく運動するから、量は多めに作っておく。
出来上がったら、同居してるシロコを起こしにいく。
部屋に入ると、ベッドの上ですやすや寝てるシロコがいた。アラームが騒いでもなお、起きる気配がない。
肩を揺らして、「シロコ朝だよ、起きなー」と言ってみる。「ん……」と声を出すも、目を開けてくれない。仕方なく修理したオーディオ機器を触りだし、名前も分からないメタルのレコードをセットし、音量を最大にして再生ボタンを押した。
すると、一音目から激しい音が鳴り響き、シロコは布団の中に籠って、「ん゛んー!」と唸り出す。そして、布団からひょっこり顔を出して
「うるさい」
と一言だけ言ってまた布団の中に籠った。
私はため息をついて、「遅刻するよー、ロードバイクでまた無茶な乗り方するのー?」
と言った。シロコは布団から頭を出して、う〜んと唸りながら時計を見た。
「……あと五分。絶対間に合わせるから」
そう言って布団の中に潜り込むのを見届けて、私は部屋を出た。リビングの席に着いたら、先に朝食に手を伸ばし、まずはオレンジジュースを一口飲んだ、はずだった。
飲料水の冷たい感触に違和感を感じた瞬間、私は砂漠を歩いているのだと気付いた。
現実に引き戻され、ペットボトルを片手に持って、砂漠を歩き続けた。前にはロードバイクを手で押して歩くシロコが居て、私はその後ろ姿を見つめていた。
「本当に先生なの? 三年生あたりの生徒にしか見えなくて」
「先生だよ。私十九歳だから、生徒と間違われても仕方ないけど」
と、私は答えた。シロコはふーんと呟いた。
少し前あたり、アビドス高等学校周辺を歩いていた時にロードバイクを走らせるシロコと遭遇した。彼女は私を見るなり、遭難しているのかどうかを聞いてきた。私は迷子ではないよと答えてから、先生であること、アビドス高等学校を目指していることを伝えた。そして、シロコは「案内してあげようか?」と提案してくれた。私はその提案を受け入れ、シロコが先導してアビドス高等学校に向かっている最中だった。
私にとっては二年ぶりの再会となるのだが、きっと彼女達にとっては初めましてとなるのだろう。私だけが前の世界線の記憶を持ち合わせて、使命を遂行している。それがとても息苦しく、心苦しかった。
――
歩いてしばらくして、ようやく学校が見えて来た。前の世界で起きた大崩壊前と見比べても、全く変わりのない校舎だ。二度と同じ景色を見ることは無かったと思っていたのに、こうして懐かしい姿で再び目にすると、感慨深いものがある。
「着いたね、今度は部室」
と、シロコは言う。私の手を引っ張りながら、ずいずいと進んで行く。部室の扉の前に立つと、中から声が聞こえてきた。
「ここ」
シロコがそう言って扉を開ける。中に居たのは、まずは三人だった。ノノミ、セリカ、アヤネの3人だ。彼女たちからすれば稀な来客なのか、物珍しい目でこちらを見つめていた。
「あの、こんにちは。連邦捜査部の先生で、支援要請を受けて来ました」
「ん、案内してきた」
私は3人に挨拶をして、要請した支援物資はあと少しで届くことを告げた。それから、私が気になったことを聞いてみた。
「ところで、生徒は合計で何人居るかな? 道中他の生徒を見なくてさ……」
「えっと、5人ですね。 あともう一人、ホシノ先輩が居るんですけど隣の部屋で寝ています」
と、答えてくれたのは手紙の送り主のアヤネだった。合わせて、「私起こしてくる」とセリカが出て行った。
無情にも、アビドスの在籍数が五名という事で、この世界線に生徒として生きる私が存在しないという事が確実になった瞬間である。パラドクスとかそういうのは無いということである。
不思議な手段で届いた物資の中にある弾薬箱に手を突っ込み、銃弾を指先で弄びつつ、心の中にある複雑な気持ちを整理していた時だった。
校庭から銃声が響いてきた。それと同時にもう私は動いており、二階の窓を開けて、外へと飛び出していた。
相手はカタカタヘルメット団十数人程度、練度の低い連中である。
ホルスターのハンドガンを抜き取り、トリガーを引く。ヘルメット団の頭に一発、怯んだ隙に接近戦を仕掛ける。
まず一人目のみぞおち目掛けて肘を打ち込み、怯んだ隙に片手で彼女の首を締め上げ盾にした。
「う、撃つな!」
人質を取られたヘルメット団は発砲を躊躇した。その一瞬の隙を突いて、もう片方の手で銃を操り、前方三人に頭を撃ち込んでノックアウトさせた。その後、人質の首を一瞬強く締めて気絶させた。
遠方で手榴弾がこちら側へ飛んでくるが、一発手榴弾に命中させると投擲者の方へお返しして爆発。複数の悲鳴が聞こえた。
更に前へ詰めようとしたところで、誰かの手が私の肩に置かれた。と思いきや、力が入り視界が空へを向いた。次に地面の強烈な感覚が背中を襲い、後ろへ投げ飛ばされたことを悟った。
「先生は後ろ居てて、あとはおじさん達がやるからさ」
盾にショットガン持ったホシノが前へ、続いてシロコやノノミ、セリカが続いていく。
『先生、こんな状況ですいませんが、さっきから先生が持ってきたタブレットが激しく点滅してて、何か訴えています!』
後方支援のアヤネから、いつの間にか通信が来ていたようだ。タブレットとは、シッテムの箱。それを置いて交戦していたのだった。そんな事は置いて、立ち上がって交戦に戻ろうとした時には、既にヘルメット団は撤退を始めていたのだった。校門の向こう側から、『覚えてろよー!』と捨て台詞が聞こえる。
『先生! もう大丈夫です』とアヤネの声が聞こえたので、ホルスターにハンドガンをしまう。すると、戻ってきたホシノ達が奇異の目で私を見ていた。
「いやぁ~、先生も戦うんだね。でもさ、そういうのはおじさん達に任してくれればいいんだよ?」
と、ホシノが言った。
銃声が聞こえた時、私は思考を巡らせるよりも前に身体が勝手に動いていたのだ。それはきっと、青春が失われた前世界線で刻まれた生き残る為の適応なのだろう。
「ごめんね、身体が動いちゃって」と苦笑いしながら、学校へ戻っていった。
――
「先生は戦わないでください!!」
シッテムの箱を手に取った瞬間に発せられた、アロナからの最大限の拒否の言葉だった。
「良いですか? 先生は本来、後方で生徒を指揮する役割を担っています。その方が安全だし、先生一人で戦うより大きな力になります! それに私のシールドも万能ではないので、先生に万が一の事があると困ります!」
アロナは早口で捲し立てるように言った。そして、
「一応言っておきますが、先生は既にヘイローが破壊されているんです。もし銃弾を受けたりでもしたら、そのまま体を貫かれてしまいますよ!?」
そうだった。私の身体はもうあの時のものでは無いのだ。ようやくそれを自覚した私は、「そうだよね……うん、わかったよ」と言って、素直に引き下がった。